19 / 31
彩
【五】
しおりを挟む
『ふぇ…?』
と、僕は疑問の声を上げました。
この様な状態で止められてしまうのは、非常に苦しいです。
ぱんぱんに張り詰めているこれは、あと少しで解放出来ると訴えています。
涙が浮かぶ目で顔を動かして、旦那様を見上げれば『ぐっ…!』と悩ましく眉根を寄せます。
額に浮かぶのは汗でしょうか?
それとも、天井から落ちて来た雫でしょうか?
『…だ、んなさま…?』
と、力の入らない腕を動かして、額に張り付く前髪に触れれば、細く鋭い目を更に細めて何処か困った様に笑います。
『…いや…これも慣れだ…』
『な、れ?』
聞き返すより早くに、旦那様の手の動きが再開されて、僕は、ただ、その波に翻弄され飲みこまれるだけでした。
『だ、めです…っ…! お小水が出ます…っ…!』
と、口走った気がします。
実際に出る物は違いますが、それを言葉にするのが、やはり恥ずかしかったのです。
それに、旦那様の手を汚してしまうのが忍びなくて。
それですのに、旦那様の手は止まる事は無くて。
親指で鈴口をぐっと押された僕は、一際情けない声を上げて、それを吐き出したのです。
どっどっどっと、騒がしい心臓を弛緩しきった身体で整えます。
それが落ち着いて来ましたら、旦那様の手に粗相をしてしまったと云う現実が押し寄せて来まして、本当に僕は何と云う事をお願いしてしまったのでしょう? と、途方も無い後悔が襲って来ました。
頭では、理解していたのです。
旦那様の手に付着している物は、僕の欲の塊ですと。
日々の時々の目覚めで、僕の下着に付着している物ですと。
男子たるもの、定期的にそれを放出するのは当たり前の事ですと。
『…ふぇ…』
それでも、やはり、恥ずかしさや申し訳なさから、僕は泣いてしまいました。
情けない声で泣き出した僕の頭を、旦那様は撫でます。ゆっくりゆっくりと優しく撫でてくれます。
そのまま手を引かれ、旦那様のお部屋に行き、同じお布団に横になりました。
旦那様は片手を僕の身体に回し、もう片方の手では、やはり頭を撫でて下さいます。
幾度も幾度も『悪い事ではない』と、頭を撫で、時に背中を擦りながら、僕が眠りに落ちるまで。
そして、普段より早くに目が覚めた僕は、そぉっと、お布団から抜け出して、朝餉とお弁当を用意し、書き置きを残してお屋敷を飛び出したのです。
恥ずかしくて情けなくて、旦那様に合わせる顔がありませんでした。
時間が欲しかったのです。
旦那様にご心配を掛けてしまうのは、心苦しいのですが、それでも、居ても立っても居られなかったのです。
時間が経ちましても、やはり、どの様な顔をすれば良いのか解らなかった僕は、土下座をする事にしました。
困った時の神頼みではなく、困った時の土下座頼みです。
自分でも何を言っているのか、解りませんね。
ともかく、まだ冷静では無かったのでしょう。
昨日から今日に掛けての失礼を詫びます僕に、旦那様は『ゆっくりで良い』と言い、ちょこれいとを贈って下さいました。
そして、僕のあの声を『聞きたかった』と、何処か照れた様に仰ったのです。
おや?
と、僕は内心で首を傾げます。
まさかとは思いますが、あの『ふぇ~』をその声だと勘違いさせてしまいましたか?
いえ、確かに、あの鼻に掛かった様な甘い声は、恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないので、旦那様がそれ(ふぇ~)で良いのなら問題は無いのですが。
で、す、が!
こう、素直に喜べないのは何故なのでしょう?
と、もやもやとします僕に、旦那様は信じられない事を聞いて来ました。
夢精の頻度はどれぐらいだ? と。
質問の意図を計りかねて首を傾げましたら、卓袱台を挟んで向かいに座ります旦那様が、身を乗り出して僕の耳元で囁きます。
『これからは、定期的にしよう。何事も慣れだ。慣れるには経験が必要だ』
『…ふぇ…』
身を乗り出したまま、悪戯っぽく笑う旦那様の姿に、僕は改めて、旦那様は意地悪ですと思ったのです。
◇
「…ですが、今、思いますれば…旦那様は、ご自身に言い聞かせて居た様な気がしますね…?」
万年筆を持つ手を止めて、僕は顔を上げて天井を仰ぎます。
悪戯っぽい笑みでしたが、その瞳も声もとても真剣な物でした。
姿勢を正した後で、今の僕と同じ様に天井に視線を向けて、腕を組んで小さく何やら呟いていましたが…はて…?
と、僕は疑問の声を上げました。
この様な状態で止められてしまうのは、非常に苦しいです。
ぱんぱんに張り詰めているこれは、あと少しで解放出来ると訴えています。
涙が浮かぶ目で顔を動かして、旦那様を見上げれば『ぐっ…!』と悩ましく眉根を寄せます。
額に浮かぶのは汗でしょうか?
それとも、天井から落ちて来た雫でしょうか?
『…だ、んなさま…?』
と、力の入らない腕を動かして、額に張り付く前髪に触れれば、細く鋭い目を更に細めて何処か困った様に笑います。
『…いや…これも慣れだ…』
『な、れ?』
聞き返すより早くに、旦那様の手の動きが再開されて、僕は、ただ、その波に翻弄され飲みこまれるだけでした。
『だ、めです…っ…! お小水が出ます…っ…!』
と、口走った気がします。
実際に出る物は違いますが、それを言葉にするのが、やはり恥ずかしかったのです。
それに、旦那様の手を汚してしまうのが忍びなくて。
それですのに、旦那様の手は止まる事は無くて。
親指で鈴口をぐっと押された僕は、一際情けない声を上げて、それを吐き出したのです。
どっどっどっと、騒がしい心臓を弛緩しきった身体で整えます。
それが落ち着いて来ましたら、旦那様の手に粗相をしてしまったと云う現実が押し寄せて来まして、本当に僕は何と云う事をお願いしてしまったのでしょう? と、途方も無い後悔が襲って来ました。
頭では、理解していたのです。
旦那様の手に付着している物は、僕の欲の塊ですと。
日々の時々の目覚めで、僕の下着に付着している物ですと。
男子たるもの、定期的にそれを放出するのは当たり前の事ですと。
『…ふぇ…』
それでも、やはり、恥ずかしさや申し訳なさから、僕は泣いてしまいました。
情けない声で泣き出した僕の頭を、旦那様は撫でます。ゆっくりゆっくりと優しく撫でてくれます。
そのまま手を引かれ、旦那様のお部屋に行き、同じお布団に横になりました。
旦那様は片手を僕の身体に回し、もう片方の手では、やはり頭を撫でて下さいます。
幾度も幾度も『悪い事ではない』と、頭を撫で、時に背中を擦りながら、僕が眠りに落ちるまで。
そして、普段より早くに目が覚めた僕は、そぉっと、お布団から抜け出して、朝餉とお弁当を用意し、書き置きを残してお屋敷を飛び出したのです。
恥ずかしくて情けなくて、旦那様に合わせる顔がありませんでした。
時間が欲しかったのです。
旦那様にご心配を掛けてしまうのは、心苦しいのですが、それでも、居ても立っても居られなかったのです。
時間が経ちましても、やはり、どの様な顔をすれば良いのか解らなかった僕は、土下座をする事にしました。
困った時の神頼みではなく、困った時の土下座頼みです。
自分でも何を言っているのか、解りませんね。
ともかく、まだ冷静では無かったのでしょう。
昨日から今日に掛けての失礼を詫びます僕に、旦那様は『ゆっくりで良い』と言い、ちょこれいとを贈って下さいました。
そして、僕のあの声を『聞きたかった』と、何処か照れた様に仰ったのです。
おや?
と、僕は内心で首を傾げます。
まさかとは思いますが、あの『ふぇ~』をその声だと勘違いさせてしまいましたか?
いえ、確かに、あの鼻に掛かった様な甘い声は、恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないので、旦那様がそれ(ふぇ~)で良いのなら問題は無いのですが。
で、す、が!
こう、素直に喜べないのは何故なのでしょう?
と、もやもやとします僕に、旦那様は信じられない事を聞いて来ました。
夢精の頻度はどれぐらいだ? と。
質問の意図を計りかねて首を傾げましたら、卓袱台を挟んで向かいに座ります旦那様が、身を乗り出して僕の耳元で囁きます。
『これからは、定期的にしよう。何事も慣れだ。慣れるには経験が必要だ』
『…ふぇ…』
身を乗り出したまま、悪戯っぽく笑う旦那様の姿に、僕は改めて、旦那様は意地悪ですと思ったのです。
◇
「…ですが、今、思いますれば…旦那様は、ご自身に言い聞かせて居た様な気がしますね…?」
万年筆を持つ手を止めて、僕は顔を上げて天井を仰ぎます。
悪戯っぽい笑みでしたが、その瞳も声もとても真剣な物でした。
姿勢を正した後で、今の僕と同じ様に天井に視線を向けて、腕を組んで小さく何やら呟いていましたが…はて…?
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる