26 / 31
結
【前編】
しおりを挟む
「ふぁあああああ~…っ…!」
ことりと万年筆を卓袱台の上に置きまして、僕は両手で顔を覆いました。
我ながら、何と云う物を書いてしまったのでしょうか。これを旦那様が読みましたら、ただでは済まされない事でしょう。
「…まあ、その様な心配は不要なのですけどね」
ですが、何時か涅槃でお逢い出来ました時に、僕は普通で居られるのでしょうか?
「はああ…顔が熱いです」
はたはたと片手を動かして、開け放たれた障子の向こう、同じく開け放たれています縁側へと目を向けます。そこでは、硝子で作られた風鈴が、ちりんちりんと風に吹かれて揺れています。
つい先日に梅雨が明けましたと思いましたら、もう、お盆も過ぎてしまいましたからね。
初盆でしたが、恙無く終える事が出来ました。瑞樹様や優士様達には感謝してもしきれませんね。
「…ああ、仏膳の西瓜を下げませんと…」
よいしょと腰を上げて仏間へと向かいます。
初盆の時に、僕一人では食べ切れませんから、とお断りをしたのですが、季節物だし、小さいのを選んだからと言われてしまえば、受け取らざるを得ませんものね。お蔭で、お腹が水分でたぷたぷしている気がします。
「………おや…また、ですね…」
お茶の間と同じく、風通しを良くしています仏間へ入り、お仏壇の前で僕は軽く首を傾げました。
仏膳に供えた品は、一口の大きさに櫛切りにしました西瓜です。八切れありましたその数が減って、五切れになっていました。
「…うぅん…昨日は、おはぎが二つ消えていたのですよね…」
これは、物の怪の悪戯なのでしょうか?
先日…いえ、梅雨が明ける前でしたか、明けた後からだったでしょうか?
時々、こうしてお仏壇に供えた品が消える様になったのですが、最近は毎日ですね。
「…まあ、僕としては助かりますが…っと」
ぽろりと本音が零れてしまい、慌てて片手で口を塞ぎます。
旦那様に聞かれていませんよね?
夏場は、やはり食が細くなるのですよね。
気を付けては居るのですが、これが中々で。
涼しくなりましたら、たくさん食べますので、見逃して下さいね?
「さて…夕餉はこちらの西瓜と…お蕎麦にしましょうか」
◇
旦那様との初めての翌日。
僕は普段よりも早くに目が覚めたのですよね。
それも、旦那様の腕の中で。
旦那様が行為の後に、精も根も尽き果ててしまいました僕の身体を清めて下さったのですが、僕はその最中に眠ってしまったのです。
受け入れる側の負担が大きいと旦那様は確かに仰っていましたし、普段は使わない筋肉を使ったので、辛くはありました。
ですが、そのまま旦那様の腕の中に居るのが恥ずかしくて、這いながらお布団から出たのです。
お蔭で、旦那様に不安な思いをさせてしまったのですが、もう時効ですよね?
怪我の功名と云う訳ではないのですが、同衾した翌日は、旦那様のお勤め先に行ける事になったのですよね。
ただ、何故か天野様に『砂を吐く』と言われてしまったのだと、旦那様が仰っていましたね。後に意味を知り、僕は、やはり赤くなってしまったのですけれど。
旦那様の同僚の方々には、本当に良くして戴きました。幼い頃の僕を知っている方々が殆どでしたので『大きくなったな!』等と感嘆していましたね。
同性婚が認められた七夕の時には、沢山の短冊にお祝いのお言葉を戴きました。
保養地に行きました時も、歓迎して戴きましたね。
旦那様を始め、任務中の皆様はとても凛々しく、勇ましくありました。その様なお姿を拝見出来ましたのは、えみちゃん様のお蔭ですね。
ああ、幼い頃に見ては居ますが、その頃の僕はあまり感情が動かなかった物ですから、意識していなかったのです。日蝕の時は、それに構う余裕等ありませんでしたし、直ぐに、掃除用具入れの中に入れられてしまいましたからね。あの時の不安と恐怖ともどかしさは、今でもはっきりと思い出せます。
旦那様を喪うかも知れないと云う、恐怖。
目と鼻の先に居ますのに、何も出来ない、もどかしさ。
ただ、ただ待つ事しか出来なくて。
あの時、星様が止めて下さらなかったら、僕は後先考えずに飛び出していたでしょうね。
そうならなくて、本当に良かったと思います。
そうならずに済んだから、こうして沢山の思い出を、想いを抱えて居られるのですから。
溢れる程の想いを。
抱え切れない程の想いを。
様々な事がありました。
様々な出逢いや別れ。
嬉しい事や悲しい事。
楽しい事や辛い事。
どれも、総て大切な思い出です。
ぽかぽかときらきらと、それは僕の胸にあります。
どれも、僕を象る物です。
どれ一つも失くしたくありませんし、これからも増やして行きたいです。
前を、先を向いて行きましょう。
しっかりと、地に足を付けて歩いて行きましょう。
何時か、笑顔で胸を張って大切な方々に、旦那様に逢えます様に。
時には躓く事もあるでしょう。ですが、それで良いのです。
僕は、一人ではないのですから。
こんな僕を、支えて下さる方々が居るのですから。
僕は、本当に沢山の幸運に恵まれたのだと思います。
あの日、天野様に助けられなければ。
あの日、あの村に来たのが、旦那様が率いる隊では無かったのなら。
本当に、巡り合わせとは不思議な物です。
それこそ、奥様が仰って下さった様に。
空から降る雪の様に、沢山の縁が舞い降りているのでしょう。
その縁を結び、繋いで行く事。
中には切れてしまい、そのままの縁もあるのでしょう。
本当に、僕は運が良かったのです。
自ら切ろうとした事もありました。
今度こそ、切れるだろうと云う事もありました。
けれど、その度に、旦那様が結び直して下さったのです。
僕は、本当に幸せ者です。
もう、これ以上の幸せは必要ありません。
ですから、僕は祈ります。
この幸せが。
この幸運が。
必要な方々の元に降り注ぎます様にと。
色褪せない想いが、幸福を導いて下さいます様にと。
どうか、この幸福が、色褪せぬ様に降り注ぎます様にと。
高梨(旧 里山) 雪緒。
ことりと万年筆を卓袱台の上に置きまして、僕は両手で顔を覆いました。
我ながら、何と云う物を書いてしまったのでしょうか。これを旦那様が読みましたら、ただでは済まされない事でしょう。
「…まあ、その様な心配は不要なのですけどね」
ですが、何時か涅槃でお逢い出来ました時に、僕は普通で居られるのでしょうか?
「はああ…顔が熱いです」
はたはたと片手を動かして、開け放たれた障子の向こう、同じく開け放たれています縁側へと目を向けます。そこでは、硝子で作られた風鈴が、ちりんちりんと風に吹かれて揺れています。
つい先日に梅雨が明けましたと思いましたら、もう、お盆も過ぎてしまいましたからね。
初盆でしたが、恙無く終える事が出来ました。瑞樹様や優士様達には感謝してもしきれませんね。
「…ああ、仏膳の西瓜を下げませんと…」
よいしょと腰を上げて仏間へと向かいます。
初盆の時に、僕一人では食べ切れませんから、とお断りをしたのですが、季節物だし、小さいのを選んだからと言われてしまえば、受け取らざるを得ませんものね。お蔭で、お腹が水分でたぷたぷしている気がします。
「………おや…また、ですね…」
お茶の間と同じく、風通しを良くしています仏間へ入り、お仏壇の前で僕は軽く首を傾げました。
仏膳に供えた品は、一口の大きさに櫛切りにしました西瓜です。八切れありましたその数が減って、五切れになっていました。
「…うぅん…昨日は、おはぎが二つ消えていたのですよね…」
これは、物の怪の悪戯なのでしょうか?
先日…いえ、梅雨が明ける前でしたか、明けた後からだったでしょうか?
時々、こうしてお仏壇に供えた品が消える様になったのですが、最近は毎日ですね。
「…まあ、僕としては助かりますが…っと」
ぽろりと本音が零れてしまい、慌てて片手で口を塞ぎます。
旦那様に聞かれていませんよね?
夏場は、やはり食が細くなるのですよね。
気を付けては居るのですが、これが中々で。
涼しくなりましたら、たくさん食べますので、見逃して下さいね?
「さて…夕餉はこちらの西瓜と…お蕎麦にしましょうか」
◇
旦那様との初めての翌日。
僕は普段よりも早くに目が覚めたのですよね。
それも、旦那様の腕の中で。
旦那様が行為の後に、精も根も尽き果ててしまいました僕の身体を清めて下さったのですが、僕はその最中に眠ってしまったのです。
受け入れる側の負担が大きいと旦那様は確かに仰っていましたし、普段は使わない筋肉を使ったので、辛くはありました。
ですが、そのまま旦那様の腕の中に居るのが恥ずかしくて、這いながらお布団から出たのです。
お蔭で、旦那様に不安な思いをさせてしまったのですが、もう時効ですよね?
怪我の功名と云う訳ではないのですが、同衾した翌日は、旦那様のお勤め先に行ける事になったのですよね。
ただ、何故か天野様に『砂を吐く』と言われてしまったのだと、旦那様が仰っていましたね。後に意味を知り、僕は、やはり赤くなってしまったのですけれど。
旦那様の同僚の方々には、本当に良くして戴きました。幼い頃の僕を知っている方々が殆どでしたので『大きくなったな!』等と感嘆していましたね。
同性婚が認められた七夕の時には、沢山の短冊にお祝いのお言葉を戴きました。
保養地に行きました時も、歓迎して戴きましたね。
旦那様を始め、任務中の皆様はとても凛々しく、勇ましくありました。その様なお姿を拝見出来ましたのは、えみちゃん様のお蔭ですね。
ああ、幼い頃に見ては居ますが、その頃の僕はあまり感情が動かなかった物ですから、意識していなかったのです。日蝕の時は、それに構う余裕等ありませんでしたし、直ぐに、掃除用具入れの中に入れられてしまいましたからね。あの時の不安と恐怖ともどかしさは、今でもはっきりと思い出せます。
旦那様を喪うかも知れないと云う、恐怖。
目と鼻の先に居ますのに、何も出来ない、もどかしさ。
ただ、ただ待つ事しか出来なくて。
あの時、星様が止めて下さらなかったら、僕は後先考えずに飛び出していたでしょうね。
そうならなくて、本当に良かったと思います。
そうならずに済んだから、こうして沢山の思い出を、想いを抱えて居られるのですから。
溢れる程の想いを。
抱え切れない程の想いを。
様々な事がありました。
様々な出逢いや別れ。
嬉しい事や悲しい事。
楽しい事や辛い事。
どれも、総て大切な思い出です。
ぽかぽかときらきらと、それは僕の胸にあります。
どれも、僕を象る物です。
どれ一つも失くしたくありませんし、これからも増やして行きたいです。
前を、先を向いて行きましょう。
しっかりと、地に足を付けて歩いて行きましょう。
何時か、笑顔で胸を張って大切な方々に、旦那様に逢えます様に。
時には躓く事もあるでしょう。ですが、それで良いのです。
僕は、一人ではないのですから。
こんな僕を、支えて下さる方々が居るのですから。
僕は、本当に沢山の幸運に恵まれたのだと思います。
あの日、天野様に助けられなければ。
あの日、あの村に来たのが、旦那様が率いる隊では無かったのなら。
本当に、巡り合わせとは不思議な物です。
それこそ、奥様が仰って下さった様に。
空から降る雪の様に、沢山の縁が舞い降りているのでしょう。
その縁を結び、繋いで行く事。
中には切れてしまい、そのままの縁もあるのでしょう。
本当に、僕は運が良かったのです。
自ら切ろうとした事もありました。
今度こそ、切れるだろうと云う事もありました。
けれど、その度に、旦那様が結び直して下さったのです。
僕は、本当に幸せ者です。
もう、これ以上の幸せは必要ありません。
ですから、僕は祈ります。
この幸せが。
この幸運が。
必要な方々の元に降り注ぎます様にと。
色褪せない想いが、幸福を導いて下さいます様にと。
どうか、この幸福が、色褪せぬ様に降り注ぎます様にと。
高梨(旧 里山) 雪緒。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる