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「決まりだな!なら、明日街に行くとしよう!」
そう言って昨日別れたヴァイスがミシャルの部屋をノックしたのは早朝の事だった。
「えっと……おはようございます?」
「ヴァイス様。身支度の整っていない令嬢の元に訪れるなんて、なんて不躾な事をなさって……」
返事をするやいなや扉を開けて入ってきたヴァイスにミシャルの髪を梳いていたゼリヌは小言を零した。
ミシャルがゼリヌに手伝って貰いながら着替えをしている所だった事もあるが、まさか返事を返してすぐに部屋の中に相手が入って来るとは思ってもいなかったミシャルは、ポカンと口を開けていつもと装いの違うヴァイスを見上げる。
簡単に気崩された青いベロア生地のスーツと、肩に掛けられた黒いファーが印象的なコートを肩に引っ掛けているヴァイスは、いつもみる薄汚れた真っ黒なフード姿からは想像もできないほど魅力的な男性としてそこに立っていた。
「おはよう、ミシャル嬢。……なんだまだ準備が出来てなかったのか?」
ゼリヌからの小言に耳を貸さないヴァイスは、ずかずかと部屋に入って来ると自分を見上げて動きを止めているミシャルに対して小首を傾げた。
艶やかな紺色の髪が動きに合わせて揺れ、その間から覗く黒目がちの瞳がミシャルを射貫いた。
「っも、申し訳ありません……」
「ああすまない、怯えさせるつもりはなかった」
ミシャルがヴァイスの目から逃れるように俯いて答えるとヴァイスは驚いたように瞠目した。
自分の何がミシャルを怯えさせるような事をしたのだろうと不思議そうにゼリヌをみると、ゼリヌは呆れたような溜息をついてからミシャルの肩をそっと抱いた。
「ミシャル様は何も悪くありませんわ。予定より早く表れて勝手に年ごろの女性の部屋に入ってきたヴァイス様が悪いのです」
前半はミシャルを慰めるように、後半はヴァイスに向かってとげ交じりの口調で告げたゼリヌはそれでもなお申し訳なさそうな暗い表情で俯くミシャルの髪を優しく梳く。
「さあさあ、可愛らしいお顔が台無しです、笑って下さいミシャル様」
「そうだ、暗い顔をしていてもいいことは起こらんぞ!」
編み込みと共に青い薔薇がいくつもついたヘアアクセサリーをミシャルの髪につけたゼリヌが声を上げるとヴァイスも続いて声を上げた。
その、呑気な言い草と二人の優しい雰囲気にミシャルはおずおずと顔をあげた。
「良く似合うじゃないか、君の黒い瞳にぴったりだ」
これまで怯えられる事はあっても褒められることはなかった瞳としっかり目を合わせたヴァイスがそう言ってミシャルに鏡を見るように促した。
そこには、みすぼらしい格好をしたミシャルが知る自分は何処にもいなかった。
そう言って昨日別れたヴァイスがミシャルの部屋をノックしたのは早朝の事だった。
「えっと……おはようございます?」
「ヴァイス様。身支度の整っていない令嬢の元に訪れるなんて、なんて不躾な事をなさって……」
返事をするやいなや扉を開けて入ってきたヴァイスにミシャルの髪を梳いていたゼリヌは小言を零した。
ミシャルがゼリヌに手伝って貰いながら着替えをしている所だった事もあるが、まさか返事を返してすぐに部屋の中に相手が入って来るとは思ってもいなかったミシャルは、ポカンと口を開けていつもと装いの違うヴァイスを見上げる。
簡単に気崩された青いベロア生地のスーツと、肩に掛けられた黒いファーが印象的なコートを肩に引っ掛けているヴァイスは、いつもみる薄汚れた真っ黒なフード姿からは想像もできないほど魅力的な男性としてそこに立っていた。
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ゼリヌからの小言に耳を貸さないヴァイスは、ずかずかと部屋に入って来ると自分を見上げて動きを止めているミシャルに対して小首を傾げた。
艶やかな紺色の髪が動きに合わせて揺れ、その間から覗く黒目がちの瞳がミシャルを射貫いた。
「っも、申し訳ありません……」
「ああすまない、怯えさせるつもりはなかった」
ミシャルがヴァイスの目から逃れるように俯いて答えるとヴァイスは驚いたように瞠目した。
自分の何がミシャルを怯えさせるような事をしたのだろうと不思議そうにゼリヌをみると、ゼリヌは呆れたような溜息をついてからミシャルの肩をそっと抱いた。
「ミシャル様は何も悪くありませんわ。予定より早く表れて勝手に年ごろの女性の部屋に入ってきたヴァイス様が悪いのです」
前半はミシャルを慰めるように、後半はヴァイスに向かってとげ交じりの口調で告げたゼリヌはそれでもなお申し訳なさそうな暗い表情で俯くミシャルの髪を優しく梳く。
「さあさあ、可愛らしいお顔が台無しです、笑って下さいミシャル様」
「そうだ、暗い顔をしていてもいいことは起こらんぞ!」
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その、呑気な言い草と二人の優しい雰囲気にミシャルはおずおずと顔をあげた。
「良く似合うじゃないか、君の黒い瞳にぴったりだ」
これまで怯えられる事はあっても褒められることはなかった瞳としっかり目を合わせたヴァイスがそう言ってミシャルに鏡を見るように促した。
そこには、みすぼらしい格好をしたミシャルが知る自分は何処にもいなかった。
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