矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

11.ガキだけど

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「…おい…あいつ何とかしろ」

「何だよいきなり」

 昨日の謎はさっぱりのまま、朝、登校したら、目の下にクマを飼った羽間はざまが待ち構えていて、俺は喫煙所|(じゃないけどな)に、連れ込まれた。季節が季節なら、マイナスイオンうめぇってなるんだろうけど、そんな季節じゃないし、連れ込まれるなら、こんなクマを飼った羽間より、先生の方が良い。

「昨日、辛気臭くうだうだと帰らねぇで残ってた」

「はあ?」

 スパスパと煙草を吸いながら言う羽間の言葉に、俺は大きなハテナマークを頭の上に乗せた。
 いきなり過ぎて訳わかんねーんだけど?

「的場だ、的場。あいつがとっとと帰らねぇからひでぇ目にあった」

「はあ?」

 煙草の火を、俺に向けながら言う羽間の目が据わってる。クマを飼ってるから、何時もより更に迫力がある。お前、絶対元ヤンだろ…。てか、酷い目って何だよ。俺に関係あるのか?

「今日は早く帰る様に言っとけ」

「はあ? 何で俺が。羽間が言えばいいだろ」

「てめぇが原因なんだ。てめぇが言え」

「はあ!?」

 目を丸くして素っ頓狂な声を出したら、羽間は眉を寄せて目尻をピクピクと動かした。

「てめぇがあいつから逃げると、あいつがウザくなる。遅くまで居られると迷惑なんだよ」

 ウザいって何だよ。
 先生はウザくねーし。
 って…。

「そ、れって…やっぱ…バカって言った事、先生が気にしてるって事か…?」

 俺の前では、何でもない様なフリしてるって事か? 
 俺が気にしなくて良いように?

「俺じゃなく、的場に聞け。とにかく、頼んだからな」

「あだっ!」

 言うだけ言って、羽間は俺にデコピンしてさっさと行ってしまった。
 
「って、何でデコピンされなきゃならないんだよ…」

 ちょっとどころか赤くなるんじゃねーの、これ?

「…って…俺、先生の事…めちゃくちゃ傷付けてる…って事か…?」

 そんな辛気臭…ウザ…落ち込んでるって事だよ、な?

「…も、もう…甥って言われても逃げない様にしよ…」

 甥でも弟でも、いいや。
 うん。
 だって、そんくらい俺が近くに居るって事だろ?
 悪い事じゃない。
 これは、良い事だ。
 身内認定最高じゃねーか、チクショー。
 弟の様に、甥の様に可愛がっていたあいつが何時の間に…って、そんな展開にすれば良いんだ、うん。
 目指せ、脱・身内だ!

 ◇

「…って、意気込んだけどさ…まだ、来てねーし…」

 うんしょっと、渡り廊下から出て、陽当たりの良い場所に俺は腰を下ろして、買ったパンに齧り付いた。
 なんて言えば良いんだろ?
 ゴメンの他に何か言った方が良いよな?
 あまり落ち込むなよ、とか?
 いや…落ち込ませた俺が言うのもどーよ?
 帰りが遅いって事は、ゆっくり眠れていないかも?
 って事は、今日は早く寝ろよ、とか?
 何かオカンみたいだな…。

「…おかしいな…? 今日は来ないのか…」

 二つ目のパンを食べ終わっても、俺が見るベンチは空いたままだった。

「…あ…」

 もしかして…もう、俺と昼を食うのが嫌になった…とか…?
 授業中は何時もと変わりなかったと思うけど…。
 …謝っても…もう…ダメ…なのか…?
 力いっぱい、思いっきり、バカって言ったもんな…一回だけじゃないし…二日連続だし…嫌にならない方がおかしい…よな…? ゴメンって謝ったそばからだもんな…。
 いじいじと焼きそばパンを弄っていた手が止まる。

「…やべ…」

 俺、泣きそう…。

「うおっ!?」
 
 ぐにゃって、目の前が歪んだと思ったら、後ろからそんな声が聞こえて、俺は慌てて立ち上がって振り返った。

「え、的場!?」

 何で後ろから!?
 思わずベンチと交互に見てしまう。
 幻とかじゃねーよな?
 
 渡り廊下には先生と、一年か二年か知らない生徒が居た。
 先生が腹を押さえて、痛いとか聞こえて来たから、俺は先生の腕を掴んで保健室に連れてった。羽間が居るかもとか、全然頭から飛んでた。
 幸いってか羽間は居なくて、先生は松重先生から胃薬を貰って飲んだ。
 珍しいってか、初めてって松重先生が言ってて、何か胸が痛くなった。
 だって、腹ってか胃が痛くなったの、俺のせいかもしれねーんだろ?
 本当に、もう絶対にバカなんて言わない。
 なのに先生は優しく笑って『昼、途中なんだろう?』って、中庭のベンチに誘ってくれた。
 何で、あんなトコに居たんだって聞けば、徹夜して寝坊して弁当作れなかったって言った。寝坊なんてピンと来ない。それって、俺がバカって言ったせいなのか? 
 そう思ったせいか『…ふぅん…?』なんて納得いかない声が出て、ちょっと上目遣いで先生を見てしまった。
 本当の事を言ってくれよ。
 俺のせいだって。
 そうしたら、俺、土下座でも何でもして謝るのに。
 優しく笑う先生に、何て言って切り出せばいいのか解らない。
 俺が謝れば、先生はまた『いや、俺が悪かった』って謝ると思うし。
 それじゃまた同じだし。
 でも、とりあえず…身体の具合が悪いなら、今日は早く帰って休めって言いやすいんじゃ?
 羽間に頼まれたからとかじゃなく、休んで欲しいって思うし。
 だから、そう言おうとしたら。

「何で、あそこでパンを食べていたんだ?」

「え…」

 さらりと予想して無かった事を言われて、ちょっと固まってしまった。
 いや、普通は気になるのか?
 てか、見られてたって思ったら、ぶわって、一気に顔が熱くなった。

「見てた、のか?」

 そんなの、先生が弁当食べてるトコを見たいからだよ!!
 って叫びたかったけど、実際に出た言葉は違かった。だって、そんな風に叫んだら、また先生に嫌な思いさせるかもしれないし。いや、叫んだ方が良かったのか? 勢いで告っちまっても?

「あ、悪かった。パンを買いに行ったら…そのお前を見て…気になって…いや、覗き見する気は無かった。声を掛けるタイミングを見失って、結果的に、そうなってしまっただけで…」

 それって、俺の事を気にかけてくれてる…って事でいいんだよ、な?
 俺、先生に嫌われていない? 呆れられていない? また、昼を一緒に食っていいのか? 本当に?

「…また…怒鳴ったから…もう、俺と昼は食わないのかと…」

 だから、今日はベンチに姿を見せないのかと思った。けど、パンを買ったらベンチに行くつもりだった…そう、思って良いんだよ、な? 俺と食うつもりだった。そう思って良いんだよ、な?
 うわ、やべ、顔だけじゃなく首も熱いかも。

「…あ、いや…俺の方こそ、怒鳴らせる様な事を…」

 そんな俺に、先生はやっぱり謝ろうとする。
 謝らなくていいよ。
 先生は悪くないんだから。
 悪いのは、ガキな俺なんだから。
 ガキなんだけどさ、先生が好きなんだ。

「…俺さ、的場がご飯食べるの見るのが好きなんだ」

 そう思ったら、何か勝手に言葉が出た。
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