色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【二】

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 ガタガタと雨戸を開ければ、眩い光が射し込んで来ます。
 まだ、白と言っても良い、紫陽花の花には夜露が降りて、きらりと輝いています。
 その光景に目を細めまして、僕は仏間へと向かいます。

「おはようございます」

 おりんを鳴らして、朝のご挨拶です。
 ここに、奥様だけでなく、旦那様が並ぶのを何処か不思議な気持ちで僕は眺めます。

「…これまでと変わらない時間を過ごしていますのに…何故でしょう? 時間が長く感じられるのです…」

 ぽつりと口から零れたのは、愚痴ですね。
 
「…お仕事をしていれば、気にはならないのでしょうが…定年を迎える前に辞めてしまいましたからね…」

 また、ぽつりと呟きます。
 こんな僕を情けないと叱って欲しいです。
 
「最近ですが…思い出す事が多くてですね…忘れていました事とか…夢にも色々と見ます…」

 楽しい夢なら良いのですが、そればかりでは無いのですよね…自分でも不思議です。

「亡くなった両親の事…抱えていた借金の事…僕は確かに耳にしていましたのに…何故、忘れていたのでしょうね…?」

 あんなに朧気だった両親の顔ですが、夢の中では、はっきりと解るのです。二人とも、人の良さそうな顔をしていました。何度も他人に騙されて来たと、親族の何方どなたかが言っていました。その度に尻拭いをして来たと、僕の背中を纏めた藁で叩きながら、何方かが言っていた事もありました。馬鹿正直で愚鈍で愚直…。

「えぇと…他には何と言っていましたでしょうか…」

 うぅん、と顎に指をあてた時です。

「おはようございます」

雪緒ゆきおさーん!」

 玄関の方から、張りのある、お元気な声が聴こえて来ました。

「はい、只今!」

 お返事をして、僕はよいしょと立ち上がります。
 ああ、そう云えば何時から、立ち上がる時に声を出す様になったのでしょうか?
 くすりと笑いながら玄関へと向かいます。
 静かな、何処か冷たさを感じさせるお声の持ち主は、優士ゆうじ様。
 明朗なお声の持ち主は瑞樹みずき様です。
 優士様は、今は、かつて旦那様が務めました第十一番隊の隊長さんです。
 そして、瑞樹様は、その副隊長さんを務めています。幼馴染みで隊長さんと副隊長さんとは、旦那様と天野様を彷彿とさせますね。
 
「おはようございます、瑞樹様、優士様」

 カラカラと玄関の戸を開けましたら、直ぐ目の前には笑顔の瑞樹様が、その後ろには、無表情に近い優士様が居ました。とは言え、優士様のご機嫌が悪いと言う訳ではなくて、これが優士様の普段の表情なのです。注意して見れば、僅かに…本当の本当に僅かではありますが、眉が下がっているのが解ります。

「朝早くからすみません。瑞樹が早くときかなくて」

「えっ」

 驚く瑞樹様の様子に、僕はくすりと笑ってしまいます。

「いいえ。この時間にはとっくに起きていますから、大丈夫ですよ」
 
 ああ、そう云えば今は七時ぐらいでしょうか? 僕は大体五時ぐらいには、起きていますからね。

「これ! 昨夜、遠征に行った町で貰ったんです! 美味しかったから、雪緒さんにも食べて欲しくて!」

 瑞樹様が笑顔で差し出して来た紙袋の中には、僕の掌に乗せましたら、溢れてしまいそうな大きさの桃がありました。

「ああ、ありがとうございます。もう、そんな時期なのですね」

 遠征と云う事は、昨夜は新月だったのですね。その様な、当たり前の事にも気付かずに居たなんて情けないですね。では、お二人は、帰宅前に寄って下さったのでしょうか? 夜通しでお疲れでしょうに。

「何もありませんが、お茶を煎れますね。どうぞ上がって下さい。あ、それとも朝餉をご一緒にどうですか? あ、いえ、お疲れですよね…」

「いえ。僕も瑞樹も、それが目当てで来ました。久し振りに雪緒さんの手作りのご飯が…」

「ばっ、優士!!」

 淡々と述べます優士様とは対象的に、瑞樹様のお顔は真っ赤です。本当に、お可愛らしいお二人ですね。っと、もう壮年と言っても良いお二人に、これは失礼でしょうか? いえ、そう思ってしまったのですから、良いですよね。

「高梨にお線香をあげても良いですか?」

「俺も」

 お茶の間へ入る前に、優士様がそう声を掛けて来ました。
 僕は笑顔で頷きます。

「ええ、勿論です。その間に朝餉の用意をしていますね」

 そうです。
 優士様が仰られました通りに、旦那様は司令と云う職に就いたのでした。
 色々とありましたが、旦那様は立派に勤め上げたと思います。それは、お通夜に葬儀を見れば一目瞭然ですね。このお屋敷から人が溢れていましたからね。ご近所様にはご迷惑をお掛けしたと思いますが、皆様は気にしなくて良いと、華々しくも荘厳な式だったと仰って下さいました。
 皆様の優しさが胸に沁みます。
 これも、旦那様のお人柄のお蔭なのでしょうね。
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