矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

08.イライラにはカルシウム

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 まあ、いいか。じゃねーっ!!
 先生がスマホを弄っている。見ている。
 まあ、それはこのところ目にしていたから、いい。いや、良くない。

「…おい…」

 俺はイライラしながら先生に声を掛けた。
 けど、先生はスマホの画面に釘付けだ。
 俺が。
 この俺が目の前に立っているのに、何の反応もないってどういう事だよ!?
 何を熱心に見てんだよ!?

「おい」

 先刻よりも低い、それこそドスの効いた声を出したのに、先生は全然俺を見ない。
 今日は、いつもより食べ終わるのが早い気がしたと思ったらこれかよ!?
 何だよこれ!?
 何で俺を見ないんだよ!?
 いつもなら、俺を見れば眉下げてへにゃって笑ってる頃だろ!?
 イライラする。
 ムカムカする。
 俺を見ろよ!!

「的場っ!!」

「うおっ!?」

 イライラとムカムカで、気が付いたら俺は右足でベンチの背凭れを蹴っていた。
 じろりと先生を睨みながら、俺は泡食っていたけど。

 やべーっ!! 呼び捨てにしちまった!!

 んで、靴がスニーカーで、クッションがあって良かった。これ、革靴だったら、俺、足の裏死んでたかも。
 けど、先生は呼び捨てにされた事に気分は悪くしてないみたいで、スマホを取り上げても慌てたりはしなかった。まあ、見られても困らないって事かも知れないけど。
 俺はSNSやらないから詳しくはないけど、この青い鳥の事は少しは知ってる。
 何だ、澄って? すみ、でいいんだよな? 何だ、クラスの皆が言う様に、女か? 彼女が出来たのか? それとも、俺の知らない間にお見合いとかしたのか? マジか?

「何を熱心に見てたんだよ? まさか、噂の恋人と遣り取り…って、アオッター? …澄? 何だこの名前? 的場の下の名前、次郎太じろうただろ? 何だよ、誰の名前だよ? やっぱ恋人か? あれか? 最近変わったのは恋人が出来たからって本当なのか? 恋人なんて何時出来たんだよ?」

 グイグイと先生に詰め寄れば、先生は両手を上げて落ち着けって言って来る。先生はちょっと引くぐらいで、落ち着いた様子だ。これが大人の余裕ってヤツなのか? そうだよ、先生はいい歳した大人なんだよ。顔は別に悪くないんだし、ちょっとまともな格好をすれば、良さに気付くヤツだって出て来るんだよ。先生の授業は解り易いし、声も落ち着いていて気持ち良いし、目が合えば笑ってくれるし。そんなの、俺の方がとっくに知ってるのに、ちょっと見栄えを良くしただけで、これまで見向きもしなかったヤツらが見るって何だよ。ムカつく。一緒にいた時間からしたら、俺、圧倒的に時間不足だし。この澄ってのが恋人なら、俺、望みねーじゃん。年下だし、そもそも男だし。
 ちょっと前屈みになって項垂れたら、頭にぽふって先生の手が置かれた。
 落ち込んでた気分が上がるのが解る。俺、ちょろい。もっと触って欲しくて、頭を掌にグリグリ押し付ける。俺、犬や猫みたいだ。いや、イヌなのか?

「…落ち込んでねーし…そりゃ的場は大人だし…」

 けど、先生って本当に頭触るの好きだよな。今まで、どんだけの人数の頭撫でて来たんだろ?
 これまで撫でられたヤツらをリストアップして殴りてえ。けど、まあ、やっぱ、犬猫とか子供とか思われてんだろな。
 …やだな…。
 他のヤツらはそれでいいけど、俺はいやだな…。
 俺、どうしたら犬猫や子供じゃなく、先生に一人前の男だって認めて貰えるんだろ?

「大人? それが何か関係あるのか? それより、俺が変わったって…恋人って、噂って何だ?」

 って、思ってんのに、先生は不思議そうに聞いて来る。
 解り易い髪型から口にすれば、俺の髪の事を言ってくる。
 ちげーよっ!! 俺じゃねーっ!!
 自分の事なのに、何でそうズボ…無頓着なんだよ!?
 だから、変わったトコを怒鳴りながら言えば、先生は目を丸くした後に、考えこみ始めた。

「…事実は小説より奇なり、だな…」

「はあ?」

 しばらくして先生がボソッと言った言葉に、俺は眉を跳ね上げた。
 小説が何だって?
 そんな俺に先生は苦笑して、恋人は居ないって言ってくれた。
 じゃあ、何で変わったんだよって聞けば、小説の影響だって言う。
 本当かよって思ったけど、読書好きな先生だから無い話じゃないかもって思った。
 てか、何だよ、そのおっさんをこき下ろした話は?
 そんなの読んでんなよ。
 てか、書いたの誰だよ。
 殴り込みに行ってやろうか。
 そう思いながら怒鳴ったら、先生にお礼を言われて、心臓がドキッて鳴った。
 で、優しいって言われて、心臓がバクバクしだした。
 俺、先生に殺されるかもしんない。
 って、思っていたら『弟』って言われて固まった。
 いや、犬猫や子供よりはマシかもしれない! いや、マシだ!!

「あ、流石に歳が離れ過ぎているか? なら、甥でどうだ?」

 って、おい!!
 畳み掛けるなよ!!
 身内から離れろよ!!
 クソ。やっぱり、そんな対象としては見られてないってコトだよな?
 イライラムカムカしながら手にしてたパンを食べ出せば、落ち着いて食えって言われるし。
 好きなんだろって聞かれたから、つい、うっかり、家じゃ食えなかったって言ってしまった。
 先生の顔が申し訳なさそうに歪んだ。
 あ、バカ。何言ってんだ俺。
 先生に、そんな顔で見て欲しくないのに。
 めんどくさいヤツって思われたかも。
 でも、先生は『…そうか』って、頭を優しく撫でてくれた。
 まだ、先生は俺の頭を撫でてくれる。それが嬉しくて。
 そう言えばと、思った事を口に出した。

「…叔父と甥なら結婚出来るし…」

 けど、先生は鬼だった。

「ん? 叔父と甥は三親等だから結婚は出来ないぞ? そもそも男同士…いや、今はパートナーシップ制度があるか」

「ばっかやろおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 気が付いたら、俺は食べ掛けのパンを持って走り出していた。
 いや、バカなのは俺だ。
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