時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第五節「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」

~戯れ 痴話 あらぬ擦れ違い~

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「ワイシャツの替え、買わないとなー……」

 自室へ辿り着いて早々、勇が着替えを始める。
 でもいざ上着を脱いで見てみれば、案の定酷い有様で。

 普通の服ではもう、命力で強化した肉体についていけない様だ。
 袖や背中にも裂ける兆候が幾つか浮かんでいる。

 攻撃で引っ掛けたのは二か所ほど。
 それ以外は全部勇の動きに付いてこれなかった結果である。
 特にワイシャツの様な硬い繊維の服で動けばこうなるのも必然だったのかもしれない。

 とはいえ自分でやってしまったのに、おいそれと「新しい物を買って」と頼めるはずも無く。
 「なけなしの小遣いで足りるかな」などと悩んでならない。

 幸いな事に、簡単に替えを用意出来ないアンダーは無事。
 ブレザーも予め鞄に仕舞ってあったのが功を奏した様だ。

 だが、ふとスマートフォンを覗いてみれば―――

「うわぁ……」

 残念な事に亀裂が更に増えていた。
 おおよそ当初の二倍くらい。

 アンダーのポケットに突っ込んでいた事が原因の模様。
 あれだけ激しく動いた下半身にあったのだ、相当圧迫されたのだろう。

 それでも辛うじて動く。
 ちょっと反応遅いけど。

 これにはもう、それだけで済んで幸いだと思うしかない。

「耐衝撃ケース買っとけばよかった……金ねぇけど」

 後悔するももはや後の祭り。
 もっとも、そんな物があっても命力を篭めた運動に耐えられるかどうかは怪しいが。

「道具も命力で強化出来ないかなぁ……」

 しかしそんな問題も、果てには好奇心の肥やしとなった様で。
 「後で試しにやってみようかな」などと考え込み始める勇の姿が。



 するとそんな時、手に持っていたスマートフォンが突然振動を始める。



 見難くなった画面に目を向けると、そこには見知らぬ番号が。
 勇はそれに思わず首を傾げていて。

「えっと、誰だコレ」

 それはつまり、電話帳に登録されていない番号。
 でも市外局番は携帯電話専用番号の数字を示していて。

 すなわち相手も携帯電話を使用しているという事だ。

 普段ならそんな番号は無視するものだが、今はもいる訳で。
 通話ボタンをそっと押して耳元へと運ぶ。
 
『も、もしもし……勇さんですか……?』

 そうして聞こえて来たのはやはり彼女の声。

 そう、ちゃなである。

 予想通りの結果というかなんというか。
 それでもこうして実際に独特の小さく澄んだ優しい声が聞こえてきて。
 おまけに吐息までもがスピーカーを通して聞こえて来たものだから。

 たちまち勇の背筋から「ゾクゾク」とした感覚が「ジワァ」と広がる様に駆け降りていく。

 それが思わず声を返す事も忘れさせてしまっていた様だ。

『あ、あの、田中です……』

「あ……うん、俺だよ」

 向こうもどうやら不安だったのだろう。
 こうして復唱してくる辺り、携帯電話を使い慣れていない感じは否めない。

 とはいえ電話を掛けられたという事は、ちゃなも携帯電話を持っていたという事なのだろうか。
 そんな疑問が勇の脳裏にふと浮かぶ。

 実の所、勇の番号はこうして連絡出来るようにとメモで渡し済み。
 でもちゃなが携帯電話を持っているかどうかなどは一切教えてもらっていないのだ。
 それには「持ってるなら教えてくれてもいいのに」などと思ってならない。
 
 もっとも、勇も特に訊いていない訳であるが。

 そう思考している間も会話は止まっていて。
 再び勇が首を傾げさせる。

「どうしたの? 何かあった?」

 無垢な少女の前向きになりたい心も、電波の前には奮い立てない様子。
 でも、もしかしたらちゃなはずっとその言葉を待っていたのかもしれない。

 勇のそんな一言に釣られる様に、スピーカーから彼女の声が零れ出る。

『あ、今日帰りが少し遅くなりそうなので……その……晩御飯とか……』

「あぁ、うん、それじゃあ帰ってくる頃にご飯用意するよう伝えておくよ。 俺達も待ってるからさ」

『え、あ、はい、ありがとうございます』

「いつくらいに帰ってこれそう?」

……七時くらいで』

 そんな何気無い一言も、ふとした事で何かを気付かせるもので。

―――じゃあ、って事は田中さん、どこかに遊びに行ってるのかな―――

 そう言えるのはつまり、時間的に余裕があるという事だ。
 何かしら切羽詰まっている状況であれば、そもそもがこうして電話をする事も叶わないだろう。
 そうも思えば、勇がこんな答えを導く事も不思議ではなく。

 友人と遊びに行っているのかとも思えば、そっとしておきたくもなるもので。

「うん、わかった」

 ちなみに現在の時刻はおおよそ午後五時半ほど。
 ほんの少し遅めではあるが、明るい時間が長い季節なので夜道を歩く事は無い。

「でも気を付けて、最近物騒だから」

 もちろんそんな配慮も忘れない。
 何せ勇自身が先程襲撃を受けたのだ。
 〝同様にして先日ちゃなをイジメた子が報復してくる可能性は無きにしも非ず〟
 この様な考えが過る程の心配もするだろう。

 もちろん、それは要らぬ心配な訳であるが。

『うん、ありがとうございます。 それじゃ』

「うん、またね」

 そう交わしたのを最後に通話が終わり。
 間も無く画面がホームへと戻っていく。

 しかしスマートフォンを降ろすも、なお勇の手に握られたままだ。

「これが田中さんの番号か。 登録しとこ」

 せっかく電話番号がわかったのだ、登録しない訳にはいかない。
 忘れないようにと、慣れていないと言わんばかりの震えた指先で慎重に登録作業を行う。

 でも決して慣れていない訳ではない。
 しくじってコールを掛けてしまわないようにする為だ。

 そんなこんなで名称登録の時間が訪れる。
 最初は手軽に「田中さん」と名前を打ち込まれたもので。
 しかし何を思ったのか、少し悩むと消されていき。
 思い付くままに再び指で叩き、空かさず登録を終える。

 そして画面に浮かんだのは―――「茶奈ちゃん」と書かれた連絡先。

 それを成し遂げた勇の顔には……どこか満足そうな笑顔が浮かび上がっていた。





◇◇◇





「―――ふう……アキちゃん、電話ありがとう」

「あ、終わった? はいはーい」

 通話を終えたちゃながスマートフォンを
 妙に上機嫌な愛希が手軽くパパっと受け取る。

 すると何やら空かさず素早い操作を始め―――

「……っしゃ、藤咲先輩の番号ゲットォ!!」

 そんな叫びを上げる彼女、妙に嬉しそうである。



 ちゃな達が今居るのは、勇の家の近くにあるショッピングモールのゲームセンター。
 アキこと清水しみず 愛希あきに連れられ、今こうして遊びに来ているという訳だ。
 当然の如く、取り巻きの二人やあずーも一緒である。

 しかしちゃなは実際のところ無一文だ。
 公衆電話を掛けるどころか連絡手段も無い。
 そこで愛希が嬉々としてスマートフォンを貸したのである。



 でも、そうしたのもどうやら何か意図がある様で。

「愛希ちゃん愛希ちゃん、これこれ、これが欲しいの!!」

「あぁ、それフウのが得意じゃね?」

「あ、それねぇ~―――」

 その傍らでは、あずーが彼女の取り巻きである尾上おのえ 風香ふうか佐々木ささき あいと共にセンター内を暴れ回る。
 人気キャラクターの人形を見つけるや否や嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる様はやはり女の子という事か。

「この眉毛が勇君に似てるの!!」

 ……理由も実に彼女らしいが。

 なかなか目当ての物が取れずに「ギャワワ」と叫びが上がり。
 そんな中、ちゃなと愛希はセンターの外の休憩コーナーでのんびりとしている真っ最中。
 そもそもちゃながお金を持っていないとあって、愛希も気を遣って付き合っている様だ。

 すると、スマートフォンの操作を終えた愛希がちゃなの方へと振り向いていて。

「ねぇちゃな、藤咲先輩っていつ知り合ったの?」

「一週間前くらい……かな。 その時守ってもらって」

 そう、二人が出会って既にそれくらいの時が流れている。
 それほどあっという間の一週間で。
 そんな出来事も今思えば懐かしく感じてならない。

 気付けば感慨に耽って、指を絡めるちゃなの姿が。

 きっと彼女にはその時の勇の姿が頼もしく見えていたのだろう。
 自分を守り続けてくれた恩人として。
 その想いがたちまち惚けを呼び、真っ白な頬にほんのりとした赤みをもたらす。
 穏やかな微笑みと共に。

 そんなちゃなの姿を前に、愛希はただただ勘繰ってならない。
 実は二人がただならぬ関係なのではないか、と。

「ふーん、二人ってもしかして付き合ってるの?」

 そして安易にこう訊けてしまうのも愛希の強みか。
 それとも好奇心旺盛な年頃だから成し得てしまう業か。

 どちらにしろ訊かれた方はと言えば―――

「え、ええっ!?」

 たちまち頬を真っ赤に染め上げさせていて。

 しかも慌てんばかりに手をパタパタと震えさせて動揺を隠せない。

「ち、違うよ……今は私が住む場所無いからって住まわせても貰ってるだけで……」
「え、それって同棲って事じゃん!?」
「ええーーー!?」

 客観的事実が更なる動揺をちゃなに誘う。
 頬だけだった朱色は顔全体に広がっていき。
 堪らず両腕を胸に押し付けんばかりに「ギュー!」っとしながら縮まり込む。
 もしも彼女がヤカンだったら、全身から蒸気を吹き出してしまいそうだ。

 暴かれた事実が相当恥ずかしかった様子。

「ち、違うの……!! きっと多分そんなんじゃないの!!」

「そうなんだぁ、ふぅん」

 対して愛希はと言えば、ニヤニヤが止まらない。

 もちろんこれは苛めでは無い、ただの弄りだ。
 もしかしたら彼女はそっちSの気があるのかもしれない。
 
 とはいえこんな弄りならちゃなもまんざらではなく。
 しまいには「もぉ~!」と頬を膨らませていて。
 愛希もそんな可愛い怒り方の前には別の意味でタジタジだ。

 そんな二人の和気藹々とした会話が人の少なくなった通路に響き渡る。
 誰が気に掛ける事も無いままで。

 次第に盛り上がりも落ち着きを見せ。
 すると愛希が何を思ったのか、腕肘を張りながら天井を見上げた。

「……藤咲先輩ってさ、ちゃなにとってどんな人なの?」

「えっと、恩人、かな。 私に一杯勇気をくれた人だよ」

「そっか」

 愛希のそんな顔には清々しい笑みが浮かんでいて。
 そこには怒声を浴びせた勇への嫌悪感などは欠片も見当たらない。

 それどころか―――

「こないだのあれでさぁ、最初はイラっとしたんだ。 でも考えてみると間違ってなくて。 それに気付いたらそんな気持ち消えててさ。 あの人、結構カッコイイよね」

 そう語る愛希の顔はどこか惚けている様にも見えて。
 僅かに赤みを帯びた頬が彼女の感情を映し込む。

 けれどそんな愛希にも負けない程、ちゃなもまた万遍の笑みを浮かべていて。

 

「うん、あの人はかっこいいよ。 変に飾らないし、真面目で真っ直ぐで。 いつも心配してくれる優しい人。 あんな風に私もなってみたいなぁって思える人だから」



 愛希と同様に天井を見上げ、蛍光灯の光にその顔を晒す。
 その姿はもはや愛希が「負けたなぁ」などと思ってしまう程に輝いて見えていた。

「さすが、言うじゃん」

「嘘は言えないよ」

 例えこんな話でも、ちゃなはもう騙す様な嘘を付かない。
 福留からそう言い聞かされて、自分もそれが正しいと思ったから。

 だからこそ、ちゃなが言った事は紛れも無く本音。
 勇に対する印象をそのまま飾る事無く述べた、彼女の本心でなのある。

「そっか。 なら今度さ、改めて紹介してよ」

「うん、いいよ」

 本当に恋人なら、こんな事も言われれば普通は抵抗もするものだ。
 でもその反応は実に素直そのもの。
 それが愛希に「あ、二人は本当に違うんだな」などと思わせてならない。

 ……と、同時にこんな事まで思わせてしまう訳で。

―――ちゃなが先輩の彼女じゃないって事は、私にもチャンスあるって事かぁ?―――

 そんなよこしまな考えが過ればニヤニヤが再び浮かび上がるのも当然か。
 だがその横では、素直にぷくりとした微笑みを向けるちゃなが居て。

 たちまち愛希に後ろめたさが生まれていたのはもはや言うまでもないだろう。


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