寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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幼馴染み

【三】幼馴染み

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 さて。瑞樹みずき優士ゆうじせいに出会ったのは、新月の時に十一番隊…別名高梨隊と呼ばれている…が応援に行った町でだ。
 二人は星が居る高梨隊に入りたくて、地元から離れてこの街へと来た。
 地方から出て来た者、また異動になった者の為に、宿舎が用意されている。生まれた時から、この街で暮らしている亜矢は通いだが、瑞樹と優士は宿舎に入っている。一部屋しか無いが、十畳と広く、台所も風呂も便所も各部屋にある。下手に部屋を借りるよりは、格安だし、職場に近いし、鉄筋コンクリートで建てられたそれは、防音も耐震性もしっかりとしていた。 
 そんな自分の城で、瑞樹は夕食を作っていた。今夜は肉じゃがだ。後は適当に味噌汁とたくあんを用意する。それらが、卓袱台に用意された頃を見計らって、ゴンゴンと鉄製の扉を叩く音が聞こえた。
 時刻は十九時。瑞樹は何時もこれぐらいの時間に食事を摂る事にしていた。特に理由は無く、単に父の帰宅に合わせていたら、自然とそうなっただけだ。

「はーいはい、今開けるよー」

 外へとその声が届く訳が無いのだが、これは実家にいた頃からの癖だ。
 瑞樹と優士は家が隣同士の幼馴染みだ。
 優士は両親共に健在だが、瑞樹は八歳の頃に母を亡くしていた。父は料理が苦手で、辛い味噌汁やしょっぱい煮物等が当たり前の様に食卓に上がる日々に、瑞樹は幼いながらも危機感を抱いたのだ。『このままでは、死ぬ!』と。だから『まだ早いから。危ないから。怪我をするから』と言う父に『父さんが作る物を食べてる方が、よっぽど危険だ』と、父を奈落の底に突き落としてから、しょんぼりと肩を落とした父を宥めて許可を得て、優士の母に料理を教わったのだ。基本さえ覚えれば、後は応用だ。色々と考えるのは楽しく、また、父も喜んで食べてくれるので、瑞樹は毎日楽しく料理をした。こうして、父一人を残して家を出て来たが『いいか、ちょっと薄味かな? ってぐらいで丁度良いんだ』と、星の後を追うと決めた時から、父に料理を教えて来たし、実際に父の仕事が休みの時には作らせていたので、それなりの腕前には仕上がっている。問題は瑞樹が居ない事で、父が味の冒険しないかと云う事だけだ。
 そして、今、瑞樹の部屋の扉をノックした男。優士は料理をしない人間だった。母親がいるのだから、その必要が無かったと言えば、それまでなのだが。だから、こうして毎日瑞樹の部屋へご飯を食べに来る。

「今日は肉じゃがか」

 風呂に入ってから来たのだろう、部屋着兼寝間着の紺色の甚平を着て、食卓の前に腰を下ろした優士からはふわりと石鹸の匂いが漂って来ていた。まだ、その髪も湿っている気がする。風邪を引くぞと思いながらも、時間きっちりに来る優士に、瑞樹は律儀な奴だなと苦笑してしまう。

「ああ。残りは明日カレーにするからな」

 特に感慨が籠もった訳ではない優士の声に、瑞樹は軽く笑いながら、炊飯器の蓋を開けご飯をよそう。
 優士は何時も淡々と話す。幼い頃からそうだ。
 感情が無い訳では無い。
 ただ、過去のある事を切っ掛けに、極端に感情を表すと云う事をしなくなった。

「玉子焼きが食べたい。大根おろし付きで」

 しなくなったが、こうして自身の主張をする事は忘れない。

「はあ? 今、言うか、それ? もう、大根はお前がおろせよ」

 箸で掴んでいたじゃがいもを口に入れてから、瑞樹は軽く口を尖らせながらも、何処か嬉しそうに立ち上がった。

「解った。任せろ」

 瑞樹は知っている。
 願いと言って良いのかは解らないが、優士がこう云った些細な願いを口にするのは自分だけなのだと。母親にでさえ『何が食べたい?』と聞かれても『任せる』と言うだけなのに。それが何故か嬉しく誇らしくて、瑞樹はついつい緩む口元を手で隠すのだった。
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