109 / 125
番外編
いつか、また【六】
しおりを挟む
既に多くの人が捧げたその棺桶に、瑞樹は、そっと白い花を一輪置いた。
血で汚れていた腕は綺麗に手入れされたが、今は白い花に埋もれて見えなくなっていた。
「…瑞樹」
「…ん…」
後ろに並んでいた優士に声を掛けられて、瑞樹は棺桶から離れた。
(…夢じゃないんだ…)
黒い着物に身を包んで、線香の匂いが烟る場所に居ても、瑞樹はそんな事を思っていた。
遺影を抱え、憔悴しきって俯くみくに頭を下げて、瑞樹はそこから外へと出た。
弔問に訪れているのは、朱雀の者達だけではなく、天野の友人の相楽に、かつての上司で星や月兎の義父である杜川、商店街の人々等が居た。天野の両親は数年前に他界していたから居ない。天野の親族達は、みくとの交流は無く、香典と線香をあげた後は、直ぐに帰って行った。憔悴したみくの代わりに、葬儀の手配をしたのは、五十嵐と高梨だ。
あの日、みくに天野の腕を渡し、朱雀の庁舎へと戻った高梨は、皆に装備の片付けが終わったら帰宅する様に言い、五十嵐の元へと報告に行き、改めて五十嵐とみくの処へ訪問に行った。
そこで、殉職した時のあれこれの話をして来た。みくはただ、頷くだけだった。
そして、あの日から三日後の今日、遺体無し(腕はあるが)の葬儀が行われた。
ゆらゆらと白い煙が開け放たれた戸から流れ、空へと昇って行く。ゆらゆらと揺蕩いながら、青い青い空へと溶けて消えて行く。沢山の人が居るのに、そこに賑わいは無く、ただ寂しさだけが募って行く。
『…俺がもっと上手く立ち回れていたら…』
そう口にした瑞樹を責める者は誰も居なかった。
『あの日は異様だった。俺も、厄介な妖にぶち当たった』
誰かがそう言った。
『俺達の仕事は、常に死と隣り合わせだ。慣れろとは言わん、受け入れろ』
そう言ったのは高梨だったか。
誰も瑞樹を責めたりしないし、天野達の方へと向かう妖を止められ無かった、星を責める者も居ない。ただ、粛々とそれを受け止めるのみだ。
『お前は悪くは無い。…気に病むなよ』
と、あの日、帰宅して宿舎の管理人に電話を借り、父に連絡したら、そう言われた。
瑞樹の父の頭には、まだ、幼い瑞樹の姿がある。目の前で母を亡くし、心を行方不明にした瑞樹の姿が。だから、親しくしていたと聞いた事がある天野の死に、それも、母と同じく目の前での出来事に、瑞樹の父は、また、心を失くさないかと危惧したのだ。
『…うん、ありがとう…』
と、瑞樹は返事をした。幸い(?)にも、地面に顔から倒れたせいで、天野が妖に喰われる処は見ていない。音だけだ。余程腹が空いていたのかは知らないが、天野の巨体を良くぞ食べられた物だと思った。
そんな事を思うのは、何処か落ち着いて居られるのは、母の時とは違い、食い千切られた様な腕一本だけしか見ていないからだと思う。それも、直ぐに目を逸したからか、あの幼い日の様な衝撃が無かったせいなのかも知れない。
それとも。
泣くに泣けない周りの者達を見たからなのか。
(…変な感じだな…)
人の死とは、こんなにも呆気ない物だったのだろうか?
天野の家から出て、それぞれの居場所へと遠ざかる人々の背中を見送りながら、瑞樹は思う。
線香の煙が漂い、死の匂いが充満する此処から、誰もが遠ざかって行く。帰宅して、清めの塩を掛けて貰い、やがて、今日の事を忘れるのだろう。やがては訪れるそれから、目を逸らし、日々の生活に没頭して生きて行くのだろう。
ゆらゆらと白い煙が立ち昇る。
ゆらゆらと青い空から、それはやがて茜色になった頃。
「瑞樹、帰ろう」
瑞樹の隣に立つ優士が、静かに声を掛けた。
何時からそこに居たのか。
いや、瑞樹の直ぐ後に線香を上げたのだから、瑞樹が外へと出た後、間をおかずして傍に居たのだが。
だが、優士は何も言わず、ただ木陰に佇む瑞樹の隣に立ち、空へと昇る煙を見ていた。
「…ん…。あ、帰る前に…」
その前に、もう一度みくに挨拶をしようと瑞樹は言おうとしたが。
「あー! 待って、帰らないでおくれよ!!」
やたらと元気なみくの声が、庭に響いた。
「え?」
みくのそれは、馴れしたんだ物だった。
何時かは、また、そんな元気な声が聞ける日が来れば良いなと、隊員の誰かが言っていたが、それは、今じゃない。
「やっと、皆、居なくなったからさ! 話があるんだよ。ほら、上がっとくれよ!」
「…みくさん…哀しさから…おかしくなったのか…?」
笑顔で縁側に座り、そこをバンバンと叩くみくに、瑞樹だけでは無く、優士も流石に困惑する。
「あいたっ!!」
「みく! 落ち着け! 二人とも、ぼさっとしていないで早く上がれ!」
困惑する二人を叱咤する声が響いた。
高梨だ。
みくの声に驚き、座敷から出て来て、その頭を叩いて、高梨は二人に、そう声を掛けたのだ。
「…は、い…?」
瑞樹と優士は、ただ、そう返事をするしか無かった。
血で汚れていた腕は綺麗に手入れされたが、今は白い花に埋もれて見えなくなっていた。
「…瑞樹」
「…ん…」
後ろに並んでいた優士に声を掛けられて、瑞樹は棺桶から離れた。
(…夢じゃないんだ…)
黒い着物に身を包んで、線香の匂いが烟る場所に居ても、瑞樹はそんな事を思っていた。
遺影を抱え、憔悴しきって俯くみくに頭を下げて、瑞樹はそこから外へと出た。
弔問に訪れているのは、朱雀の者達だけではなく、天野の友人の相楽に、かつての上司で星や月兎の義父である杜川、商店街の人々等が居た。天野の両親は数年前に他界していたから居ない。天野の親族達は、みくとの交流は無く、香典と線香をあげた後は、直ぐに帰って行った。憔悴したみくの代わりに、葬儀の手配をしたのは、五十嵐と高梨だ。
あの日、みくに天野の腕を渡し、朱雀の庁舎へと戻った高梨は、皆に装備の片付けが終わったら帰宅する様に言い、五十嵐の元へと報告に行き、改めて五十嵐とみくの処へ訪問に行った。
そこで、殉職した時のあれこれの話をして来た。みくはただ、頷くだけだった。
そして、あの日から三日後の今日、遺体無し(腕はあるが)の葬儀が行われた。
ゆらゆらと白い煙が開け放たれた戸から流れ、空へと昇って行く。ゆらゆらと揺蕩いながら、青い青い空へと溶けて消えて行く。沢山の人が居るのに、そこに賑わいは無く、ただ寂しさだけが募って行く。
『…俺がもっと上手く立ち回れていたら…』
そう口にした瑞樹を責める者は誰も居なかった。
『あの日は異様だった。俺も、厄介な妖にぶち当たった』
誰かがそう言った。
『俺達の仕事は、常に死と隣り合わせだ。慣れろとは言わん、受け入れろ』
そう言ったのは高梨だったか。
誰も瑞樹を責めたりしないし、天野達の方へと向かう妖を止められ無かった、星を責める者も居ない。ただ、粛々とそれを受け止めるのみだ。
『お前は悪くは無い。…気に病むなよ』
と、あの日、帰宅して宿舎の管理人に電話を借り、父に連絡したら、そう言われた。
瑞樹の父の頭には、まだ、幼い瑞樹の姿がある。目の前で母を亡くし、心を行方不明にした瑞樹の姿が。だから、親しくしていたと聞いた事がある天野の死に、それも、母と同じく目の前での出来事に、瑞樹の父は、また、心を失くさないかと危惧したのだ。
『…うん、ありがとう…』
と、瑞樹は返事をした。幸い(?)にも、地面に顔から倒れたせいで、天野が妖に喰われる処は見ていない。音だけだ。余程腹が空いていたのかは知らないが、天野の巨体を良くぞ食べられた物だと思った。
そんな事を思うのは、何処か落ち着いて居られるのは、母の時とは違い、食い千切られた様な腕一本だけしか見ていないからだと思う。それも、直ぐに目を逸したからか、あの幼い日の様な衝撃が無かったせいなのかも知れない。
それとも。
泣くに泣けない周りの者達を見たからなのか。
(…変な感じだな…)
人の死とは、こんなにも呆気ない物だったのだろうか?
天野の家から出て、それぞれの居場所へと遠ざかる人々の背中を見送りながら、瑞樹は思う。
線香の煙が漂い、死の匂いが充満する此処から、誰もが遠ざかって行く。帰宅して、清めの塩を掛けて貰い、やがて、今日の事を忘れるのだろう。やがては訪れるそれから、目を逸らし、日々の生活に没頭して生きて行くのだろう。
ゆらゆらと白い煙が立ち昇る。
ゆらゆらと青い空から、それはやがて茜色になった頃。
「瑞樹、帰ろう」
瑞樹の隣に立つ優士が、静かに声を掛けた。
何時からそこに居たのか。
いや、瑞樹の直ぐ後に線香を上げたのだから、瑞樹が外へと出た後、間をおかずして傍に居たのだが。
だが、優士は何も言わず、ただ木陰に佇む瑞樹の隣に立ち、空へと昇る煙を見ていた。
「…ん…。あ、帰る前に…」
その前に、もう一度みくに挨拶をしようと瑞樹は言おうとしたが。
「あー! 待って、帰らないでおくれよ!!」
やたらと元気なみくの声が、庭に響いた。
「え?」
みくのそれは、馴れしたんだ物だった。
何時かは、また、そんな元気な声が聞ける日が来れば良いなと、隊員の誰かが言っていたが、それは、今じゃない。
「やっと、皆、居なくなったからさ! 話があるんだよ。ほら、上がっとくれよ!」
「…みくさん…哀しさから…おかしくなったのか…?」
笑顔で縁側に座り、そこをバンバンと叩くみくに、瑞樹だけでは無く、優士も流石に困惑する。
「あいたっ!!」
「みく! 落ち着け! 二人とも、ぼさっとしていないで早く上がれ!」
困惑する二人を叱咤する声が響いた。
高梨だ。
みくの声に驚き、座敷から出て来て、その頭を叩いて、高梨は二人に、そう声を掛けたのだ。
「…は、い…?」
瑞樹と優士は、ただ、そう返事をするしか無かった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる