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紛れもない私の従兄弟だった

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 急いで王宮へ戻った私たちは、従兄弟いとこが待っていると言う応接室へ向かった。
 扉の前に立つ護衛兼監視の騎士が私たちに気づいて一礼と共に開けてくれたので、中に入る。

 果たしてそこにいたのは、後ろ姿だけですぐにわかる、紛れもない私の従兄弟だった。私の黒髪よりもっと漆黒で癖のない艶めく黒髪に逞しい上背。それに……うん、あの耳の形はやはり従兄弟と一致する。

「レイ従兄にい様!」

 名前を呼ばれて勢いよく振り返ったレイ従兄様ことレイ・リヴィエールが、私の顔を見るなり破顔する。

「エメ! 愛しい空色セレスト!」

 瞬きする間に駆け寄って来たレイ従兄にい様が車付き椅子に座る私を軽々と抱き上げたと思うと、ギュッと抱き締めた。
 香水をつけないはずの従兄様からサンダルウッドの香りがする……? 珍しい。

「会いたかった! 君が行ってしまってから毎日心配で心配で……」
「苦しい苦しい……っ、レイ兄様苦しい……!」

 バシバシと強めに背中を叩いたらようやく力が緩んだのでほっと……する間もなく、今度は素早く移動したソファで膝抱っこされ、両頬を手で包まれたと思うと潤んだ黒水晶モリオンのような漆黒の瞳が覗き込んで来た。

「元気だったか? 栄養はしっかり取れているか? 夜は眠れるか? 何か不自由していないか? 虐められたりしていないか? それにしても、王子と婚約とはどういうことだ? 何があった? それに、その前髪……どうして切ってしまったんだ? もちろん君のその美しいほうせきが露わになっているのは魅力的だけど、義兄にいさんとあれだけ前髪は切らないようにと言い含めていたのにどうしたんだ? 何かされたのか? もしや無理やり……」

 質問があまりにも矢継ぎ早なので答える間もないし、ひとつ質問する度にどんどん目の覚めるような美形の顔が迫って来る。

「近い近い近い……! 婚約も前髪も自分で決めた事だし、私は至って元気に楽しくやってるから! レイ兄様、ちょっと落ち着いて……」

 仰け反る毎に顔が迫るから、ほぼ押し倒されて今にもソファに背がつきそうだ。
 その時。
 頭上からわざとらしい咳払いが聞こえて来て、私とレイ兄様が同時に見上げたら。

 極上の笑顔を浮かべたアシュレイ様が、私たちを見下ろしていた。

 ヒェッ、と出そうになった悲鳴をなんとか喉の奥で堰き止める。
 お、怒ってらっしゃる……! そりゃそうだ! 怒るよね!? 父親くらいの年齢ならいざ知らず、レイ兄様二十二歳の美青年だから……。
 そんな人がいきなり自分の婚約者を抱っこするわ抱き締めるわ押し倒すわするの見たら怒るよね!?

「……従兄弟殿とはいえ、婚約者にそのように触れるのはいかがなものかと思いますが……?」

 こ、声、低っ……! ほらあ、“私の”のところめちゃくちゃ強調されてるじゃないか。
  ……あ、それってさっきレイ兄様が私の事を「俺の空色セレスト」なんて呼んだからか。
 そういえばリヴィエールの家にいた時、レイ兄様からしょっちゅう俺のなんちゃら、言われてたわ……。なんか色々バリエーションあったけど……なんだっけ、全く覚えてないや。
 もう顔見る度に言われていたせいで、挨拶前の枕詞という認識でしかなかったから……言われてもずっと聞き流してたんだよね。
 私が聞き流す度に弟が「こいつマジか……」みたいな目で見て来てたの懐かしいな。けど、あれってどういう意味だったんだろう。

 まあそれは良いとして、ともかくこのままではマズイ。
 私はガシッとレイ兄様の額を鷲掴むと、力を込めて後ろへ押し戻した。

「レイ兄様、これじゃ話も出来ない……良いからちょっと離れて……っ」 
「あだだ……待て待て、あだだ……首っ、首がグキッていった……ッ」
「エメ。そのまま首を折って良いから、ほらこちらへおいで」

 物騒な台詞セリフを吐きながら両手を差し伸べるアシュレイ様の背後で次々と暗黒物質ダークマターが生成されている……! あんなに優しげな微笑みを浮かべてるのに!

 あわわ……となった私は自分史上最速でアシュレイ様に両手を伸ばした。シュバッと空気を裂く音がしたのでは、と思うくらい素早かったと思う。私は生存戦略に長けた女なのである。

 なので、今度はアシュレイ様に大人しく抱っこされる私である。
 御歳八歳のウィル君ですらここまで頻繁に抱っこされていないと思うんだけどね。 ……うん、ヨシ、考えてはいけない。深く考えてはいけない。

「エメ……今すぐ着替えようか? ……あ、それともお風呂が先かなあ……丁寧に隅々まで洗ってあげるからね?」

 あれっ!? まだ暗黒物質消えてない!?
 あわわ……アシュレイ様の瞳のハイライトが消えている……あかんやつやこれ。これ、あかんやつや。
 どうする!? アシュレイ様の暗黒物質ヤンデレを鎮めるには……頭突きはダメだから……えーっとえーっと……恥ずかしいけど! 恥ずかしいけど!(二度言った!) こうなったらをするしか……ッ!

「アシュレイ様! 着替えもお風呂も要らないので……あの……っ、 ……これが私の気持ちです! どうぞお受け取りください!」

 アシュレイ様の首に腕を回した私は、そのままの勢いで白くきめ細やかな頬に唇を押しつけた。

 ピュウ、と背後から口笛を鳴らす音がする。 ……絶対ディディだな。ううう……恥ずかしすぎる……顔が熱いったらないよ、もう。

「……エ……エメ……嘘だ……俺の愛しのエメが……そんな……」

 レイ兄様の愕然とした声がして、固く閉じていた目を恐る恐る開けたら、レイ兄様が白目を剥いてソファに崩れ落ちるのが見えた。
 ごめん、レイ兄様。妹みたいに可愛がってた従姉妹に目の前でこんなことされたらショックだよね……でもこうするしかなかったんだ……それに薄情だけどとりあえず静かになってくれて良かった。
 あれじゃあ話をするどころじゃないもんね。

 レイ兄様、外見は怜悧というか冷たく見える美形で、実際どんなご令嬢から声をかけられても氷点下の眼差しというか、どこまでも冷めた一瞥を投げかけるような人なんだけど、なぜか私の事は可愛がって……というより溺愛しているんだよね……父様と一緒になって過保護だし。

 あと女性でいえば母様と祖母ばあ様にも優しい。というかすごく敬意を払っている。要はリヴィエールの家に属する女性、侍女のミルカみたいに信頼の置ける使用人も含めた少数には心を開いている。

 扱いによっては難しい人だけど、私を家族として受け入れてくれた優しい人でもあるから、従兄弟というより兄のような感覚の方が近いかもしれない。
 レイ兄様にそう言うと、ありがとう嬉しいよ、と言って頭を撫でてくれるんだけど、ほんの少しだけ困ったように微笑むんだよね……。

 兄様も過去に色々大変な事があった人だから、何か複雑な感情を抱えているのかもしれないけど。私じゃなくても良いから、いつかそういうの全部受け入れてくれる人が現れると良いなあ、なんて願う無責任さにちょっと胸がモヤモヤするけど、こればかりはどうしようもないからなあ……。

 自分の無力さを痛感するというよりは、場合によっては無力でなければならない事もある、というのがね。

 
 ……あっ、いけない。そういえば肝心のアシュレイ様は。

 ちら、と上目遣いに見上げれば、目を見開いたまま石のように固まっていた。

 あれ……?

「アシュレイ様……?」

 おずおず声をかけると、ハッと我に返ったアシュレイ様がぱちりと瞬いて、ゆっくり私の方へ顔を向けた。
 と、思ったら。

 溶けた。

 ちょっと何言ってるかわからないとは思うけれど、本当に一瞬で溶けたんだってば。冷えた瞳とか、固い表情とか、固まった蜂蜜が熱で溶けるみたいに。暗黒物質ナニソレとでも言うかのように、みるみる空気が甘くなっていく。

「エメ……」
 
 甘く溶けて潤んだ瞳に艶やかな吐息、目の端を薄っすら紅く染めたアシュレイ様から濃密な色気が滴り落ちる。

 あら……? これってひょっとして……効果抜群すぎた……?

「ブラッド」
「――はっ」
少し外す。 ……従兄弟殿の介抱ともてなしを頼むね」
「承知しました」

 え? え? と私がアワアワしている隙をつき。
 ディディに指示を飛ばしたアシュレイ様によって私はあっという間に連れ去られたのだった。
 





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