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幼馴染み
【二】土日の光景
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「あれ? 高梨隊長、何してるんだろ?」
駐屯地の訓練場にて、それを見て疑問の声を上げた瑞樹だったが。
「隙ありだぞ!」
「痛っ!!」
何処からともなくやって来て、その額に竹刀を突き付けて、起き上がり掛けた瑞樹の背中を地面へと戻したのは、瑞樹の憧れの人、星だった。
「ちょ、星先輩、いきなりなんですか!!」
「今は訓練中だぞ。よそ見は駄目だぞ」
ずきずきと痛む額を押さえ上半身を起こして抗議する瑞樹に、星は竹刀で肩を叩きながら、さも当然と云う様に真面目くさった顔で言った。
「いや、訓練中って、俺達は今腹筋をやっていてですね! そうだよな、優士!」
「妖には腹筋とか関係ないぞ。油断は禁物だぞ! あ、でも筋肉は良いぞ!」
瑞樹の足を押さえている優士が頷くよりも早く、星が当たり前の事ではあるが理不尽でもある事を言ってのけた。
瑞樹も優士も、そんな星に頭を抱えた。
三年前の、あの星は何処へ消えたのかと、それだけが二人の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
きつく口を結び、鋭い瞳で妖を睨み付けながら戦っていたあの星と本当に同一人物なのかと。お礼を言う自分達に一言も言葉を発せずに、冷酷で冷徹な空気を纏ったまま、避難所へと連れて行ってくれたあの人なのかと。
もしかしたら、あの日、二人が知らない処で雷に打たれて、何処かの螺子が飛んでしまったのかも知れないと、瑞樹は思っている。
が。
二人は知らない。
これが本来の星なのだと。
あの日、夜で無かったのなら。あの日、あんな天候で無かったのなら。あの日、二人が星を良く見て居れば、そのきつく結ばれた唇が震えている事に気付けたのかも知れない。星の顔を濡らして居るのは、雨だけでは無い事に気付けたのかも知れない。
星がきつく唇を結んでいたのは、口を開けば叫びそうだったから。
星がきつく妖を睨んでいたのは、こんな日に出て来るなと思っていたから。
星は過去の体験から、雷が大の苦手なのだった。
だがしかし、星が居る十一番隊の隊長である高梨から『いいか。隊服を着ている時は…周りに一般人が居る時は、常にそれに見合う行動を取れ』と、常々言われ、時には拳骨が降って来るので、何とか雷雨の中で醜態を晒さない様にしているのだ。その努力の賜物が、雷雨の時限定であるが、星を知る人物からは到底想像も出来ない、冷酷で冷徹な姿なのだった。瑞樹と優士がそれに気付くのは、雷の季節が来てからだろう。仮とは言っても、実際に現場へと出る事になるのだから。
「解りましたよ。それで、その訓練中に高梨隊長は何をしているんですか? 一人訓練抜け出してサボりですか?」
軽く口を尖らせながら、瑞樹は隊服に付いた土を払いながら立ち上がり、正門付近に居る高梨に目をやって星に聞いた。
優士も同じくズボンに付いた土を払いながら立ち上がって、そちらを見る。
そこには、そわそわとぐるぐると、門の端から端へと移動を繰り返す、落ち着きの無い高梨の姿があった。
それはまた毎度の光景なのだが、新人二人はそんな高梨を見るのは初めてだったのだ。
高梨と云えば、天野と星が絡む時以外は、何時も無愛想でむすっとしており、その細く鋭い目で見られると身体が竦んでしまう相手だ。泣かせた子供の数は数え切れないらしい。だが、その立ち姿は何時も凛としていて、街の巡回時には人目を集めてしまうらしい。
「ん! 今日は土曜日だからな! ゆきおが来るのを待ってんだ! あ、ゆきおはおいらのまぶだちな!」
そんな二人の疑問に、星は簡潔過ぎるぐらい簡潔な返事をした。
「星君、そんなんじゃ解らないよ。雪緒君は高梨隊長の養子なの。隊長が休みじゃない時の土日は、雪緒君がお弁当を持って来て、二人で食べているんだよ」
そんな星の背中を何時の間にか側にやって来た瑠璃子が軽く肘で小突いてから、新人二人に説明を加えた。
「へえ~。仲が良い親子なんだ」
とは、瑠璃子と組んで訓練をしていた亜矢の言葉だ。
「ん、来たぞ、ゆきおだ。んじゃ、飯にすっか!」
「え!? まだ誰も見えませんよ!?」
軽く伸びをしてから、頭の後ろで手を組む星の言葉に、瑞樹は目を凝らして門の向こうを見るが、まだ人影は見えなかった。
その間に星は訓練場に居る他の隊員達へ『ゆきおが来たから飯だぞ!』と声を掛けながら歩いて行く。天野が居れば、これは天野の仕事なのだが、今日は天野は休暇で居ないのだ。
「いや、隊長の動きがおかしい」
優士の言葉が示す様に、それまで落ち着きの無かった高梨の動きが止まった。門柱に背中を預けて、徐ろに腕組みをして、軽く脚を交差させて鷹揚とも言える雰囲気を醸し出したのだ。…面倒くさい男である。
「ぷぷっ。もう、本当に素直じゃないよね。亜矢ちゃん、今日は定食大盛り行ってみよう?」
そんな高梨の姿に、瑠璃子は噴き出しながら、亜矢に声を掛けて、食堂へ行く為に歩き出した。
「えっ!? いや、無理ですっ!!」
「食べた分動けば大丈夫だよ」
違う、そうではない。そんな乱暴な理論は要らない。
亜矢も亜矢で、瑠璃子に憧れてここへ来たのだが、その食欲と無茶苦茶な理論にだけは憧れを抱く事は出来なかった。
勝手に注文をされてたまるかと、慌てて瑠璃子の後を追う亜矢は、この後の事を当然知らない。
高梨の前に現れた、穏やかな雰囲気を纏ったほっそりとした男性…雪緒を見た瞬間に、高梨の仏頂面が崩れ、僅かに浮かべたその柔らかな笑みを見た瑞樹と優士の二人を凍り付かせた事など。
そして、二人木陰で寄り添う様に座り、高梨が雪緒に『あ~ん』をさせて、雪緒が恥ずかしそうにしながらも、おずおずと口を開くその姿を見た二人が、遥か遠い目をした事など、亜矢は知らない。
駐屯地の訓練場にて、それを見て疑問の声を上げた瑞樹だったが。
「隙ありだぞ!」
「痛っ!!」
何処からともなくやって来て、その額に竹刀を突き付けて、起き上がり掛けた瑞樹の背中を地面へと戻したのは、瑞樹の憧れの人、星だった。
「ちょ、星先輩、いきなりなんですか!!」
「今は訓練中だぞ。よそ見は駄目だぞ」
ずきずきと痛む額を押さえ上半身を起こして抗議する瑞樹に、星は竹刀で肩を叩きながら、さも当然と云う様に真面目くさった顔で言った。
「いや、訓練中って、俺達は今腹筋をやっていてですね! そうだよな、優士!」
「妖には腹筋とか関係ないぞ。油断は禁物だぞ! あ、でも筋肉は良いぞ!」
瑞樹の足を押さえている優士が頷くよりも早く、星が当たり前の事ではあるが理不尽でもある事を言ってのけた。
瑞樹も優士も、そんな星に頭を抱えた。
三年前の、あの星は何処へ消えたのかと、それだけが二人の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
きつく口を結び、鋭い瞳で妖を睨み付けながら戦っていたあの星と本当に同一人物なのかと。お礼を言う自分達に一言も言葉を発せずに、冷酷で冷徹な空気を纏ったまま、避難所へと連れて行ってくれたあの人なのかと。
もしかしたら、あの日、二人が知らない処で雷に打たれて、何処かの螺子が飛んでしまったのかも知れないと、瑞樹は思っている。
が。
二人は知らない。
これが本来の星なのだと。
あの日、夜で無かったのなら。あの日、あんな天候で無かったのなら。あの日、二人が星を良く見て居れば、そのきつく結ばれた唇が震えている事に気付けたのかも知れない。星の顔を濡らして居るのは、雨だけでは無い事に気付けたのかも知れない。
星がきつく唇を結んでいたのは、口を開けば叫びそうだったから。
星がきつく妖を睨んでいたのは、こんな日に出て来るなと思っていたから。
星は過去の体験から、雷が大の苦手なのだった。
だがしかし、星が居る十一番隊の隊長である高梨から『いいか。隊服を着ている時は…周りに一般人が居る時は、常にそれに見合う行動を取れ』と、常々言われ、時には拳骨が降って来るので、何とか雷雨の中で醜態を晒さない様にしているのだ。その努力の賜物が、雷雨の時限定であるが、星を知る人物からは到底想像も出来ない、冷酷で冷徹な姿なのだった。瑞樹と優士がそれに気付くのは、雷の季節が来てからだろう。仮とは言っても、実際に現場へと出る事になるのだから。
「解りましたよ。それで、その訓練中に高梨隊長は何をしているんですか? 一人訓練抜け出してサボりですか?」
軽く口を尖らせながら、瑞樹は隊服に付いた土を払いながら立ち上がり、正門付近に居る高梨に目をやって星に聞いた。
優士も同じくズボンに付いた土を払いながら立ち上がって、そちらを見る。
そこには、そわそわとぐるぐると、門の端から端へと移動を繰り返す、落ち着きの無い高梨の姿があった。
それはまた毎度の光景なのだが、新人二人はそんな高梨を見るのは初めてだったのだ。
高梨と云えば、天野と星が絡む時以外は、何時も無愛想でむすっとしており、その細く鋭い目で見られると身体が竦んでしまう相手だ。泣かせた子供の数は数え切れないらしい。だが、その立ち姿は何時も凛としていて、街の巡回時には人目を集めてしまうらしい。
「ん! 今日は土曜日だからな! ゆきおが来るのを待ってんだ! あ、ゆきおはおいらのまぶだちな!」
そんな二人の疑問に、星は簡潔過ぎるぐらい簡潔な返事をした。
「星君、そんなんじゃ解らないよ。雪緒君は高梨隊長の養子なの。隊長が休みじゃない時の土日は、雪緒君がお弁当を持って来て、二人で食べているんだよ」
そんな星の背中を何時の間にか側にやって来た瑠璃子が軽く肘で小突いてから、新人二人に説明を加えた。
「へえ~。仲が良い親子なんだ」
とは、瑠璃子と組んで訓練をしていた亜矢の言葉だ。
「ん、来たぞ、ゆきおだ。んじゃ、飯にすっか!」
「え!? まだ誰も見えませんよ!?」
軽く伸びをしてから、頭の後ろで手を組む星の言葉に、瑞樹は目を凝らして門の向こうを見るが、まだ人影は見えなかった。
その間に星は訓練場に居る他の隊員達へ『ゆきおが来たから飯だぞ!』と声を掛けながら歩いて行く。天野が居れば、これは天野の仕事なのだが、今日は天野は休暇で居ないのだ。
「いや、隊長の動きがおかしい」
優士の言葉が示す様に、それまで落ち着きの無かった高梨の動きが止まった。門柱に背中を預けて、徐ろに腕組みをして、軽く脚を交差させて鷹揚とも言える雰囲気を醸し出したのだ。…面倒くさい男である。
「ぷぷっ。もう、本当に素直じゃないよね。亜矢ちゃん、今日は定食大盛り行ってみよう?」
そんな高梨の姿に、瑠璃子は噴き出しながら、亜矢に声を掛けて、食堂へ行く為に歩き出した。
「えっ!? いや、無理ですっ!!」
「食べた分動けば大丈夫だよ」
違う、そうではない。そんな乱暴な理論は要らない。
亜矢も亜矢で、瑠璃子に憧れてここへ来たのだが、その食欲と無茶苦茶な理論にだけは憧れを抱く事は出来なかった。
勝手に注文をされてたまるかと、慌てて瑠璃子の後を追う亜矢は、この後の事を当然知らない。
高梨の前に現れた、穏やかな雰囲気を纏ったほっそりとした男性…雪緒を見た瞬間に、高梨の仏頂面が崩れ、僅かに浮かべたその柔らかな笑みを見た瑞樹と優士の二人を凍り付かせた事など。
そして、二人木陰で寄り添う様に座り、高梨が雪緒に『あ~ん』をさせて、雪緒が恥ずかしそうにしながらも、おずおずと口を開くその姿を見た二人が、遥か遠い目をした事など、亜矢は知らない。
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