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12.それぞれの仕事

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「龍蒼様も聖蘭様となってしまった事ですし、一度間を開けましょう」
「そうだな」
陰鬱とした空気を背負い、背中にキノコを生やしたままジメジメとした空気を隠そうともしない小さな主を抱え上げた牙狼は虎徹の言葉に同意した。

可愛らしい顔に不機嫌を貼り付けているものの、牙狼にされるがままになって聖蘭はふわふわとしたあくびをこぼす。
牙狼は下腕に腰掛けるようにして聖蘭を座らせ、その身体を抱き上げた。慣れない眠気に耐えきれないで船を漕ぐ聖蘭に首元の衣を握らせた牙狼は大切な主を彼の部屋へと殊更注意して運んだ。

聖蘭になってしまうと龍王は、本当に同じ頃合の人間の子供と変わらない、か弱い身体と精神を宿していた。
……精神の方は龍蒼の時からイタズラ好きで子供っぽい仕草であったがそこは言わぬが仏。

朝方から夕食までは龍蒼であった時と変わらない物言いをする聖蘭は、本来の姿の時と違って睡眠と食事と言った生きるに必要な物が不足し始めると途端に精神が退化して、本能のままの態度を取りはじめる。

特に眠たい時の聖蘭は可愛らしい。
牙狼に運んでもらえるとわかると先程までの不機嫌そうな剣呑な表現から、瞳をキラリと輝かせ、甘えたように牙狼の腕に抱かれ、首元の襟をつかんで離れないのだ。
呪いを解かねばらなないとは思いつつ、その時ばかりは龍蒼がこのままでもいいかもしれないと、口にすれば虎徹に殺されそうな事を一瞬だけ牙狼は思ってしまうのだった。



「朝食はシャケがいい」
「ご用意いたします」
寝台に寝かしつけると、可愛らしい声が朝食のメニューを所望する。
聖蘭となってから始まった食事はいまだに興味が尽きないらしい。

「お前は何もしてくれるなよ」
「魚くらい焼けます」
「絶対に手を出すな」
「…御意」
鋭い言葉に本気の度合いを感じて大抵のことはひょいひょいと嫌な顔一つせずに無理難題をこなすことができる牙狼は、不服そうな表情を隠しもしないで苦渋を飲んだ顔をして頷いた。
顔の文字が見えるのであれば、でかでかと『解せん』とかかれてあるに違いない。

「いいか?お前は朝食の用達だけでいい」
糸が切れたようにすんなりと眠りへ落ちた主人が、眠りの淵にいながら最後まで釘を刺すのを忘れなかった。

「そう何度も仰らずとも……」
幼い主の寝台の脇で大男がやさぐれた声をだす。

何を隠そうこの男。
次から次へとダークマタを量産するという、天辺を突き抜けた料理音痴であった。



「僕はこのまま彼女についておくよ」
まだまだ、調べたりないからねと続けて奏雷は未知の研究対象へ貪欲な探究心を求めはじめたらしい。
突然娘の服を剥ごうとした時は、虎徹の心の奥底にあったらしい良心の呵責が働いて慌てて止めた。

『お前の良心が主以外に向くとは』
牙狼がその場に居れば間違いなく言われたであろう台詞が思い起こされ、虎徹は苦虫を噛み潰した。

「兎に角、その娘の服を脱がすこと、変態と言われるような行為は禁じます。」
「えー!」
「人はすぐに壊れますからね、奏雷様が万が一を起こすとは思えませんが、ほどほどになさって下さいください」
「信頼に応えられるよう頑張るよ!」
オブラートに何十も包まれた虎徹の言葉の裏に隠された牽制と嫌味が通じることはおそらく未来永劫こない。それらに全く気づかない天然は虎徹の期待という燃料のおかげでがぜんやる気が出たようだ。

ひきつる頬に無理やり笑顔を乗せて、これ以上は相手をするのも嫌になり、虎徹は先ほどからいやに静かな落雁を伴って部屋を出た。


「では俺はちょいとばかしあの娘の家を調べてくるとしよう」
「わかりました。ではまた、後程」
部屋から数歩お互いに無言の時間が続く。
その静寂をやぶったのは、落雁であった。
彼は思案顔のまま、ちゃかす言葉もなくふらりと音もなく屋敷を出て行ってしまった。

後に残るは虎徹ただ一人。

「1番面倒なのが残りましたね」
膨大な情報を押し込むように保存されている書庫に一度向かわなくてはならないかもしれない。
今更それを調べる事になるとは、と虎徹は明後日を見て僅かに現実逃避する姿勢をみせた。

先ずは手元にある事から取り掛かってみるしかない。

これから巻物やら紙の山やらで山積みになるであろう自室を思い、虎徹は長くなる夜にため息を漏らした。
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