矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

05.夏の終わりに

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「新学期早々来るかよ」

 と、俺がズボンのポケットから煙草を出せば、ヤツは悪びれなく受け取る。

「煙草減らすの協力してやってんだ。感謝しろ」

 ヤツとは、もちろん、羽間はざま(…先生)だ。
 羽間と松重まつしげ先生と、ばったり出会でくわした場所で、俺はうんこ座りをしながら煙草を吸っていた。そこに、煙草の匂いを嗅ぎ付けた羽間が来るのは、もう、いつもの事だ。
 俺の向かいに羽間はうんこ座りして、煙草を吸う。本当に、先生がこれでいいのかよ? って思う。

「本当に変な先生だよなー」

「そうか?」

 ぷはーって、空に向かって煙を吐けば、羽間も煙をぽぽぽと吐いて輪っかを作った。

「生徒が煙草吸ってても取り上げねーし、校内でセ…ク…するし…」

 思い出して、俺は遠い目をした。
 もう、二度と覗き見はしない。
 好奇心は人を殺すって言うもんな。

「あ? 何だ、お前童貞か」

「ぶほぅっ!?」

 ニヤリと笑って羽間が言った言葉に、俺は煙草の煙を思い切り吐き出して、ついでに咽た。
 
「ヤニ吸ってる割に真面目なんだな」

 何を納得したように頷いてんだよ!?

「ゲホッ、せっ、先生が言うかっ!?」

「あ~? 一般論だろ。今じゃ、早けりゃ中学生の内に童貞卒業するんだろうし」

 煙が目に沁みて、ちょっと涙目で羽間を見れば、片手をひらひらさせながら更に驚きな事を言った。

「そうなのかっ!?」

「知らん」

「おいっ!!」

 からかっただけ!?
 俺の反応見て楽しんでただけ!?

「まあ、価値観は人それぞれだしな。惚れたヤツ抱くんなら、知識はしっかりしとけ」

 ムッとして睨めば、羽間はいきなり声のトーンを変えて言って来た。からかう響きの無い、真面目な声で。

「は?」

 だから、ちょっと咄嗟には意味が解らなくて、聞き返した。

「ああ、トボけなくて良いって。惚れてんだろ? 的場に」

 なのに、羽間は勝手に話を進める。

「ほ?」

 何か、口がどっかの常春の国の人達みたいになった気がする。

「あ? …自覚無し、か? あ~…悪い、忘れてくれ」

 そう言いながら羽間が立ち上がり、スラックスのポケットから携帯灰皿を取り出して、煙草の火を消して歩き出そうとしたから、俺は慌ててそのスラックスの裾を引っ張った。

「うおっ!? 伸びる! 皺になる! ずり落ちる! 離せこら!」

 羽間が怒鳴るから、俺も声を張り上げる。

「ほ、惚れ…す、好きって何だよ!? そりゃ、俺、先生、あ、もちろん羽間じゃなくて、的場先生の事は好きだけど、それは、だ、抱くとか、そ、そんなんじゃ…っ…!!」

「さりげに俺をディスるな! あ? じゃあ、ネコかお前。てか、離せ」

 誰が離すか!
 お前のズボンどころか、パンツがずり落ちても、俺にダメージは無い!

「ネッ!? いや、だから…っ…! 何がどうして、そーなるんだよ!?」

 大人って、皆、好きイコールそれなのか!?

「いや、見てりゃ解るヤツには解るだろ? 傍目にゃ的場に懐いている可愛い生徒だが、俺や松重は、それだけじゃないって解るぜ?」

 呆れたように言われて、俺は掴んでた手を離して、地面にどかりと尻をついてしまう。

「わ…かるって…」

「てめぇで解んねーなら、的場をネタにシコってみろ」

 そんな俺を見下ろしながら、羽間は更に爆弾を投下した。

「シ!?」

「それでヌけるんなら、惚れてるって事だ。じゃあな」

「ヌ!?」

 目を白黒させる俺を放置して、羽間は片手をヒラヒラさせながら歩いて行った。

 混乱したまま寮に帰って、晩飯食べて、風呂に入って、俺は早々にベッドに潜り込んだ。寮が一人部屋で良かった。二人部屋とかだったら、絶対に不審がられる。てか、既に食堂で心配されたけど。

「…訳わかんねーんだけど…」

 好きって…だって、どんくらい歳が離れてると思ってんだよ? 大体、先生だし、男だし。自分が、自分達がそうだからって、決め付けるなよな。先生に悪いだろ。先生は、普通に常識のある大人なんだから。本が好きで、ちょっとした景色の変化を楽しんだり、鳥の鳴き声に耳を傾けたり。
 あ、休み前に『今日の玉子焼きは上手く出来たから、残しておいたんだ』って言いながら、俺に分けてくれたっけ。俺が『まあ、不味くはないな(本当はめちゃくちゃ美味いんだよ!! 俺の馬鹿っ!)』って言ったら『そうかあ?』って、眉を下げてへにゃって、笑ったんだ。そんな、先生なんだ。
 そんな先生だから…――――――――。

 ◇

「ぶっはっ!! おまっ、ガキかよっ!?」

「…るせー…」

 煙草を吸いながら腹を抱えて笑うのは、言わずと知れた羽間だ。
 先生をネタにって言われた翌日、つまり今日、俺は早めに学校に来て羽間を捕まえた。羽間はわりと早くに来て、煙草を吸ってるって聞いていたから、昨夜見た夢を話した。

 …先生の夢を見て、夢精した話を…。

「お前が変な事言うからだ、責任取れコンチクショー、俺一人で悶々と悩めるか、てめーも悩め」

 何か、もー、罪悪感でいっぱいなんだけど!
 先生、絶対に、こんな夢に見られるなんて思っていないだろうし!

「あん? 俺のせいかあ? 卒業してから気付くよりゃマシだろうが。どうせ、卒業したらこの街から出て行くんだろ? そうなってから後悔するよりゃ良いじゃねぇか。今、悩め。青春を謳歌しろ」

「乱暴だな!?」

 お前が言わなきゃ、こうはならなかったんだぞ!

「で? どうだったよ?」

「は?」

 聞き返す俺に、羽間は緩く目を細める。
 ニヤリとした笑いじゃなくて、それは何か…あったかい笑顔で、そんな顔も出来るんだって、ちょっと驚いた。

「夢の中のお前は嬉しかったか? 幸せだったか?」

「…しあわせ…?」

 ぽつりと呟いて、夢の内容を思い出す。
 …夢の中の先生…可愛いかったよな…目尻に涙浮かべて…赤い顔して…低くて優しい声で『穂稀ほまれ』って、俺の名前呼んで…。

「…っ…!」

 それだけで、一気に顔が熱くなるのが解った。
 現実では『矢田』だけど…もしも、今、そんな風に呼ばれたら…。ベンチの前に立つ俺に…眉を下げて、ちょっと照れたように『…穂稀…』って笑って、手招きされたら…。

「…軽く…死ねる…かも…」

 片手で口を隠しながらぼそっと言えば、羽間は『そうかよ』ってあったかい笑顔を浮かべた。
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