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第十一王子と、その守護者
ありがとう、を
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ペッツさんと共に来たのはスロークエストの家の解体作業。専用の業者に空きがなく、何かあっても大丈夫なよう最低二人という内容だったので丁度良かった。
『ひぇーっ!!』
しかし、この人……。
『……糸魔法 天蜘蛛』
三階から崩れて来る木材を受け止め、そのまま依頼主が待つ外の空っぽの荷車へとどんどんそれを放り込んでいく。ホッとしたのも束の間、ペッツさんの足元が崩れ落ちて二階から一階まで真っ逆さま……というところを一緒に糸で救い出す。
……鈍臭……、失礼。ぼんやりした人だな、オイ。
『大丈夫ですか? 落ちる前に、ちゃんと移動しなきゃダメじゃないですか。ペッツさん折角瞬間移動できるんですから』
『そ、それがっ自分本当に魔法下手くそでぇ……焦るとすぐに不発に終わってしまって!』
糸でぶらん、ぶらんと吊るされたペッツさんは恥ずかしそうに顔を覆いながらされるがままだ。
いや、恥ずかしがってないで早くそこから頑張って抜け出しなさいよ!
『……中々適任のクエストかと思ったんですがね。まぁ気を取り直して時間いっぱい頑張りましょう』
ペッツさんが落ち着いて魔法が使えるよう周りの状況に気を付け、何かあればすぐにサポート出来るように常に糸を周辺に張り巡らせる。時間が迫って慌て始める彼を宥めつつ、なんとか協力して制限時間ギリギリでクエストを終えられた。
依頼主は式典までに他の地域に店を構える予定だったそうで、今日無事に終わったことを喜んでくれていた。
『助かったよぉ、タタラちゃん。アンタのことは仲間内から聞いてたから今日来てくれて嬉しかったねぇ。今日はお友だちも一緒? 凄いねぇ、空間魔法ってやつだろ。まさか生きてる内に古代魔法と個人魔法を同時に見れるなんて夢みたいだ!』
恰幅の良い店主に背中をバシバシと叩かれ、最後には踏ん張り切れず軽く飛んでしまったところをペッツさんが半泣きで追いかけて来る。ヨロヨロと戻って来ればオレの顔色を見た店主であるナッシュさんが首を傾げる。
そこで彼が魔獣の素材加工をする店の主人であることを思い出し、話を聞いてみることにした。
『どした? なんか元気ないねぇ。腹でも減ってんのかい』
『ナッシュさん……大変個人的なお話なんですが、その……割と早めにお金を稼ぐには、やっぱり強い魔獣とかを倒せば良いですかね?』
あ? と首を傾げるナッシュさんに、取り敢えず一緒に荷車に乗せてもらってギルドへと向かっている。魔法を使い疲れたのか、ペッツさんはグッタリと荷物の上で横にさせてもらっている。
『ほー。結婚衣装を作りたいねぇ。そいつはめでたい話じゃないかい。バーリカリーナは結婚事を重んじる国だからな! 金を稼いで良い衣装を作りたいってのは当然の結末よ。
……ん? タタラちゃん。アンタ確かまだ未成年だから結婚出来ないだろ? 今からお金貯めておくってのかい?』
『結婚するのはオレじゃないんですよ』
そう。
孤児院にいた頃に聞いたことがある。バーリカリーナを愛した神様がいて、華やかな催しが好きなその神様のためにも盛大な結婚式をして喜びを捧げるのだ。だから昔から、特に王族や貴族たちの間では結婚式とはもはや神に捧げる一種の儀式。
……そしてハルジオン王子は、古き伝統を大切にする人だ。
『ほー! ……それなら早く職人に頼まないとな。もうすぐ王国式典だろ? あれが近いからどの職人も忙しくなる。なんせ式典には他国からも人が来る。交易の場を広めようとみんな忙しいのさ』
なんと、そういうことか。
やはり現地の詳しい人に聞くと自分がどれだけ無謀なことをしようとしているか痛感する。お金を用意するまでに、まずは職人さんを見つけなければ。
新たな目標に鞄をより強く抱きしめれば、ナッシュさんが荷車を引く小型の地竜を引く手を止めて片手を出してきた。
『なぁ。ちょっとそれ、その鞄見せてくれる?』
『これですか? どうぞ』
ギルドの際の大切なアイテム、ビローデアさんから貰った自慢の鞄だ。それを手に取ったナッシュさんは取り付けられた金具や素材を慎重な手つきで触れてから返してくれた。
『……職人、いたな』
『え?』
今度は自分の鞄をガサゴソと漁り出したナッシュさんは、何か紙のようなものを取り出して真っ白な歯を見せながら笑った。日に焼けた手に握られた紙を渡され、困惑しながらそれを開く。
それは、いつか俺がクエストに向かった魔道具屋さんからのお礼の手紙だった。
『アンタが受けてくれた、報酬の鈍色貨幣をたった二枚しか出さなかった店番の仕事を出したテテルテは俺の娘なのよ』
『えっ?!』
大きな声を出してしまうのも仕方ない。テテルテさんといえば、魔道具屋さんの店番のクエストを出した若い奥さんだった。小さな子どもを抱えながら貴重な魔道具を扱うために、ギルドの人に店番を頼みたいと言っていた……凄く華奢な……奥さん。
目の前のナッシュさんは、よく焼けた肌に筋肉隆々な……男の中の、男である。
『娘のテテルテは魔法の才能があってな! 良い伴侶と出会って子宝にも恵まれたが……事故で亡くなっちまってよ。仕事に育児に、更には店番を任せた従業員に商品を盗まれちまってなぁ。家族の俺になーんも相談しねぇで、すっげー落ち込んで、体調も崩して……藁にも縋る思いでギルドに店番と配達を頼んだわけよ。
そして来たのが、アンタだ』
そう、覚えている。
可愛い赤ちゃんを抱えたテテルテさん。体調が悪そうで、それでも魔道具を買いに来る人のためにも生活のためにも店を見ていてほしいと。テテルテさんの店は魔道具の種類は少なくても質が良く、色んな人が買いに来ていたから。
赤ちゃんを見たのが久しぶりで、意外と懐いてくれたから後半はオレがおんぶしながら店番をしていた。子どもと子どもが店番をしていると、物珍しさからか盛況で……たまに盗人が現れてもすぐに吊し上げて自警団に突き付けた。
『泣くほど感謝してたんだぜー。俺もスロークエストに今回の依頼を出すって言ったら、またアンタが来るかもしれないからってさ』
手紙は、文字を習い始めたオレにも読みやすく書かれていて……ずっと感謝の言葉が綴られていた。体調も良くなり、店も盛況だと書かれている。
『王都の連中は、みーんなアンタに感謝してるんだ。たくさん助けてくれて本当にありがとうな。俺も助かったぜー。見てるだけで楽しかったくらいだからな!』
またバシバシと背中を叩かれ、オレは無言のまま頷いた。必死に下唇を噛み締めながら涙を耐えて何度も何度も手紙を読む。
ナッシュさんはそれを見て嬉しそうに笑ってから、再び荷車を動かした。
『ほーれ、着いたぞ』
そして辿り着いた場所は、ギルドではなかった。最初とは見違えるほどゴージャスに光り輝き……客入りも文句なく大繁盛な、一番最初に訪れたクエストの場所。
花色の仕立て屋。
『その鞄の装飾、スゲー良い素材使われてんぞ。縫い難い生地に魔道具の針を使って丁寧に仕上げた一品だ。鞄の裏にここの店の刻印があった時は驚いたもんだぁ。
ビローデア・イーフィ。最近王都に店を構えたっていう世界でも名だたる一流の服職人よ』
たまげたー、と言って刈り上げた頭をペチペチと叩いているナッシュさんにこちらも開いた口が塞がらない。
……知らなかった……、マジかよ?
『親子共々、随分と世話になったな。アンタになんか困ったことがあれば片っ端から声掛けてやるよ!
またなー。結婚式には呼んでくれなー』
この兄ちゃんはギルドに置いてくぞー、と言いながら去って行ったナッシュさん。そういえばとペッツさんのことを思い出して思わず右手を伸ばしたが、ナッシュさんは構わずそのまま行ってしまった。
残されたオレは、生まれ変わった花色の仕立て屋へと向き合って……一歩を踏み出す。
『やーんっ!
タタラちゃんじゃなーい!! ちょっとアンタ来るの遅すぎない?! 顔出すくらいしてよね、うちの救世主なのよアンタは!』
『ぐっ、かてぇ……! お……お久し振りです、ビローデアさん』
あの日とはまるで違う店内。優しいクリーム色の壁紙に、花が散らされたような可愛らしい床。店内には多くのお客さんで賑わい、みんな思い思いの服を持って楽しそうに会話していた。
そして相変わらず異色を放つこの人だ。その瞳に捕らえられた瞬間、目にも止まらぬ速さで現れその胸にホールドされる。
『今日は買い物? やだ、逢引きかしら! ビローデア腕が鳴っちゃうわ~っ!!
アナタたち~ワタシちょっと奥に行くからお店お願いね!』
店主の声に従業員の皆さんは元気よく返事をして、オレはビローデアさんの案内でお店の奥へと案内された。流石世界に名の通った職人というべきか、奥には新たに新調されたVIPルーム。
華やかな青いソファーに座らされ、向かいには上機嫌のビローデアさんが様々な服を広げている。
『何が良いかしら~。まだまだ成長期ですもんね、今だから着れるお洋服をたくさん着てほしいしぃ。色もたまには桃色とか黄色とかどうかしら? 黒も似合うけど物は試しよね!』
『あ、あの……今日は、ビローデアさんにお願いがあって来ましたっ』
『あら。良いわよ、何かしら?』
内容も聞かずにまず了承してしまうなんて、と思わず苦笑いが漏れてしまう。ビローデアさんは相変わらずオレの服を物色するので忙しそうだ。
両手に抱える鞄を持ちながらソファーを立ち、深く頭を下げる。
『結婚衣装を……結婚衣装を、一組作っていただきたいんです。期限は、王国式典の三日後の日までに』
『結婚衣装?』
ずっとオレの服を見ていたビローデアさんが手を止めて、ソファーの向こうで一人服を物色するのを止めてこちらに来た。頭を下げたままビローデアさんには今までの経緯を説明した。
それが終わった後、その口から出たのは。
『良いわよ?』
『い、良いんですか?!』
なんでもないように言い放ち長い足を組み替えて、どこからか取り出した資料を見る。そしてそれに何かを書き込むと、紅茶を持って来てくれた従業員にそれを渡す。
『全部連絡入れて納期遅れるって伝えて。文句言って来たら構わず取引は中止して良いから』
『はい、店長』
何……?
にこやかに去って行った従業員さんだが、会話の内容が穏やかではなかった。結婚衣装のカタログのようなものを取り出すビローデアさん。カタカタと可哀想なくらい震えるオレを見て、彼女は格好良く鼻を鳴らして笑うのだ。
『相変わらず勘がいいわね。そうよ、タタラちゃんの仕事を受ける上でちょっとアレなお仕事は後回しにさせてもらったの。
だーってワタシ、これくらいでお仕事失ったりしないもーん』
オホホ、と笑いながら手慣れたように色がたくさん載った資料も取り出す。どんどん資料で溢れるテーブルに言葉もない。
『恩人の頼みですもの。叶えてあげたいって思うのは人間なら当然の感情だわ』
『ど、して……』
『……正直ね。あの頃、店が滅茶苦茶にされて誰もいなくて一人片付けをしてた時……店を諦めようかって思った』
それは、あの時のビローデアさんが抱えていたもの。
まただ。また……オレの知らない、誰かのもう一つのお話。
『誰も助けちゃくれなかった。世界のビローデア・イーフィ……同業の奴等には笑われて、周りは声を掛ければ親切にはしてくれたけど交流も浅かったし壁を感じたわ。
惨めに泥に塗れて、ギルドに依頼を出しても誰も来てくれない。途方も無い作業にもう自分には無理なんだって諦めようとしてた……あなたが来るって知ったのはギルドにクエストを取り下げてもらおうとした時だったのよ』
あの時よりも、更に輝いてオレの前に立つビローデアさん。確かにあの日会った時も汚れていた……最後までお店を綺麗にしようとしてたのか。
『運命だって思った。
来たのはたった一人。だけど、見たこともない変わった見た目の子ども。目はキラキラ輝いて……緊張してたのか顔は少し赤らんで。まさかの守護魔導師な上に個人魔法の使い手。
あなたは、ワタシは不可能だと思ったものをたった一人で一日の間に終わらせてくれた。神様の遣いってこういうことを言うんだって思ったわよ。この子は、絶対にワタシが幸せにしてあげようって勝手にあの日……誓った。
だから、任せて! むしろなんで一番にこのビローデア様を頼りに来ないのよ~、いけない子ね!』
本当にオレは、ここに来てから毎日毎日泣き虫だ。
ボタボタ流れる涙が鞄に落ちて、またお店を汚さないように両腕で必死に押し付ける。それなのにビローデアさんが隣に来てはいはーい、なんて言いながらオレを抱きしめようとするものだから大切な服を汚したくなくて抵抗するのに全く聞いてくれなかった。
『かたいぃーっ……! ぁ、ありがとう……ありがとうございますっ!』
『我慢おし!! っもう……こちらこそ。ありがとう、タタラちゃん。
さぁ! 生地やら装飾やら、決めることは盛り沢山なのよー!!』
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『ひぇーっ!!』
しかし、この人……。
『……糸魔法 天蜘蛛』
三階から崩れて来る木材を受け止め、そのまま依頼主が待つ外の空っぽの荷車へとどんどんそれを放り込んでいく。ホッとしたのも束の間、ペッツさんの足元が崩れ落ちて二階から一階まで真っ逆さま……というところを一緒に糸で救い出す。
……鈍臭……、失礼。ぼんやりした人だな、オイ。
『大丈夫ですか? 落ちる前に、ちゃんと移動しなきゃダメじゃないですか。ペッツさん折角瞬間移動できるんですから』
『そ、それがっ自分本当に魔法下手くそでぇ……焦るとすぐに不発に終わってしまって!』
糸でぶらん、ぶらんと吊るされたペッツさんは恥ずかしそうに顔を覆いながらされるがままだ。
いや、恥ずかしがってないで早くそこから頑張って抜け出しなさいよ!
『……中々適任のクエストかと思ったんですがね。まぁ気を取り直して時間いっぱい頑張りましょう』
ペッツさんが落ち着いて魔法が使えるよう周りの状況に気を付け、何かあればすぐにサポート出来るように常に糸を周辺に張り巡らせる。時間が迫って慌て始める彼を宥めつつ、なんとか協力して制限時間ギリギリでクエストを終えられた。
依頼主は式典までに他の地域に店を構える予定だったそうで、今日無事に終わったことを喜んでくれていた。
『助かったよぉ、タタラちゃん。アンタのことは仲間内から聞いてたから今日来てくれて嬉しかったねぇ。今日はお友だちも一緒? 凄いねぇ、空間魔法ってやつだろ。まさか生きてる内に古代魔法と個人魔法を同時に見れるなんて夢みたいだ!』
恰幅の良い店主に背中をバシバシと叩かれ、最後には踏ん張り切れず軽く飛んでしまったところをペッツさんが半泣きで追いかけて来る。ヨロヨロと戻って来ればオレの顔色を見た店主であるナッシュさんが首を傾げる。
そこで彼が魔獣の素材加工をする店の主人であることを思い出し、話を聞いてみることにした。
『どした? なんか元気ないねぇ。腹でも減ってんのかい』
『ナッシュさん……大変個人的なお話なんですが、その……割と早めにお金を稼ぐには、やっぱり強い魔獣とかを倒せば良いですかね?』
あ? と首を傾げるナッシュさんに、取り敢えず一緒に荷車に乗せてもらってギルドへと向かっている。魔法を使い疲れたのか、ペッツさんはグッタリと荷物の上で横にさせてもらっている。
『ほー。結婚衣装を作りたいねぇ。そいつはめでたい話じゃないかい。バーリカリーナは結婚事を重んじる国だからな! 金を稼いで良い衣装を作りたいってのは当然の結末よ。
……ん? タタラちゃん。アンタ確かまだ未成年だから結婚出来ないだろ? 今からお金貯めておくってのかい?』
『結婚するのはオレじゃないんですよ』
そう。
孤児院にいた頃に聞いたことがある。バーリカリーナを愛した神様がいて、華やかな催しが好きなその神様のためにも盛大な結婚式をして喜びを捧げるのだ。だから昔から、特に王族や貴族たちの間では結婚式とはもはや神に捧げる一種の儀式。
……そしてハルジオン王子は、古き伝統を大切にする人だ。
『ほー! ……それなら早く職人に頼まないとな。もうすぐ王国式典だろ? あれが近いからどの職人も忙しくなる。なんせ式典には他国からも人が来る。交易の場を広めようとみんな忙しいのさ』
なんと、そういうことか。
やはり現地の詳しい人に聞くと自分がどれだけ無謀なことをしようとしているか痛感する。お金を用意するまでに、まずは職人さんを見つけなければ。
新たな目標に鞄をより強く抱きしめれば、ナッシュさんが荷車を引く小型の地竜を引く手を止めて片手を出してきた。
『なぁ。ちょっとそれ、その鞄見せてくれる?』
『これですか? どうぞ』
ギルドの際の大切なアイテム、ビローデアさんから貰った自慢の鞄だ。それを手に取ったナッシュさんは取り付けられた金具や素材を慎重な手つきで触れてから返してくれた。
『……職人、いたな』
『え?』
今度は自分の鞄をガサゴソと漁り出したナッシュさんは、何か紙のようなものを取り出して真っ白な歯を見せながら笑った。日に焼けた手に握られた紙を渡され、困惑しながらそれを開く。
それは、いつか俺がクエストに向かった魔道具屋さんからのお礼の手紙だった。
『アンタが受けてくれた、報酬の鈍色貨幣をたった二枚しか出さなかった店番の仕事を出したテテルテは俺の娘なのよ』
『えっ?!』
大きな声を出してしまうのも仕方ない。テテルテさんといえば、魔道具屋さんの店番のクエストを出した若い奥さんだった。小さな子どもを抱えながら貴重な魔道具を扱うために、ギルドの人に店番を頼みたいと言っていた……凄く華奢な……奥さん。
目の前のナッシュさんは、よく焼けた肌に筋肉隆々な……男の中の、男である。
『娘のテテルテは魔法の才能があってな! 良い伴侶と出会って子宝にも恵まれたが……事故で亡くなっちまってよ。仕事に育児に、更には店番を任せた従業員に商品を盗まれちまってなぁ。家族の俺になーんも相談しねぇで、すっげー落ち込んで、体調も崩して……藁にも縋る思いでギルドに店番と配達を頼んだわけよ。
そして来たのが、アンタだ』
そう、覚えている。
可愛い赤ちゃんを抱えたテテルテさん。体調が悪そうで、それでも魔道具を買いに来る人のためにも生活のためにも店を見ていてほしいと。テテルテさんの店は魔道具の種類は少なくても質が良く、色んな人が買いに来ていたから。
赤ちゃんを見たのが久しぶりで、意外と懐いてくれたから後半はオレがおんぶしながら店番をしていた。子どもと子どもが店番をしていると、物珍しさからか盛況で……たまに盗人が現れてもすぐに吊し上げて自警団に突き付けた。
『泣くほど感謝してたんだぜー。俺もスロークエストに今回の依頼を出すって言ったら、またアンタが来るかもしれないからってさ』
手紙は、文字を習い始めたオレにも読みやすく書かれていて……ずっと感謝の言葉が綴られていた。体調も良くなり、店も盛況だと書かれている。
『王都の連中は、みーんなアンタに感謝してるんだ。たくさん助けてくれて本当にありがとうな。俺も助かったぜー。見てるだけで楽しかったくらいだからな!』
またバシバシと背中を叩かれ、オレは無言のまま頷いた。必死に下唇を噛み締めながら涙を耐えて何度も何度も手紙を読む。
ナッシュさんはそれを見て嬉しそうに笑ってから、再び荷車を動かした。
『ほーれ、着いたぞ』
そして辿り着いた場所は、ギルドではなかった。最初とは見違えるほどゴージャスに光り輝き……客入りも文句なく大繁盛な、一番最初に訪れたクエストの場所。
花色の仕立て屋。
『その鞄の装飾、スゲー良い素材使われてんぞ。縫い難い生地に魔道具の針を使って丁寧に仕上げた一品だ。鞄の裏にここの店の刻印があった時は驚いたもんだぁ。
ビローデア・イーフィ。最近王都に店を構えたっていう世界でも名だたる一流の服職人よ』
たまげたー、と言って刈り上げた頭をペチペチと叩いているナッシュさんにこちらも開いた口が塞がらない。
……知らなかった……、マジかよ?
『親子共々、随分と世話になったな。アンタになんか困ったことがあれば片っ端から声掛けてやるよ!
またなー。結婚式には呼んでくれなー』
この兄ちゃんはギルドに置いてくぞー、と言いながら去って行ったナッシュさん。そういえばとペッツさんのことを思い出して思わず右手を伸ばしたが、ナッシュさんは構わずそのまま行ってしまった。
残されたオレは、生まれ変わった花色の仕立て屋へと向き合って……一歩を踏み出す。
『やーんっ!
タタラちゃんじゃなーい!! ちょっとアンタ来るの遅すぎない?! 顔出すくらいしてよね、うちの救世主なのよアンタは!』
『ぐっ、かてぇ……! お……お久し振りです、ビローデアさん』
あの日とはまるで違う店内。優しいクリーム色の壁紙に、花が散らされたような可愛らしい床。店内には多くのお客さんで賑わい、みんな思い思いの服を持って楽しそうに会話していた。
そして相変わらず異色を放つこの人だ。その瞳に捕らえられた瞬間、目にも止まらぬ速さで現れその胸にホールドされる。
『今日は買い物? やだ、逢引きかしら! ビローデア腕が鳴っちゃうわ~っ!!
アナタたち~ワタシちょっと奥に行くからお店お願いね!』
店主の声に従業員の皆さんは元気よく返事をして、オレはビローデアさんの案内でお店の奥へと案内された。流石世界に名の通った職人というべきか、奥には新たに新調されたVIPルーム。
華やかな青いソファーに座らされ、向かいには上機嫌のビローデアさんが様々な服を広げている。
『何が良いかしら~。まだまだ成長期ですもんね、今だから着れるお洋服をたくさん着てほしいしぃ。色もたまには桃色とか黄色とかどうかしら? 黒も似合うけど物は試しよね!』
『あ、あの……今日は、ビローデアさんにお願いがあって来ましたっ』
『あら。良いわよ、何かしら?』
内容も聞かずにまず了承してしまうなんて、と思わず苦笑いが漏れてしまう。ビローデアさんは相変わらずオレの服を物色するので忙しそうだ。
両手に抱える鞄を持ちながらソファーを立ち、深く頭を下げる。
『結婚衣装を……結婚衣装を、一組作っていただきたいんです。期限は、王国式典の三日後の日までに』
『結婚衣装?』
ずっとオレの服を見ていたビローデアさんが手を止めて、ソファーの向こうで一人服を物色するのを止めてこちらに来た。頭を下げたままビローデアさんには今までの経緯を説明した。
それが終わった後、その口から出たのは。
『良いわよ?』
『い、良いんですか?!』
なんでもないように言い放ち長い足を組み替えて、どこからか取り出した資料を見る。そしてそれに何かを書き込むと、紅茶を持って来てくれた従業員にそれを渡す。
『全部連絡入れて納期遅れるって伝えて。文句言って来たら構わず取引は中止して良いから』
『はい、店長』
何……?
にこやかに去って行った従業員さんだが、会話の内容が穏やかではなかった。結婚衣装のカタログのようなものを取り出すビローデアさん。カタカタと可哀想なくらい震えるオレを見て、彼女は格好良く鼻を鳴らして笑うのだ。
『相変わらず勘がいいわね。そうよ、タタラちゃんの仕事を受ける上でちょっとアレなお仕事は後回しにさせてもらったの。
だーってワタシ、これくらいでお仕事失ったりしないもーん』
オホホ、と笑いながら手慣れたように色がたくさん載った資料も取り出す。どんどん資料で溢れるテーブルに言葉もない。
『恩人の頼みですもの。叶えてあげたいって思うのは人間なら当然の感情だわ』
『ど、して……』
『……正直ね。あの頃、店が滅茶苦茶にされて誰もいなくて一人片付けをしてた時……店を諦めようかって思った』
それは、あの時のビローデアさんが抱えていたもの。
まただ。また……オレの知らない、誰かのもう一つのお話。
『誰も助けちゃくれなかった。世界のビローデア・イーフィ……同業の奴等には笑われて、周りは声を掛ければ親切にはしてくれたけど交流も浅かったし壁を感じたわ。
惨めに泥に塗れて、ギルドに依頼を出しても誰も来てくれない。途方も無い作業にもう自分には無理なんだって諦めようとしてた……あなたが来るって知ったのはギルドにクエストを取り下げてもらおうとした時だったのよ』
あの時よりも、更に輝いてオレの前に立つビローデアさん。確かにあの日会った時も汚れていた……最後までお店を綺麗にしようとしてたのか。
『運命だって思った。
来たのはたった一人。だけど、見たこともない変わった見た目の子ども。目はキラキラ輝いて……緊張してたのか顔は少し赤らんで。まさかの守護魔導師な上に個人魔法の使い手。
あなたは、ワタシは不可能だと思ったものをたった一人で一日の間に終わらせてくれた。神様の遣いってこういうことを言うんだって思ったわよ。この子は、絶対にワタシが幸せにしてあげようって勝手にあの日……誓った。
だから、任せて! むしろなんで一番にこのビローデア様を頼りに来ないのよ~、いけない子ね!』
本当にオレは、ここに来てから毎日毎日泣き虫だ。
ボタボタ流れる涙が鞄に落ちて、またお店を汚さないように両腕で必死に押し付ける。それなのにビローデアさんが隣に来てはいはーい、なんて言いながらオレを抱きしめようとするものだから大切な服を汚したくなくて抵抗するのに全く聞いてくれなかった。
『かたいぃーっ……! ぁ、ありがとう……ありがとうございますっ!』
『我慢おし!! っもう……こちらこそ。ありがとう、タタラちゃん。
さぁ! 生地やら装飾やら、決めることは盛り沢山なのよー!!』
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