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5.元聖女は自分のことを知る決心をしました。
116.(ライガ視点)
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「あーー、満腹だぁ」
俺はいっぱいになった腹をさすって、満足感に包まれてベッドに横になった。
王都の治療院では、口の中が切れたのを治したっていうのもあって、具材が原形が残らないほどに煮込まれた栄養たっぷりだとかいうどろどろのスープを3食食べさせられた。
入院費を払ったら王都まで持って行った手持ちお金が少なくなってしまったせいで、帰りの道中は質素な食事しかしなかったから、久しぶりたっぷり美味い肉を食べれて幸せだ。
布団に両手を広げて天井を眺めながら、ベルリクのことを考えた。
気づいた時には、あいつは魔法使いギルドに引き渡された後だった。
レイヴィスのクソ親父とまだ繋がってると聞き出せたのは朗報だった。
俺に不味い腐った肉を食わせてくれた借りをいつか返してやろうと、ぶん殴ってやりたいとずっと思っていたからだ。魔法使いたちがベルリクからレイヴィスの所在が聞き出したら、俺も絶対あいつを捕まえる作戦に参加させてもらう。
――その一方で、苦い気持ちもあった。
魔法使いの尋問は――実際に見たことはないが、過酷なものだと聞く。
相手が話さなければ、精神魔法で情報を吐き出させるらしい。
レイヴィスは魔術師ギルドが追ってる密売人でもあるらしいから、魔法使い総動員でベルリクに情報を吐かせるだろう。
もちろん、あいつは悪い奴だ。
王都の獣人の少年グループのマナ・ガイ以外の子どもはまだ見つかっていない。
それはたぶん――。
俺はぎりっと奥歯を噛んだ。
そして、ベルリクは今までにもっと悪どいことを山ほどやってるだろう。
だから、自業自得、自業自得……何だが……。
俺は俺が昔レイヴィスの売り物だった時に、自分の食事を分けてくれた、昔のベルリクのことを思い出した。そして、ベルリクが言っていた、ステファンの親父さんが俺を買うときにベルリクとどっちを買うか迷っていたという言葉を思い出した。
――売れ残ったのが俺だった、どうなっていた?
ステファンの家に行ったのがベルリクで、俺はそのままレイヴィスのところに残されていたら?
――そのまま他に売り手がつかないで……でかくなったら、レイヴィスの仕事を手伝うようになっていただろう。そんで、人を商品として扱ったりするのも違和感なんか感じなくなってく。
「くそっ」
俺はさっきまでの幸せな満腹の満足感が消えてしまって、思わず吠えた。
ベルリクと殴り合ってる最中に、自制心が完全に飛んで、あいつを殺しかけて、止めに入ったステファンに噛みついてしまったのは、やり合ってる中で意識が昔に戻ってしまったからかもしれないと思う。ベルリクを殴ってるあたりまでは記憶にあるが、その先は覚えていない。それは――売り物だった当時は檻に入れられて放置されて空腹で、ストレスが溜まりすぎて暴れることがあったけど、その時の感覚に似てた。
そのせいかは知らないが、入院中に安静にさせられてるうちに、あやふやだった自分が商品だったころの記憶が思い出されてきた。
――同じ商品仲間にはいろんなやつがいた。
獣人に――人間っぽいのもいたな。男も女も。
レイヴィスは扱いやすいからか、需要があるからか知らないが、子どもを多く扱っていた。だから、周囲からは子どもの泣き声が響いてたっけ。
人手を減らすためか、レイヴィスは少し年が上の商品に、年下の商品の世話をさせていた。狼憑きは凶暴だからってので買い手がつかなくて、俺は結構長いことレイヴィスのところにいたから、5・6歳くらいになったら、少し下のやつの面倒を見させられたっけ。
狼姿が意外と年下受けが良くて、『いぬ!』だとか言われて懐かれることもあったっけ。中には勝手に名前つけてくる奴もいた。
「あいつら――みんな今は、どうしてるんだろうか」
幼児は買い手がつきやすく、懐いたやつもすぐに売れていなくなって出入りが激しかった。皆が皆ベルリクのようになっているとは思いたくない。
――せっかく久しぶりに美味いもの食べたのに、こんな辛気臭いこと考えたくねぇ。
俺はぶんぶんと首を振って、眠りについた。
***
翌朝、ステファンが扉を叩く音で目が覚めた。
「いつまで寝てるんだ! 冒険者ギルド行くぞ」
窓から差し込む日を見ると、いつもより長く寝てしまったみたいだった。
そうだ。入院なんかで金を使ったから、仕事しないとなって話を帰りにステファンとしてたんだった。早めにギルドに行って、高値の仕事を取りたい。
「今行く!」
俺は跳ね起きた。
「レイラは今朝も祈りで、朝からギルド行ってるんだっけ」
俺が聞くと、ステファンは頷いた。
「あいつ毎日よくそんな早起きできるよなぁ」
そんな話をしながら、いつも通り冒険者ギルドに入ると、「おはようございます」とテオドールが挨拶してくる。最近朝の依頼に出発する冒険者への祈りはレイラがやることが多くて、テオドールがいるのは久しぶりだ。
「おっす。あれ、今朝は祈り、テオドール?」
俺が首を傾げると、テオドールは不思議そうな顔をした。
「いえ、レイラだったんですけど……。一緒じゃないんですね? レイラが来ないからと私が呼ばれまして……。昨日、遅くなってしまったから、寝坊でもしたのかなと思って今日は私がやったんですけど」
俺とステファンは顔を見合わせる。
――あいつが寝坊? いっつも規則正しく日が昇る前には目を覚ましてるあいつが?
「もう冒険者ギルドに行ってるかなと思ってたんですけど。ちょっと宿屋に戻って様子見てきます」
ステファンがそう言うと、テオドールは「寝坊してたらゆっくり寝かしといてあげてください」と笑った。
俺とステファンは宿屋に戻った。
レイラの部屋をノックして、「おーい」と呼び掛けてみる者の、返答がない。
「寝てるかね」
そう言いつつ、何気なくドアノブを回すと、扉が開いた。
鍵がかかってない。
「おーい、レイラ、不用心だぞ!」
そう言いながら部屋の中を見ると――そこには、誰もいなかった。
しかも壁際の机の上に、金が種類ごとに重ねられて置いてある。
――何か、不自然だ。
ステファンと顔を見合わせて、俺たちは室内に入った。
「レイラ、いるか?」
呼びかけながら、とりあえずその積まれた金が目を引く机のところに行くと……何やら二つ折りにされた紙が置いてある。ステファンがそれを手に取る。
俺は積まれた金を見て首を傾げた。あいつ金数えてたのか?
そこでふと、机の隅に置かれた、緑色の石――刃物でつけたような傷がたくさん入った石がついたペンダントが目に入った。手を伸ばし、それを持ち上げる。
――あいつ、こんなの持ってたっけ?
俺はまじまじとその石を見た。何でこんな傷だらけなんだこの石?
――ちょっと待てよ――……、こんな傷だらけの緑の石、どっかで。
急に記憶が蘇る。
レイヴィスのところで、面倒見させられたやつ――、俺に勝手に名前つけたやつでこんなの持ってた奴、いなかったか?
耳の長い変な子どもだった。首に下げてたこんな緑の石を指差して、俺の目を指差して「みどりー!」とか叫んでて……、そうだ、俺が「お前の目もみどりだろ」って言ったら考え込んで、それから毛を指差して「ぎん!」って……。「おとーさん、おとーさん」ってよく泣いてたっけ。普通「お母さん」って泣く奴多かったから、こいつは「お父さん」なんだって思ったから覚えてる。
耳……長い……。目が緑……。「ぎん」……。「お父さん」……。
『神殿じゃない場所だったな――。そしたら、誰かおじさんに『うるさい』って頭を叩かれて、近くにいた犬が吠えておじさんを追い払ってくれたの。銀色の毛の犬だったから、「ぎん」って名前つけてた』
王都に行く途中の宿屋の酒場で話したレイラとの会話を思い出して、俺は叫んだ。
「あーーー!」
あいつ、あの時のあいつじゃねぇか?
俺はステファンの方を向いて、大声で言った。
「レイラ! あいつ! レイヴィスのとこに! いた!」
……だけどステファンは、紙を片手に俯いたまま、黙り込んでいた。
俺はいっぱいになった腹をさすって、満足感に包まれてベッドに横になった。
王都の治療院では、口の中が切れたのを治したっていうのもあって、具材が原形が残らないほどに煮込まれた栄養たっぷりだとかいうどろどろのスープを3食食べさせられた。
入院費を払ったら王都まで持って行った手持ちお金が少なくなってしまったせいで、帰りの道中は質素な食事しかしなかったから、久しぶりたっぷり美味い肉を食べれて幸せだ。
布団に両手を広げて天井を眺めながら、ベルリクのことを考えた。
気づいた時には、あいつは魔法使いギルドに引き渡された後だった。
レイヴィスのクソ親父とまだ繋がってると聞き出せたのは朗報だった。
俺に不味い腐った肉を食わせてくれた借りをいつか返してやろうと、ぶん殴ってやりたいとずっと思っていたからだ。魔法使いたちがベルリクからレイヴィスの所在が聞き出したら、俺も絶対あいつを捕まえる作戦に参加させてもらう。
――その一方で、苦い気持ちもあった。
魔法使いの尋問は――実際に見たことはないが、過酷なものだと聞く。
相手が話さなければ、精神魔法で情報を吐き出させるらしい。
レイヴィスは魔術師ギルドが追ってる密売人でもあるらしいから、魔法使い総動員でベルリクに情報を吐かせるだろう。
もちろん、あいつは悪い奴だ。
王都の獣人の少年グループのマナ・ガイ以外の子どもはまだ見つかっていない。
それはたぶん――。
俺はぎりっと奥歯を噛んだ。
そして、ベルリクは今までにもっと悪どいことを山ほどやってるだろう。
だから、自業自得、自業自得……何だが……。
俺は俺が昔レイヴィスの売り物だった時に、自分の食事を分けてくれた、昔のベルリクのことを思い出した。そして、ベルリクが言っていた、ステファンの親父さんが俺を買うときにベルリクとどっちを買うか迷っていたという言葉を思い出した。
――売れ残ったのが俺だった、どうなっていた?
ステファンの家に行ったのがベルリクで、俺はそのままレイヴィスのところに残されていたら?
――そのまま他に売り手がつかないで……でかくなったら、レイヴィスの仕事を手伝うようになっていただろう。そんで、人を商品として扱ったりするのも違和感なんか感じなくなってく。
「くそっ」
俺はさっきまでの幸せな満腹の満足感が消えてしまって、思わず吠えた。
ベルリクと殴り合ってる最中に、自制心が完全に飛んで、あいつを殺しかけて、止めに入ったステファンに噛みついてしまったのは、やり合ってる中で意識が昔に戻ってしまったからかもしれないと思う。ベルリクを殴ってるあたりまでは記憶にあるが、その先は覚えていない。それは――売り物だった当時は檻に入れられて放置されて空腹で、ストレスが溜まりすぎて暴れることがあったけど、その時の感覚に似てた。
そのせいかは知らないが、入院中に安静にさせられてるうちに、あやふやだった自分が商品だったころの記憶が思い出されてきた。
――同じ商品仲間にはいろんなやつがいた。
獣人に――人間っぽいのもいたな。男も女も。
レイヴィスは扱いやすいからか、需要があるからか知らないが、子どもを多く扱っていた。だから、周囲からは子どもの泣き声が響いてたっけ。
人手を減らすためか、レイヴィスは少し年が上の商品に、年下の商品の世話をさせていた。狼憑きは凶暴だからってので買い手がつかなくて、俺は結構長いことレイヴィスのところにいたから、5・6歳くらいになったら、少し下のやつの面倒を見させられたっけ。
狼姿が意外と年下受けが良くて、『いぬ!』だとか言われて懐かれることもあったっけ。中には勝手に名前つけてくる奴もいた。
「あいつら――みんな今は、どうしてるんだろうか」
幼児は買い手がつきやすく、懐いたやつもすぐに売れていなくなって出入りが激しかった。皆が皆ベルリクのようになっているとは思いたくない。
――せっかく久しぶりに美味いもの食べたのに、こんな辛気臭いこと考えたくねぇ。
俺はぶんぶんと首を振って、眠りについた。
***
翌朝、ステファンが扉を叩く音で目が覚めた。
「いつまで寝てるんだ! 冒険者ギルド行くぞ」
窓から差し込む日を見ると、いつもより長く寝てしまったみたいだった。
そうだ。入院なんかで金を使ったから、仕事しないとなって話を帰りにステファンとしてたんだった。早めにギルドに行って、高値の仕事を取りたい。
「今行く!」
俺は跳ね起きた。
「レイラは今朝も祈りで、朝からギルド行ってるんだっけ」
俺が聞くと、ステファンは頷いた。
「あいつ毎日よくそんな早起きできるよなぁ」
そんな話をしながら、いつも通り冒険者ギルドに入ると、「おはようございます」とテオドールが挨拶してくる。最近朝の依頼に出発する冒険者への祈りはレイラがやることが多くて、テオドールがいるのは久しぶりだ。
「おっす。あれ、今朝は祈り、テオドール?」
俺が首を傾げると、テオドールは不思議そうな顔をした。
「いえ、レイラだったんですけど……。一緒じゃないんですね? レイラが来ないからと私が呼ばれまして……。昨日、遅くなってしまったから、寝坊でもしたのかなと思って今日は私がやったんですけど」
俺とステファンは顔を見合わせる。
――あいつが寝坊? いっつも規則正しく日が昇る前には目を覚ましてるあいつが?
「もう冒険者ギルドに行ってるかなと思ってたんですけど。ちょっと宿屋に戻って様子見てきます」
ステファンがそう言うと、テオドールは「寝坊してたらゆっくり寝かしといてあげてください」と笑った。
俺とステファンは宿屋に戻った。
レイラの部屋をノックして、「おーい」と呼び掛けてみる者の、返答がない。
「寝てるかね」
そう言いつつ、何気なくドアノブを回すと、扉が開いた。
鍵がかかってない。
「おーい、レイラ、不用心だぞ!」
そう言いながら部屋の中を見ると――そこには、誰もいなかった。
しかも壁際の机の上に、金が種類ごとに重ねられて置いてある。
――何か、不自然だ。
ステファンと顔を見合わせて、俺たちは室内に入った。
「レイラ、いるか?」
呼びかけながら、とりあえずその積まれた金が目を引く机のところに行くと……何やら二つ折りにされた紙が置いてある。ステファンがそれを手に取る。
俺は積まれた金を見て首を傾げた。あいつ金数えてたのか?
そこでふと、机の隅に置かれた、緑色の石――刃物でつけたような傷がたくさん入った石がついたペンダントが目に入った。手を伸ばし、それを持ち上げる。
――あいつ、こんなの持ってたっけ?
俺はまじまじとその石を見た。何でこんな傷だらけなんだこの石?
――ちょっと待てよ――……、こんな傷だらけの緑の石、どっかで。
急に記憶が蘇る。
レイヴィスのところで、面倒見させられたやつ――、俺に勝手に名前つけたやつでこんなの持ってた奴、いなかったか?
耳の長い変な子どもだった。首に下げてたこんな緑の石を指差して、俺の目を指差して「みどりー!」とか叫んでて……、そうだ、俺が「お前の目もみどりだろ」って言ったら考え込んで、それから毛を指差して「ぎん!」って……。「おとーさん、おとーさん」ってよく泣いてたっけ。普通「お母さん」って泣く奴多かったから、こいつは「お父さん」なんだって思ったから覚えてる。
耳……長い……。目が緑……。「ぎん」……。「お父さん」……。
『神殿じゃない場所だったな――。そしたら、誰かおじさんに『うるさい』って頭を叩かれて、近くにいた犬が吠えておじさんを追い払ってくれたの。銀色の毛の犬だったから、「ぎん」って名前つけてた』
王都に行く途中の宿屋の酒場で話したレイラとの会話を思い出して、俺は叫んだ。
「あーーー!」
あいつ、あの時のあいつじゃねぇか?
俺はステファンの方を向いて、大声で言った。
「レイラ! あいつ! レイヴィスのとこに! いた!」
……だけどステファンは、紙を片手に俯いたまま、黙り込んでいた。
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