色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【九】

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 ぐるぐると目が回ります。
『喰らい尽くす様に』とは、この事を言うのでしょうか?
 後頭部を引き寄せられ、背中に腕を回されては逃げる事も叶いません。いえ、逃げる気等はありませんが。ですが、突然の事に驚いた僕が、身を引く事ぐらいは許して欲しい物です。
 旦那様の厚く熱い舌が、僕の口の中を荒らします。舌先が触れた時に、やはり驚いて舌を引っ込めましょうとしましたら、それを器用に絡め取られてしまいました。手先は不器よ…いえ、器用とは言い難いですのに、こちらは器用だなんて反則だと思います。
 酸素が欲しいです。
 このままでは、酸素欠乏症になります。
 力の入らない手で、旦那様の脇腹をぺしぺしと叩きましても、鍛えられた御身体には、蚊が止まった程度にしか感じられないのでしょう。

『…ああ…』

 そう思いましたのに、旦那様は気付いて唇を離して下さいました。

『鼻で息を吸うんだ…まあ、追々だな』

 大きく口と、ついでに鼻の穴を開き、胸を上下させて空気を取り込む僕の姿に、旦那様が目を細めて身体を起こして行きます。
 追々とは何でしょう?
 と、回らない頭では、その答えを見出す事が出来ません。
 未だ頭も目もぐるぐるさせています僕の胸の上に、旦那様の手が置かれました。
 ゆっくりと僕の形を確かめる様に、胸をなぞり、お腹をなぞり、脚の付け根へと伸びてゆきます。

『そのまま、身体から力を抜いていろ』

『ふえ…』

 力を入れ様にも、今の僕は酸素欠乏症です。こんな状態で、逆に身体に力を入れろと言われましても、無理と言う物です。
 するりと、内腿を撫でられて、その擽ったさにぴくりと脚が震えましたが、これは条件反射と云う物なのでしょう。

『ふぁっ!?』

 内腿を撫でた手が、するすると動き、膝の裏に辿り着いたと思いましたら、ぐいっと上へと持ち上げられ、旦那様の肩に乗せられて、僕は変な声を出してしまいました。

『そう驚くな』

 小さく喉を鳴らして、旦那様が笑います。
 驚きます。こう云う事は先に言って下さい。
 そう思っています間に、もう片方の脚も旦那様の肩に乗せられてしまいました。

『おっ、大股を開いた上に、だっ、旦那様を足蹴にするだなんて…っ…!! 僕は何て恩知らずで礼儀知らずの粗忽者なのでしょうかっ!!』

『…お前な…』

 いえ、原理としては理解しています。いますが、やはり自分自身が経験しますと、どうしても混乱の方が勝ってしまうのです。
 上げられた脚が僅かに下がったのは、旦那様が肩を落としたからでしょうか?
 ああ、情けなくて申し訳ございません。
 僕にも経験の一つや二つありましたら、幾ばくかは旦那様を落胆させるだなんて事は無かったのかも知れませんね。
 しかし、この様な経験は、旦那様とでしかしたくはありませんので、それは無理と云う物です。

『…まあ…お前だしな…』

 落胆させた訳ではないのでしょうか?
 僕を見下ろします旦那様の目が、優しげに細められました。
 
『ふぇ?』

 何かに納得されたのか、旦那様は小さく微笑んだ後に、腰をぐっと押し付けて来ました。
 熱く、ぬめる物が、解されたそこへとあたります。

『…あ…』

『…怖いか?』

 熱い塊が擽る様に、僕のそこをつんつんと突付きます。本当に器用ですねと思いながら、僕は頷きます。

『…はい…』

 怖くないと言えば嘘になります。
 初めての事ですから、自分自身がどうなるのかが解らなくて怖いです。ですが…。

『旦那様ですから…』

 それをして下さるのが、旦那様ですから。
 
『教えて下さい…僕の知らない旦那様を…』

 片手を胸の上に置いて、もう片方の手を旦那様へと差し出せば、その手を大きな手が包んで下さいました。

雪緒ゆきお…』

 僕の名を呼びながら旦那様が包んでいた手を離し、代わりに指を一本一本絡めてゆきます。
 処々にある豆の硬い部分が、痛い様な擽ったい様な、その様な感じに思わずくすりとしましたら『挿れるぞ…』と、旦那様が囁きました。
 僕を見詰める眼差しは強く熱く、また、何かを堪えている様にも見えます。
 ですから、僕は言います。

『我慢等、必要無いのですよ』

 と。
 それが僕を想い、気遣ってとの事は、重々承知しています。
 これが、僕の我儘だと云う事も解っています。
 ですが、その為に旦那様に我慢を強いるだなんて事はしたくありません。
 いえ、散々そうさせて来た僕が言う事ではないのですが。

『…もう、その必要は無いのですよ』

 お待たせしてしまい、申し訳ございません。
 そして、ありがとうございます。
 ゆっくりな僕に足並みを合わせて下さって。
 絡めた指に力を籠めて言いましたら、ふっと旦那様の頬が緩みました。

『…ああ…』

 旦那様が頷くのと同時に、熱い塊が解れたそこへと侵入して来ます。

『ふぁ…っ…!』

 それは、熱くて硬く大きな塊です。
 解したとは云え、十分な広がりがあるとは思えません。
 みちみちとした音が聴こえる様な気がします。
 旦那様にお任せしていれば問題は無いと思いますが、僕の身体は平均の方より、小柄な部類に入りますので、やはり不安が募ります。
 これで、もし、僕が傷付く様な事になりましたら、旦那様は一生後悔される事でしょう。
 その様な想いをさせたくはありません。
 正直、苦しいです。
 無理矢理に広げられているそこが悲鳴を上げている様です。
 それでも。
 身体の傷は癒えますが、心の傷はそう簡単には癒えないのです。
 癒えた様に見えましても、心の奥底でじくじくと膿んでいるのです。
 ぽたりぽたりと、眉根を寄せた旦那様の額から雫が落ちて来て、僕の剥き出しの肌を伝います。
 苦しいのは、旦那様も同じなのです。
 歯を食い縛り『荒らす』と云った、ご自身の言の葉に耐えているのでしょう。
 僕に出来る事と言いましたら、苦しくても、この身体から力を抜いて受け入れる事でしょう。
 大きく息を吸って、吐いて、身体を弛緩させる事に尽力致しましょう。
 
『…雪緒…』

 ですのに、その様な切なそうなお声を出されてしまいますと、僕はどうしたら良いのか皆目見当も付きません。

『ふぁ…あ…こ、これ程の質量の物の排泄の経験はありません、ので…正直辛いのですが…』

 ならばと、正直に今感じている事を口にしましたら。

『何と比べているんだ、お前はっ!?』

『ふえっ!?』

 何故か怒鳴られてしまいました。
 うぅん? 何がいけなかったのでしょうか?
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