色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【七】

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 旦那様に男性の証を切り落とさせる訳にはいきません。
 と、お答えすれば良かったのでしょうか?
 旦那様はご自身が俗物だと仰っていましたが、僕だって、俗物です。
 でなければ、おちんちんに触って欲しいですとか、触りたいですとか、口には致しません。
 恋人同士の営みに関しては、確かに経験はありませんが、無知ではありません。倫太郎りんたろう様からお借りした書物に、書いてありましたからね。
 ただ、生憎と僕には坐薬と浣腸の経験はありません。
 ですので、肛門に何かを挿れると云う事は、全く持って初めての経験になります。
 ああ、いえ、確かお読みした書物に浣腸の記述があった様な気がしますね? でしたら、僕もそれを経験するのでしょうか? 旦那様の手で? あ、いえ、おちんちんで、僕のお腹を荒らすと仰っていました。
 と、お腹に手をあてて考えていましたら、胸がどきどきとして来ました。これは、何でしょうか? 恐怖でしょうか? それとも、未知への憧れでしょうか?
 一人で悶々と悩むのは、良くありません。
 ですので、翌日お茶の間にて、ここまで考えた事を旦那様にお話しましたら、ごんっと鈍い音を立てて、旦那様が卓袱台へと沈みました。
 額を卓袱台へと押し付けて、旦那様が呻いています。

『…葉山…やはり、絞めておくべきだったか…』

 くぐもっていて良くは聞き取れませんが、何やら物騒な響きに聞こえました。

『旦那様、額は大丈夫ですか? 冷やしますか?』

 ですから、僕は額の打ち所が悪かったのでしょうかと思ったのです。

雪緒ゆきお!』

 しかし、次の瞬間に旦那様は、がばりと顔を上げて、僕を強い目で見詰めて…いえ、睨み付けて来ました。長い前髪で隠れていますが、隙間から覗く眼光は、やはり鋭いのですよね。

『は、はいっ!?』

 見慣れています僕でも、流石に震え上がってしまいます。幾人ものお子様を泣かせて来たと云う事実を改めて実感しました。
 が、そんな鋭い眼差しも好きなのですよね。
 しかし、坐薬と浣腸、一体どちらが旦那様の逆鱗に触れたのでしょう?

『お前は、本当に良いのか!? が! お前の中に挿入るんだぞ!? 尿を出す器官が! 気持ちが悪いとか思わんのか!?』

 旦那様が人差し指を立てて、ご自身の下半身を指します。

『気持ちが悪いとは思いません。そちらも旦那様の一部ですし。旦那様の手も、声も、仕草に歩き方、どれ一つとして嫌な処等ございません。先程も申しました様に、お尻に何かを挿れると云うのは、初めての経験ですので、怖さはありますが…ですが、それが旦那様でしたら、僕は耐えてみせます』

 僕の言葉に、旦那様は両手で頭を押さえてしまいました。何故でしょう? 僕の正直な気持ちを語りましたのに?

『…前向きだと云う事は解った…だが…やはり、お前にはまだ早い…』

 頭を押さえながら、長く重い溜め息を吐いた後に、旦那様はそう仰ったのでした。
 交合は、旦那様には喜ばしい事の筈ですのに、何故、その様に重い溜め息を吐くのでしょう?
 僕は、何かを間違えているのでしょうか?
 結局、また一人で悶々と悩む事になってしまいました。
 そんな折に、あの事件が起こったのです。
 いえ、僕は事件だとは思いませんが、旦那様がそう仰るので。
 それは、せい様の出奔です。
 縁談のお話が持ち上がり、それを拒否された星様が、こちらへ身を寄せただけなのですけどね。
 ですが、それは色々と考えさせられる出来事でしたので、確かに事件と言えば事件と言えるのかも知れません。
 そして、僕はその事件で、旦那様が『まだ早い』と仰っていた意味を理解したのです。
 
『言葉からも仕草からも、想われている事は十分に伝わって来ます。ですが、それだけでは伝わらない事もあるのですね』

 もっと深く触れて下さいと言葉にしました。
 僕は、やはり朴念仁ですから、言葉でも仕草等でも、上手く伝えられている自信がありません。
 旦那様からは、溢れる程の愛情を感じていますのに。
 一方通行な想いではないと。
 そんな哀しい想いは、旦那様にして欲しく無いと。
 旦那様に、不安な想いをさせたくは無いと。
 旦那様に触れられるのは、本当に心地が良いのです。
 鼻を摘まれる事も、頭を撫でられる事も、とても好きです。
 刀を握り、人々を守って来た、その武骨ながらも優しい手で身体を撫でられると、僕は堪らなく泣きたくも嬉しくもなるのです。
 その手が、視線が、強い想いが、僕だけに向けられている、それが途方もなく嬉しいのです。
 これは、独占欲と云うのでしょうか?
 ですから、どうか旦那様。
 僕も知らない僕自身を旦那様に知って欲しいのです。
 僕も知らない、僕自身をどうか教えて下さい。
 旦那様が。
 その手で。
 そして、僕しか知らない旦那様を教えて下さい。
 真っ直ぐと旦那様の目を見ながら語りましたら、旦那様は『解った』と、静かに頷いて下さいました。『悪かったな』との謝罪も戴きましたが、はて? 何故、謝るのでしょうか? 旦那様は、僕の気持ちが追い付くのを待って下さっていただけですのに? 
 くすりと、僕は小さく笑います。
 その様な優しさが、僕は好きなのですよね。
 何時もどの様な時でも、出来る限り、僕に考える時間を与えて下さる。
 僕自身に、選ばせ様として下さる。
 僕を僕として、見て下さる。
 時に強引でしたり、衝突した事もありますけど、それは、やはり僕を想って下さったからで。
 この様な事を実感する度に、僕は『好きです』と思うのです。
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