色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【完】

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 ぱっと鼻から手が離されたので、僕はふはふはと新鮮な空気を取り込みます。

『だ、大丈夫か?』

 それが余りにも必死な様子だったのでしょう。絡められた指先から、僅かに力が抜けて緩んで行くのを感じます。

『な、中を荒らすのは構いませんがっ! 呼吸は自由にさせて下さいっ! 人は、頭に酸素が回らなくなりますと、物の数分で死に至ってしまうのですよっ!!』

 心配そうに見下ろします旦那様に、僕は自由な方の手を動かし、人差し指でその逞しい胸を突付きました。
 絡め取られた手の方には、僕の方から力を入れてぎゅうっと握ります。僕が怒りますと、旦那様は何時も及び腰になりますからね、逃がしませんよ。

『す、すまん、つい…』

『ついで済まさないで下さい! 何故、鼻を摘まむのですか! いえ、鼻を摘まれるのは好きですが! 時と場合がありますでしょう!? 今は、ただでさえ、熱くて呼吸が辛い状況なのですよ!? 鼻で息をしましょうと仰ったのは旦那様ではないですか! それですのに…っ…!』

『解った! 俺が悪かった!! …と云うか…熱い…のか…?』

 眉を下げて旦那様は謝罪をして下さいましたが、何故かその表情は嬉しそうに見えます。

『そうですが? 今も、熱くてお腹の中が火傷しそうです』

 何が旦那様をそうさせているのかは解りませんが、僕は正直に答えました。

『…そうか…俺も熱い…』

 緩んでいた旦那様が握る手の力が強くなりました。その掌が汗ばんでいる事から、それは解りますし、額に汗も掻いていますので、察する事は出来ます。が。
 
『……胸にも汗がありますね…』

 ふと、旦那様の胸にあてた指に意識を向けましたら、それが湿っている事に気付きました。

『お、おい…っ…!』

 ついっと指を動かせば、じわりと浮かぶ汗は、胸と胸の間に雫を作り、つぅっと滑って流れて行きました。
 それが何処か面白くて、指先だけではなく、掌を使い、湿る旦那様の胸を撫で回していましたら、がしっと手首を掴まれてしまいました。

『旦那様?』

 何故、その手を止められたのか解らず、僕は軽く首を傾げました。

『…覚悟は出来ているのだろうな?』

 はて? 何の覚悟なのでしょう?
 そして、何故、旦那様は先程よりも荒く熱い息を吐いているのでしょう? 吐息だけではありませんね? 鼻息も荒く、目も何処か血走っている様にも見えます。それに。

『…あの…旦那様の熱が…先程よりも膨張している気がするのですが…』

 僕の中に居ます旦那様の熱の塊が…少々縮小されていた塊が、何故か、ぶわっと膨れ上がった気がするのです。

『お前の所為せいだろうがっ!!』

『ふえっ!?』

 僕が何をしましたか!?
 僕は、ただ旦那様の胸を触っただけですよ?
 おちんちんは駄目だと言われていますし、今は僕の中に収納されてますから元より触れませんが、胸は触っては駄目だとは言われてませんのに? 何故、それ程に目を見開いて、肩を震わせているのですか?

『解らないのなら良い。今から教えてやる』

『ふぁ…っ…!?』

 何をですか? と訊ねるより早くに、旦那様が動き出します。

『中を荒らすのは構わないのだったな?』

『ふぇっ、ふぇ…っ…!?』

 言いました。
 確かに、僕はそう言いました。
 ですが、これ程の勢いで胎内を往復されるとは思わないではないですか。
 僕は、旦那様と違いまして初心者なのですよ? お手柔らかにお願いします。あ、いえ、それですから『覚悟』と仰ったのでしょうか? ですが、何故? 何が、旦那様をこれ程に昂らせてしまったのですか?

『ふぇ…っ…! ふぇ~っ!!』

 僕の所為とは、本当に何なのですか?
 考えても考えても答えは出ませんし、旦那様の熱で何かが浮かびましても、瞬時に溶けて行きます。
 絡められた指も掌も熱くて、全身が沸騰している様です。今なら、お臍でお茶が沸かせるかも知れません。
 ずっ、ずっ、と胎内を行き来する熱は熱く苦しいのですが、徐々にそれとは違う物も与えて来ているのが解りました。
 旦那様に、おちんちんを弄られている時の様な、ぞわりとした肌が粟立つ様なこれは、何なのでしょう?
 お腹の奥から、さらなる熱が湧き上がって来る様なこれは、何なのでしょう?
 
『ふぇ…っ…ふぇ…っ…』

 熱くて熱くて苦しいのですが、そちらの感覚は、それを和らげて下さる様な気がします。

『…ああ、そうだ。そちらに流されてしまえ…』

 熱さと苦しさと、おちんちんを弄られていませんのに、その時と似た感覚に背筋が震え、涙が浮かび零れてゆきますが、それを、腰の動きを止めた旦那様が舌で舐めとり、熱く掠れた声で囁きます。

『…ふぇ…?』

『その方がお前も楽だし…俺も、嬉しい』

 旦那様が空いている方の手で、僕の額に張り付いた前髪を掻き分けて、晒された額に唇を落とします。
 ふっ、と額にかかる吐息と、優しく細められた赤らんだ目元に、何故か、僕の心臓が心不全を起こしそうなぐらいに脈打ちます。

『ふぇ…』

 旦那様は、やはり意地悪です。
 その様に言われましたら、そうしたくはなるではないですか。
 旦那様が喜んで下さるのなら、そうしたくなるではないですか。
 だって、それは。
 だって、それも。
 僕の、歓びなのですから。

『…だ、んなしゃま…』

 汗で滑る指に力を入れれば、旦那様が更に力を入れて握り返して下さいました。

『…ゆかりだ』

『ゆ…かりしゃま…』

 …どうか…新たな緒を結んで下さい…。

 それが、言葉になったのかは定かではありません。
 醜い言葉も出してしまった気がします。
 ですが、どうか…。
 その欲を僕の中に吐き出して下さい。
 僕だけしか知らない旦那様を曝け出して下さい。
 僕だけに見せて下さい。
 その言葉が届いたのかは解りませんが、細められた旦那様の目から、ぽかぽかとした優しさを感じました。
 そして、目尻に浮かぶ涙を舐め取った旦那様の唇が、だらしなく開いた僕の唇に重なります。
 幾度か啄んだ後に、熱く厚い舌が挿し込まれましたが、教えられた通りに僕は鼻の穴を広げて空気を取り込みましたが、旦那様の唇が震えている様に感じたのは気のせいでしょうか?
 …いいえ。
 今は、もう、その様な事を考えるのは止めにしましょうね。
 旦那様が仰った様に、今は、この与えられる熱の事だけを考えましょう。
 身体も思考も、熱に炙られて溶けて蕩けて行きます。
 沸騰したお湯が出します湯気の様に、頭の中が真っ白になって行きます。
 旦那様の、熱い吐息、息遣い、形の良い額から落ちて来る熱い雫。
 目元を赤く染めて、歯を食い縛る、その表情も。
 それは、これまでの僕が知らなかった旦那様です。
 そして、これは、今は僕しか知らない旦那様です。

『…雪緒ゆきお…』

 熱く焦がれる様な声音で僕の名前を呼んだ旦那様の手が、僕のおちんちんに伸びて来て握り込みますが、僕はもう何も言えませんでした。

『ふえ…っ…!』

 いえ、言ったのかも知れませんが、それは言葉にはなりませんでした。
 先端から溢れる雫を指先で掬い纏わせながら、ゆるゆると旦那様の手が動きます。

『ふぇっ、ふぇ…っ…!!』

 それは、段々と速度を上げて行き、僕の中を荒らす旦那様の熱の動きも早くなって行きます。まるで、全力疾走をしている様な感じがします。走り切った時には、僕はきっと倒れてしまうのでしょう。

『ふえぇええぇえぇ~…っ…!!』

 でも、大丈夫です。
 倒れる前には、旦那様が受け止めて下さる筈ですから。

『雪緒…っ…!!』

 ですから、僕は走り続けましょう。
 
『ふぇ…っ…だ、ゆ、かりしゃ…っ…!』

 旦那様と共に。
 旦那様と僕の二人で。
 刹那、旦那様の熱が弾け、僕も熱い熱を吐き出したのです。
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