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7.元聖女は辺境の地を訪れました。
167.
しおりを挟むテントの中は思った以上に広々していた。真ん中には火が燃えてるストーブみたいなのがあって、おじさんと同じ茶色いマント姿の女の人が鍋を煮ていて、いい匂いが漂っていた。ちゃんと天井に向かって煙突みたいのが伸びてる。
「客だ。辺境伯領地に家族がいるとかで、外回りで向かっているらしい」
「あら、そうなの。どうぞお入りになって」
女の人はにっこり笑ってそう言ってくれた。この人はおじさんの奥さんかな。
「お邪魔します」
ステファンの見よう見まねで靴を脱いで、絨毯みたいなのが敷かれた中に上がる。部屋の奥から視線を感じて顔を上げると、奥に畳まれた布団の山の影から小さい子どもが2人じーっとこちらをうかがっていた。
私とエドラさんがローブのフードを外すと、おじさんたちは驚いた声を上げた。
「エルフか」
――この反応にも慣れてきましたね。耳が長くなっただけでこの反応……。
マルコフ王国に戻ってもみんなこんな風にびっくりするんでしょうか。
エドラさんは慣れているのか憮然とした表情のまま特に返事せず、私は愛想笑いを浮かべた。
「エルフ2人に狼男とは。変な組み合わせだな」
「本当にありがとうございます。こんなに南の方に辺境民の方がいるなんて思いませんでした」
ステファンの言葉におじさんは深いため息を吐く。
「北に鬼が出たから避難してきたんだ。もう少し行くと、他の連中もたくさんいるよ。本当は北の良い草を家畜に食わせたかったんだが……」
「――集落が襲われたと聞きましたが――」
「ああ。1月前一番北の方にあった集落が2つ襲われた。一度に60人ほどが喰われたらしい。こんなに大勢が一度に喰われたのは俺が知ってる限りじゃ初めてだ。もっとも、昔――、俺が本当に小さかったころも似たようなことがあったらしいが」
「30年前ですよね。アスガルドの土地が一時鬼に占領された……」
「ああ、そうだ。その時も集落をいくつか一度に襲って勢力を増やした鬼が、一気に外壁を超えてアスガルドの中に流れ込んだそうだ。今回もまた、そうなるんじゃないだろうか」
おじさんはステファンの肩を叩いた。
「まぁ、今の辺境伯殿は鬼殺しのマーゼンス殿だ。お前さんの家族もそんなに心配はないだろう」
「ちょうど食事の準備ができたけれど……皆さんも召し上がりますか?」
奥さんがそう言ってくれたので、私たちは有難くいただくことにした。
食事は……、羊のお肉を煮込んだもので、野菜はあんまり入ってなかった。
エドラはさんは、空のお皿の上に、荷物から出した何か種のようなものを乗せると、手をかざした。
種がぱかっと割れて双葉が出たかと思うと、にょきにょき伸びて白い花が咲いた。
おじさんたちが「おぉ」と歓声を上げた。
「せっかくだが、あまり肉を食べれないのでな。スープだけもらおう」
スープ皿に煮込みの汁だけすくって、エドラさんはそこにお花をちぎって入れるて食べだした。
食事、『自分の分は自分で備えてある』って言ってたのは種からお花咲かせて食べるってことだったんですね。
「エルフは花を食べるとは聞いてたけどなぁ……お嬢ちゃんは肉食えるのか」
おじさんは物珍し気にエドラさんを見て唸ってから、私に聞いた。
「私は大好きです」
そう頷いて、注いでもらったお肉の塊を頬張る、と同時にあまりの美味しさに頬を押さえた。何ですかこれ……、今まで食べたどのお肉よりも柔らかいっていうか……、口に入れた瞬間溶けます。
「これ……凄いですね。今まで食べたことない柔らかさです」
思わずそう呟くと、おじさんと奥さんは顔を綻ばせた。
「分かるか。北の精霊の恩恵をたくさん受けた草を食わせた羊だからな」
「辺境の奥地……北部は精霊力が強いからね。草も生命の精霊の魔力が豊富なんだ。家畜が育つ速度も速くて体も大きくなるし、肉も柔らかくなるんだよ」
ステファンが説明してくれた。
「ステファンの家の方は何にもないけど、食事だけはどこより美味かったよなぁ」
ライガがぱくぱく食事を口に運びながら頷いた。
そういうものなんですね。
精霊って奥が深いです。
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