110 / 125
番外編
いつか、また【七】
しおりを挟む
みくに呼ばれ、高梨に脅される様にして、瑞樹と優士の二人はまた室内へと戻った。
襖を取り払って、二つの部屋が繋がるその広さは、凡そ十二畳程か。
桐で作られた棺桶には、白い布が被せられており、その棺桶の手前には香台があり、まだ白い煙を出していた。
そして、棺桶を上座として右側には、相楽、杜川、月兎が静かに正座して並び、左側に、みく、高梨、瑞樹、優士が並んだ。
「あ、の…話って…?」
帰ろうとした処を呼び止められたのは良いが、高梨は難しい顔をして口を結び、その隣のみくは、唇をふるふると震わせて腹を押さえている。
対面に並ぶ面々は、皆、深く目を閉じていた。
(…何なんだ…?)
どうにも気まずい感じがして、逃げたいなと瑞樹が思った時。
「おー! ゆきお連れて来たぞ!」
「せ、星様…目が…回ります…」
と、星が元気に部屋に入って来た。
「…は…」
と、呆けた様な高梨の声が聞こえた。
瑞樹も後ろを振り返り、目を点にした。
何故なら。
煙が籠もらない様にと、開けたままの障子の戸口に、星が、手に風呂敷包みを持った雪緒を横抱き…所謂、お姫様抱っこ…をして立っていたからだ。そう言えば、参列者の中に雪緒の姿は無かったなと、瑞樹は思い出した。
こうして丁寧に抱き上げられた雪緒を見たら、かつて星の脇に抱えられた事のある倫太郎が『俺との差っ!!』と、涙を流した事だろう。
「今直ぐ下ろせっ!!」
高梨が立ち上がり、星へと怒鳴りながら近付いて行く。
「なんだよ。ゆきおが走るより、おいらが走った方が早いから、こうして持って来たんだろ。暗くなる前に連れて来いって、言ったのおじさんだろ。飯も重いし」
「持って来たとは何だっ! 雪緒は荷物では無いっ!!」
高梨の怒鳴り声に耳を押さえた瑞樹は、星に抱えられた雪緒の手にある風呂敷包みに目をやる。
(風呂敷の形がやけに縦に長く、それぞれの隅が角ばっていると思ったら、重箱か何かなのか。なるほど?)
納得しつつ首を傾げる瑞樹の耳に、慌てた様な雪緒の声が届く。
「あ、あの、星様、もう到着しましたし、下ろして戴けると嬉しいのですが…」
「ん!」
高梨の言葉には反発し、雪緒の言葉には素直に頷く星に、高梨は苦虫を噛み潰した様な表情をし、他の者達はやれやれと肩を竦めた。
畳へと足を下ろした雪緒が、ほっと息を吐いて、星が杜川と月兎の間に腰を落ち着けた時。
「…何ですか、一体? 雪緒さんが抱えているのは、精進落としなのですか? それを食べながら話を?」
塩な優士の声に、その場は一気に静まり返った。
天野の死を悼んでいた筈なのに、この何とも言えない軽い雰囲気は何なのだと、優士は塩な視線を周りに向けた。いや、これが天野の話をしていて、こうなったのなら、優士とて文句は無いのだ。だが、天野の話は未だ出ていない。みくの『話』も未だ聞いていない。それに、長い付き合いのほぼ身内しか居ない場に、自分達が居ても良いのかと云う思いもある。
「…あ、あ、すまん。お前達を呼んだのは、まあ…腹を割って話すと云うか…その、詫びと云うか…」
からっからに乾いた優士の視線を受け止めて、一つ咳払いをした高梨が、言いにくそうにしながら、瑞樹と優士の二人を視界に収めた。
「…腹を割る…?」
「…詫び?」
瑞樹は首を傾げ、優士は眉を寄せた。
「ああ、その、何だ…つまり、だな…」
「だーっ! まどろっこしいな、ゆかりんはっ!!」
頭を掻きながら、視線を彷徨わせる高梨の言葉を遮る声があった。
それは、二度と聞くことの無い声の筈だった。
「よっ! 二人とも元気かあ?」
星が騒がしく現れた戸口には、右手を挙げて、白い歯を見せて笑う、黒い甚平姿の大きな男…天野が立っていた。
襖を取り払って、二つの部屋が繋がるその広さは、凡そ十二畳程か。
桐で作られた棺桶には、白い布が被せられており、その棺桶の手前には香台があり、まだ白い煙を出していた。
そして、棺桶を上座として右側には、相楽、杜川、月兎が静かに正座して並び、左側に、みく、高梨、瑞樹、優士が並んだ。
「あ、の…話って…?」
帰ろうとした処を呼び止められたのは良いが、高梨は難しい顔をして口を結び、その隣のみくは、唇をふるふると震わせて腹を押さえている。
対面に並ぶ面々は、皆、深く目を閉じていた。
(…何なんだ…?)
どうにも気まずい感じがして、逃げたいなと瑞樹が思った時。
「おー! ゆきお連れて来たぞ!」
「せ、星様…目が…回ります…」
と、星が元気に部屋に入って来た。
「…は…」
と、呆けた様な高梨の声が聞こえた。
瑞樹も後ろを振り返り、目を点にした。
何故なら。
煙が籠もらない様にと、開けたままの障子の戸口に、星が、手に風呂敷包みを持った雪緒を横抱き…所謂、お姫様抱っこ…をして立っていたからだ。そう言えば、参列者の中に雪緒の姿は無かったなと、瑞樹は思い出した。
こうして丁寧に抱き上げられた雪緒を見たら、かつて星の脇に抱えられた事のある倫太郎が『俺との差っ!!』と、涙を流した事だろう。
「今直ぐ下ろせっ!!」
高梨が立ち上がり、星へと怒鳴りながら近付いて行く。
「なんだよ。ゆきおが走るより、おいらが走った方が早いから、こうして持って来たんだろ。暗くなる前に連れて来いって、言ったのおじさんだろ。飯も重いし」
「持って来たとは何だっ! 雪緒は荷物では無いっ!!」
高梨の怒鳴り声に耳を押さえた瑞樹は、星に抱えられた雪緒の手にある風呂敷包みに目をやる。
(風呂敷の形がやけに縦に長く、それぞれの隅が角ばっていると思ったら、重箱か何かなのか。なるほど?)
納得しつつ首を傾げる瑞樹の耳に、慌てた様な雪緒の声が届く。
「あ、あの、星様、もう到着しましたし、下ろして戴けると嬉しいのですが…」
「ん!」
高梨の言葉には反発し、雪緒の言葉には素直に頷く星に、高梨は苦虫を噛み潰した様な表情をし、他の者達はやれやれと肩を竦めた。
畳へと足を下ろした雪緒が、ほっと息を吐いて、星が杜川と月兎の間に腰を落ち着けた時。
「…何ですか、一体? 雪緒さんが抱えているのは、精進落としなのですか? それを食べながら話を?」
塩な優士の声に、その場は一気に静まり返った。
天野の死を悼んでいた筈なのに、この何とも言えない軽い雰囲気は何なのだと、優士は塩な視線を周りに向けた。いや、これが天野の話をしていて、こうなったのなら、優士とて文句は無いのだ。だが、天野の話は未だ出ていない。みくの『話』も未だ聞いていない。それに、長い付き合いのほぼ身内しか居ない場に、自分達が居ても良いのかと云う思いもある。
「…あ、あ、すまん。お前達を呼んだのは、まあ…腹を割って話すと云うか…その、詫びと云うか…」
からっからに乾いた優士の視線を受け止めて、一つ咳払いをした高梨が、言いにくそうにしながら、瑞樹と優士の二人を視界に収めた。
「…腹を割る…?」
「…詫び?」
瑞樹は首を傾げ、優士は眉を寄せた。
「ああ、その、何だ…つまり、だな…」
「だーっ! まどろっこしいな、ゆかりんはっ!!」
頭を掻きながら、視線を彷徨わせる高梨の言葉を遮る声があった。
それは、二度と聞くことの無い声の筈だった。
「よっ! 二人とも元気かあ?」
星が騒がしく現れた戸口には、右手を挙げて、白い歯を見せて笑う、黒い甚平姿の大きな男…天野が立っていた。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる