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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~勧告、覆す~
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「グランディーヴァは……アメリカ合衆国政府の即時降伏を望みます」
一枚の紙が手渡されたと共に勇の口から放たれたのは信じられない一言だった。
相手は当然、ブライアン=ウィルズ大統領。
在ろう事かアメリカ合衆国の元締めに降伏勧告である。
その意図が何なのか伝えられぬまま、ブライアンが押し黙る。
ただただ渡された紙に描かれた何かを浮かない顔で眺め続けながら。
「私を前に、それは本気で言っているのかね?」
「ええ、当然本気ですよ。 正直者なりに、ね」
威嚇にも足る鋭い眼光をぶつけるブライアンに対し、なお勇は自信を見せつけたまま。
勇が放った一言は、言うなればアメリカに対する宣戦布告だ。
そう言い放つ者が並みの相手であれば、ブライアンが激昂しても不思議ではないと思える程の挑発的な一言だったのである。
「……その理由を聞かせてもらえるかな?」
しかしブライアンは怒りに猛る事も無く。
机に突いた肘を降ろし、人差し指で机上を「トントン」と突く。
そんな癖にも近い仕草へと向けていた視線が再び勇へと向けられた。
先程よりも鋭さを控えた眼で。
彼は気になったのだ。
勇の持つ自信、そう言い放った覚悟を。
こうして訊く今の彼はただのブライアンでは無く、アメリカ合衆国大統領ブライアン=ウィルズとして。
その意図を知らぬまま突っぱねる程、大統領としての器は小さくはない。
「理由はただ一つ。 エイミーの攻撃手段を奪う為です」
「ほう……?」
「彼女がアメリカ軍部の中枢に強いパイプを持っている事は俺も知っています。 もし今のままで俺達がエイミーを捕まえようとしたら、取り巻きがそれを全力で阻止してくるでしょう」
「そうだな、ついでに軍事クーデターで政権を強引に奪ってくる可能性も大いにあり得る。 何故なら……」
ブライアンの返し伝えた事実。
それは空島の一件もまたエイミーが絡んでいたのだという事。
それと言うのも……
国内においては異国民の排除を法の下で行う【アースレイジー】だが、国外においては話は別なのだという。
国外は言わば治外法権、国の法が至らない場所だ。
つまりそこで彼女達の動きは最も暴力性を肥大化させる。
あの様な戦闘行為を行ったのは空島だけではなかったのだ。
各国で起きた紛争などに介入した場合、アメリカ軍は突如として【救世同盟】として戦力を奮うのである。
情け容赦無く敵を討ち、戦争一歩手前にまで踏み込まんとせんばかりの行動も厭わない。
そしてそれは全てアメリカ政府ひいてはブライアン大統領が出した指示だと世界中は信じてしまう。
それがブライアンの頭を悩ませた原因に他ならない。
「ですが大統領が降伏宣言し、戦力を一時解体出来れば、エイミーを守る後ろ盾が無くなります。 後は俺達がエイミーを捕まえ、降伏の原因を彼女のものとすれば比較的スムーズに【アースレイジー】を制圧出来るハズです」
「ふむ……」
簡単に言えば、勇が軍解体によって無防備になったエイミーを捕まえ、アメリカ政府が【アースレイジー】を押さえるという事。
内容だけで見れば、アメリカ政府にとっての政敵とも言える【アースレイジー】を排する事が出来るWIN-WINの作戦と言えるだろう。
だが、そうであろうともブライアンが首を縦に振る事はなかった。
「確かに結果を考えれば実に魅力的だ。 しかしそれを受ける訳にはいかん」
それどころか勇に見せつけるかの様に大きく首を横に振る。
「我等がU.S.Aは自由と正義をこよなく愛し、世界に秩序をもたらす世界最高峰の軍事国家だ。 そのU.S.Aが無条件降伏する事など、如何な理由があろうとも有り得ん。 これはこの国の沽券に関わる事であり、国民の誇りでもあるのだからな」
ずっと昔から、アメリカは「世界警察」などと呼ばれる程に世界各国への軍事介入を繰り返してきた。
それは日本に対しても同様であり、大国であればあるほどその関わりは強く激しい。
世界大戦から小さな国同士の戦いなど種類に拘らず。
彼等は正義を行使し、戦争をも厭わない。
国民の中には戦争反対を訴える人間も少なくは無いだろう。
だがそれでも正義を行使する事を良しとする国民は少なくない。
それはもはやアメリカ国民にとってのアイデンティティ、誇りとなっている事なのだから。
「俺としてもその事は十分理解しているつもりです。 ですがそれを乗り越えなければ彼女を捕まえるのは難しい。 アメリカ政府が【アースレイジー】を押さえられない以上、俺達が国内で正式に動く名目が必要なんです。 それ以外の方法は……無きにしも非ず、ですが」
「ふむ……」
するとブライアンが再び席を立ち、背後の窓前へとその身を晒す。
明るい陽光が差し込む中。
目を僅かに細めさせながら、幅広の顔をそっと日へと向けさせ―――
「ならば、戦争しかあるまい?」
ただ一言、ブライアンは静かにそう答えた。
それこそ勇が示唆し、それを汲み取ったブライアンの結論だった。
互いに引く事も出来ず、守るべき者が居るからこそ起きうる争い。
それこそが戦争。
人類史が始まってから幾度と無く繰り返された、血と死で溢れた対決である。
勇とブライアン。
二人が描く世界もまた譲れないからこそ、こうなる事は必然だったのだろう。
「……やはりそうなってしまいますか」
「無論、それが国というものだよ。 そしてこのU.S.Aは世界に誇る大国であり、譲れない事に対しては頑として立ち向かわねばならない。 君の様な若者が考える以上に政治とは複雑なのだ。 例え大義名分があろうとも。 我が国を蹂躙せんとする悪逆は全力で排せねば……なぁ?」
その時ブライアンが振り向いて勇に見せたのは、僅かに口角の上がった横顔。
陽光と、それに加えて放たれた柔らかな一言が彼の素顔を覗かせる。
照らされた肌淡く輝かせて光と影を演出するその様は、今の彼の心中を曝け出したかの様にハッキリとした輪郭を伴っていた。
「わかりました。 では一週間後の正午きっかり。 俺達はアメリカ合衆国に対し、大西洋側より進攻を開始します。 多少の痛手は覚悟してください」
「ハハッ……我が精鋭を舐めないで頂きたいな。 全力で君達の進攻を阻止して見せよう」
交わす言葉は確かに戦争開始を意味する不穏な文言ばかり。
だが、二人の雰囲気は話の内容とは異なり、柔らかさに富んだ穏やかそのものだった。
何故なら、そんなブライアンに対して勇が見せたのも微笑み。
そこに見え隠れするのは、二人だけにしかわからぬ思惑。
それ以上の会話は無用と言わんばかりに、二人だけの執務室に静寂が訪れる。
会合の終わりを悟った勇は、そっとその身を引かせてブライアンへとその手を翳した。
「では俺は行きます。 時間を頂いてありがとうございました。 ブライアンさん、また会いましょう」
その一言を残し、勇はブライアンの目の前でその姿を消したのだった。
「また会おう、か。 そうだな、国というものが至極単純なものであればそれも容易だっただろう。 いや、きっと天力という力があれば世界はそこまで複雑になる必要など無かったのかもしれんな」
ブライアンにも思う所はあるのだろう。
彼は人生を通して政治家としてのキャリアを積み、多くの人間を、政治を観て来た。
人間の奥底に眠るおぞましい感情や渇望も。
それを乗り越えて今ここに立っているからこそ、世界の在り方に真の疑問を抱く事が出来るのだから。
そんな考えを脳裏に過らせながら。
ブライアンがそっと机へと歩み寄り、通信機へとその指を伸ばした。
「すまない、誰かマッチと灰皿を用意してくれないか」
そう伝え間も無く、執務室に係の者が姿を現し。
ブライアンが要求した物を受け取ると、そのまま扉向こうの通路へと再び姿を消していく。
受け取ったのは一本のマッチと、白い受け皿。
タバコを吸う人間などホワイトハウスには居ない。
当然の配慮の結果か。
そのまま席に戻る事も無く。
受け取った皿を机へと添えると、先程勇から受け取った紙を皿へと乗せ。
その間にも器用に僅かな火をマッチへ灯させ、皿へと向けて摘まむ指で跳ねさせた。
たちまちマッチを受けた紙に小さな火が燃え移る。
僅かな火であっても、乾いた紙を焦がすのには申し分無い。
瞬く間に火は紙を覆い尽くし、火災検知にも引っ掛からない様な小さな煙と共に黒に染め上げていく。
そして時間を掛ける事も無く、その全てを灰と化したのだった。
「だが複雑ならばそれなりに幾らでもやりようはあるものだよ、ミスターフジサキ。 君達がそれを乗り越えられる力を持っているならば、是非とも乗り越えて見せたまえ」
再び見せるブライアンの不敵な笑み。
彼の思惑は果たして。
一枚の紙が手渡されたと共に勇の口から放たれたのは信じられない一言だった。
相手は当然、ブライアン=ウィルズ大統領。
在ろう事かアメリカ合衆国の元締めに降伏勧告である。
その意図が何なのか伝えられぬまま、ブライアンが押し黙る。
ただただ渡された紙に描かれた何かを浮かない顔で眺め続けながら。
「私を前に、それは本気で言っているのかね?」
「ええ、当然本気ですよ。 正直者なりに、ね」
威嚇にも足る鋭い眼光をぶつけるブライアンに対し、なお勇は自信を見せつけたまま。
勇が放った一言は、言うなればアメリカに対する宣戦布告だ。
そう言い放つ者が並みの相手であれば、ブライアンが激昂しても不思議ではないと思える程の挑発的な一言だったのである。
「……その理由を聞かせてもらえるかな?」
しかしブライアンは怒りに猛る事も無く。
机に突いた肘を降ろし、人差し指で机上を「トントン」と突く。
そんな癖にも近い仕草へと向けていた視線が再び勇へと向けられた。
先程よりも鋭さを控えた眼で。
彼は気になったのだ。
勇の持つ自信、そう言い放った覚悟を。
こうして訊く今の彼はただのブライアンでは無く、アメリカ合衆国大統領ブライアン=ウィルズとして。
その意図を知らぬまま突っぱねる程、大統領としての器は小さくはない。
「理由はただ一つ。 エイミーの攻撃手段を奪う為です」
「ほう……?」
「彼女がアメリカ軍部の中枢に強いパイプを持っている事は俺も知っています。 もし今のままで俺達がエイミーを捕まえようとしたら、取り巻きがそれを全力で阻止してくるでしょう」
「そうだな、ついでに軍事クーデターで政権を強引に奪ってくる可能性も大いにあり得る。 何故なら……」
ブライアンの返し伝えた事実。
それは空島の一件もまたエイミーが絡んでいたのだという事。
それと言うのも……
国内においては異国民の排除を法の下で行う【アースレイジー】だが、国外においては話は別なのだという。
国外は言わば治外法権、国の法が至らない場所だ。
つまりそこで彼女達の動きは最も暴力性を肥大化させる。
あの様な戦闘行為を行ったのは空島だけではなかったのだ。
各国で起きた紛争などに介入した場合、アメリカ軍は突如として【救世同盟】として戦力を奮うのである。
情け容赦無く敵を討ち、戦争一歩手前にまで踏み込まんとせんばかりの行動も厭わない。
そしてそれは全てアメリカ政府ひいてはブライアン大統領が出した指示だと世界中は信じてしまう。
それがブライアンの頭を悩ませた原因に他ならない。
「ですが大統領が降伏宣言し、戦力を一時解体出来れば、エイミーを守る後ろ盾が無くなります。 後は俺達がエイミーを捕まえ、降伏の原因を彼女のものとすれば比較的スムーズに【アースレイジー】を制圧出来るハズです」
「ふむ……」
簡単に言えば、勇が軍解体によって無防備になったエイミーを捕まえ、アメリカ政府が【アースレイジー】を押さえるという事。
内容だけで見れば、アメリカ政府にとっての政敵とも言える【アースレイジー】を排する事が出来るWIN-WINの作戦と言えるだろう。
だが、そうであろうともブライアンが首を縦に振る事はなかった。
「確かに結果を考えれば実に魅力的だ。 しかしそれを受ける訳にはいかん」
それどころか勇に見せつけるかの様に大きく首を横に振る。
「我等がU.S.Aは自由と正義をこよなく愛し、世界に秩序をもたらす世界最高峰の軍事国家だ。 そのU.S.Aが無条件降伏する事など、如何な理由があろうとも有り得ん。 これはこの国の沽券に関わる事であり、国民の誇りでもあるのだからな」
ずっと昔から、アメリカは「世界警察」などと呼ばれる程に世界各国への軍事介入を繰り返してきた。
それは日本に対しても同様であり、大国であればあるほどその関わりは強く激しい。
世界大戦から小さな国同士の戦いなど種類に拘らず。
彼等は正義を行使し、戦争をも厭わない。
国民の中には戦争反対を訴える人間も少なくは無いだろう。
だがそれでも正義を行使する事を良しとする国民は少なくない。
それはもはやアメリカ国民にとってのアイデンティティ、誇りとなっている事なのだから。
「俺としてもその事は十分理解しているつもりです。 ですがそれを乗り越えなければ彼女を捕まえるのは難しい。 アメリカ政府が【アースレイジー】を押さえられない以上、俺達が国内で正式に動く名目が必要なんです。 それ以外の方法は……無きにしも非ず、ですが」
「ふむ……」
するとブライアンが再び席を立ち、背後の窓前へとその身を晒す。
明るい陽光が差し込む中。
目を僅かに細めさせながら、幅広の顔をそっと日へと向けさせ―――
「ならば、戦争しかあるまい?」
ただ一言、ブライアンは静かにそう答えた。
それこそ勇が示唆し、それを汲み取ったブライアンの結論だった。
互いに引く事も出来ず、守るべき者が居るからこそ起きうる争い。
それこそが戦争。
人類史が始まってから幾度と無く繰り返された、血と死で溢れた対決である。
勇とブライアン。
二人が描く世界もまた譲れないからこそ、こうなる事は必然だったのだろう。
「……やはりそうなってしまいますか」
「無論、それが国というものだよ。 そしてこのU.S.Aは世界に誇る大国であり、譲れない事に対しては頑として立ち向かわねばならない。 君の様な若者が考える以上に政治とは複雑なのだ。 例え大義名分があろうとも。 我が国を蹂躙せんとする悪逆は全力で排せねば……なぁ?」
その時ブライアンが振り向いて勇に見せたのは、僅かに口角の上がった横顔。
陽光と、それに加えて放たれた柔らかな一言が彼の素顔を覗かせる。
照らされた肌淡く輝かせて光と影を演出するその様は、今の彼の心中を曝け出したかの様にハッキリとした輪郭を伴っていた。
「わかりました。 では一週間後の正午きっかり。 俺達はアメリカ合衆国に対し、大西洋側より進攻を開始します。 多少の痛手は覚悟してください」
「ハハッ……我が精鋭を舐めないで頂きたいな。 全力で君達の進攻を阻止して見せよう」
交わす言葉は確かに戦争開始を意味する不穏な文言ばかり。
だが、二人の雰囲気は話の内容とは異なり、柔らかさに富んだ穏やかそのものだった。
何故なら、そんなブライアンに対して勇が見せたのも微笑み。
そこに見え隠れするのは、二人だけにしかわからぬ思惑。
それ以上の会話は無用と言わんばかりに、二人だけの執務室に静寂が訪れる。
会合の終わりを悟った勇は、そっとその身を引かせてブライアンへとその手を翳した。
「では俺は行きます。 時間を頂いてありがとうございました。 ブライアンさん、また会いましょう」
その一言を残し、勇はブライアンの目の前でその姿を消したのだった。
「また会おう、か。 そうだな、国というものが至極単純なものであればそれも容易だっただろう。 いや、きっと天力という力があれば世界はそこまで複雑になる必要など無かったのかもしれんな」
ブライアンにも思う所はあるのだろう。
彼は人生を通して政治家としてのキャリアを積み、多くの人間を、政治を観て来た。
人間の奥底に眠るおぞましい感情や渇望も。
それを乗り越えて今ここに立っているからこそ、世界の在り方に真の疑問を抱く事が出来るのだから。
そんな考えを脳裏に過らせながら。
ブライアンがそっと机へと歩み寄り、通信機へとその指を伸ばした。
「すまない、誰かマッチと灰皿を用意してくれないか」
そう伝え間も無く、執務室に係の者が姿を現し。
ブライアンが要求した物を受け取ると、そのまま扉向こうの通路へと再び姿を消していく。
受け取ったのは一本のマッチと、白い受け皿。
タバコを吸う人間などホワイトハウスには居ない。
当然の配慮の結果か。
そのまま席に戻る事も無く。
受け取った皿を机へと添えると、先程勇から受け取った紙を皿へと乗せ。
その間にも器用に僅かな火をマッチへ灯させ、皿へと向けて摘まむ指で跳ねさせた。
たちまちマッチを受けた紙に小さな火が燃え移る。
僅かな火であっても、乾いた紙を焦がすのには申し分無い。
瞬く間に火は紙を覆い尽くし、火災検知にも引っ掛からない様な小さな煙と共に黒に染め上げていく。
そして時間を掛ける事も無く、その全てを灰と化したのだった。
「だが複雑ならばそれなりに幾らでもやりようはあるものだよ、ミスターフジサキ。 君達がそれを乗り越えられる力を持っているならば、是非とも乗り越えて見せたまえ」
再び見せるブライアンの不敵な笑み。
彼の思惑は果たして。
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