色褪せない幸福を

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
5 / 31

【五】

しおりを挟む
「それでも、話して下さい」

「それを聞くのは司令なんだろうけど、俺達が代わりにとか図々しいけど、一人で抱えるより、ずっと良いから」

 …ああ、本当にお強いお二人です。
 真っ直ぐで強い視線に、僕は息苦しさを覚えて片手で胸を押さえました。
 これは、今の僕には無い強さなのでしょう。
 真っ直ぐと起きた事から目を逸らさずに、受け止め様とする強さ。
 それは、きらきらと輝いて見えまして、眩しくて僕は目を細めます。
 きらきらとしたそれは、何時か見ました天の川を彷彿とさせますね。きらきらとぽかぽかと。それは、あの宝の箱の様に…。

「…あ…」

 ぽたりと、また僕の目から雫が落ちました。
 何故、忘れていたのでしょう?
 
雪緒ゆきおさん!?」

 卓袱台に両手をついて、勢い良く立ち上がりました僕に、瑞樹みずき様が驚きます。優士ゆうじ様も、軽く目を見開いています。
 ああ…申し訳ございません。
 ですが、気付いてしまったのです。
 そうしましたら、居ても立っても居られなくなったのです。
 
「失礼、致します…」

 それだけを何とか言葉にしまして、僕はぱたぱたとお行儀悪く、お茶の間を飛び出しました。
 行き着く先は、勿論、僕のお部屋です。
 そこにあります、大切な大切な宝物。
 旦那様と僕の大切な大切な宝の箱です。
 せい様がぽかぽかだと仰って下さった、大切な大切な、青い青いお空に、きらきらとしたお星様が散りばめられた、あの、宝の箱です。

「…ああ…」

 箪笥の上に飾ってあります、長方形の箱を両手で持ち、僕はへたりと畳の上へと座り込んでしまいました。

「…そうでした…」

『そろそろ、また修復せんとな』

 あの日、それが…旦那様の最期のお言葉だったのです。
 真っ青だったお空も、きらきらとしていたお星様も色褪せて来ていたのです…箱の合わせ目、丁寧に散りばめられたお星様の端等、糊も剥がれて来ています。
 喉が痛く、熱さも感じます。

「…も…しわけ、ござ、いません…」

 何故、何故、この様に大切な事を放って置いたのでしょう?
 落ち着きましたら、では無く、忙しい中でも、こちらを優先しなければなりませんでしたのに。
 辛いですとか、哀しいですとか、苦しいですとか、その様な感情と、しっかりと向き合わなければいけませんでしたのに…。

「…雪緒さん…」

 かたりと、障子が音を立てます。
 濡れた顔を上げましたら、障子に手を掛けて、心配そうに佇む瑞樹様と、その後ろに同じ様に佇む優士様が居ました。

「…いきなり…申し訳ござ、いませんでした…」

 瑞樹様と優士様も、この宝の箱がぽかぽかですと仰って下さいました。
 ですが、今はどうでしょう?
 奥様から戴き、あの頃から続いていた、きらきらとした想いは今も在るのでしょうか?
 きらきらとぽかぽかとした想いは、今も褪せずに在るのでしょうか?
 在って欲しいです。
 僕が目を逸らしていた間も、残って居て欲しいです。
 ですが…目を逸らしていた間に、こちらはこんなにも変わってしまいました。
 それは、一日でしたら、微々たる変化なのでしょう。
 それでも、毎日毎日目にしていれば、何かが違うと気付く筈です。
 ですのに…僕は…無意識なのでしょうか…この宝の箱から目を逸らしていました…。
 何時も、何時でも、ぽかぽかとほわりと、じんわりと広がる…その様な、温かい想いを下さっていたのに…目を逸らしていました…。
 今、胸が痛みますのは、そのせいなのでしょう。
 皆様方が注いで下さった想いを無碍にしましたから…。

「…嫌、です…この箱が…想いが無くなるのは…嫌です…奥様…お妙さん…旦那様…消えないで、下さい…」

 ぽろぽろと目から水が溢れ、宝の箱を濡らして行きます。

「…ああ…」

 駄目です。
 これでは、ふやけてしまいます。
 僕は慌てて、宝の箱を顔の高さより高く上げました。

「…瑞樹…」

 ぼそぼそとした話し声が聞こえますが、今の僕には、その内容を聞き取る事が出来ません。
 想いをこれ以上失くさない為に、必死に腕を掲げます。

「…直ぐ戻って来るから…!」

 腕と一緒に、顔も上を向きます僕の耳に、切羽詰りました瑞樹様のお声が届きました。僕よりも、力強く廊下を駆けます音も。
 あんなに急いで何処へ?
 
「あ、まさか、朝餉に何かありましたでしょうか?」

「…ある訳無いです。腕、疲れないですか?」

 あ。
 上を向いていて解りませんでしたが、優士様は居らっしゃるのですね。
 ずびっと、お行儀悪くお鼻を鳴らして僕は答えます。

「…疲れません…これ以上、この箱を崩したくはありませんから…」

 形のある物は、何時かは壊れます。
 解っていますが、僕は、もうこちらの形も、そこに在る想いも、これ以上失いたくはないのです。

「…首が疲れないですか?」

「…疲れません…。下を向くと雨が降りますので」

 優士様は、尚も静かに僕に問い掛けます。
 この様なお返事で、申し訳ございません。
 呆れてしまわれても、文句等言いません。

「…雪緒さん」

「はい」

 すっと、目の前に優士様のお顔が現れました。何時の間に距離を縮められたのでしょう?
 身を屈めて、僕を見ます優士様の目は、とてもお優しくて、呆れる等と、その様な感情は見当たりませんでした。
 その事に、僕の胸がまたちくりと痛みます。
 優しくしないで下さい。
 甘やかさないで下さい。
 情けないと、呆れて下さい。
 ですのに、優士様は優しく微笑みます。

「…俺は…俺達は、雪緒さんの鼻を摘んだり、頭を撫でたり、ましてや抱き締めるだなんて事は出来ません。そんな事をしたら、高梨司令にころ…怒られてしまうから」

「…はい?」

 その様な事で、旦那様はお怒りにはならないと思いますが…。勤務中の旦那様は、それ程に厳しかったのでしょうか?

「でも、話を聞いたり、一緒にご飯を食べたりは出来ます」

「…優士様…?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

処理中です...