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布石編
捨てる神あれば拾う神あり
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「一体いつになったら駒の動かし方を覚えるんだ!入部してもう2ヶ月経つんだぞ!君、やる気あるのか⁉︎」
洋峰学園中高等学校囲碁将棋部部室に怒鳴り声が響いた。部室にいる部員全員が一斉に振り向く。
今日は平日だが京子もいる。第一体育館は設備の定期点検で使えなくて、女子バスケ部の練習は休みだからだ。平日なので院生の田村優里亜、小島太一、そして仮入部で京子から手厳しい指導を受けた1年生の解良鈴菜もいる。
怒鳴られたのは将棋部唯一の女子・中等部1年生の浅野結花だ。小柄で丸顔、愛嬌のあるクリッとした目で、『クール系』美少女の京子とは違う、『かわいい系』の美少女だ。
しかし、京子の中での結花の認識はこうだ。
(ああ。男目当てで入部した子……)
怒鳴ったのは結花の片思いの相手、西木湊人だ。
京子は西木と結花を交互に見つめた。
(2ヶ月経っても駒の動かし方を覚えないのは、さすがにマズイよなぁ……。私もフォローできん)
察するに、結花はずっと西木から手取り足取り教えてもらいたくて、駒の動かし方を覚えていないフリをしていたか、わざと覚えなかったかの、どちらかじゃないかと思う。
(そんな事をすれば、いつかこうなるのに……)
ちなみに結花の付き添いでついてきた子は、すでに辞めたそうだ。
西木は怒鳴っただけでは腹の虫が治らないのか、さらにこう続けた。
「君、やる気無いなら将棋部、辞めてくれないか?邪魔だし迷惑だ」
さすがにそれは言い過ぎだ。
洋峰学園では、兼部を認めているので、部活をやる・やらない、頻度や練習量などは、各々個人で決めていい決まりになっている。だから他人の部活動について、誰も干渉してはいけないのだ。
「西木くん。それは言い過ぎ」
西木を注意したのは将棋部中等部部長の奥村海斗だった。きちんと部長としての役割を果たしている。
「でも浅野さん。2ヶ月経っても駒の動かし方を覚えてないのは、さすがにマズイよ。大会だってあるから、教える方も練習対局したいし」
奥村は至極最もな理由で結花を諭す。
しかし結花は西木に怒鳴られたことのほうが相当応えたようだ。顔を真っ青にして俯いている。
「あの……すみません……。私、将棋部、辞めます」
結花はそう言うと勢いよく立ち上がり、
「今までありがとうございました」
と礼をして、鞄を抱えて走って部室を出ていった。
(あれ?めそめそ泣くか、逆ギレするかと思ったのに。ちゃんと挨拶して行ったな。もしかして私が思ってたよりチャラチャラしてる子じゃないのかも)
京子は指導碁の手を止め、腕組みしてしばらく思案していたが、何か閃いたように手をポンと叩いた。
「田村先輩、すみません。私、浅野さんと話してくるんで、指導をしばらく変わってもらえますか?」
「えっ?ちょっ、途中から⁉︎こんな中途半端な所から⁉︎」
突然指名された優里亜が焦るのも無理はない。優里亜も京子から指導を受けているからだ。しかもまだ20手ほど打っただけで、これから本格的な指導に入る局面だ。
しかし京子は優里亜の返事を待たずに、走って結花を追いかけて部室から出て行ってしまった。
が、10分としないうちに、京子は結花を連れて戻ってきた。
京子は結花の右手側に立ち、結花の両肩に手を添えてニヤニヤというよりヘラヘラと笑っている。逆に結花は祈るように両手を組みオドオドしている。
2人の身長差のせいか、小さな妹を公園に連れてきた姉のようだ。
「将棋部中等部部長の奥村先輩。それから囲碁部中等部部長の鈴木先輩。ちょっと相談なんですけど。浅野さん、囲碁部に入部したいそうです」
「「え?」」
去年の文化祭で、京子と深沢二段との間でいざこざが起こった時、終始ノーリアクションだった鈴木部長が驚いてるのを見て、部員達が驚いている。
「私が浅野さんをスカウトしました。いいですよね?奥村先輩、何か問題はありますか?」
「いや、無いけど……」
「鈴木先輩は?」
「ん……まぁ、うちも問題ないけど……」
あまりにも急展開すぎて、部員全員の顔が『( ゚д゚)』となっている。
しかし京子は、部員達がこういうリアクションをするとわかっていたのか、それとも、なし崩しに結花を囲碁部に入部させるためか、周りを気にせずガンガン話を進める。
「はい、浅野さん。入部の挨拶」
「あ、は、はい。えーっと、囲碁部に入部しますので、よろしくお願いします」
とはいっても、将棋部と囲碁部は同じ部室。人数が増えるわけでも減るわけでもない。結花の籍が将棋部から囲碁部になるだけだ。とりあえず拍手する者、「はい」と返事する者、ただ呆然とする者。反応はさまざまだ。
そしてさらに京子はガンガン話を進める。
「ということで、新入部員の指導は石坂くん、よろしくね」
「は⁉︎僕⁉︎なんで⁉︎」
結花の入部を対岸の火事のように見ていた、京子や西木と同じクラスの石坂嘉正は、突然京子から指名されて狼狽えた。
「だって、2年生で正式な囲碁部員て、石坂くんしかいないじゃない」
将棋部員でも囲碁を打っているし、囲碁部員でも将棋を指しているので、すっかり忘れていた。
「そうだけど、田村先輩の方が……」
去年、嘉正が入部した時、ルールを教えてくれたのは田村優里亜だ。院生だし適任だ。
「田村先輩は棋士採用試験に集中させてあげたいの」
そういえばそんなこと言ってたなぁ。
「でも、小島先輩や解良さんもいるし、僕じゃなくても……」
相手は女子だ。あがり症の嘉正はできるだけ女子とは関わり合いたく無い。
「石坂くん、よく考えてみて。来年、誰が中等部囲碁部の部長をやるの?来年3年生になる中等部の囲碁部員て、中途入部する現2年生がいない限り、石坂くんしかいないんだよ」
「!!!」
「新入部員に指導もできない部長なんて、ちょっと威厳に欠けると思わない?」
「………っ!」
2年生になっても変わらず教室の隅でぼっちでいる嘉正に、コミュ障の人間にとって、人生最大の危機が訪れようとしていた。
●○●○●○
部活を終えた帰り道。『洋峰学園中高等部駅』までの短い距離を、優里亜は京子と並んで歩いていた。
先日のちょっとした諍いで関係がギクシャクするかと思っていたが、今までと変わらず、関係は良好なままだ。
玄関を出た囲碁将棋部員達が、駅まで長い列を作って歩いている。
優里亜は前を歩く結花の姿を眺めながら、先程の部室での出来事を思い出していた。
「京子、どうやって結花を囲碁部に入るように説得したの?」
たった10分程度で、なにをどう言えばああも簡単に懐柔……もとい、説得できるんだろう。
気がついたらみんなが京子の言いなりになっている。
まるで京子の碁を具現化したかのような光景だった。
夏至の夕日に照らされた京子の顔がこちらを向いた。
「将棋って、覚えることが多くて大変じゃないですか。駒の動かし方にルールに。浅香さん、どうしても似たような大きさや動かし方の駒を間違えちゃうんですって。香車と桂馬とか、金将と銀将とか。だから「囲碁はルールだけ覚えればいいよ」って言ったんです」
「それだけで「囲碁始めよう!」って、ならないでしょ?」
そんな簡単な理由で囲碁を始めてみようという気になるなら、もっと囲碁人口は多くなっている筈だ。
すると京子は白い歯を見せてニカッと笑った。
「先輩も気づいてたでしょ?浅野さん、西木くんのこと好きなんだって。なので、「夏休みの合宿、将棋部と囲碁部は合同でやるよ」って言ってみたんです」
奥の手を使ったのか……。
「なんで結花を引き留めたのよ。明日から西木と顔合わせづらいとか、考えなかったの?」
「もし浅野さんがそう思っていたなら、私の提案を断ればいいだけなので」
そう言って、また京子はニカッと笑った。
(そうだった。京子って、自分の大切な人には気を使うけど、そうじゃない人にはとことん無情なんだよな)
『畠山京子 対策』ノートに書き込む項目が増えた。っていうか、一番最初に書き込むべき項目だった。
⭐︎畠山京子の性格
⚪︎超合理主義(相手の気持ちより、自分のやりたいこと優先)
合理主義って、悪い事ではないと思うけど、京子を見てると、冷たい人だなって思う時あるんだよなぁ……。
(……っと。今は結花をどうするのかって話をしてたんだ)
「結花を囲碁部に誘って、京子、なに企んでるの?」
「企むなんて、人聞きの悪い言い方しないで下さいよ。夏の合宿、1人でも女子が多い方がいいじゃないですか。先輩だって、合宿行きたいって言ってたじゃないですか」
「そうだけど……」
『畠山京子対策』ノートに書き込むことがもう一つできた。
⭐︎畠山京子の性格
⚪︎手の内を曝け出しているようで、本心は絶対言わない(嘘を吐くか吐かないかのギリギリで相手の質問を上手く躱す)
後でこう書き込もうと思ったところで、ずっと抱えていた違和感というか、心のモヤモヤがはっきりと見えた。
(そういえば私、駆け引きとか苦手かも……)
自分では『勝負手』だと思って打った手が、全然相手に効いてないなんて事がよくある。
局後検討してみて、どうしてこんな中途半端な手を打ったのかと、自分で自分がわからなくなる時がある。
これは、おそらくノートをつけて畠山京子という人物をよく観察しようと思わなければ出なかっただろう答えだ。これに気づけただけでも京子との稽古は身を結んでいるのかもしれない。
私の碁はまだまだ改善の余地がある。
「先輩?どうしました?急に黙り込んで」
「え?ああ!じゃあ恋のキューピット役でもするつもりなのかなぁ?って」
咄嗟によくこんな言葉が出てきたな、私。自分で自分にびっくりした。
「まさか!そんな大層な!私はただ囲碁の競技人口を増やしたいだけですよ。普及活動も棋士の立派な仕事ですからね!」
京子は右手をブンブン振って全力で否定しているけど、なんか怪しい。
京子は超合理主義。結花を囲碁部に入部させることで、何かしらのデータなり、先々を見据えた何かを絶対企んでいる。はず。
しかし、ある一点に関しては、京子と同意見の部分もあったりする。
「まぁ京子の言う通り、来年はヨッシーが中等部囲碁部の部長になるのは決定だしね。指導を任せるのはいいかもね」
「ヨッシーって、もしかして石坂くんの事ですか?」
「……前々から思ってたけど、あんた達、教室ではどんな会話してるの?」
「石坂くん。教室では「俺に話しかけるんじゃねぇ!」オーラがダダ漏れで声掛けづらいんですよねー」
ああ。コミュ障特有の誤解……。
他人に嫌われたくないあまり自分から声をかけられない性格が、こんな誤解を招いている……。
っていうか、京子もヨッシーのコミュ障を知ってると思うんだけどな。
それでも教室ではヨッシーとは会話無しってことは、超合理主義の京子は……。
と、優里亜はここまで考えて、嘉正が気の毒に思えてきたので、考えるのをやめた。
洋峰学園中高等学校囲碁将棋部部室に怒鳴り声が響いた。部室にいる部員全員が一斉に振り向く。
今日は平日だが京子もいる。第一体育館は設備の定期点検で使えなくて、女子バスケ部の練習は休みだからだ。平日なので院生の田村優里亜、小島太一、そして仮入部で京子から手厳しい指導を受けた1年生の解良鈴菜もいる。
怒鳴られたのは将棋部唯一の女子・中等部1年生の浅野結花だ。小柄で丸顔、愛嬌のあるクリッとした目で、『クール系』美少女の京子とは違う、『かわいい系』の美少女だ。
しかし、京子の中での結花の認識はこうだ。
(ああ。男目当てで入部した子……)
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京子は西木と結花を交互に見つめた。
(2ヶ月経っても駒の動かし方を覚えないのは、さすがにマズイよなぁ……。私もフォローできん)
察するに、結花はずっと西木から手取り足取り教えてもらいたくて、駒の動かし方を覚えていないフリをしていたか、わざと覚えなかったかの、どちらかじゃないかと思う。
(そんな事をすれば、いつかこうなるのに……)
ちなみに結花の付き添いでついてきた子は、すでに辞めたそうだ。
西木は怒鳴っただけでは腹の虫が治らないのか、さらにこう続けた。
「君、やる気無いなら将棋部、辞めてくれないか?邪魔だし迷惑だ」
さすがにそれは言い過ぎだ。
洋峰学園では、兼部を認めているので、部活をやる・やらない、頻度や練習量などは、各々個人で決めていい決まりになっている。だから他人の部活動について、誰も干渉してはいけないのだ。
「西木くん。それは言い過ぎ」
西木を注意したのは将棋部中等部部長の奥村海斗だった。きちんと部長としての役割を果たしている。
「でも浅野さん。2ヶ月経っても駒の動かし方を覚えてないのは、さすがにマズイよ。大会だってあるから、教える方も練習対局したいし」
奥村は至極最もな理由で結花を諭す。
しかし結花は西木に怒鳴られたことのほうが相当応えたようだ。顔を真っ青にして俯いている。
「あの……すみません……。私、将棋部、辞めます」
結花はそう言うと勢いよく立ち上がり、
「今までありがとうございました」
と礼をして、鞄を抱えて走って部室を出ていった。
(あれ?めそめそ泣くか、逆ギレするかと思ったのに。ちゃんと挨拶して行ったな。もしかして私が思ってたよりチャラチャラしてる子じゃないのかも)
京子は指導碁の手を止め、腕組みしてしばらく思案していたが、何か閃いたように手をポンと叩いた。
「田村先輩、すみません。私、浅野さんと話してくるんで、指導をしばらく変わってもらえますか?」
「えっ?ちょっ、途中から⁉︎こんな中途半端な所から⁉︎」
突然指名された優里亜が焦るのも無理はない。優里亜も京子から指導を受けているからだ。しかもまだ20手ほど打っただけで、これから本格的な指導に入る局面だ。
しかし京子は優里亜の返事を待たずに、走って結花を追いかけて部室から出て行ってしまった。
が、10分としないうちに、京子は結花を連れて戻ってきた。
京子は結花の右手側に立ち、結花の両肩に手を添えてニヤニヤというよりヘラヘラと笑っている。逆に結花は祈るように両手を組みオドオドしている。
2人の身長差のせいか、小さな妹を公園に連れてきた姉のようだ。
「将棋部中等部部長の奥村先輩。それから囲碁部中等部部長の鈴木先輩。ちょっと相談なんですけど。浅野さん、囲碁部に入部したいそうです」
「「え?」」
去年の文化祭で、京子と深沢二段との間でいざこざが起こった時、終始ノーリアクションだった鈴木部長が驚いてるのを見て、部員達が驚いている。
「私が浅野さんをスカウトしました。いいですよね?奥村先輩、何か問題はありますか?」
「いや、無いけど……」
「鈴木先輩は?」
「ん……まぁ、うちも問題ないけど……」
あまりにも急展開すぎて、部員全員の顔が『( ゚д゚)』となっている。
しかし京子は、部員達がこういうリアクションをするとわかっていたのか、それとも、なし崩しに結花を囲碁部に入部させるためか、周りを気にせずガンガン話を進める。
「はい、浅野さん。入部の挨拶」
「あ、は、はい。えーっと、囲碁部に入部しますので、よろしくお願いします」
とはいっても、将棋部と囲碁部は同じ部室。人数が増えるわけでも減るわけでもない。結花の籍が将棋部から囲碁部になるだけだ。とりあえず拍手する者、「はい」と返事する者、ただ呆然とする者。反応はさまざまだ。
そしてさらに京子はガンガン話を進める。
「ということで、新入部員の指導は石坂くん、よろしくね」
「は⁉︎僕⁉︎なんで⁉︎」
結花の入部を対岸の火事のように見ていた、京子や西木と同じクラスの石坂嘉正は、突然京子から指名されて狼狽えた。
「だって、2年生で正式な囲碁部員て、石坂くんしかいないじゃない」
将棋部員でも囲碁を打っているし、囲碁部員でも将棋を指しているので、すっかり忘れていた。
「そうだけど、田村先輩の方が……」
去年、嘉正が入部した時、ルールを教えてくれたのは田村優里亜だ。院生だし適任だ。
「田村先輩は棋士採用試験に集中させてあげたいの」
そういえばそんなこと言ってたなぁ。
「でも、小島先輩や解良さんもいるし、僕じゃなくても……」
相手は女子だ。あがり症の嘉正はできるだけ女子とは関わり合いたく無い。
「石坂くん、よく考えてみて。来年、誰が中等部囲碁部の部長をやるの?来年3年生になる中等部の囲碁部員て、中途入部する現2年生がいない限り、石坂くんしかいないんだよ」
「!!!」
「新入部員に指導もできない部長なんて、ちょっと威厳に欠けると思わない?」
「………っ!」
2年生になっても変わらず教室の隅でぼっちでいる嘉正に、コミュ障の人間にとって、人生最大の危機が訪れようとしていた。
●○●○●○
部活を終えた帰り道。『洋峰学園中高等部駅』までの短い距離を、優里亜は京子と並んで歩いていた。
先日のちょっとした諍いで関係がギクシャクするかと思っていたが、今までと変わらず、関係は良好なままだ。
玄関を出た囲碁将棋部員達が、駅まで長い列を作って歩いている。
優里亜は前を歩く結花の姿を眺めながら、先程の部室での出来事を思い出していた。
「京子、どうやって結花を囲碁部に入るように説得したの?」
たった10分程度で、なにをどう言えばああも簡単に懐柔……もとい、説得できるんだろう。
気がついたらみんなが京子の言いなりになっている。
まるで京子の碁を具現化したかのような光景だった。
夏至の夕日に照らされた京子の顔がこちらを向いた。
「将棋って、覚えることが多くて大変じゃないですか。駒の動かし方にルールに。浅香さん、どうしても似たような大きさや動かし方の駒を間違えちゃうんですって。香車と桂馬とか、金将と銀将とか。だから「囲碁はルールだけ覚えればいいよ」って言ったんです」
「それだけで「囲碁始めよう!」って、ならないでしょ?」
そんな簡単な理由で囲碁を始めてみようという気になるなら、もっと囲碁人口は多くなっている筈だ。
すると京子は白い歯を見せてニカッと笑った。
「先輩も気づいてたでしょ?浅野さん、西木くんのこと好きなんだって。なので、「夏休みの合宿、将棋部と囲碁部は合同でやるよ」って言ってみたんです」
奥の手を使ったのか……。
「なんで結花を引き留めたのよ。明日から西木と顔合わせづらいとか、考えなかったの?」
「もし浅野さんがそう思っていたなら、私の提案を断ればいいだけなので」
そう言って、また京子はニカッと笑った。
(そうだった。京子って、自分の大切な人には気を使うけど、そうじゃない人にはとことん無情なんだよな)
『畠山京子 対策』ノートに書き込む項目が増えた。っていうか、一番最初に書き込むべき項目だった。
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⚪︎超合理主義(相手の気持ちより、自分のやりたいこと優先)
合理主義って、悪い事ではないと思うけど、京子を見てると、冷たい人だなって思う時あるんだよなぁ……。
(……っと。今は結花をどうするのかって話をしてたんだ)
「結花を囲碁部に誘って、京子、なに企んでるの?」
「企むなんて、人聞きの悪い言い方しないで下さいよ。夏の合宿、1人でも女子が多い方がいいじゃないですか。先輩だって、合宿行きたいって言ってたじゃないですか」
「そうだけど……」
『畠山京子対策』ノートに書き込むことがもう一つできた。
⭐︎畠山京子の性格
⚪︎手の内を曝け出しているようで、本心は絶対言わない(嘘を吐くか吐かないかのギリギリで相手の質問を上手く躱す)
後でこう書き込もうと思ったところで、ずっと抱えていた違和感というか、心のモヤモヤがはっきりと見えた。
(そういえば私、駆け引きとか苦手かも……)
自分では『勝負手』だと思って打った手が、全然相手に効いてないなんて事がよくある。
局後検討してみて、どうしてこんな中途半端な手を打ったのかと、自分で自分がわからなくなる時がある。
これは、おそらくノートをつけて畠山京子という人物をよく観察しようと思わなければ出なかっただろう答えだ。これに気づけただけでも京子との稽古は身を結んでいるのかもしれない。
私の碁はまだまだ改善の余地がある。
「先輩?どうしました?急に黙り込んで」
「え?ああ!じゃあ恋のキューピット役でもするつもりなのかなぁ?って」
咄嗟によくこんな言葉が出てきたな、私。自分で自分にびっくりした。
「まさか!そんな大層な!私はただ囲碁の競技人口を増やしたいだけですよ。普及活動も棋士の立派な仕事ですからね!」
京子は右手をブンブン振って全力で否定しているけど、なんか怪しい。
京子は超合理主義。結花を囲碁部に入部させることで、何かしらのデータなり、先々を見据えた何かを絶対企んでいる。はず。
しかし、ある一点に関しては、京子と同意見の部分もあったりする。
「まぁ京子の言う通り、来年はヨッシーが中等部囲碁部の部長になるのは決定だしね。指導を任せるのはいいかもね」
「ヨッシーって、もしかして石坂くんの事ですか?」
「……前々から思ってたけど、あんた達、教室ではどんな会話してるの?」
「石坂くん。教室では「俺に話しかけるんじゃねぇ!」オーラがダダ漏れで声掛けづらいんですよねー」
ああ。コミュ障特有の誤解……。
他人に嫌われたくないあまり自分から声をかけられない性格が、こんな誤解を招いている……。
っていうか、京子もヨッシーのコミュ障を知ってると思うんだけどな。
それでも教室ではヨッシーとは会話無しってことは、超合理主義の京子は……。
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