寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【六】

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 既に多くの人が捧げたその棺桶に、瑞樹みずきは、そっと白い花を一輪置いた。
 血で汚れていた腕は綺麗に手入れされたが、今は白い花に埋もれて見えなくなっていた。

「…瑞樹」

「…ん…」

 後ろに並んでいた優士ゆうじに声を掛けられて、瑞樹は棺桶から離れた。
 
(…夢じゃないんだ…)

 黒い着物に身を包んで、線香の匂いが烟る場所に居ても、瑞樹はそんな事を思っていた。
 遺影を抱え、憔悴しきって俯くみくに頭を下げて、瑞樹はそこから外へと出た。
 弔問に訪れているのは、朱雀の者達だけではなく、天野の友人の相楽さがらに、かつての上司でせい月兎つきとの義父である杜川もりかわ、商店街の人々等が居た。天野の両親は数年前に他界していたから居ない。天野の親族達は、みくとの交流は無く、香典と線香をあげた後は、直ぐに帰って行った。憔悴したみくの代わりに、葬儀の手配をしたのは、五十嵐と高梨だ。
 あの日、みくに天野の腕を渡し、朱雀の庁舎へと戻った高梨は、皆に装備の片付けが終わったら帰宅する様に言い、五十嵐の元へと報告に行き、改めて五十嵐とみくの処へ訪問に行った。
 そこで、殉職した時のあれこれの話をして来た。みくはただ、頷くだけだった。
 そして、あの日から三日後の今日、遺体無し(腕はあるが)の葬儀が行われた。

 ゆらゆらと白い煙が開け放たれた戸から流れ、空へと昇って行く。ゆらゆらと揺蕩いながら、青い青い空へと溶けて消えて行く。沢山の人が居るのに、そこに賑わいは無く、ただ寂しさだけが募って行く。

『…俺がもっと上手く立ち回れていたら…』

 そう口にした瑞樹を責める者は誰も居なかった。

『あの日は異様だった。俺も、厄介なあやかしにぶち当たった』

 誰かがそう言った。

『俺達の仕事は、常に死と隣り合わせだ。慣れろとは言わん、受け入れろ』

 そう言ったのは高梨だったか。
 誰も瑞樹を責めたりしないし、天野達の方へと向かう妖を止められ無かった、星を責める者も居ない。ただ、粛々とそれを受け止めるのみだ。
 
『お前は悪くは無い。…気に病むなよ』

 と、あの日、帰宅して宿舎の管理人に電話を借り、父に連絡したら、そう言われた。
 瑞樹の父の頭には、まだ、幼い瑞樹の姿がある。目の前で母を亡くし、心を行方不明にした瑞樹の姿が。だから、親しくしていたと聞いた事がある天野の死に、それも、母と同じく目の前での出来事に、瑞樹の父は、また、心を失くさないかと危惧したのだ。

『…うん、ありがとう…』

 と、瑞樹は返事をした。幸い(?)にも、地面に顔から倒れたせいで、天野が妖に喰われる処は見ていない。音だけだ。余程腹が空いていたのかは知らないが、天野の巨体を良くぞ食べられた物だと思った。
 そんな事を思うのは、何処か落ち着いて居られるのは、母の時とは違い、食い千切られた様な腕一本だけしか見ていないからだと思う。それも、直ぐに目を逸したからか、あの幼い日の様な衝撃が無かったせいなのかも知れない。
 それとも。
 泣くに泣けない周りの者達を見たからなのか。

(…変な感じだな…) 

 人の死とは、こんなにも呆気ない物だったのだろうか?
 天野の家から出て、それぞれの居場所へと遠ざかる人々の背中を見送りながら、瑞樹は思う。
 線香の煙が漂い、死の匂いが充満する此処から、誰もが遠ざかって行く。帰宅して、清めの塩を掛けて貰い、やがて、今日の事を忘れるのだろう。やがては訪れるそれから、目を逸らし、日々の生活に没頭して生きて行くのだろう。
 ゆらゆらと白い煙が立ち昇る。
 ゆらゆらと青い空から、それはやがて茜色になった頃。

「瑞樹、帰ろう」

 瑞樹の隣に立つ優士が、静かに声を掛けた。
 何時からそこに居たのか。
 いや、瑞樹の直ぐ後に線香を上げたのだから、瑞樹が外へと出た後、間をおかずして傍に居たのだが。
 だが、優士は何も言わず、ただ木陰に佇む瑞樹の隣に立ち、空へと昇る煙を見ていた。

「…ん…。あ、帰る前に…」

 その前に、もう一度みくに挨拶をしようと瑞樹は言おうとしたが。

「あー! 待って、帰らないでおくれよ!!」

 やたらと元気なみくの声が、庭に響いた。

「え?」

 みくのそれは、馴れしたんだ物だった。 
 何時かは、また、そんな元気な声が聞ける日が来れば良いなと、隊員の誰かが言っていたが、それは、今じゃない。

「やっと、皆、居なくなったからさ! 話があるんだよ。ほら、上がっとくれよ!」

「…みくさん…哀しさから…おかしくなったのか…?」

 笑顔で縁側に座り、そこをバンバンと叩くみくに、瑞樹だけでは無く、優士も流石に困惑する。

「あいたっ!!」

「みく! 落ち着け! 二人とも、ぼさっとしていないで早く上がれ!」

 困惑する二人を叱咤する声が響いた。
 高梨だ。
 みくの声に驚き、座敷から出て来て、その頭を叩いて、高梨は二人に、そう声を掛けたのだ。

「…は、い…?」

 瑞樹と優士は、ただ、そう返事をするしか無かった。
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