矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

06.変わるのは季節だけじゃない

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 …そっか、俺、そんな意味で先生の事好きだったのか…。
 何か、頭がぽわぽわして、足が浮いている気がする。
 喫煙所…じゃなくて、雑木林から出て中庭に出て、まだ時間はあるから、いつものベンチに座った。

「…そっかあ…」

 顔を上げて空を見れば、夏特有のもこもこした白い雲がゆっくりと流れて行く。
 ゆっくり、ゆっくり…こんな風に、人って人を好きになるんだ…。気付かない間に…。
 ゆっくりだけど、雲は流れて別の雲がまた流れて来る。
 ゆっくり、ゆっくりと景色が変わって行く。

『好き』

 じわりじわりと、それが胸に滲んで来た。

「…そっか…」

 人って、こんな風に誰かを好きになるんだな。

 ◇

 しかし。
 俺は隣に座る先生の横顔をちらりと見る。
 今、先生は弁当を食べ終わって、恒例の読書をしている。百面相しながら、本を読んでいる。本を読んでいる時の先生は、それに夢中で、周りで何が起きても気付かない。から、今、俺は先生を見放題だ。
 焼きそばパンを食べ終わって、ハムとチーズが挟まったクロワッサンを食べながら俺は思う。
 
 …また、髭の剃り残しがある。
 ちょろっと残っている、その硬そうな髭を指先でちょいちょいしてみたい。じゃなくて。
 先生は俺より年上だし、下手したら…下手しなくても、親子ほどの差だ。
 そんな先生が、俺の事をどう思っているのかなんて解り切っているよなあ…。
 懐いているって、羽間はざまは言っていた。
 きっと、先生から見たら、俺は懐っこい犬か猫なんだろな。
 大体、男だし。
 羽間と松重まつしげ先生がアレだからって、先生もそうって訳じゃない。
 好きだって言っても、きっと相手にして貰えないし、本気にもしてくれない。
『ありがとう』とか『俺も(生徒として)好きだ』って言われて終わる。絶対。
 それは嫌だ。俺のメンタル死ぬ。何でもないフリして、卒業までなんて居られない。
 
 …言うなら…卒業式の日…先生と生徒じゃなくなってから…のがいいよな…? 言い逃げ…出来るし…フラれたトコで…もう、会う事も無いしな…。

 ――――――――…なんて、思ってた時があったよ。

「…スマホ…?」

 夏が過ぎて、秋になって、だいぶ過ごしやすくなったなあ、なんて思ってた頃、いつも通りにパンを二個食べて、先生が弁当箱をしまうのを見てから中庭に来たら、先生が本じゃなくてスマホを持っていた。
 先生、スマホ持ってたんだ…じゃなくて、今度メッセージ交換…じゃなくて!
 何だよ? 何で、そんなのいじってんだよ? 本は? 大好きな本は? てか、何か先生の感じ違くね? 今日は先生の授業は午後からだから、今気が付いた。ボサボサ頭が、そんなにボサボサじゃない? 新しいブラシ買ったのか? え?
 何か胸がざわざわするのを感じながら、いつも通りにベンチに近付いて行けば『懐かしい』なんて声が聞こえたから、よっしゃと食らい付いた。

「何が懐かしいって?」

 話し掛けて、さりげなくスマホを上から覗き込めば、ゴーゴルの検索画面が見えた。ちょっと安心して焼きそばパンのラップを捲りながら、ベンチの空いている場所、先生の隣に座ってちろりと顔を見る。

 …あれ…?
 髭の剃り残しが、無い…?
 な、何だよ? 何かおかしいぞ?
 何か悪いもんでも食ったのか? 大丈夫か?
 昔通ってた店?
 まさか、うふんあはんな店?
 そこに行く気なのか?
 だから、髭の剃り残しが無くて、髪もそんなにボサボサじゃないのか?
 先生も普通に男だったんだな…なんて思っていたら。

「…お前、煙草吸ってるな?」

「ぶぼっ!?」

 いきなりの言葉に、俺は口の中にあった焼きそばを噴き出した。
 い、今まで煙草の『た』の字も口に出さなかったのに!?
 ど、どうしちゃったんだよ先生!?
 でも、髪について熱く語る先生は、いつものぼんやりとは違くてかっこ良く見えた。
 おまけのように、未成年者の喫煙はいけないって言われて、俺は心の中で噴き出した。
 そんな先生は、やっぱりいつもの先生で。
 うん、俺、煙草止める。
 残ってるの全部、羽間に押し付けよう。
 …別に禿げるのが嫌って訳じゃないからな!

 ――――――――いや、やっぱりおかしい…。

 授業中、教科書を読み上げる先生を俺はちろちろ見る。
 今日も髭の剃り残しが無い。これで連続三日目だ。髪はボサボサが更に減っているし、ちょっとふわってなってる気がする。
 それに、何かワイシャツがパリッとしてるし、ネクタイ曲がってないし、スーツもよれよれしてない。
 足元を見れば、いつの間にか新しいスリッパに変わってる。外履きも、便所サンダルじゃなくなってた。
 それに。
 何か、良い匂いがする。
 ふわっと、みかんみたいな甘いけど爽やかな匂いっての? くどくない、少しだけ鼻をくすぐるような、そんな匂いが。

 おかしい。
 絶対におかしい!
 絶対に先生に何かあったんだ!
 って思っていたら…。

『…女だな…』とか『結婚すんのかな?』とか『…ちょっと…いいかも…』とか、そんな声が聞こえるようになってた。
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