GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃

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布石編

洋峰学園大学 囲碁サークル

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 洋峰学園大学の囲碁部から中等部囲碁部にメールが届いたのは半月前。

『拝啓(中略)囲碁棋士の畠山京子さんが入学されたと伺いました。(中略)囲碁部のみなさん、もし宜しければ大学の囲碁部に見学にいらっしゃいませんか。(中略)そして可能なら一度、畠山さんから囲碁の指導を賜りたく存じます。(後略)』


 と、中学生相手にかなり遜っているが「畠山京子に会いたいから大学の囲碁部に見学に来ない?」という風にしか読めない内容だった。


 このメールを受け取った中等部部長の鈴木拓海は、囲碁将棋部顧問の伊崎いさき秀吾しゅうごに、以前にも大学の囲碁部から招待されたことがあるのか聞いてみた。

「私が顧問になってからは無いなぁ。それより前は調べてみないとわからないな」

 終始ニヤニヤしていて女子生徒からは気味悪がられている定年前の日本史の教師だ。しかし将棋はアマチュア五段、囲碁はアマ三段と、顧問をするには申し分ない棋力の持ち主だ。

 それに記憶力はとても良い。伊崎先生が無いと言うなら無いのだろう。


「このメール、明らかに畠山さんをナンパ目的だと思うんですけど、大学側に断りのメールを送った方がいいですか?」

 大学にだって元院生の一人ぐらいはいそうだ。それにプロから指導を受けたいなら、ちゃんと手順を踏んで呼べばいい。

 畠山を名指ししている点、それになぜ畠山でなければならないのか明確な理由を述べていない点から、明らかに下心があるようにしか思えない。

 鈴木はこのメールの対応をどうしようかと相談した。しかし伊崎は、

「畠山が簡単にナンパされると思うか?あいつのことだ。逆に大学生を取って食おうとするぞ」

 と、教育者としてはあるまじき、女子生徒を保護する気が更々無いらしい。

 しかし鈴木の脳内に大学生を手玉に取る畠山京子の姿の映像が流れる。おそらく伊崎と同じ映像だろう。


 笑顔だけでいとも簡単に籠絡し雑用係として大学生をこき使う美少女の姿を。


(想像力の乏しい僕にも容易に想像がつく……)


 鈴木はメールの事を京子に伝えると、京子は二つ返事で快諾した。



 ●○●○●○



 土曜日。梅雨の中休み。

 京子や「籍は将棋部だけど囲碁も打つ」今日だけ囲碁部員、つまり高校生も含む囲碁将棋部部員のほとんどが、洋峰学園大学の青葉キャンパスにやって来た。先日将棋部から囲碁部に籍を移した浅野結花もいる。

 なぜなのかと言うと、土曜日なので院生は院生研修があるので来ていない。将棋の奨励会員は言わずもがな。


 初めて『大学』という場所にやってきた京子は、初めて東京に来た時よりも興奮している。キョロキョロと辺りを見回し、お上りさん丸出しだ。

「広い!広いですねー!それに緑が多くて気持ちいいー!ここと比べたら中高等部の校舎なんて、幼稚園のお遊戯場にしか見えませんねー!」

 例えが独特でわかりにくい。とにかく広いと言いたいらしい。


「天気のいい日はここで昼食を取る人が多いよ」

 案内してくれているのは、洋峰学園大学囲碁サークル部長の橋田青空すかい。あのメールの送り主だ。元院生らしい。京子の事は現役院生から聞いたそうだ。


 部長直々に出迎えてくれた理由は、どうやらこの招待は、夏休みに向けたオープンキャンパスの準備も兼ねているらしい。鈴木たちに今日の意見を聞いて、本番に備えたいそうだ。

(そうならそうと、メールに書いておいてくれればいいのに……)

 鈴木は不機嫌な顔でブツブツと独りごちながら、橋田の後についていった。



 案内された先は、2階建ての古い建物だった。その建物の1階の一番奥の部屋に鈴木たちは通された。中に入ると10人ほどの部員に拍手で迎えられた。

(大学でも囲碁部員て少ないんだな)

 この囲碁部部室の隣りは将棋部だった。チラッと隙間から見えた室内は、数え切れないほどの部員で埋め尽くされていた。それに部室もここより3倍くらいは広そうだった。

(なんかこの部室、倉庫って感じだし。歴史のある大学だから学校設立当時から将棋部と一緒に囲碁部はあっただろうに。それでも囲碁部はこの扱い……)

 考えれば考えるほど虚しくなってくる。

 普段から囲碁の競技人口を増やしたいと息巻いている畠山は、この状況をどう思ってるんだろう?

 そう思いながら鈴木は畠山に一瞥くれると、畠山はなんだか目をキラキラとさせている。

(あー。そういや畠山は逆境とか反乱とか、そういうキーワードの類のものが大好物だったよな)

 おそらく「私の力でこの弱小囲碁部を大学一の最強サークルに!」とか思っているに違いない。そんな表情だ。


 鈴木は高等部部長の大久保とおるに肘で小突かれた。それから小声でこう言われた。

「挨拶」

 そうだ。僕には今日、使命がある。

 来年、部長になる2年生の石坂嘉正よしまさに、今日の僕の仕事振りを見せて、部長の仕事を引き継ぐための勉強してもらう。今朝ここに来る前に石坂に話をしておいた。

 鈴木は石坂に視線を配る。
 なぜかガチガチに緊張している。

(石坂、チキンハートだった……。順番を間違えた)

 帰ってから今日の段取りを復習させるやり方の方が石坂には合ってた。

 しかし、もう始まってしまったものはしょうがない。

 鈴木は一歩前に出て、大きな声で、

「今日はよろしくお願いします!」

 と挨拶した。他の部員全員も鈴木の後に続いて挨拶した。石坂もちゃんと挨拶できている。ホッとした。

 とりわけ挨拶の声が大きかったのは、バスケ部の畠山京子だった。

(大学生全員引いている……。僕らも初めて畠山がガチの体育会系だと知った時も、こんなリアクションだったなぁ)


 一年前、畠山から指導碁を受けられないかと言い出したのは、卒業した前高等部部長の中竹だった。

 棋院のホームページを見て、「この子、めっちゃ可愛くない?」と下心丸出しで、畠山と同じクラスの石坂に指導碁の打診を頼んだ。

「可憐で儚げで、箸より重い物を持った事なんかないんだよ」

 しかし、いざ呼んでみたら、声が大きくて煩いわ、結構お転婆だわ、リアクション大きいわ、箸の何百倍も重いバスケットボールを放り投げる怪力だわ。中竹の淡い恋心は畠山の囲碁部来訪直後に本人によってぶっ壊される。

 必死で平静を取り繕う中竹を、鈴木は直視出来ないほど心の中で笑っていた。


(中竹先輩、今、同胞がこれだけいますよ)

 この空気、先輩にも味わわせてあげたい。


 しかし当の本人、畠山京子は目をギラギラさせている。棋士・畠山京子のスイッチが入ったらしい。指導する気満々だ。

「さぁ!では早速始めましょうか!みなさん、座ってください!」

 客なのに仕切っている。それに降ろしていた髪をいつの間にか束ねている。


「あー、その前に。畠山さんに見てもらいたい物があるんだ」

 橋田が京子を手招きする。

 部屋の隅に置かれた棚に、ずらりと賞状やトロフィーが並べられてある。

 しかしどれもかなり色褪せている。

 賞状の日付けをよく見てみると、殆どが20年ほど前の、しかもすべて同一人物の名前だった。

 集合写真もあった。前列中央に座る人物の持つ賞状の日付けは、この色褪せた賞状と同じ物だ。

 鈴木は賞状に書かれた名前を読み上げる。

「畠山亮司……。あれ?もしかして、畠山さんのお父さん?」

 鈴木はもう一度集合写真の中央の人物を見る。かなりのイケメンだ。それに畠山と目元がよく似ている。


「そうなんだよ。『最強のアマチュア』と謳われたあの畠山亮司さんは、ウチの大学出身だったんだよ!賞状やトロフィーは全てここに置いて行ってしまったんだ。だから今回畠山さんを呼んだのは、これを見てもらいたかったんだ」


(なんだよ。ナンパ目的じゃなかったのかよ⁉︎)

 まぁ、成人男性が女子中学生をナンパなんて、下手すれば法に引っかかるしな。ウチの大学の囲碁部はまともな人達で良かった。


(畠山亮司……。最強のアマチュア……)

 そういえば田村先輩が言っていた。

 『岡本幸浩の弟子ってだけでも羨ましいのに、あの畠山亮司の娘だったなんて』と。

 まさかウチの大学出身だったとは。

(あ、そうか。だから畠山さんはウチの中学を選んだのか)

 秋田から単身東京に出てきて内弟子になった。学校選びは慎重になったはずだ。ウチの学校を選んだのは、親が通っていた大学の学校だったから、か。


「知りませんでした。父の出身校だったんですね」

 鈴木は思わず「えっ⁉︎」と叫びそうになった。


 畠山が険しい表情で写真を見つめる。何か言いたそうに口を開きかけたが、すぐ閉じた。言葉を飲み込むように。そしてまた口を開いた。

「……ここにあるトロフィーや賞状、日付けの古いものしか無いようですけど。この間、みなさんは何をしてらしたんですか。さぁ!指導碁、始めますよ!さっさと座って下さいっ!新しい賞状とトロフィーをここに並べますよ!」

 畠山は挨拶した時より更に大きな声で、みんなの尻を叩いた。



 その後、畠山は何事も無かったかのように20人相手に碁を打っていた。

 しかし鈴木は、苦虫を噛み潰したような畠山の表情が頭から離れず、碁に集中できずにいた。
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