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11.白雪と言ふ刀

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「……ふむ、さっきは娘に触れた途端戻っていたように見えたがなぁ?」
はてさてと、言葉を漏らして落雁は助けた娘が女郎蜘蛛に喰われかけていた時の事を思い出そうと明後日の方角を向いた。


――夕食も済ませ、特に急ぎの用事もなかった落雁は、聖蘭の自室で彼と共に少しばかり呪いを試していた。ああでもない、こうでもないと試す傍ら、前触れもなく、白雪が鳴った。

脇差――銘を白雪という刀は、落雁が打った脇差だ。
子供になった主では以前愛用していた妖刀は大きすぎ、人間の打った鋼の刀はどれもこれも重すぎた。

そこで、神山にある龍王の抜け殻を一枚拝借して家臣の中でも特に加工が得意な落雁が聖蘭にピッタリな刀を作ってやろうと手をあげた。

今は気も抜けてただ転がる岩石のような龍王の抜け殻は、月日がたったとはいえ神の身体であったもの。
それはそれは強固で、強力な梵字を用いても、傷一つつけられず、落雁は取り掛かってすぐ安受けした過去の自分を殴ってやりたいような気持ちになった。

試す事半年と数日。
落雁は、人の知恵――ダイヤモンドでダイヤモンドを削るという思いつきもしなかったヒントにより、抜け殻同士で加工ができる事に行き着いた。

ほとんど休む事なく膨大な時間を抜け殻の加工に費やするが、強固な抜け殻は簡単に加工をゆるさない。
最早気力だけで作業をした落雁は、1年かけて聖蘭の為の脇差をようやっと一本作り上げた。

聖蘭の背に合わせて作った刃渡50cmほどの両刃刀は普段は透明感のある青であったが、光に透かすと、黄金に輝くとても不思議な刀身に仕上がり、落雁は思っている以上の出来に、銘を入れてやることにした。
落雁は銘をつけるのに3日悩みになやみ、結局は聖蘭の「雪のように軽く白い刀だ」との言葉から『白雪』と名付けた。


持ち手も鞘も全て白で統一し、鵐目や目貫には牙狼の牙を使い仕立てた。仕上げに金紙を貼り付ければ牙狼の気が呼応するように白雪によく馴染む。

刃と同じ抜け殻の鍔には今にも噛み付かんと睨む龍を掘り、龍蒼の瞳のような蜂蜜を固めたような珠を嵌め込んだ。
この珠は奏雷の気と塵となった抜け殻の霞を練り上げて作られ、光に翳さなくとも常に内側から淡い光を孕んでいた。

下げ緒の組紐には金糸と、虎徹の毛を組み込んで、強靭さより強固にする。
何か間違いがあって刀を失くされてはたまらない。

鞘には彩りもかねて落雁の白やら赤やら、青やらといった風変わりな色の風切り羽根をいくつか付けておいた。


そうして白雪と銘打たれた脇差は、家臣の一部を使われた部品で成り立つ一等美しい刀となった。


龍王自身の抜け殻を使っているからか、はたまた打ったのが探知を得意とする落雁の《気》のせいか。

――均衡が崩れる《時》を感知する力を宿したその刀はよくよく聖蘭の手に馴染むようになる。




白雪が鳴ってすぐに駆け出した龍蒼を追って、女郎蜘蛛の《足を弾き飛ばした》のは落雁であった。
体が勝手に動いたとはいえ、娘を助けだそうとした落雁は、次の瞬間起こった出来事によって、間違いでない判断だったと――後に語って聞かせた。

重力に従って床へ落ちる娘を抱きとめたのが妖相手では武が悪いと一歩後ろに下がっていた龍蒼だった。

娘の頭が床にぶつかる前に龍蒼が抱きとめた―――、

次の瞬間には聖蘭は龍蒼の姿をとっていて、困惑した表情を隠しもせずに娘を片腕に抱いたまま立ち尽くしていた。
あの姿は見ものだったと、落雁は自分相手に首肯する。

大口を開けて龍蒼に見惚れる娘と、そんな娘との接触で起こった奇怪な反応にどうする事も出来ないでいる龍蒼。
揶揄うタイミングをついぞ逃してしまったのは末代までの恥とも言える失態。

――まぁ、彼には末代どころか親兄弟もいないのだが。



「やはり俺にも触れただけにしか見えんかったがなぁ?」
落雁が龍蒼から目を離していたのは、娘を捕まえていた足を2本消してやった時と、怯んだ女郎蜘蛛が腹ただしげに糸を吐いて逃げ去った姿を一瞥した時の二度。
時間にして僅か瞬きする短い間だけだと断言できる。

その短い間に一体何があったのか。
再び落ちる沈黙を破ったのは、龍蒼が漏らしたあくびだった。
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