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第十一王子と、その守護者

花色の君に会いたい

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『よーし!! 今日は世界一素敵な助っ人が来てくれてるのよ、ジャンジャン稼ぐわよ~!

 うっふっふ……タタラちゃん、今日は朝から終わりまで頑張ってもらうからね!』


 屈辱である。


『素晴らしいです、店長! もうタタラ様だけでお金が取れてしまいそうな出来ですね!!』


 つらみである。


『誰かーっ!! 誰かここに記者を! あの素晴らしい記事を書いた記者を再びここへ召喚して! 来ないなら私が撮るから!』


 次の日である。


 先日の記事が朝から売り出され、ここに来るまで妙に視線を集めるなと思えばなんたること。花色の仕立て屋に来てから従業員のお兄さんにそっと雑誌を渡され、その表紙を見て悲鳴を上げてしまった。


 リューシーに今にも抱き上げられそうな自分がデカデカと載せられたそれ。使いたいとは聞いていたが、まさか表紙とは思わなかった。魔道具の効果だろうかあの時はかなり暗くなり始めていたのに、くっきりと顔まで写ってる。


 そして畳み掛けるように、花色の仕立て屋でオレは大変な目に遭っているのだ。


『オレは一日着せ替え人形……オレはお人形さん……マリオネット……堂々巡り……因果応報』


 真っ白なシャツには、ふんだんなるフリル。ふんわり膨らんだボリューム袖には黒いリボンと白黒のフリル。サスペンダーがついた短なズボンにも膨らみがあり、白黒の縦縞。靴下は左右で白と黒に分かれていて、靴は全体的に黒だが後ろについたリボンはこれまた白黒。


 胸元にはデカデカとした黒のリボンで薄っすら花が浮かんでいる。ズボンには色とりどりの花がモチーフとなった金属質なベルト。真っ白なレースの手袋。


 最後に頭に乗せられた、花冠をイメージした王冠が光り輝き……顔は軽くメイクまでされている。


 そう、オレは今日一日……この花色の仕立て屋にて接客兼としてここに来た。接客は普通に接客なのだが、もう一つ特別な役割がある。特別料金を貰うと、オレにお店にある目当ての服を着せられるという本日だけの特別プランだ。


『自分の才能が末恐ろしいわ……。こんな天使を爆誕してしまって、何人が犠牲になるのかしら?

 タタラちゃーん? 接客中は危なくない程度なら好きに魔法を使って良いわよ。今日は可愛さと魔法で勝負なんだから!』
 

『はい、店長……』


『きゃーっ!! やっだぁ、聞いた?! 店長ですって、店長!! なんか新しい扉開きそーっ!』


『開くのはお店の扉で良いです!! 早く開店して下さい!!』


 そしてお店は開店した。


 昨日の今日だが出来るだけビローデアさんが周りに宣伝をしたようで、開店から中々の客入りだ。他の従業員さんたちの動きを見よう見真似してお客様をお迎えする。


 接客も、従業員さんやビローデアさんがすぐに手助けに入る算段だ。適切なアドバイスが必要な時は彼らの元にお客様を案内するか、誰かがさり気なく入ってくる。


 これこそが、オレの借金帳消しに課された試練なのだ。


 ……しかし、心配など要らなかった。


『まぁ!! 本当にこのようなお姿の方がいらっしゃるのね、異国の方ではないの?』


『お人形さんみたい! 服の色合いも、彼に似合っていて素晴らしいわ!』


 お店に入って来たお嬢様、といった感じの清楚なワンピースを来た女性やマダムたちに囲まれたオレは突然のことにもじもじと恥ずかしがってしまう。まさかこんなにも早く人に囲まれるなんて思わなくて、有名人にでもなってしまったようで歯痒い。


『雑誌で見た方だわ! この容姿、間違いありませんわ! ねぇ、そうなのでしょう? 声も聞きたいの、聞かせてちょうだい?』


『は、はい……オレが守護魔導師、タタラです。本日は花色の仕立て屋にお越しいただき、誠にありがとうございます!

 楽しい買い物になるよう、精一杯頑張ります!』


 周りに集まっていた六人ほどの女性陣が、何やら甘い溜息を吐いて固まってしまった。そっとビローデアさんの方を盗み見れば、とても良い笑顔で親指を立てている。


 どうやら、続けて良いらしい。


『私に似合いそうな服を選んで下さる? 貴方に選んでほしいのよ、今日の記念にね。少し長めのスカートが良いわ』


『はい、喜んで!

 スカートですか……こちらの青いスカートなど如何でしょう。本日お客様が着ている素敵なブラウスにもお似合いですし、とても良いかと思います』


 少し離れた場所に飾られたスカートを糸で丁寧に運び、手にしてからオレに話しかけてくれた女性へそれを見せる。若くもハッキリとした物言いで、人を使うことに慣れていそうな良いところの出に違いない。ビローデアさんがデザインした鮮やかなブルーのスカートの評判は良かった。


『あら、わかる? 婚約者に頂いたブラウスなの……ふふっ。確かにピッタリじゃない。それに魔法で運んでもらったなんて、良い土産話になりそうじゃないの。

 これ下さる? 気に入ったわ、どうもありがとう』


『わぁ、ありがとうございます!』


 接客も、割となんとかなっている。そもそもビローデアさんの店に来る客層は結構上等なお客様ばかりで変な難癖つけたり無理な注文は言わない。一般のお客様も来るが、彼らもオレが第十一王子の守護魔導師と知っているからむしろこちらが敬語を使われてしまうくらいだ。


 店は大繁盛で、目の回るような忙しさ。昨日もお店に来たがここまで忙しそうではなかった。たまにあのオレだけの特別プランを利用する人も現れ、着替えなんかもあって中々疲れる。


 なんなんだ、来た時間のせいか?


『……おやまぁ』


 そんな中、人々が道を空けて一瞬だけ店内が静かになったかと思えば一気に黄色い声が増えた。そこには隊服のまま帯刀もしていないトワイシー殿がいたからだ。


 なんせ彼は王子様と言われても百人が百人納得するような美貌の持ち主……四十過ぎてるけど。


『タタラ様!! なんと愛らしい!』


『おっとぉ?!』


 にこやかに現れた彼は、簡単にオレを抱き上げてしまうのだ。片腕に乗せられて思わず彼の頭を抱えてしまう。いつも以上に笑顔が多いが、会うたびに彼の笑顔は嘘くさいものではなく……まるで我が子を持つ親のような優しい笑顔になる。


 気のせいだろうけど。


『全く。彼の折角の休みなのに、まだ働かせるなんて君は酷い人ですね』


『よく言うわ……。デロデロに喜んでいたくせに。

 ……確かにワタシもここまでの客入りは予想外よ。まさか雑誌にも出てたなんてねぇ』


 オレも今日発売なんて思わなかったんだよぉ。


 お客様の手には、ほぼ百パーセントの確率で例の雑誌が握られている。元々人気の雑誌な上にたまたまそれに載っていた守護魔導師がこの店にいるとなれば……確かにみんな来るかもしれない。


『でも凄いのよ、聞いてよ! まだ昼なのに今日売る分のお洋服はほぼないの。急いで明日からの分も倉庫から出しに行ってるんだから』


『在庫も無くなってしまうのでは? タタラ様のお力ですね、とんでもない集客能力です』


 トワイシー殿に抱えられながら辺りを見渡せば、お客様が手を振ってくれるので振り返す。たまに男性も声を掛けてくれて、雑誌にサインが欲しいというのでトワイシー殿に抱えられながら書けばとても嬉しそうにそれを抱えて去っていく。


 ……接客とは?


『おやおや。これまた珍しいお客様ですよ』


 再び店内には黄色い声が溢れる。


 店内に入って来たのは、いつものノースリーブに背中に双剣を携えた魔導師。淡い緑色の髪に触れながら少し照れた様子で現れた彼に周りは男女問わずメロメロである。


 リューシー・タクトクト、入店。


 店内の盛り上がりは最高潮。何故なら、ここに今日の雑誌の表紙を飾った魔導師が揃ったのだから。


『リューシーってこういうお店に来るんですね、服にあまり頓着なさそうですが……』


 意外とオシャレさんだったのね、リューシー。


『タタラ様。彼はどう考えても貴方に会いたいがために苦手な店に入って来たかと』


『……オレ?!』


 確かにリューシーは店に入ってからも、何かを探すようにキョロキョロと忙しない。それは服を探すにしては少し目線が低い気がする。


 本当にオレに会いに来た? いや、待て……この格好で知り合いに会うのは勇気いる!!


『隠して! 隠して下さい、トワイシー殿!』


『おやぁ?』


 トワイシー殿の腕から飛び降りて、彼の後ろへと身を隠す。今日は軽装のトワイシー殿……なんといつものマントがないのだ。だからどんなに隠れたくてもそれは不可能。


 そして何より、オレが隠れたところで側には月の宴騎士団団長。トワイシー殿に気付けば自然とリューシーはトワイシー殿に挨拶をする……。


『月の宴騎士団団長……ロロクロウム騎士団長。まさかこんなところでお会いするとは。

 第一王子守護魔導師リューシー・タクトクトです。お疲れ様です、休憩中ですか?』


『やぁ、君がタクトクト家のご子息か。直接会うのは初めてだね。

 少し抜け出して来てしまってね。どうしても会いたい人がいたから』


 揶揄いに来ただけっしょ。


 思わずトワイシー殿の足の服をピンピンと引っ張ってやれば、お上品に笑う意地悪な人が後ろに隠れるオレの後頭部を抱えながら少し前に出す。完全なる不意打ちに更にトワイシー殿の足に引っ付いて顔を隠す。だが、もう無駄なこと。


 裏切り者~っ!!


『……あの、まさか』


『可愛いでしょう? どうやら知人に会うのが恥ずかしくてこうなってしまったようでね。残念ながら私はもう持ち場に戻らなくてはいけないから、あとは君に任せるよ』


 さぁ、と言って背中を押される。いつまでもこうしているわけにはいかないとトワイシー殿から離れれば、頭を撫でられ唯一の砦が手からスルリと逃げてしまう。


 目の前にはリューシーが。周りも何故か固唾を飲んでこちらを見守る。このままではとんだ営業妨害だと……小さな小さな声で言った。


『ぃ、らっしゃい……リューシー』


『……あ、ああ……お邪魔させていただいている』


 ワッと沸く店内。お客様同士で何故か手を握り合ったり、従業員さんたちは背中をバシバシと叩き合っている。


 爽やかに店内から去り、またねと言うように手を振っていく彼を少し睨み付けながらも……きっと次に会ったら、またお世話になるんだろうと諦めた。


『貴殿が今日、ここにいるとギルド中で話題でな。とても愛らしい姿だと……一目見たくて、らしくもなく来てしまったんだ』


『ぅ……ごめん、服は素敵なんだけどね……店長さんがノリノリでさ』


 一緒に男性用の服を見ていると、ふとリューシーが足を止めてオレに向き合う。目線を合わせるようにしゃがんだ彼の、こちらの心臓を射抜くような真っ直ぐとした目が合わさり、相変わらずドキドキさせられてしまう。


『すまない、伝えるのが遅くなってしまった。とても似合っている。機能的には我々の仕事に合わないかもしれないが、毎日でも着てほしい』


『毎日だ?!』


 出来ないよ、これ高いんだもん!!


『いくらだろうか? なんなら我が購入しよう』


『値段も見ないで購入を決めないの!』


 かーっ。これだからボンボンは!!


 それからリューシーは普段着にとオレがチョイスした服を購入すると、紙袋を大切そうに持って去って行った。


 それからも客足は途絶えることはなく、花色の仕立て屋はとても忙しい。オレも何度も自己紹介をしたり着替えたりと大忙しで目が回る。午後の仕事に気合いを入れた、そんな頃だった。


『……ふふっ、ようやくだわ』


『ビローデアさん? どうかしたんです?』

 
 どんなに忙しくても優雅に立ち回っていたビローデアさんが、なんだか肩を落としてからオレの乱れた服を整えてくれる。


 外が今日一番の騒がしさで、軽いパニックに陥ったような感じだ。しかし次の瞬間にはシンと静かになって逆に可笑しい。


 そして……開かれた扉の向こうには、いるはずのない人がいた。


『……』


 王子だった。


 第十一王子、オレの仕える……ハルジオン王子。


『いらっしゃいませ、殿下。本日は如何されましたか?』


『……そこの店員、供をしろ』


 今日もまた黒を基調とした服装。黒いベストにスラッとした足を強調する黒のズボンには裾に金の刺繍が光るカッコイイもの。そんな彼はビローデアさんの声を全く無視して、横にいたオレをわざわざと言って呼ぶ。店内を歩き出した王子の後ろについた。


 ……ヤバい、ちょっと……怒ってる!!


『なんだ? 店員でありながら客に勧める服もないのか?』


 どうやら接客ごっこをご所望らしい。


『で、では僭越ながら……』


 それからは、店員というものであるくせに……とても楽しかった。王子に似合う服を合わせて、真剣にオレの話を聞いてくれるし、どういう服が欲しいか聞いて二人で選んだり。


『えー。絶対こっちの色が良いですよ、あんまり持ってないし……』


『持ってないから合わせるものがないであろう。……ああ。合うものを全てここで揃えれば良いのか。よし、次はそれに合う一式を選べ』


 タタラ、といつの間にか店員呼びは飽きたようでいつものように呼ばれる。それが嬉しくて店内を走り回れば、隅の方で様子を見ているビローデアさんたちが微笑ましそうにこちらを見ていた。


 選んだ服を全て買ったら、中々大量の荷物がカウンターに並んでいる。どうやらノルエフリンは店に入れなかったようなので入り口辺りで待っているだろうと荷物を抱えようとした時だ。


『ついでにこの服も一式貰う。構わないな?』


『あら。お買い上げありがとうございます』


 ……へ?


『あと荷物持ちが欲しかったところだからこの店員を貰おう。釣りは要らぬ。

 ……次はない』


『はい。お気を付けて。……とても素敵な守護魔導師です、殿下』


 結局最後まで、お店にいることは出来なかった。カウンターにはたくさんの金色の貨幣が置かれていて、従業員さんたちが戦々恐々としている。


 荷物持ちと言って連れ出したのに、王子はオレの左手を握って店を出た。荷物を半分ずつ持って。最後までお店にいることが出来なかったというのに、振り返ったみんなは誰も怒った顔なんかしていなくて……笑顔ばっかりだった。


『殿下、中までお供出来ず申し訳ありません……お荷物は私が持ちま、』


『触らなくて良い。とっとと帰るぞ』


 遂にはノルエフリンさえも振り切ってしまい、彼の横にはオレしかいない。


 竜車の中に共に入れられ、たくさんの荷物と共に椅子に座る。今日の衣装さえ結局王子のポケットマネーで出させてしまった。本当は、オレが出さなくちゃいけなかったのに。


『……初めて会った時、お前を拾ってその後の魔獣の集団から僕を護り通した分』


 王子?


『リーベダンジョンにて、僕と他の王族を護った分。その後、魔人を退けた分』


 なんだ?


『ギルドで、稼いで来た分』


 もしもーし。


『バビリアダンジョン崩壊現場で兄上を護り、王都を救った分』


 大丈夫か?


『……どこぞの出版社からの、出演料の分』


 ……まさか。


『全部、お前に払いきれなかった金だ。指定された守護魔導師としての給金では、払いきれなかった分。あそこに置いてきたのは……お前の金。

 あそこで金を稼ぎたかったんだろう? 半分は僕の金だが、まぁ良かろう。何をしたかったか知らぬが、働きすぎだ。休む時は休むように』


 知りたいのであれば、その目を使えば良いのに。オレに効かなくても、周りの人にはそれを使える。


 王子は慣れた手付きで備え付けの本棚から本を取り出して、足を組んでからそこに本を置いて読み始める。


 わかってる。どうしてそうしないか、なんて。


『ああ、その姿な』


 オレのすることに……疑いなんて、持ってない、からっ……。


『中々似合っている。良いものだ』

 
 ……ほら、やっぱり。


 嬉しいじゃないかっ……。


『殿下。殿下……隣に、行っても良いですか?』


『……相変わらず命知らずな奴め。来い』


 忘れることはない。


 どれだけ遠くへ行って、離れてしまったとしても。隣に座った温もりも、手を繋いだ温もりも。抱きしめられた温もりも。


 オレは、決して……今日を忘れない。



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