ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-21.中央駅前にて 2

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ショーケースにはいろんな味が並んでて、並びながら迷って、レジでも決められず後ろに迷惑をかけるパターンかと身構えた。注文口には親切に、ランキングが貼り付けてあったから、上位を選ぶだけで済んだ。

この場で食べるわけじゃないし、焼きたてには拘らなかった。すでに冷やされたものを保冷剤と一緒に包んでもらって、受け取る。

フードコートの入口まで戻ってきても、まだ基樹くんの姿は見えなかった。キャップにメガネで、確かにこの都会なら馴染むかもしれない。基樹くん自身はおしゃれのつもりはないって言ってたけど、私からすれば十分そう見えた。

大人しく、壁沿いで待っていよう。きっと陽が傾いてきて、テイクアウトする人が増えているのか、フードコート周辺に居る人が増えてる気もする。入口から、少し外れたところへ押しやられてしまった。

明らかに人を待っていると分かるように、ちらちらと目線をやっていたのに、声を掛けられる。都会は、これが面倒。


「ねえ、キミ可愛いね。市立大生?」
「何学部?」
「おい、止めとけって」

「……人を待ってるので」
「え、誰、男?」
「女の子待ってるなら超ラッキー、みんなで遊ばない?」
「ねえ、どこの子なの??」
「オレらこの辺詳しいんだけど」
「だから、止めろって」


会話から、大学生と見て間違ってないと思う。私が年下なのを認識していなさそうだ。流石にまだお酒の臭いはしないけど、もし飲んでたらもっと面倒だっただろう。引き離そうとしてる人もいるけど、結果は変わらない。

フードコートの方向が見えなくて、視線のやり場がなかったから、余計に鬱陶しかった。基樹くんから、私が見えるだろうか。


「……すみません」
「……なーんだ、彼氏持ちか」
「だから絡むなって言ったろ」


よかった、ちゃんと見つけてくれた。別に、小さいわけじゃないけど、男子に囲まれてるって想像はしないだろうし。ただ、その顔は多少引きつってるようにも見えた。


「お邪魔しましたー。ほら、行くぞ」
「またね、可愛い子ちゃん!」
「……『また』なんて、あったら困る」


まともな人が、主犯の服を引っ張って、フードコートへ消えていった。基樹くんと次に目が合った時にはもう、いつもの優しい目に戻っていた。


「……大丈夫?」
「平気、慣れてるから」
「慣れてる?」
「よく絡まれるの。そんな遊んでる感じ、出してるつもりはないんだけど」


あえて、スカートを履かないのは、無意識に取ってた防衛手段。カジュアルな格好をするようになってから、声を掛けられるのは減った気がする。

それでも、基樹くんの好みには合わせておきたい。並んで歩くことがこれからもあると、思いたいから。


「こういう時、いつもどうしてるの」
「逃げる。今日は例外」
「例外? 待ってたから?」


ひとりだったら全力ダッシュしてるとこ。でも、フードコートから離れたら、基樹くんはたぶん焦る。雑貨屋さんでも、携帯があるのに離れることを心配してた。


「なんか基樹くん、離れるの嫌がるかなって」
「まあ……、こんなことあるんだったら、一緒に居ればよかったとは思うね」
「基樹くんが気にする事じゃないよ、どう考えても絡んでくる方が悪い」
「それはそうだけど」


明らかに相手が悪いと、基樹くんが同意してくれたことに安心した。なんとなく、自分が悪いと抱え込むような感じもあって、責めるんじゃないかと思ってた。


「あれ、基樹くん?」
「っ……!」
「え?」


基樹くんに手を掴まれて、早足でどこかへ誘導される。今まで合わせてもらってたのが分かるほど、歩幅の大きい基樹くんについて行くと、モールの外に出た。声を掛ける間もなく遊歩道を進んで、屋外の階段下、従業員用のドアの近くでやっと止まった。

壁に寄りかかる基樹くんは、私の手を握りしめたまま、前かがみになってボディバッグの紐を気にしてる。胸の辺りが苦しいんだろうか、走ったわけでもないのに、息も荒い。


「……大丈夫?」


そう、声を掛けるのが精一杯だった。明らかに、基樹くんの体調が変だから。手を離した基樹くんの顔はやっぱり見えないし、たぶん今が一番、見られたくない瞬間だろう。


「何か、お茶でも買ってこようか?」


気を利かせたつもりだけど、拒否される。離れて欲しくなさそうだから、そう返ってくるのも予想はできたけど、だからと言って、私にできることは他になさそうだ。

無理に目を合わせようとはしない。さっきまで、キャップに隠された顔を覗き込めてたのは、基樹くんが許容していたから。今、やっていいことじゃない。

待つ以外、やれることはなさそうで、とりあえず目の前に立ったまま、基樹くんの様子を伺った。荒かった息は段々と落ち着いて、上がった肩も力が抜けているように見える。


「……ちょっと、落ち着いてきた?」


キャップが動いて顔が見えたかと思ったら、基樹くんはしゃがみ込んでた。でも、顔は隠さない。見せてくれてる。

あえて、正面じゃなく、放課後と同じ、基樹くんの左側にしゃがんだ。その方が、慣れた場所だから。首を動かさなければ、基樹くんの視界に入らないから。


「……びっくりした、急に動くから」
「ごめん」
「いや、何かあるのは、分かったから」


それ以上のことを、聞こうとは思わなかった。気にならないわけじゃないけど、基樹くんが話したいなら話せばいい部分。

一緒に時間を過ごしてくれる、家から引き離してくれる、都合の良い同年代として基樹くんを見てる私には、立ち入れない区域。むしろ、弱みになる部分は知らない方がいい。同情を、誘われる。

(手、握られても嫌じゃなかったな……)





「……自転車、取りに行こうか」
「もう大丈夫?」
「うん、ありがとう」


基樹くんが、確認するように立ち上がる。私に対してはもう隠す素振りもなくて、息も意識的に吐いてる。

少し周囲を見てから、遊歩道に出て人気の少ない線路沿いに出た。駅前に来た時とは違う道を通って、シューペに向かうらしい。

さっきの慌てた感じとは違って、私のペースに合わせて歩いてくれる。自然だったから、気付いてなかった。放課後帰る時も、合わせてもらってたんだ。





自転車を押して着いた裏道に、普段通り腰を下ろした。違うのは、基樹くんの身体が私の方を向いていること。キャップも浅く被ってるのか、目も合いやすくなって、今度は私が伏せがちになる。急に距離を取られなくなると、どうしていいか分からない。


「何買ったの」
「ワッフル」


簡単に応えて、包装紙に包まれたワッフルをひとつ、基樹くんに手渡した。保冷剤を入れておいてもらって、助かった。

「半分こ、する?」
「いいの?」
「うん」


もうひとつを出す前に、基樹くんから半分が返ってきた。遠慮する理由もなく、受け取った。


「これ食べるって決めてたの?」
「うん?」
「買いに行くの、早かったから」

「お店見えた時に、『これ!』って思った」
「迷わなかったんだ」
「うん」


やっぱり、メニューを決められないのはバレてる。その恥ずかしさよりも、基樹くんが楽しそうで、顔が緩んでしまう。さっき、苦しそうなのを見てしまったから。


「このふたつはどう絞ったの。他にもあったでしょ?」
「売り上げ一位・二位って貼ってた」
「なるほどね」


ワッフルを食べ終えても、基樹くんが何も出さない。買ってないことはないだろうし、時間が経ったことで出しにくくなったのかも。


「基樹くんは?」
「あー、シェイクだったんだけど、溶けてるね」
「むしろ頑張って吸わなくて済む」
「まあ……、こういうのはあんまり?」
「無性に飲みたくなる時あるくらい」
「ならよかった」


溶けてはいるけど味は美味しくて、ひとりで買いに行ってもいいなと思った。飲んでいるうちに少し冷静になって、改めて基樹くんを見てしまう。不思議そうに首を傾げる、別人みたいな基樹くんに、今更戸惑っていた。





「妃菜ちゃんは、W7とかやってる?」
「全く、見もしない。やるの?」
「たまに見るだけ。さっきのとか、広まってるんじゃないかな」
「声掛けられたやつ?」
「うん」


シェイクだったドリンクを飲み終えて、いつもの放課後みたくリラックスしている中で、基樹くんがSNSに触れた。メガネだったりキャップだったり、大袈裟に言えば変装なわけで。その理由が、これだったんだろう。


「勝手に騒がしくなるからね、もしかしたら妃菜ちゃんの周りも」
「私、今日の見た目、学校とはだいぶ違うけど……」
「あー、確かに」


今日の私はコンタクトで、黒髪も下ろしたまま。メガネでポニーテールの普段とは、印象がだいぶ違うはず。それに、私は慣れてるから。大学生に絡まれたのだって、ひとりの時なら逃げられてた。対処できることだ。


「何か言われたら、その時はその時だよ。自分を守れるのは、自分しかいないから」
「強いね」
「そう?」
「うん」





基樹くんに、絶対に伝えたいことがあった。これだけは、今日の最後に釘を刺しておかないと。


「次、出掛けるならちゃんと払わせて」
「……」


自転車を押して咲ノ台へ向かいながら、隣を歩く基樹くんを見ながら言った。目が合って、ちょっと驚かれたけど、睨み返した。譲れないポイントだから。


「対等じゃないみたい」
「オレがそうしたくても?」
「お金のことだから」


母親が、相手の男に奢らせてきたのをたくさん見てきたから、自分もそうなりたくない。それが一番の理由だけど、普段と違う基樹くんに言う必要はない。言ったら、無表情に戻る気がした。


「……じゃあ、次からはフロイデの時みたくざっくり割り勘にしよう」
「妥協案だね、ありがとう」


よかった、飲んでくれた。ただし、部分的にだけど。ちゃんと間を取ってくれるのが、基樹くんらしい。


「また、誘っていいってことだよね」
「うん」


完全に、そのつもりだった。また外に連れ出してもらえると、勝手に思ってた。顔が赤くなる気がするけど、もう真っ暗だし分からないだろう。


「明日、バイト終わりなら会えるよ」
「待ってる」
「うん、連絡する」


基樹くんから自然と誘われることに、何も違和感はなかった。





「今日はありがとう」
「こちらこそ。楽しかった」


ベッドの上で、早速ハンドクリームを塗りこんでいると、携帯が鳴る。基樹くんのメッセージに返事をして、写真集を手に取るけど、開く前にまた光る。


「ほんと?」
「ほんと。でも無理しないでね」


あの一瞬、慌てたように手を掴んで歩いて、力が抜けてからの基樹くんは、別人のように柔らかい顔をしてた。

たぶん、知り合いに声を掛けられたのがトリガーなんだとは思うけど、基樹くんが話したがらないのであれば、無理に聞くことはしない。触れられたくないだろうし、離れられたくはないから。

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