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第十一王子と、その守護者

パンツ事件

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『まずね、間違いがあるのよ。ある程度の店に任せれば衣装は作れる。だってお金が必要なら不必要な王子の服でも売っぱらえば良いんだから!

 ……必要なのは、王様に逆らえる人かしら』


『王様に?』


 あれからビローデアさんと共に結婚衣装について話し合い、二人の採寸に詳しいメイドさんにお願いして明日それを店に届けるということにも了承してくれた。


 散らかった部屋を気にすることなく、ビローデアさんは深く頷く。


『そうよ。つまり、王様が第十一王子ハルジオン殿下の結婚式をあまり大きくしたくないのね。だから嫌がらせみたいに結婚衣装を取り止めたり、規模を縮小させるよう命じてる。理由は全然わかんないわ、ワタシ王族じゃないし?

 ……だから王様も文句が言えないように立派な言い訳を用意して、黙らせなきゃ。そうしないと下手な職人は目を付けられるからねぇ』


『た、大変だ……ビローデアさんが結婚衣装を作ったら、王様に邪魔者だって思われちゃうじゃん!』


 様々な生地が所狭しと乗せられたソファーでそれらを抱えながら思わず立ち上がる。しかしそんなオレの肩を押さえながらビローデアさんが再びオレをソファーに埋める。


『それについては問題ないわよ! 優秀な後ろ盾があるのよ、そこに隠れさせていただくから。いっそのこと中身も考えてもらおうかしら? 慣れた人たちの方が、上手いこと誤魔化せそうよねー?』


 優秀な後ろ盾?


 ルンルンと連絡魔道具を取り出す背中を見ながら、ない頭を絞って考える。バーリカリーナの王様を相手にしても負けないってことだろ? そんなの、他国の王様とかじゃなきゃ……。


『アンタもお世話になってるって聞いたわよー?


 よ! あちらにはご贔屓にしてもらってるの。だから今回は任せましょう。というか、ロロクロウムから出張って来るんじゃないかしら? だってアンタ、ロロクロウムの現当主であるトワイシー様とも知り合いでしょ? あの方、月の宴騎士団の団長だし』


『トワイシー殿!?』


 まーたオレはあの人に借りを作るのか!


 あの人が出て来ると神殿のメンバーまで一緒になってついて来そうで本当に怖い。


 まだ見ぬ未来に寒くもないのに肩が震える。そんな姿にビローデアさんは首を傾げながらも連絡魔道具が繋がったのか接客モード……いや、やっぱりいつもの口調で話し出す。目当てのトワイシー殿がたまたま屋敷にいた日だったようで、淡々と話が進んで行く。


『じゃあ任せて良いかしら? 衣装の方は大丈夫よ、こっちで最優先で進めるから。え? 他の仕事はどうするかって……やだーぼちぼち頑張るわ、その辺は問題ないわよ。

 ん、いるわよ。……何? 代われ? もーっ、仕方ないわね! 普段だって会えるくせにワタシたちの時間を邪魔しようだなんて悪い人!』


 はい! とビローデアさんがしていたヘッドホンを強引に付けられ、マイクのような役割をするペン型の魔道具を手に持たされた。あまりにも華麗な交代っぷりに嫌だという抵抗すら許されなかったので、もう繋がっているというのにビローデアさんに文句を言ってしまった。


【タタラ様】


 ヘッドホンから聞こえた、いつもの美声。最後に聞いたのも割と最近だったのに何故か懐かしいような……変な感覚に陥る。


『はい……只今代わりました。先日はありがとうございました、トワイシー殿』


 電話なんて全然したことがないから、どうしたら良いか何を話したら良いかもわからない。内心プチパニックを起こしながら何度もビローデアさんに助けを求めれば、大変面白そうに笑いを堪えていた。


 ……うぅ、酷い……なんか恥ずかしい。


【もう痛みはありませんか? 治ったのは殆ど貴方の力です、我々は手助けしかしていませんから。

 さて……また大物と知り合っていたのですね。殿下の結婚式については耳にしています。ビローデア・イーフィが貴方についたのであれば、この件は後は私の口添えだけで終わりますね。感謝申し上げます。また問題が拗れるところでした……後は私がなんとか纏めておきますから、タタラ様はそこの職人の機嫌でも取っていて下さい】
 

『本当に……? ビローデアさんは大丈夫でしょうか?』


【我が盾に誓って。

 なんなら代金は私が立て替えておきましょう。貴方は自分で返すと譲らないでしょうが、流石に手持ちでは間に合わないでしょう? いつか返していただければ構わないので、ねっ?】


 神様ーっ!!


 神様や、この人は神様や!!


 何度も感謝の言葉の重ねれば、トワイシー殿が嬉しそうに笑ってイーフィに金額を聞いて下さいと言うので彼女の方を振り返った。


 振り返ったら、なんだか大変面白くなさそうな顔したビローデアさんがソファーの背もたれに寄り掛かっていたのだ。


『び、ビローデアさん? あの……衣装のお値段をお聞きしたいんですが……』


『んー……そーねぇ。そ~ねぇ~? うふふっ』


 え? 壊れた?


『ワタシ良いこと思い付いたわ! ねぇ、タタラちゃん。タタラちゃんは取り敢えずワタシにおいくら払えるかしら? いくらでも良いのよ!』


『えっと……すみません、全財産は金色大貨幣が三枚しかなくって……』


 すんません、六十枚以上足りないんです、本当すんません!!


 なけなしのお金を差し出せば、連絡魔道具越しからも驚いたような声が響いた。事実ビローデアさんも結構驚いている。


『これ王都に来てから稼いだんでしょ? 結構あるじゃない、アンタの歳でこれだけ持ってたら十分過ぎるわよ……。はー、流石は守護魔導師様ね! 体張ってるだけあるわよ。

 ……そのお金も、つまり主人のために出すっていうんだから……なんだか貰いにくいわね』


 ビローデアさんの手に渡った貨幣は、大切そうに金庫へと仕舞われた。まだたった三枚しか支払っていないのに、一体どうしたというのか?


 そして、ビローデアさんから驚きの取引が持ち掛けられることになる。


『どーせ、そこのキザな騎士様が立て替えるとか言うんでしょ!? 誰がそんな美味しい真似させるかっつーの!

 さて! まぁ同じ貨幣が軽く七十枚くらい足りないんだけど、それの代わりにあるものを要求するわ。それさえやり遂げてくれれば、なんと……お代はチャラよ!!』


『チャラーっ!?!』


【……ああ。なんだか嫌な予感がしてきました】


 何故か連絡魔道具越しに逃げて、という声を最後に通話はビローデアさんによって切られた。鼻息荒く十本の指をワキワキと動かし、犯罪者一歩手前の恐ろしい顔をして迫って来る彼女……身の危険を感じて部屋の扉へと体を向けるが、なんとそこにはいつから配置されていたのが男性と女性の従業員さんがその手にメジャーやら大量のお洋服を持って退路を塞いでいる。何故かその顔は、楽しそうで……。


『さぁて! アンタの今後の予定を聞きましょうかねぇ!!』


 そしてオレは、無事に解放された。ギルドに帰れば初クエストを終えたペッツさんが待っていて共に向かったことにお礼と、話を少し聞いていたのか大変な時に申し訳なかったと謝ってくれたのだ。


 その件は無事に片付いたからと号泣する彼を慰め、一緒に仲良く報酬を山分けにして別れた。たった一件しかクエストを終わらせていないのに、もう魔の差し。今日は帰ろうと帰路に向かう中……帰ったら気の重い報告をしなくてはと思うと曲がれ右してギルドに戻りたい、許されないが。


『……はぁ。なんて言おうか……』


 城に戻れば顔馴染みの門番さんたちにおかえりなさい、と言われ挨拶を交わしてそれを通る。王子の居住区に着けば朝のやりとりを知っている何人かのメイドさんたちが駆け寄り、心配そうに胸の前で手を組みながら経過を聞かれた。


 それに応えるように大丈夫だった、と笑えば彼女たちは一気に花が咲いたように喜び合い他の者にも伝えに行くと言って、平静を装って去って行く。


『また今度メイドさんたちに何かお礼の品、買って来たいなぁ。オレ……今無一文だけど』


 部屋に戻り、解体作業やらしていたため服を着替えようとベストを脱ぐ。ギルド初日こそ正装だったが二回目からはいつもの服装である。手袋を脱いで、ゆったりとしたズボンを脱いだ時だった。


『タタラ、帰った……の、か』


『……あ』


 王子の部屋と繋がる扉が開かれ、そこから現れたのは今日初めて会うハルジオン王子の姿。せめて着替えてから向かおうかと思ったが……やはり一言伝えてからが良かったらしい。


 因みにオレ、パンツに黒シャツのみである。


『っ殿下、ちゃんとコンコンしてって言ってるじゃないですか!』


 ちょっと恥ずかしいが、まぁお互い男同士。そもそもいつもオレを子ども子どもと言ってる彼である。オレの部屋に入る時のノックをまるで覚えない、もうすぐ成人のくせに。


 だから自分が悪いくせして、呆れた顔をしてそこにいると思ったのに……。


『……す、すまぬ……失礼した』


 顔を赤らめて、それを逸らし……すごすごと扉を閉めて去って行った王子。まさかの対応にパンツ姿のオレは夢だったのかと自慢のほっぺを掴むも、まるで痛い。

 
 現実であった。


『そっ、そういう反応される方が恥ずかしいんですけどぉっ!!』


『タタラ様は早く着替えて下さい。お風邪を召してしまいますよ?』


『そうね、早く着替えて……ってなんでお前がいるんだよ、お前は出て行けーっ!!』


 え? みたいな顔して可愛く首を傾げるノルエフリン。パンツのまま背中が届かないのでガッシリしたお尻を押しながら王子の部屋に放り込んだ。正直どっちがセクハラしてるかわからないが、もうどうでも良い!!


 きちんと着替えて王子の部屋に入れば、空気が少し可笑しいままだった。王子は一人用のソファーに膝を曲げて押し込まり、そっぽを向いたまま本を読んでいる。そこから若干離れた場所に立ってたノルエフリンは通常通り全員分のお茶を淹れ始め、手際良く配っていく。


『お疲れ様でした、タタラ様。本日はどんなクエストに行かれたのでしょう。夕食まで時間がありますし是非お話を聞きたいです!』


『あー……』


 結婚衣装の話……出来ない。


 ペッツさん……地雷踏んだ人、ダメ。


 クエスト一つ……少なすぎ。


 お給料を貰っている身で全然仕事してねーじゃん、オレ!! やばいよ、今日話せる内容まるでないんだけど!!


 ダラダラと冷や汗を流しながら、話を聞きたそうにワクワクしているノルエフリンと目が合う。必死に解体作業の話を引き伸ばし、その人が前にクエストを受けた依頼主の親であったことを話して更に気を逸らしてみる。


『そ、それで感謝のお手紙とか貰っちゃって……オレ感極まって泣いちゃってぇ、その……それでなんだかんだしてたらこんな時間でさっ』


『なんと! 泣いてしまった上に、先程は下着のままウロウロしてしまって……体調を崩してしまわないか不安です』


『パンツのことは忘れな!!』


 今日の夕飯は身体の温まるものを中心にと、伝えて参ります! なんて叫びながら部屋を出て行ってしまったノルエフリン。止めるなんて暇もなく、取り敢えず今日の報告会からは解放されたなんて安心していたが、まだ問題が残っていた。


『……はぁ。騒がしい奴』


 パタリと本を閉じてテーブルに置き、立ち上がった王子。どこかに行くのかとオレも立ち上がろうとしたものの、王子は先程までノルエフリンが座っていたオレの隣へと移動しただけだった。


『手紙とやらは、読めたのか』


『は、はい。当時あんまり字が読めないと伝えていて……覚えていてくれたようで、読み易くて最後までちゃんと理解しました』


 持って来ようかとしたが、手で制されて行かなくて良いとされたので大人しく座る。静かな部屋の中で今しかないと王子に言わなければならないことを言うために口を開く。


『あ、あの……殿下。明日ってオレ、お休みじゃないですか?』


『そうだな。どうせお前のことだから部屋で寝ているかまたメイドたちの手伝いにでも行くのだろう』


 ギクリ。


『いや、その……実はちょっとお出掛けに行きたいと思っていまして。何かあればギルド辺りに連絡していただければすぐに帰ります!』


 王子だけには決して内容なんて話せない。ただ休みの日に出掛けると言っているだけなのに、何故か後ろめたくて仕方ない。


 汗で若干湿るズボンをキリキリと握り、隣の王子に悟られないようそっぽを向く。


『……お前がやりたいことか?』


 違う。


 オレにしか、出来ないこと。


『そ、そうです!』


『……そうか。暗くならない内に帰るように』


 そうだ! ワンチャン早く終わりそうだったら、王子へのプレゼントを買いに行かないとな!



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