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最終章:亡花の禁足地
57日目.過去
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実体化したクロユリはまるで待っていたとでも言うかのように俺の名前を呼んだ。
「……俺はされた仕打ちを忘れはしない。歓迎されようが。」
『まさか、歓迎されてると思うか?』
「思う訳がないだろ。」
油断はせずとも、そんな会話を交わす。目の前に見えるのは、“悪意そのもの”だというのに。
呪花クロユリに目を向けるが、辺りに得体の知れない虫が宙を舞っているため、迂闊に摘み取れない。
隙を作るために、俺はクロユリに話しかける。
「お前は、自分について人間は何も理解していないと思っているか?」
『それはシャドードロップの知識のことか?…私は心を見透かす程度容易い。お前のような異端者だけだ。ここまで私を追い詰められるのは。』
「お褒めに預かり光栄だ。執着と追求…極めれば引かれる存在には成り得るか…
…」
褒めているのか貶しているのかすら分からない彼女の言葉。実際、何も間違いだとは思わない。
他人が何と言おうが信じて極める。その先にあるものが“知恵”。根性論も精神論も信じる価値はある。この世は天性の天才だけではない。
「……心を見透かせるのなら、俺が執念でどこまでパズルを埋めたのか…分かるよね…」
『当然。あと一ピースおめでとう。…実に不愉快だ……痕跡が現れないように跡形もなく消しているというのに、私の目を盗んで記録する著者も、隠蔽のために複雑にバラけたその記録を解読したお前も。……私にとって邪魔でしかない。』
すると赤い霧が濃くなり、身体が圧迫されるような感覚が走った。目を凝らすと、微粒子が鎖のような形でうっすらと絡まっていた。
「ッ!……何を…した…!」
『魂を拘束した。現実のお前は今、眠りに落ちている。お前はこれが何を意味するか……分かっているはずだ。』
「………夢堕ち下の意識は、現実の魂と結びついている…か……」
散々耳にして、よく分かっていること。よくよく考えてみれば、眠りに落として夢の中で魂を吸収すれば、現実で一切の痕跡を残すことなく、帰らぬ人とできる。
クロユリにとって、一番都合のいいやり方だった。
「……昔から…行方不明者が遺体の状態で見つかることが度々あった。体内にも体外にも傷を残さずにね………その理由が、やっと分かったよ……お前が殺ったのか。」
『この真実に気付く者は、本来なら存在するはずがない。私は現実に干渉する際に、魂を切り離し、消費する。事故で進化に必要な魂を集め、事故を引き起こすのに必要な魂はこうして集める。この繰り返しにより、力を増幅させてきた。どちらかが回らなくなれば、止まる。』
「つまり……お前は何が言いたい。」
『お前は知り過ぎた。私の目的達成において最大のイレギュラー。よって、今ここで消す。一切の痕跡も残さずに。』
すると、鎖はより圧縮され、身体が締め付けられた。
『どうせ死ぬのだから教えてやろう。お前が埋められなかった最後のピースを……』
__________________
生前、私は身体が弱い一人の少女に過ぎなかった。特別でも何でもない。複数の病魔に襲われた少女。
「今日も雨……最近ずっと……」
カーテンから差し込む光は、最近見られていない。閉塞感に包まれて、私は目を閉じた。
私の病室生活は、寝たきりであった。身体が弱いのもあるけど、つまらなかった。
ある日、お見舞いに来てくれた友達が花束をくれた。けれど、私は色が分からない。
またある日、お母さんが絵本を読み聞かせてくれた。けれど、私は何とも思えなかった。
「あら、あんまり笑っていないじゃない。……ごめんね優里奈、健康な身体で産んであげられなくて……」
「お母さんは悪くないよ。産んでくれてありがとう!」
「優里奈……手術が終わったら、いっぱい遊んであげるからね。」
「うん!楽しみにしているよ!」
お母さんと指切りげんまんの約束をして、私は眠りに就いた。
現実では不自由で狭い世界で生きているから、夢の中でくらいなら、華やかで広い世界を冒険しても、罰は当たらないよね。
人の気配を感じて目を覚ますと、数日ぶりに光が漏れ出すカーテンと、その横で座っている少しだけ歳上の男の子が目に入った。
「湊君……?」
「おはよう。優里奈ちゃん。」
湊君は精神疾患を抱える男の子で、行き過ぎた英才教育の被害者だった。辛い経験から心に敏感で、よく私の話し相手になってくれていた。
「優里奈ちゃん、もうすぐ手術なんだってね……頑張って。」
「うん…頑張る……」
「……退院したら、一緒に出掛けようね。」
「約束ね。」
湊君は本当に優しかった。経験が彼を歪ませることはなく、人の苦しみをよく理解していた。そんな彼に、私は当時は名も知らない感情を抱いていた。
あれから一年と少しが経ち、私は手術とリハビリが終わって、退院することができた。
物心がつく前から病室生活だった私にとって、外の世界は写真や話でしか聞いたことのない、憧れだった。
「蝶々…本物は初めて見たなぁ……。…あれは太陽かな?ああなってたんだぁ……。じゃあ、あの早い物が車かな?危なそうだけど、便利なんだろうなぁ……」
私から見た外の世界は凄く新鮮で、気持ちのいいものだった。小鳥はさえずり、木々は風に揺れている。そんな平和な世界が、視界いっぱいに広がっていた。
「優里奈…!」
すると、門の近くで待っていた湊君がすぐさま駆け寄って来た。
「退院おめでとう。これ、プレゼント。」
そう言って、湊君は手に持っている箱を私に渡してきた。
「開けてもいいの?」
「勿論だよ。」
そう言われて、私は箱を開けた。箱の中には、丸いものが二つ入っていた。
「お母さん…これ何?」
手を繋いで隣を歩いているお母さんの顔を見上げると、お母さんは泣いていた。
「なんで泣いているの?」
そうたずねると、お母さんは少し落ち着いたようで、優しく言った。
「色覚補正用コンタクトよ……優里奈の世界も、少し色づくかもしれないわ。……ありがとう湊君。うちの子を気遣ってくれて。」
「……顔を上げてくださいお母様。事情を知っていたら、こうせずにはいられません。」
すると彼は私との距離を詰めてきて、私の左手を握った。
「ずっと言ってなかったけど、僕と優里奈ちゃんはご近所さん同士で、幼馴染なんだ。これからもよろしくね。」
「……うん!」
それから、私はまだ身体が覚束ないところはあったけれども、病室では出来なかった色々な経験を“現実”にした。
その中で、嬉しい、楽しい、悲しいなど、色んな感情を知った。そして、“好き”という感情も覚えた。
退院から色んなことを学んで、もう高校生。昨日、湊君からこんなお誘いを受けた。
「いつの日にかの約束……果たしに行こ?」
私はそのお誘いに喜んで、今初デートの場所に、電車で揺られて向かっていた。
思いもしなかったよ、これが地獄行きの切符だったなんてね。
「湊君がどんな所に連れて行ってくれるのか、楽しみ!」
「きっと気に入ってもらえると思うよ。優里奈の事を考えて選んだんだ。」
「嬉しい!君が精一杯考えてくれた場所なら、私はどこも……」「「ッ!」」
楽しく会話をしていた最中、電車が激しく揺れて、辺りがざわつき始めた。
「何だったんだろう……」
すると、何だか焦げ臭さを感じて、私は怖くなった。辺りが騒然とする中、その理由が明らかになった。
「爆発物です!皆さん離れてください!」
後方車両から人が流れ込んで来て、そんな言葉を耳にした。
その数秒後、再び揺れが起こった。爆発音と共に起きた揺れ。狭い車内は灼熱の光に照らされて、すぐに火に飲み込まれた。
すぐにでも遠退きそうな意識の中目を開くと、空は黒煙に包まれていて、火がじりじりと唸っていた。
「……優里…奈…」
「湊…君…」
私も、隣で横たわる湊君もボロボロで、生きられるとは到底思っていなかった。
最後に伝えたくて、私は言葉を口にした。
「言わせて欲しいの…私……湊君のことが好き………」
「僕もだよ……本当は、レトロハイマートから見る夜景の下で……君に告白するつもりだったんだ………先を越されちゃったね……」
「……私達…ある意味運命的だったよね。…その運命もゴールインをさせてはくれず、残酷に邪魔されちゃったけど……何故だろうね?」
「さぁ…?……平等じゃないよ…運命は……。……また、この世じゃなくても君に会えるといいな…」
「……そう…だね…」
天高く昇る黒煙に包まれて、私達は亡くなった。
__________________
『……想いの強さがトリガーとなったのか、私の魂は浄化されなかった。後に私は知った。あの爆破事故が、人の手によって引き起こされた“テロ”だったということを……。』
「……俺はされた仕打ちを忘れはしない。歓迎されようが。」
『まさか、歓迎されてると思うか?』
「思う訳がないだろ。」
油断はせずとも、そんな会話を交わす。目の前に見えるのは、“悪意そのもの”だというのに。
呪花クロユリに目を向けるが、辺りに得体の知れない虫が宙を舞っているため、迂闊に摘み取れない。
隙を作るために、俺はクロユリに話しかける。
「お前は、自分について人間は何も理解していないと思っているか?」
『それはシャドードロップの知識のことか?…私は心を見透かす程度容易い。お前のような異端者だけだ。ここまで私を追い詰められるのは。』
「お褒めに預かり光栄だ。執着と追求…極めれば引かれる存在には成り得るか…
…」
褒めているのか貶しているのかすら分からない彼女の言葉。実際、何も間違いだとは思わない。
他人が何と言おうが信じて極める。その先にあるものが“知恵”。根性論も精神論も信じる価値はある。この世は天性の天才だけではない。
「……心を見透かせるのなら、俺が執念でどこまでパズルを埋めたのか…分かるよね…」
『当然。あと一ピースおめでとう。…実に不愉快だ……痕跡が現れないように跡形もなく消しているというのに、私の目を盗んで記録する著者も、隠蔽のために複雑にバラけたその記録を解読したお前も。……私にとって邪魔でしかない。』
すると赤い霧が濃くなり、身体が圧迫されるような感覚が走った。目を凝らすと、微粒子が鎖のような形でうっすらと絡まっていた。
「ッ!……何を…した…!」
『魂を拘束した。現実のお前は今、眠りに落ちている。お前はこれが何を意味するか……分かっているはずだ。』
「………夢堕ち下の意識は、現実の魂と結びついている…か……」
散々耳にして、よく分かっていること。よくよく考えてみれば、眠りに落として夢の中で魂を吸収すれば、現実で一切の痕跡を残すことなく、帰らぬ人とできる。
クロユリにとって、一番都合のいいやり方だった。
「……昔から…行方不明者が遺体の状態で見つかることが度々あった。体内にも体外にも傷を残さずにね………その理由が、やっと分かったよ……お前が殺ったのか。」
『この真実に気付く者は、本来なら存在するはずがない。私は現実に干渉する際に、魂を切り離し、消費する。事故で進化に必要な魂を集め、事故を引き起こすのに必要な魂はこうして集める。この繰り返しにより、力を増幅させてきた。どちらかが回らなくなれば、止まる。』
「つまり……お前は何が言いたい。」
『お前は知り過ぎた。私の目的達成において最大のイレギュラー。よって、今ここで消す。一切の痕跡も残さずに。』
すると、鎖はより圧縮され、身体が締め付けられた。
『どうせ死ぬのだから教えてやろう。お前が埋められなかった最後のピースを……』
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生前、私は身体が弱い一人の少女に過ぎなかった。特別でも何でもない。複数の病魔に襲われた少女。
「今日も雨……最近ずっと……」
カーテンから差し込む光は、最近見られていない。閉塞感に包まれて、私は目を閉じた。
私の病室生活は、寝たきりであった。身体が弱いのもあるけど、つまらなかった。
ある日、お見舞いに来てくれた友達が花束をくれた。けれど、私は色が分からない。
またある日、お母さんが絵本を読み聞かせてくれた。けれど、私は何とも思えなかった。
「あら、あんまり笑っていないじゃない。……ごめんね優里奈、健康な身体で産んであげられなくて……」
「お母さんは悪くないよ。産んでくれてありがとう!」
「優里奈……手術が終わったら、いっぱい遊んであげるからね。」
「うん!楽しみにしているよ!」
お母さんと指切りげんまんの約束をして、私は眠りに就いた。
現実では不自由で狭い世界で生きているから、夢の中でくらいなら、華やかで広い世界を冒険しても、罰は当たらないよね。
人の気配を感じて目を覚ますと、数日ぶりに光が漏れ出すカーテンと、その横で座っている少しだけ歳上の男の子が目に入った。
「湊君……?」
「おはよう。優里奈ちゃん。」
湊君は精神疾患を抱える男の子で、行き過ぎた英才教育の被害者だった。辛い経験から心に敏感で、よく私の話し相手になってくれていた。
「優里奈ちゃん、もうすぐ手術なんだってね……頑張って。」
「うん…頑張る……」
「……退院したら、一緒に出掛けようね。」
「約束ね。」
湊君は本当に優しかった。経験が彼を歪ませることはなく、人の苦しみをよく理解していた。そんな彼に、私は当時は名も知らない感情を抱いていた。
あれから一年と少しが経ち、私は手術とリハビリが終わって、退院することができた。
物心がつく前から病室生活だった私にとって、外の世界は写真や話でしか聞いたことのない、憧れだった。
「蝶々…本物は初めて見たなぁ……。…あれは太陽かな?ああなってたんだぁ……。じゃあ、あの早い物が車かな?危なそうだけど、便利なんだろうなぁ……」
私から見た外の世界は凄く新鮮で、気持ちのいいものだった。小鳥はさえずり、木々は風に揺れている。そんな平和な世界が、視界いっぱいに広がっていた。
「優里奈…!」
すると、門の近くで待っていた湊君がすぐさま駆け寄って来た。
「退院おめでとう。これ、プレゼント。」
そう言って、湊君は手に持っている箱を私に渡してきた。
「開けてもいいの?」
「勿論だよ。」
そう言われて、私は箱を開けた。箱の中には、丸いものが二つ入っていた。
「お母さん…これ何?」
手を繋いで隣を歩いているお母さんの顔を見上げると、お母さんは泣いていた。
「なんで泣いているの?」
そうたずねると、お母さんは少し落ち着いたようで、優しく言った。
「色覚補正用コンタクトよ……優里奈の世界も、少し色づくかもしれないわ。……ありがとう湊君。うちの子を気遣ってくれて。」
「……顔を上げてくださいお母様。事情を知っていたら、こうせずにはいられません。」
すると彼は私との距離を詰めてきて、私の左手を握った。
「ずっと言ってなかったけど、僕と優里奈ちゃんはご近所さん同士で、幼馴染なんだ。これからもよろしくね。」
「……うん!」
それから、私はまだ身体が覚束ないところはあったけれども、病室では出来なかった色々な経験を“現実”にした。
その中で、嬉しい、楽しい、悲しいなど、色んな感情を知った。そして、“好き”という感情も覚えた。
退院から色んなことを学んで、もう高校生。昨日、湊君からこんなお誘いを受けた。
「いつの日にかの約束……果たしに行こ?」
私はそのお誘いに喜んで、今初デートの場所に、電車で揺られて向かっていた。
思いもしなかったよ、これが地獄行きの切符だったなんてね。
「湊君がどんな所に連れて行ってくれるのか、楽しみ!」
「きっと気に入ってもらえると思うよ。優里奈の事を考えて選んだんだ。」
「嬉しい!君が精一杯考えてくれた場所なら、私はどこも……」「「ッ!」」
楽しく会話をしていた最中、電車が激しく揺れて、辺りがざわつき始めた。
「何だったんだろう……」
すると、何だか焦げ臭さを感じて、私は怖くなった。辺りが騒然とする中、その理由が明らかになった。
「爆発物です!皆さん離れてください!」
後方車両から人が流れ込んで来て、そんな言葉を耳にした。
その数秒後、再び揺れが起こった。爆発音と共に起きた揺れ。狭い車内は灼熱の光に照らされて、すぐに火に飲み込まれた。
すぐにでも遠退きそうな意識の中目を開くと、空は黒煙に包まれていて、火がじりじりと唸っていた。
「……優里…奈…」
「湊…君…」
私も、隣で横たわる湊君もボロボロで、生きられるとは到底思っていなかった。
最後に伝えたくて、私は言葉を口にした。
「言わせて欲しいの…私……湊君のことが好き………」
「僕もだよ……本当は、レトロハイマートから見る夜景の下で……君に告白するつもりだったんだ………先を越されちゃったね……」
「……私達…ある意味運命的だったよね。…その運命もゴールインをさせてはくれず、残酷に邪魔されちゃったけど……何故だろうね?」
「さぁ…?……平等じゃないよ…運命は……。……また、この世じゃなくても君に会えるといいな…」
「……そう…だね…」
天高く昇る黒煙に包まれて、私達は亡くなった。
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