寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【七】

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 みくに呼ばれ、高梨に脅される様にして、瑞樹みずき優士ゆうじの二人はまた室内へと戻った。
 襖を取り払って、二つの部屋が繋がるその広さは、凡そ十二畳程か。
 桐で作られた棺桶には、白い布が被せられており、その棺桶の手前には香台があり、まだ白い煙を出していた。
 そして、棺桶を上座として右側には、相楽さがら杜川もりかわ月兎つきとが静かに正座して並び、左側に、みく、高梨、瑞樹、優士が並んだ。

「あ、の…話って…?」

 帰ろうとした処を呼び止められたのは良いが、高梨は難しい顔をして口を結び、その隣のみくは、唇をふるふると震わせて腹を押さえている。
 対面に並ぶ面々は、皆、深く目を閉じていた。

(…何なんだ…?)

 どうにも気まずい感じがして、逃げたいなと瑞樹が思った時。

「おー! ゆきお連れて来たぞ!」

「せ、せい様…目が…回ります…」

 と、星が元気に部屋に入って来た。

「…は…」

 と、呆けた様な高梨の声が聞こえた。
 瑞樹も後ろを振り返り、目を点にした。
 何故なら。
 煙が籠もらない様にと、開けたままの障子の戸口に、星が、手に風呂敷包みを持った雪緒ゆきおを横抱き…所謂、お姫様抱っこ…をして立っていたからだ。そう言えば、参列者の中に雪緒の姿は無かったなと、瑞樹は思い出した。
 こうして丁寧に抱き上げられた雪緒を見たら、かつて星の脇に抱えられた事のある倫太郎が『俺との差っ!!』と、涙を流した事だろう。

「今直ぐ下ろせっ!!」

 高梨が立ち上がり、星へと怒鳴りながら近付いて行く。

「なんだよ。ゆきおが走るより、おいらが走った方が早いから、こうして持って来たんだろ。暗くなる前に連れて来いって、言ったのおじさんだろ。飯も重いし」

「持って来たとは何だっ! 雪緒は荷物では無いっ!!」

 高梨の怒鳴り声に耳を押さえた瑞樹は、星に抱えられた雪緒の手にある風呂敷包みに目をやる。
 
(風呂敷の形がやけに縦に長く、それぞれの隅が角ばっていると思ったら、重箱か何かなのか。なるほど?)

 納得しつつ首を傾げる瑞樹の耳に、慌てた様な雪緒の声が届く。

「あ、あの、星様、もう到着しましたし、下ろして戴けると嬉しいのですが…」

「ん!」

 高梨の言葉には反発し、雪緒の言葉には素直に頷く星に、高梨は苦虫を噛み潰した様な表情をし、他の者達はやれやれと肩を竦めた。
 畳へと足を下ろした雪緒が、ほっと息を吐いて、星が杜川と月兎の間に腰を落ち着けた時。

「…何ですか、一体? 雪緒さんが抱えているのは、精進落としなのですか? それを食べながら話を?」

 塩な優士の声に、その場は一気に静まり返った。
 天野の死を悼んでいた筈なのに、この何とも言えない軽い雰囲気は何なのだと、優士は塩な視線を周りに向けた。いや、これが天野の話をしていて、こうなったのなら、優士とて文句は無いのだ。だが、天野の話は未だ出ていない。みくの『話』も未だ聞いていない。それに、長い付き合いのほぼ身内しか居ない場に、自分達が居ても良いのかと云う思いもある。

「…あ、あ、すまん。お前達を呼んだのは、まあ…腹を割って話すと云うか…その、詫びと云うか…」

 からっからに乾いた優士の視線を受け止めて、一つ咳払いをした高梨が、言いにくそうにしながら、瑞樹と優士の二人を視界に収めた。

「…腹を割る…?」

「…詫び?」

 瑞樹は首を傾げ、優士は眉を寄せた。

「ああ、その、何だ…つまり、だな…」

「だーっ! まどろっこしいな、ゆかりんはっ!!」

 頭を掻きながら、視線を彷徨わせる高梨の言葉を遮る声があった。
 それは、二度と聞くことの無い声の筈だった。

「よっ! 二人とも元気かあ?」

 星が騒がしく現れた戸口には、右手を挙げて、白い歯を見せて笑う、黒い甚平姿の大きな男…天野が立っていた。
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