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Sクラスの癒し担当

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 伝説と後に語り継がれる前代未聞の超高速入学式が終わり、腹筋を試され精魂尽き果てた生徒たちは各々のクラスへ戻る。
 
 私たち新入生は講堂入り口に貼られたクラス分け表を見たあと、傍の長机に置かれている校内地図を貰ってからそれぞれの教室へ向かう。
 ちなみにクラスは平民貴族の身分の別なく成績順となっており、特待生の私を含む成績上位者のSクラス、それからその下にAからEまでのクラスが設けられている。
 
 中でもSクラスの更に成績一位から十位までの生徒には、専用のサロンやラウンジの使用、図書室や個別教室などの優先的使用権といった様々な特別待遇があり、一学年から三学年の上位十名、計三十名がその恩恵に与れることになっている。
 
 それゆえに、Sクラスの十位以下の生徒は上位十位入りをかけて懸命に努力するし、Aクラス以下の生徒はまずは憧れのSクラスに入るのを目指して頑張るわけだ。

 まあもっとも、それだけ優遇されるからにはそこにある種の義務や責任も当然発生するわけで、おそらく将来の国を担う優秀な若者たちを選別しふるいにかける目的もあるのではないかと推察できる。
 つまり、優遇されるには確たる理由があり、責任と義務を伴うゆえにそれに見合った振る舞いをすべし、という。優遇されることを傘に着て横暴に振る舞えば、前途にあるはずの輝かしい将来は潰えることになるだろう。学園そのものが謂わば選別の場というわけだ。

 一時も気は抜けない。それに常に首位であることが条件の特待生としては成績を落とすわけにもいかないから、とりあえず婚約云々は置いておいて学生の本分である勉強を頑張ろう。

 そういうわけで、気合十分にSクラスの中へ足を踏み入れると、既に半数以上の生徒が席についていた。というより正確には戦いを終えた後のように机や椅子にもたれてぐったりしている。

 何やら『お前……よくもやりやがったな……』みたいに物言いたげな視線を寄越されるのだけれど、抗議があるなら私より王子に言ってほしい。
 
 その時、ふと目についたのは、教室の奥、窓際の列の前から二番目と三番目の席に座る燃えるような赤髪が印象的な 尖晶石アヤナスピネルの瞳の令嬢と、なぜかこちらを睨みつけているホワイトベージュの髪に煙水晶スモーキークォーツの瞳をした令息だった。

 なんで睨んでるんだろう。私、なにか怒らすようなことしたっけ? うーん。
 考えたのは一瞬だった。わからないものはわからない。諦めよう。 
 気を取り直して席に向かう。確か成績順が席順だったから……なんと。私の席は彼らの前ということか。
 
 とりあえず入り口で突っ立っているわけにもいかないので、一番奥にある列の一番前の席に座る。前を向いてはいるものの、後頭部に視線が突き刺さる突き刺さる。
 串刺しになる前に振り向いて「なにか?」と言うべきか言わざるべきか。ううむ。
 逡巡していると、先に後ろの令息から呼びかけられた。

「おい」

 そういえば今日は説明会だけだから、終わったら速攻で寮に引き篭ろうと思っていたけど昼食はどうしようか。先程貰って来た校内地図を見ると、一階のエントランス前にスタンド、その横にカフェテリアがあるなあ。売店もあるのか。けっこう充実してるんだな、これは嬉しい。
 売店かスタンドで食べ物売ってたらそれを買って部屋で食べるか、それともカフェテリアで食べてから寮へ戻るか……。

「……おい」

 出来れば売店でお菓子も売っていたらなお良し。お菓子は留学で楽しみにしていたもののひとつなんだよね。この国ならではのお菓子ってなんだろう、食べてみたいなあ。出来れば素朴な甘さのお菓子が良いなあ。
 休日は王都で人気のカフェ巡りをするのも良いかも。本屋でお菓子のレシピ本売ってたら買いたいな……。

「~~~っ、おい! 無視するなよ特待生!」

 私はくるりと振り返ると、真っ赤な顔で怒っている令息の顔を見た。

「おい、だけだったのでまさか私が呼ばれていたとは思わず」
「白々しい嘘吐くんじゃねえよ! オレは! ニコル・オトニエルだ、よろしくな!」

 喧嘩をふっかけられるのかと思えば、めちゃくちゃ自己紹介された。怒鳴り声だけど。
 
 なんだろう……悪ぶってそうでいてまずはきちんと名乗るこの感じ。まじまじと見れば、猫を思わせる珈琲のような色の大きな瞳は、やや鋭いけれど濃く長い睫毛に縁取られ、顎のあたりで切り揃えられたホワイトベージュの髪は艶やかにさらさらと流れている。
 小柄で全体的に華奢かつ可憐な容姿なのに勝気そうなところとか、私なんかよりよほど子猫ちゃんじゃないか。それに女装したらものすごい美少女に仕上がりそうだ。

 ともかく、自己紹介してくれたので私もぺこりと会釈する。

「はい。私はエメ・リヴィエールです。どうぞよろしくお願いします、オトニエル様」
「様、とかつけんじゃねえよ気持ち悪い。ニコルで良い。あと貴族っつっても子爵家だしオレ自身は別に偉くもなんともねえんだから敬語も使うな」

 普通に良い子だった。口は悪いけどなんかすごく良い子っぽいぞ。

「わかったよ、ニコル。なら私のこともエメと呼んで」

 そう言うと、ニコルはこくりと頷く。

「ん、わかった」

 んんんっ、良い子ぉ! ええー、なんで最初睨んでたんだ? すごく良い子なんですが!? なんだこのほんわかと温かい気持ちは。思わず頭を撫でくりまわしたくなるこの感じ。ニコ、って呼んでも良いだろうか。

「最初私を睨んでいたのはなぜ?」

 どうしても気になるので質問すれば、ニコルは少し頬を赤らめて口を尖らせた。

「いや、睨んでたっつーか……エメがオレの前の席なのはわかってたし、あのすげえ面白おもしれえ代表挨拶で顔もわかってたからさ、挨拶はちゃんとしないとだろ……?」
「えっ……ひょっとして、ちょっと緊張してたとか……?」
「んだよ、わりぃかよ……」

 勢いよく両手で顔を覆った私は天を見上げた。

「……ぜんっぜん! 悪くないよ! 挨拶してくれてありがとう! それに呼びかけてくれたのに無視してごめんねえ……っ」

 ピュア! ピュアッピュアのどピュアがここにおる! 

「いや、別に……そ、それとお前、留学生だろ? わからないことがあったらいつでも言えよ」

 机に頬杖をつきつつ、ぷい、と視線を逸らせながらそんなことを言うニコル。
 汚れた心の中がきれいなもので洗い流されるようだった。

「うん、ありがとう」

 礼を言って周りを見渡せば、いつの間にか揃っていた生徒全員と戸口に立つ教師一名が、なんともほっこりした顔でうんうん、と頷いていた。
 Sクラスの癒し担当、ここに爆誕の瞬間である。


 おそるべしニコル・オトニエル。どうかこれからもそのままでいてほしい。みんなの癒しとクラスの平和のために。

 
 
 


 
 
 
 
 
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