色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【一】

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 ほう…と、湯呑みを手に持ち縁側に腰掛けて、僕は溜め息を零しました。
 四十九日が過ぎて、落ち着いたからでしょうか?
 何故だか、ぼんやりとする機会が増えた様に思います。
 気が付けば季節は春を過ぎ、こうして縁側に居て陽射しを浴びていますと、じっとりと汗が浮かぶ様になりました。
 あの時、はらりはらりと、ふわりふわりとお庭を舞っていました桜の花弁は、今はもうありません。代わりに、緑がだんだんと色濃くなっています。
 ゆかり様が…旦那様が居なくても、時が流れて行くのが不思議でなりません。
 いえ、それは当たり前の事なのですけれど。時間は止まる筈も、戻る筈もありませんからね。
 ただ、何故か、無性にそれが哀しいと思ってしまうのです。

 ぽとりと、膝に置いていた手に何か冷たい物が落ちて来ました。

「…あ…」

 僕は慌てて、右の手の甲で目を擦ります。
 
『そんな乱暴に拭いたら目に傷がつくぞ』

 呆れた様な、それでいて優しい旦那様の声が脳裏に蘇ります。
 その言葉に、僕は小さく口元を緩めました。

 せい様達がこの街を出て行く時に、僕は年甲斐も無く、わんわんと泣いてしまったのですよね。お恥ずかしい限りです。
 ですが、星様は初めて出来た、僕の大切なまぶだちなのです。ですので、お目溢しを戴けると嬉しいです。
 本当は、笑顔でお見送りしたかったのですけれど。
 泣きます僕に、星様も月兎つきと様も、終始笑顔でした。それは、とても優しくて温かい…ぽかぽかとした笑顔でした。

『電話もするし、手紙も書くからな!』

 えみちゃん様のお山へ行けば逢えますのに、そう、解ってはいますのに、どうしても涙が止まらなかったのです。
 本当の本当に、星様は大切な大切なお友達でしたから。
 笑顔で送りたいと思いますのに、綻ぶのは涙腺だけで情けないと思う僕ですが、旦那様は何も仰らずに、優しく涙を拭って下さいました。

「…お手紙…」

 回想を断ち切って、僕はぽつりと呟きました。
 ああ、そうです。
 落ち着きましたら、お手紙を書きますねと、お約束をしたのでした。
 いけませんね、落ち着いて、一気に気が緩んでしまった様です。もっと、しっかりしなければいけません。これからは一人なのですから。お手紙は他にも、お通夜からお手伝いして戴いた、瑠璃子るりこ様、倫太郎りんたろう様、瑞樹みずき様に優士ゆうじ様に、朱雀の方々に…。

「…本当に…皆様には…いいえ…沢山の方々に助けられて来ましたね…」

 目元にある涙を零さない様にと、顔を上げましたら、そこには夏を控えた真っ青な広い広い空がありました。
 桜の季節は、まだ淡い青だったと思います。
 本当に、何時の間に、この様に季節が移り変わったのでしょう?
 
「…いけませんね…」

 ぽつりと呟いて、手にあります湯呑みを見下ろせば、すっかりと温くなったお茶があります。
 そこに、仄かに浮かぶ僕の顔は、とても情けなく見えました。いえ、事実、情けないですね。せっかく煎れた美味しいお茶を無駄にしてはいけません。
 
「戴きます」

 そう言葉にした処で、誰かが聞く訳でもありませんが。癖と言いますか、長年の習慣と言いますか…この言葉に応えて下さった、旦那様はもう居ませんが…それでも…『ああ』と云う、短いお返事を期待してしまうものなのです。
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