寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【五】※

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「みずき」

 と、せいが名前を呼ぶ声が聞こえる。
 静かで落ち着いた、星らしからぬ声に、瑞樹みずきはのろのろと顔を上げた。そうすれば、不思議と先程まで感じていた重さは感じなくなった。

「戻るぞ。立て」

 星が身を屈めて何かを手にして、そう言って来たから、瑞樹は立ち上がりながら口を開く。

「…天野副隊長は…?」

 それは、希望から出た言葉。
 それは、願望から出た言葉。
 しかし。
 現実は何時だって無情で非情な物だと、瑞樹は次の瞬間に思い知る。

「…ん」

 星が瑞樹の方へと差し出したそれを目にした瑞樹は、再び地面へと膝をついた。
 星が手にしていたのは、あやかしの食べ残した、誰かの腕だった。太く逞しい腕だ。破れた黒い隊服の袖には生々しく血の痕がついていた。
 誰かのだなんて、考えるまでも無い。

「あ、あ、あ、ああああああああっ!!」

 瑞樹の絶叫が雨の林の中に響く。
 そんな瑞樹の声を聞きながら、星はガリガリと頭を掻いた後、無線機のボタンを押した。

「おいらとみずき…と、たける戻るから」

 普段の星からは考えられない、抑揚の無い声だった。

 ◇

「そうか。ご苦労だった。橘は休んで、星は現場へ戻れ」

 星から天野の腕と刀を受け取った高梨は、それだけを口にした。
 星から入った無線に、何かを察したのだろう。二人が村の広場へと戻って来たら、既に高梨は険しい顔をしてそこにいた。
 そして、予め用意していたのだろう。星から受け取った腕を白い布で包み、木の箱へと仕舞い込んだ。

「ん」

「…は…え…? ま…って…それだけ…ですか…?」

「…それだけ、とは?」

「だ…って…天野副隊長が…」

 高梨と天野は幼馴染みで親友だと、誰もが知っている。その長い付き合いの天野が還らぬ人となったのに、高梨のこの落ち着き様は何だ?
 涙を流しながら自分を信じられないと云う風に見て来る瑞樹に、高梨は雨で濡れて張り付いた前髪を上げる。

「取り乱すな。住民が不安がる。恨み辛みなら後で聞く。その涙が止まるまで、車の中に隠れていろ。星、連れて行け」

「ん!」

「まっ! 待って下さい…っ…!!」

「みずき、行くぞ」

 信じられなかった。

(だって、数日前まで、あんなに仲良くじゃれ合っていたじゃないか)

 それは、永遠では無いが、ずっと続いて行く物だと思っていた。
 それなのに、涙の一つも見せない高梨が、瑞樹には信じられなかった。
 
(…星先輩も…)

 瑞樹の腕を引く星の手の力は強い。歩く足音からも力強さが感じられる。

(…星先輩も…長い付き合いの筈なのに…泣かないんだ…)

 泣く処か、取り乱す様子も無い。
 星なら、真っ先に泣いて喚いてもおかしくは無いのに、取り乱す様子も無く、淡々と抑揚の無い声を出し、目付きは鋭く、今は、口はきつく結ばれている。それは、雷雨の時の星を連想させた。

(…我慢…している…? …任務中…だから…? けど…天野副隊長が…仲間が…それなのに…泣くのは…駄目…なのか…?)

 ぽろぽろと頬を流れるのは、涙なのか、雨なのか。星に押し込まれた車の座席で、瑞樹は肩を落とし、ただ拳を握り締めた。

 ◇

 そして、夜が明け、瑞樹達は帰路へと着く。移動中の車の中は、皆、無言だった。誰もがきつく目を閉じ、口を結んでいた。それは、天野への黙祷だったのかも知れない。
 ただ、優士ゆうじは。
 瑞樹の隣に座った優士は、無言だったが、ずっと瑞樹の膝にある手を握っていてくれた。
 街に入って直ぐに車が止まり、高梨一人が降りて、その家の門扉を潜った。手には、あの木箱を持っている。

「…あ…」

 ぼんやりと外を見た瑞樹は小さく声を出した。そこは、天野の家だった。
 高梨が玄関の戸を叩けば、直ぐにみくが飛び出して来た。と、思ったら、高梨が持つ木箱を問答無用で奪い、直ぐに戸を閉めて消えてしまった。
 その閉ざされた戸に向かい、高梨は隊帽を取って深く深く、頭を下げた。その肩が、背中が震えていた。

「…っ…!」

 誰かが喉を詰まらせた。

「まだ任務中だっ! 帰ってからだっ!!」

 そう嗜める誰かの声も、震えていた。

(…悲しくない筈が無いんだ…)

 瑞樹よりも、彼らは長い時間、天野と過ごして来たのだ。その彼等が泣かずに居るのは、悲しみを叫ばないのは、やはり、任務中だから。朱雀の者として、妖を狩る者として、取り乱して周りに不安を与えない様にしているだけなのだ。皆、この隊服を脱いで、ただの個人となった時に、思い思いに悲しみを口にするのだろう。
 
(…何時…止んだんだろう…)

 開いている窓から、瑞樹は空を見上げる。
 夏の朝は早く、青々と澄んだ空が広がっていた。
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