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第1章

19不意打ち②

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「大丈夫。ゆっくりね」

 戸惑い眉根を寄せたレオラムに王子はこてりと小首を傾げ微笑み、もう一度、「ね」と念を押してくる。

「……はい」

 思わず、釣られて返事をしてしまう。


 ──カシュエル殿下、絶対自分の美貌とその影響を理解してるよっ!!


 そうは思うが、性別関係なく見惚れるほど美しい顔で請うように笑みを浮かべられると、その顔を悲しませたくないという気持ちが働くのか、ついつい従いたくなってしまう。

 この国は14歳でギルドに登録できたり働きに出ることで一人で生活できる術をもてるが、一人前の大人と見なされるのは法的に定められた18歳だ。
 親や親族の庇護下から外れ自由にできるし、その権利を主張できる歳となるのだ。権利の主張と同時に責任がのしかかるが、レオラムは待ちに待った年齢である。

 そもそも、レオラムが無気力と言われてきた所以は、人嫌いとも言えるほど他人を信用していなかったからである。
 そのため人の言動を気にせず惑わされなかっただけで、周囲にはどこ吹く風でやる気がなく見えていた。お金以外に執着を見せなかったこともある。
 実際は、心の内側はいろんなものを溜めて傷ついていなかったわけではないが、それらを悟らせないことはレオラムなりの矜持であり、防衛でもあった。

 だけど、第二王子が相手となるとそうもいかなかった。
 カシュエル殿下の言動は、もろにレオラムに関わることだった。黙したままでは、王子の意のままに進み非常に危険だと判断したが、どうも自分からは逃げられそうにない。

 強く逆らうことができない高い身分の王子であるということもだが、この部屋のように王子の側は意外と心地よいことに気づいたからだ。
 眼差しや手が、どう考えても好意的で優しくて本気で拒めない。
 
「良かった」
「うぅっ。取り敢えず、頭を撫でるのは止めてもらえるとありがたいのですが」

 本心ではずっと留まるなんて思っていないし、甘やかされることに対しても思うことはあるが、はっきり拒否もできなさそうなのでひとまずそのことは後回しにすることにした。

「うーん。レオラムが照れてしまうから、今は一度止めておこうか」
「ありがとうございます」
 
 拘束が解かれ、レオラムはほっとする。
 気づかれないように少しだけ距離をとったところで、レオラムは改めて王子を見た。

「その、ご褒美と自分が関係するとは思えないのですが」
「それについては、説明してもすぐわかってもらえると思えないかな。そのうちわかるだろう」
「そのうち、ですか?」
「そう。強引なことをしている自覚はあるけれど、私もここを早々離れられない立場なのでレオラムが合わせてくれると助かるんだ。これからはここにいて欲しい」

 どうして自分にこだわるのか。それが一番の疑問なのだけれど、今すぐには究明する気はないようだ。
 王子の言動はレオラムを留まらせたいというのは一貫しているので、そこは理由はどうあれ理解して話を進めるしかないようだ。

「殿下の要望は理解しました。ただ、やはりここに私が暮らすのは敷居が高いですし、嫌だとか以前に田舎に帰りたいです」

 そこは譲れない。
 田舎に帰ってのんびりする予定ではあるが、その前にレオラムはやっておきたいことがあった。

「どうして?」
「そう決めていたからです」

 詳しくは言いたくない、というか言えない。
 ただ、そうするとずっと決めていたので、今更他の未来を考えられなかった。

「レオラム、私はどうしてと聞いているんだよ。それを言えないのならその言い分は却下だ」

 聖君と呼ばれる王子は、なかなか意志を曲げない。
 優しく正しいだけの人ではないようで、自己中心的な面とともに強引さも持ち合わせているようだ。そうしないと陰謀渦巻く王宮で生き残ることはできないのかもしれないが、レオラムとて譲れないものはあった。

「殿下がどうして決めるのですか?」
「それはレオラムにこれ以上無理をして欲しくないからだよ」
「……っ、どうしてですか? 何も知らないのに勝手を言わないでください」
「そう言うなら、教えてほしいな」
「…………」

 そこで口を噤むレオラムに、少し苛立ったように眉根を寄せて王子が口を開き、

「レオラムは理由が知りたいのだったな。だったら、先に身体を洗おうか」

 と続いた。

「……はっ?」

 だったら、の意味がわかりません。


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