色褪せない幸福を

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
22 / 31

【八】

しおりを挟む
 そこからは、本当に未知の世界でした。
 旦那様の指が、二人が繋がる部位を解して下さるのですが、恥ずかしくて恥ずかしくて、もう僕は茹で蛸になり、両手で顔を覆いながら『は、早く、挿入して下さい』と泣いていました。『焦るな、辛いのはお前なんだぞ』と、旦那様が宥めて下さいます。
 ですが、僕はもう、いっぱいいっぱいで気を失ってしまいそうですのに、旦那様には余裕があって、それが何故か悔しいと思ってしまって。これまでの経験の差であると解っていますのに、狡いですとか思ってしまいまして。
 だって、橙色の豆電球が灯るお部屋の中の、お布団の上で僕は浴衣を開けさせられて、褌も外されていますのに、旦那様は浴衣を、乱れ無くきっちりと纏っているのですよ? 僕だけ、この様な姿だなんて、酷いではないですか。
 その様な事を思う自分が情けなくて、醜くて、浅ましくて。
 
『も、もう、切れても良いですから! ものもらいは切って治療するではないですか!』

『阿呆っ!! 誰が、そんな事をさせるかっ!!』

『書物によりますと、男性役はこの場合『煽ったのは貴方ですよ』と仰って、強引に…っ…!!』

『何て物を読んでいるんだ、お前はっ!!』

『お勉強になりますからと倫太郎様が…っ…!!』

『あの、たわけがっ!!』

 早く、この恥ずかしい時間が過ぎれば良いと、混乱の境地から、頓珍漢な事を口走りもしました。
 そんな僕に、旦那様は声を荒げながらも、優しく丁寧に時間を掛けて、そこを解して下さったのです。
 ですが、僕はもう茹で蛸も良い処でして。恥ずかしいぐらいに、全身は真っ赤ですし、吐く息も熱いので、色が付いていたのなら、そちらも赤く染まっていたと思います。

『嫌だと、無理だと思ったら直ぐに言え』

 と、旦那様がこてんと僕の身体をひっくり返します。
 仰向けだった身体が俯せになり、背後から腰を掴まれまして、僕は声をあげました。

『だっ、旦那様にお尻を向ける事等出来ません…っ…!!』

『…は? いや、後ろからの方が、まだ幾分かは楽…』

『獣の様に、お尻を突き出すなんて無理ですっ!!』

 今更と言えば、今更なのかも知れません。
 解されている間は、仰向けとは云え、旦那様にお尻を見せていたのですから。

『しかしだな…』

『旦那様のお顔が見たいのです! 僕が見た事のない旦那様を見せて下さるのでしょう!?』

『ぐ…っ…!』

 身体を捻って、足元に居ます旦那様を見て叫べば、旦那様は、目を見開いて喉を詰まらせました。
 
『…この…っ…!』

 呻く様に呟きながら、片手で旦那様が頭を掻きます。お風呂を済ませてから、かれこれ小一時間は経過しているでしょうか? お風呂上がりには、生乾きの前髪が鬱陶しいと仰って、後ろへと流しているのですが、掻いたせいで、前髪がはらりはらりと垂れて来ています。
 垂れて来た前髪が、額に張り付くのは、未だ濡れているせいでしょうか? それとも、僕と同じ様に汗を掻かれているのでしょうか? 涙が滲む視界では、良く判別出来ません。

『…ふが…?』

 その様な事を考えていましたら、身を屈めて来た旦那様に鼻を摘まれてしまいました。何故でしょう?

『"煽ったのは、お前だからな"』

 どっくんと、大きな音を立てて心臓が跳ねました。
 鼻を摘まむ指の優しさは変わりません。
 ですが、僕を見る瞳が違います。
 優しいのは変わりません。
 お優しい眼差しですのに、その奥に、ちらちらとした炎が見えた気がしました。
 唇が意地悪そうに弧を描いていますから、その様に見えたのかも知れませんが。
 旦那様の手が僕の鼻から離れ、ご自身が着ています浴衣の帯へと伸びます。
 解かれた帯が、はらりと僕の身体へと落ちます。
 それが、何故か擽ったいと感じまして、僕は身体を震わせました。
 その間にも、旦那様は浴衣の袖から腕を抜き、褌の紐を緩めて行きます。

『…怖いか?』

 思わず目を見開いた僕に、旦那様が訊ねて来ました。

『…えと…ご立派です…』

 僕の言葉に、旦那様は何故かがくりと肩を落とします。

『お前なあ…』

 呆れた様なお声です。
 ですが、他に何と言えば良かったのでしょうか?
 旦那様の男性の証は、以前にも拝見した事がありますが、その時はこの様にお臍に付きそうな程に天を向いてはいませんでしたし、透明な雫がそこを伝う事もありませんでした。

『…まあ、お前らしいがな…』

 くしゃりと僕の頭を撫でてから、旦那様が顔を近付けて来ます。
 ふわりと唇に旦那様の吐息がかかり、そっと目を伏せましたら、熱い唇が重なりました。
 熱い吐息は、旦那様も僕と同じ気持ちなのだと云う事を伝えて下さる様で、重なった唇が離れた時に、僕は小さく笑ってしまいました。

『口を開け』

『ふえ?』

 何かが気に障ったのでしょうか?
 唇を離した旦那様が、ぐっと喉を鳴らした後にそう言って来ました。
 訳が解らないままに、口を開けましたら、再び旦那様の顔が近付いて来て、また唇が重なりました。
 が、それは先程の物とは違いました。
 ぬるりと僕の口の中に侵入して来たのは、旦那様の厚い舌です。
 思わず驚いて顔を引こうとしましたら、後頭部に旦那様の手が差し込まれ、ぐっと引き寄せられてしまいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

処理中です...