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幼少期編:王国
大会開始:後
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「土煙で会場の様子がよく見えないが、果たしてエルピス選手は無事なのかぁぁ!!?」
複合魔法によって起こされた様々な現象の影響で観客席にも届くほどの土煙が舞い散り、誰も会場の中の様子を見ることはできない。
それは来賓席だろうと王達が座っている特別席だろうと変わることは無く、誰もがこの後の展開を予測して唾を飲み込んだ。
数十秒ほど経つと徐々に砂煙が霧散していき、うっすらとアリーナ内の状況が見えてくる。
そして完全に砂煙が晴れた瞬間、観客達は悲鳴にも似た大声を上げる。
「た、立っている! あの凄まじい攻撃を受けながら! エルピス選手は立っている!!」
あれだけの魔法を放たれたと言うのに、それをさも何も無かったかの様に魔法を撃たれる前と同じ微笑を浮かべながらエルピスはその場に立っていた。
その仕草に観客からは歓声が上がり、来賓席からも拍手が送られる。
だがいまこの会場にいる実力者は、エルピスが行った行動を経験と予想で予測し、呆然と立ちすくんで居た。
「ヘリア先輩、いまのって複合魔法を相殺させてましたよね?」
火の魔法が打たれたら水の魔法を当てるというのは魔法使いが最初の方に倣う魔法に対しての対処法であり、教科書によく乗っているレベルの理想論である。
魔法使い同士の戦闘でもフェイクや複数属性の同時発射などを組み込まれれば迎撃するのはほとんど不可能に近く、だからこそ魔法使いたちは魔力を自分の周囲に展開し障壁とすることで魔法に対する耐性を取得している。
もちろんある程度練度に差があれば相手の使用する魔法を予想し先にそれを放つことでさも相殺するかのように見せることはそう難しくないが、実戦形式で自分が囲まれている状況に加えて複数の属性が混じった複合魔法を相殺させるなど狂気の沙汰である。
動体視力もさることながら、もっとも驚異的なのはその魔法展開から発射までの速度だろう。
「ええ、飛んできた六つの複合魔法に対して、相反する属性の魔法を当てる事によって消滅させていましたね」
「あれが……いまのエルピス様の本気……」
当事者ではない者達ですらこの反応だ。
まごうことなき全力で放った魔法、それを無傷で止められた当事者のグロリアス達の驚きは言葉では言い表せないだろう。
観客席も先ほどまでとは違いこの場所において誰が上で下なのか、明確に分かってしまったようである。
唯一の救いといえばエルピスがアルへオ家の生まれであること、家庭教師をしていることを事前に説明しているから負けたとしても仕方がないだろうと観客の多くが納得してくれることだろうか。
「さぁどうしますかグロリアス様、オススメはこのまま倒れて降参する事ですが…?」
先程のグロリアスの言葉をそのままに、エルピスは一体目の前の彼らはどうするのだろうかと思いながら好奇心と共に問いかける。
格付けが終わったのだからもう試合を終えて二位決定戦を今からしたところできっと誰からも文句は出ないだろう。
だが目線を王族達に向けてみれば、彼らの誰一人すらまだ諦めていないのが目で見てわかる。
「このまま圧勝では終わらせませんので、どうぞ構えてください」
「悪いけどエルピスさん、俺達がぶっ倒れるまで付き合ってもらうぜ」
グロリアスとルークが強気に言葉を返すと、それに合わせたように王族達も構えを改めて取る。
観客たちもその姿を見て王族達がまだまだ戦う意思があることを認識したのか、先ほどの圧倒的実力を前に挑む彼らを見て自分たちの将来の王が困難にあきらめず立ち向かうだけの勇猛さを持つことを理解したらしい。
開幕のころよりさらに盛り上がってきた闘技場の空気を前にすれば、エルピスができるのは敵役として彼らの前に立ちはだかることだけである。
「そこまでいうのなら俺からは何も言いません。全力でどうぞ」
/
結論から言うのであれば、結果はエルピスの勝利だ。
やはり何と言っても地力の差は覆せない程に出てしまい、王族達の魔力切れという形で初日の魔導大会は幕を閉じた。
それでも例年の魔道大会と比較して圧倒的にレベルの高いものになっていたことは疑う余地がなく、噂を聞きつけたのか途中で観客がどんどん増え始め立ち見していた観客たちが身動きすら取れなくなるほどであった。
そんな大熱狂を生み出した人物の一人であるエルピスは、まだ興奮冷めやらぬ闘技場の一角に存在する王族貴族しか利用を許されていない貴賓室へと足を運ぶ。
「やりすぎでしたかね?」
そう問いかけたエルピスの先に居るのは魔道大会が終わり、余興として始まった剣術大会を鋭い目線で眺めているアルキゴスだ。
結果的に悪くない形で終わったと思っているエルピスだが、それでもやりすぎた自覚はある。
すこし気まずそうにしていたエルピスに対してアルキゴスは別にいいと意外な言葉を口にした。
「いや、あんなもんだろ。むしろ上手くやってくれた、急に悪かったな」
「アルさんが謝るなんて明日は槍でも降るんですか――っだぁ! なんで叩くんですか! ほんとすぐ手出すんだから……」
無言の状態から急に飛んできた拳骨がまともにエルピスの脳天に直撃する。
今日初めてまともに食らった攻撃に頭を押さえながら非難の目線を向けるが、とうの本人は素知らぬ顔で剣術大会の方にご熱心なようだ。
どうしてやろうかこいつと思っていると、ふと見知った人物が奥の方から近寄ってくる。
いつもと比べて随分と動きにくそうな正装に身を纏った国王だ。
「どうだった? うちのかわいい子供達は」
「良い感じでしたよ。血統能力も悪くありませんし、みんな才能に満ち溢れてますね」
「俺のかわいい子供だからな。そういえばお前にお客さんだぞ」
魔法使いとしてあれだけ大成できたのであれば、少なくとも何をしたってある程度の地位に就くことは難しくないだろう。
教育環境や才能といった残酷な格差はあるにせよ、それでもあれだけの結果を残せたのは彼らの努力があっての物。
他人からもらった力で戦っているエルピスとしては耳が痛い話であり、彼らの努力する姿勢には学ぶべき点も多い。
「お客さんですか?」
いったい今度は誰でなんの用事に巻き込もうというのか。
そう思っていると国王の陰からひょっこりと見知った少女が姿を現す。
「――エルピスさん!!」
碧い髪に法皇の直系しかつけることを許されていない紋章が付けられたローブを着用した彼女は、つい先月王国内にある教会でお世話になった少女である。
異空間に飛んだうえ天使を引き連れて帰ってきて数日間気絶という、普通じゃありえない状況を引き起こした身としては会うのも気まずくて何度か呼ばれてはいたもののすべて理由をつけて断っていた。
だが彼女はそんなことまるで知らないとばかりに呼びかけと共にこちらに飛び込んでくると、全身で合えたことの嬉しさを表現してくる。
距離を取っていた手前罪悪感が芽生えつつ、法国の神との約束を思い出して普段は教会から出ないはずの彼女がどうしてここにいるのかを聞くべきだろう。
「フィーユちゃん、来てたんだ?」
「うん!おばあちゃんが祭りの間はいろんなところ見て回れって」
「そっか。お外は危ないから気を付けてね?」
「大丈夫だよ。もし危なくなってもおばあちゃんが来てくれるから」
軽々しく──いや実際に彼女にしてみれば軽い気持ちなのだろうが──神を呼び出そうとする彼女の行動は正直エルピスとしてもかなりヒヤヒヤさせられる。
(万が一君のおばあちゃん来ちゃうと俺が一気に大ピンチなんだよなぁ)
約束したのに破ったよなとか言われたら大惨事だ。
少なくともこの場にいる以上は危険もないだろうが、それでも念には念を入れておく必要があるだろう。
「そっか、それはよかった。俺からもおまじないかけておいてあげるよ」
杖を取り出して軽く振るうと、フィーユの体の周りに薄い膜が産まれる。
それは魔法による物理と魔法両方に耐性のある障壁だ。
元が魔法である以上物理に対して完全なる耐性を付与するのはよほどの事が無ければ不可能だが、完全とはいかずとも致命的な攻撃を何度か耐えられる程度の耐久性能は担保できるのでこれで問題が起きてもすぐさまどうにかなるという心配をする必要性はない。
「わぁ! ありがとうエルピスさん!!」
「いいよいいよ。この後はどうするの?」
「アウローラお姉ちゃんが遊ぼうって言ってくれたから一緒にお外周りに行くの」
フィーユの言葉にエルピスの取り繕っていた笑顔が一瞬崩れる。
アウローラといつのまに仲良くなったのか知らないが、こうなってくるといよいよ大丈夫かどうか気になるところ。
攫われるようなことが無いにしても街中で誰彼構わずアウローラが喧嘩している姿がなんとなく想像できるエルピスとしては、彼女にも一応障壁を改めてかけておくべきなのだろうか一瞬迷う。
とはいえ先程試合が終わったばかりでこちらは勝者であちらは敗者。
いま顔を合わせるのは若干の気まずさがあるので、一旦考えは後に回すことにする。
「そっか。気を付けてね」
「うん!」
フィーユとの会話を分かりやすく終え、エルピスはアルキゴスの方へと視線を戻す。
この後の会話次第で今日一日の行動が変わってしまうので、なるべく手短にかつ明確に内容を確認する。
「この後の護衛はどうします? 俺向こうに付いていった方がいいですよね?」
「一応宮廷魔術師と護衛は数名俺の部下からつける。お前も気にはしておいてもらった方がいいだろうが、王都内ならお前も何かあってから反応できるだろ?」
王都の端から端まで全力で走って周りを気にしなければ5秒といったところ。
これはエルピスが作成した警報機が鳴り始めてからの時間であり、実際の現場次第では到着まで大体10秒程度の見込みである。
想像以上の早業でもない限りその10秒の間に何かを行うのは無理に近いし、加えてアルキゴスが言っていただけの護衛を付けるのであれば平時の王に対する警備並みだ。
相手としてもそうムリに攻撃を仕掛けてくるとは考えにくかった。
「まぁそれもそうですね。それじゃあ次は明日ですか?」
「そうだな。王族は今日の夕方まではここにいるし、俺らもここにいる。暇なら見ていけ、貴賓席くらい開けてやるぞ」
そう言ってぽつぽつ空きがある席のいくつかを指さすアルキゴスだが、エルピスがこの場所から早く離れたい理由が視界の奥の方でこちらに対して存在感をアピールするように全身を使って自己の存在を強調しているのが見えた。
「あそこで手ぶんぶん振り回してる母さんのところに行ったら俺がどうなるかわかるでしょ?」
「正直俺としてはお前がいなくなると機嫌が悪くなるのを分かり切ってるから犠牲になってほしいんだが」
「丁重にお断りしますよ。それでは」
微妙な顔をしているアルキゴスを置いてエルピスは街中へと向かって歩いていく。
王国祭のおかげでかなり出店があるので、暇をする事は無く道中大量の食べ物を買いながら街中を歩く。
「おっ! にいちゃんさっき戦ってた子だろ? 一本サービスするよ」
「いいんですか!? ではご厚意に甘えさせていただきます」
「さすがアルヘオ家の息子さんだな。いい食べっぷりだ」
試合を見ていた人も思っていたより多かったようで、こうして声をかけられる機会が以前までに比べてさらに増えたように感じる。
祭りの効果も相まって普段話しかけづらくとも、今日は場のノリと祭りだからという免罪符で話しかけやすくなっているのも関係している事は言うまでもない。
そうやって街中を歩く事1時間ほどだろうか。
一通り闘技場周りの出店を楽しんだエルピスは、路地裏にある空き地でゆっくりとしていた。
「さすが今日は疲れたなあ……夜からいろいろあるみたいだしここは一旦帰るか?」
祭りは夜からが本番だ。
日中が忙しいので暇な時に夜の街に飛び出して遊んでいるエルピスとしては、普段の夜の街と祭りの夜の街がどんな風に変わっているのか興味がある。
どんな店があるのか見て回るだけでも随分楽しく時間を潰せるだろう。
だがそうやって楽しく過ごすのは、やる事をやってから出なければならない。
起き上がり杖を軽く振るったエルピスは、障壁によって周囲から誰も逃げられなくなったのを確認したのちに自分の周りを囲む男達に声をかける。
「人のことをジロジロ見るのは良い趣味とは言えませんよ。俺に一体何の用事ですか?」
「ーーーー試合中に見せていた魔法といい…さすがは化け物二人の子供というところか」
誰もいなかったはずの空き地に、どこからか聞こえてきた声と共に黒い影が現れる。
数にして16人。
撃ち漏らしがいると後が面倒なのでしっかりと確認した数字だ、間違いはないだろう。
黒い衣装に身を包み、腰に短刀を差す彼等は正に見た目からして一般人のそれとは違うので、こうして真昼間に姿を見せるとどこか滑稽に見える。
両親を馬鹿にされた時点で無傷で返す選択肢は既にエルピスの中には存在しておらず、いまぁ逃げ切れると踏んでいるのか自信満々の男達に尋ねる。
「人の親を化け物呼ばわりとは穏やかじゃないですね。何しに来たんですか?」
「ああ、お前が例の……なら無関係というわけでも無いな。エルピス・アルヘオ君、俺達と手を組まないか?」
周囲を取り囲む黒服達から一人、おそらくは隊長格なのだろう男がエルピスに対して手を伸ばしながらそう言った。
これがまだ真っ当な組織からの勧誘だったのならば、少しは考えたかもしれない。
だが人の親を初対面で馬鹿にするような人間に、一体誰が着いていくと言うのか。
「嫌ですよ。大人数で寄ってたかって悪いことしてる犯罪者の仲間入りなんて」
「我等の人生が真っ当では無いと、そう言いたいのか?」
「ーーそう聞こえるという事はそういう事ですよ。なんならやりますか?」
肌がピリピリする程の殺気を浴びてエルピスも思考を切り替え、一触即発の空気が辺りに漂う。
エルピスは収納庫から剣を取り出し、それに合わせるようにして敵も暗器を抜き、戦闘を開始しようとしたその瞬間ーー小さい鳥が飛んでくる。
その鳥が目の前の男の肩に乗ると、男はエルピスのことを警戒しつつ鳥の足に括り付けられていた紙を読む。
「ーーいや、目的は達したようだ。無理に戦う必要もない」
「それで素直に返すと思う? なんの目的で来たか知らないけど、逃がす気はないよ」
「無駄な戦いはするつもりもなかったが──お前ら、捻ってやれ」
男の呼びかけに答えるようにして複数名がエルピス目掛けて襲いかかってくる。
さすがに鍛えられているだけあって、その動きは一般人では目で追うことも不可能だろう。
「──ッ!!」
だが近衛兵達と比べても練度は全く足りておらず、さしたる脅威でもない。
真っ先に突っ込んできていた男の頭を力一杯殴れば、彼は頭から地面に綺麗に埋まる。
回復魔法をかけながら殴ったので即死していたとしても瀕死程度の負傷で済んでいるはず。
王族相手にはさすがに出来なかった戦い方だが、いまのエルピスには相手を気遣う必要がないのでやりたい放題だ。
「固まるな! 散開して時間を稼げ!」
「大型の魔獣を相手にしていると思え! 気を抜いたら──ぎゃっ!?」
「似たようなくだりを王族相手に今日はやったので、悪いですけどとっとと終わらせますよ」
距離を取ろうが気を引こうが、それは絶望的な格差を埋める事はない。
彼等に出来たのはエルピスと戦闘にならないように気を使う事であって、間違っても目の前に立ち自分から戦いを望んでは行けなかったのだ。
超級魔法を扱える魔法使い程度なら人数差で何とかなるとそう踏んでいたのだろうが、エルピスから言わせてみれば舐めすぎである。
魔法使いである前にエルピスはそもそも亜人で、この世界でも有数の膂力を持っている半人半龍なのだから。
目の前にいる全ての敵を排除するためにさらに足に力を込めたエルピスは、男たちがその速度に驚愕の表情をうかべるよりもさらに早く全員を排除する。
指示を出していた男を地面に寝ころばし、フードをはぎ取ってお互いの目線が会う状態にしてからエルピスは優しく語りかけた。
「さて、どうでした? どうしてこんなところに来たのか聞かせてもらっても?」
「――俺達は何もしゃべらない。好きにすればいい」
「魔法があるこの世界で口を閉ざすのってほぼ不可能だと思うんだけど……ああ。そういうことね」
どうやっても口を割らせる自信があったエルピスは、どうして目の前の男達がそこまでして頑なに喋らないようにしようとするのかを考えてみる。
最も考えられるのはエルピスの知らない方法で情報統制する何らかの方法男を彼らが知っているというもの。
だがそうしてエルピスが考えるよりも早く、王都に張り巡らされたエルピス特性の魔法の内の一つが異常を検知したのを確認する。
目の前の彼らがこのための時間稼ぎだったのだとすれば、納得もできるというもの。
「まるで見透かしたようなことを言うが、何も分かっていないのだろう? ほら、どうにかして情報を引き出してみろ」
「いいよ、別に。悪いけど君たちは気絶させてここに放置していくよ。すぐに兵士達が来るから後はその人達に任せるといい」
電撃魔法を使用して目の前の男たちを気絶させ、周囲の兵士達に王城まで連れて行くように指示を出してからエルピスは急いで警報がなる現場に向かう。
とっとと終わらせて、今日の夜は街で遊ぶとしよう。
そう決意を胸に秘めてエルピスはさらに速度を上げるのだった。
複合魔法によって起こされた様々な現象の影響で観客席にも届くほどの土煙が舞い散り、誰も会場の中の様子を見ることはできない。
それは来賓席だろうと王達が座っている特別席だろうと変わることは無く、誰もがこの後の展開を予測して唾を飲み込んだ。
数十秒ほど経つと徐々に砂煙が霧散していき、うっすらとアリーナ内の状況が見えてくる。
そして完全に砂煙が晴れた瞬間、観客達は悲鳴にも似た大声を上げる。
「た、立っている! あの凄まじい攻撃を受けながら! エルピス選手は立っている!!」
あれだけの魔法を放たれたと言うのに、それをさも何も無かったかの様に魔法を撃たれる前と同じ微笑を浮かべながらエルピスはその場に立っていた。
その仕草に観客からは歓声が上がり、来賓席からも拍手が送られる。
だがいまこの会場にいる実力者は、エルピスが行った行動を経験と予想で予測し、呆然と立ちすくんで居た。
「ヘリア先輩、いまのって複合魔法を相殺させてましたよね?」
火の魔法が打たれたら水の魔法を当てるというのは魔法使いが最初の方に倣う魔法に対しての対処法であり、教科書によく乗っているレベルの理想論である。
魔法使い同士の戦闘でもフェイクや複数属性の同時発射などを組み込まれれば迎撃するのはほとんど不可能に近く、だからこそ魔法使いたちは魔力を自分の周囲に展開し障壁とすることで魔法に対する耐性を取得している。
もちろんある程度練度に差があれば相手の使用する魔法を予想し先にそれを放つことでさも相殺するかのように見せることはそう難しくないが、実戦形式で自分が囲まれている状況に加えて複数の属性が混じった複合魔法を相殺させるなど狂気の沙汰である。
動体視力もさることながら、もっとも驚異的なのはその魔法展開から発射までの速度だろう。
「ええ、飛んできた六つの複合魔法に対して、相反する属性の魔法を当てる事によって消滅させていましたね」
「あれが……いまのエルピス様の本気……」
当事者ではない者達ですらこの反応だ。
まごうことなき全力で放った魔法、それを無傷で止められた当事者のグロリアス達の驚きは言葉では言い表せないだろう。
観客席も先ほどまでとは違いこの場所において誰が上で下なのか、明確に分かってしまったようである。
唯一の救いといえばエルピスがアルへオ家の生まれであること、家庭教師をしていることを事前に説明しているから負けたとしても仕方がないだろうと観客の多くが納得してくれることだろうか。
「さぁどうしますかグロリアス様、オススメはこのまま倒れて降参する事ですが…?」
先程のグロリアスの言葉をそのままに、エルピスは一体目の前の彼らはどうするのだろうかと思いながら好奇心と共に問いかける。
格付けが終わったのだからもう試合を終えて二位決定戦を今からしたところできっと誰からも文句は出ないだろう。
だが目線を王族達に向けてみれば、彼らの誰一人すらまだ諦めていないのが目で見てわかる。
「このまま圧勝では終わらせませんので、どうぞ構えてください」
「悪いけどエルピスさん、俺達がぶっ倒れるまで付き合ってもらうぜ」
グロリアスとルークが強気に言葉を返すと、それに合わせたように王族達も構えを改めて取る。
観客たちもその姿を見て王族達がまだまだ戦う意思があることを認識したのか、先ほどの圧倒的実力を前に挑む彼らを見て自分たちの将来の王が困難にあきらめず立ち向かうだけの勇猛さを持つことを理解したらしい。
開幕のころよりさらに盛り上がってきた闘技場の空気を前にすれば、エルピスができるのは敵役として彼らの前に立ちはだかることだけである。
「そこまでいうのなら俺からは何も言いません。全力でどうぞ」
/
結論から言うのであれば、結果はエルピスの勝利だ。
やはり何と言っても地力の差は覆せない程に出てしまい、王族達の魔力切れという形で初日の魔導大会は幕を閉じた。
それでも例年の魔道大会と比較して圧倒的にレベルの高いものになっていたことは疑う余地がなく、噂を聞きつけたのか途中で観客がどんどん増え始め立ち見していた観客たちが身動きすら取れなくなるほどであった。
そんな大熱狂を生み出した人物の一人であるエルピスは、まだ興奮冷めやらぬ闘技場の一角に存在する王族貴族しか利用を許されていない貴賓室へと足を運ぶ。
「やりすぎでしたかね?」
そう問いかけたエルピスの先に居るのは魔道大会が終わり、余興として始まった剣術大会を鋭い目線で眺めているアルキゴスだ。
結果的に悪くない形で終わったと思っているエルピスだが、それでもやりすぎた自覚はある。
すこし気まずそうにしていたエルピスに対してアルキゴスは別にいいと意外な言葉を口にした。
「いや、あんなもんだろ。むしろ上手くやってくれた、急に悪かったな」
「アルさんが謝るなんて明日は槍でも降るんですか――っだぁ! なんで叩くんですか! ほんとすぐ手出すんだから……」
無言の状態から急に飛んできた拳骨がまともにエルピスの脳天に直撃する。
今日初めてまともに食らった攻撃に頭を押さえながら非難の目線を向けるが、とうの本人は素知らぬ顔で剣術大会の方にご熱心なようだ。
どうしてやろうかこいつと思っていると、ふと見知った人物が奥の方から近寄ってくる。
いつもと比べて随分と動きにくそうな正装に身を纏った国王だ。
「どうだった? うちのかわいい子供達は」
「良い感じでしたよ。血統能力も悪くありませんし、みんな才能に満ち溢れてますね」
「俺のかわいい子供だからな。そういえばお前にお客さんだぞ」
魔法使いとしてあれだけ大成できたのであれば、少なくとも何をしたってある程度の地位に就くことは難しくないだろう。
教育環境や才能といった残酷な格差はあるにせよ、それでもあれだけの結果を残せたのは彼らの努力があっての物。
他人からもらった力で戦っているエルピスとしては耳が痛い話であり、彼らの努力する姿勢には学ぶべき点も多い。
「お客さんですか?」
いったい今度は誰でなんの用事に巻き込もうというのか。
そう思っていると国王の陰からひょっこりと見知った少女が姿を現す。
「――エルピスさん!!」
碧い髪に法皇の直系しかつけることを許されていない紋章が付けられたローブを着用した彼女は、つい先月王国内にある教会でお世話になった少女である。
異空間に飛んだうえ天使を引き連れて帰ってきて数日間気絶という、普通じゃありえない状況を引き起こした身としては会うのも気まずくて何度か呼ばれてはいたもののすべて理由をつけて断っていた。
だが彼女はそんなことまるで知らないとばかりに呼びかけと共にこちらに飛び込んでくると、全身で合えたことの嬉しさを表現してくる。
距離を取っていた手前罪悪感が芽生えつつ、法国の神との約束を思い出して普段は教会から出ないはずの彼女がどうしてここにいるのかを聞くべきだろう。
「フィーユちゃん、来てたんだ?」
「うん!おばあちゃんが祭りの間はいろんなところ見て回れって」
「そっか。お外は危ないから気を付けてね?」
「大丈夫だよ。もし危なくなってもおばあちゃんが来てくれるから」
軽々しく──いや実際に彼女にしてみれば軽い気持ちなのだろうが──神を呼び出そうとする彼女の行動は正直エルピスとしてもかなりヒヤヒヤさせられる。
(万が一君のおばあちゃん来ちゃうと俺が一気に大ピンチなんだよなぁ)
約束したのに破ったよなとか言われたら大惨事だ。
少なくともこの場にいる以上は危険もないだろうが、それでも念には念を入れておく必要があるだろう。
「そっか、それはよかった。俺からもおまじないかけておいてあげるよ」
杖を取り出して軽く振るうと、フィーユの体の周りに薄い膜が産まれる。
それは魔法による物理と魔法両方に耐性のある障壁だ。
元が魔法である以上物理に対して完全なる耐性を付与するのはよほどの事が無ければ不可能だが、完全とはいかずとも致命的な攻撃を何度か耐えられる程度の耐久性能は担保できるのでこれで問題が起きてもすぐさまどうにかなるという心配をする必要性はない。
「わぁ! ありがとうエルピスさん!!」
「いいよいいよ。この後はどうするの?」
「アウローラお姉ちゃんが遊ぼうって言ってくれたから一緒にお外周りに行くの」
フィーユの言葉にエルピスの取り繕っていた笑顔が一瞬崩れる。
アウローラといつのまに仲良くなったのか知らないが、こうなってくるといよいよ大丈夫かどうか気になるところ。
攫われるようなことが無いにしても街中で誰彼構わずアウローラが喧嘩している姿がなんとなく想像できるエルピスとしては、彼女にも一応障壁を改めてかけておくべきなのだろうか一瞬迷う。
とはいえ先程試合が終わったばかりでこちらは勝者であちらは敗者。
いま顔を合わせるのは若干の気まずさがあるので、一旦考えは後に回すことにする。
「そっか。気を付けてね」
「うん!」
フィーユとの会話を分かりやすく終え、エルピスはアルキゴスの方へと視線を戻す。
この後の会話次第で今日一日の行動が変わってしまうので、なるべく手短にかつ明確に内容を確認する。
「この後の護衛はどうします? 俺向こうに付いていった方がいいですよね?」
「一応宮廷魔術師と護衛は数名俺の部下からつける。お前も気にはしておいてもらった方がいいだろうが、王都内ならお前も何かあってから反応できるだろ?」
王都の端から端まで全力で走って周りを気にしなければ5秒といったところ。
これはエルピスが作成した警報機が鳴り始めてからの時間であり、実際の現場次第では到着まで大体10秒程度の見込みである。
想像以上の早業でもない限りその10秒の間に何かを行うのは無理に近いし、加えてアルキゴスが言っていただけの護衛を付けるのであれば平時の王に対する警備並みだ。
相手としてもそうムリに攻撃を仕掛けてくるとは考えにくかった。
「まぁそれもそうですね。それじゃあ次は明日ですか?」
「そうだな。王族は今日の夕方まではここにいるし、俺らもここにいる。暇なら見ていけ、貴賓席くらい開けてやるぞ」
そう言ってぽつぽつ空きがある席のいくつかを指さすアルキゴスだが、エルピスがこの場所から早く離れたい理由が視界の奥の方でこちらに対して存在感をアピールするように全身を使って自己の存在を強調しているのが見えた。
「あそこで手ぶんぶん振り回してる母さんのところに行ったら俺がどうなるかわかるでしょ?」
「正直俺としてはお前がいなくなると機嫌が悪くなるのを分かり切ってるから犠牲になってほしいんだが」
「丁重にお断りしますよ。それでは」
微妙な顔をしているアルキゴスを置いてエルピスは街中へと向かって歩いていく。
王国祭のおかげでかなり出店があるので、暇をする事は無く道中大量の食べ物を買いながら街中を歩く。
「おっ! にいちゃんさっき戦ってた子だろ? 一本サービスするよ」
「いいんですか!? ではご厚意に甘えさせていただきます」
「さすがアルヘオ家の息子さんだな。いい食べっぷりだ」
試合を見ていた人も思っていたより多かったようで、こうして声をかけられる機会が以前までに比べてさらに増えたように感じる。
祭りの効果も相まって普段話しかけづらくとも、今日は場のノリと祭りだからという免罪符で話しかけやすくなっているのも関係している事は言うまでもない。
そうやって街中を歩く事1時間ほどだろうか。
一通り闘技場周りの出店を楽しんだエルピスは、路地裏にある空き地でゆっくりとしていた。
「さすが今日は疲れたなあ……夜からいろいろあるみたいだしここは一旦帰るか?」
祭りは夜からが本番だ。
日中が忙しいので暇な時に夜の街に飛び出して遊んでいるエルピスとしては、普段の夜の街と祭りの夜の街がどんな風に変わっているのか興味がある。
どんな店があるのか見て回るだけでも随分楽しく時間を潰せるだろう。
だがそうやって楽しく過ごすのは、やる事をやってから出なければならない。
起き上がり杖を軽く振るったエルピスは、障壁によって周囲から誰も逃げられなくなったのを確認したのちに自分の周りを囲む男達に声をかける。
「人のことをジロジロ見るのは良い趣味とは言えませんよ。俺に一体何の用事ですか?」
「ーーーー試合中に見せていた魔法といい…さすがは化け物二人の子供というところか」
誰もいなかったはずの空き地に、どこからか聞こえてきた声と共に黒い影が現れる。
数にして16人。
撃ち漏らしがいると後が面倒なのでしっかりと確認した数字だ、間違いはないだろう。
黒い衣装に身を包み、腰に短刀を差す彼等は正に見た目からして一般人のそれとは違うので、こうして真昼間に姿を見せるとどこか滑稽に見える。
両親を馬鹿にされた時点で無傷で返す選択肢は既にエルピスの中には存在しておらず、いまぁ逃げ切れると踏んでいるのか自信満々の男達に尋ねる。
「人の親を化け物呼ばわりとは穏やかじゃないですね。何しに来たんですか?」
「ああ、お前が例の……なら無関係というわけでも無いな。エルピス・アルヘオ君、俺達と手を組まないか?」
周囲を取り囲む黒服達から一人、おそらくは隊長格なのだろう男がエルピスに対して手を伸ばしながらそう言った。
これがまだ真っ当な組織からの勧誘だったのならば、少しは考えたかもしれない。
だが人の親を初対面で馬鹿にするような人間に、一体誰が着いていくと言うのか。
「嫌ですよ。大人数で寄ってたかって悪いことしてる犯罪者の仲間入りなんて」
「我等の人生が真っ当では無いと、そう言いたいのか?」
「ーーそう聞こえるという事はそういう事ですよ。なんならやりますか?」
肌がピリピリする程の殺気を浴びてエルピスも思考を切り替え、一触即発の空気が辺りに漂う。
エルピスは収納庫から剣を取り出し、それに合わせるようにして敵も暗器を抜き、戦闘を開始しようとしたその瞬間ーー小さい鳥が飛んでくる。
その鳥が目の前の男の肩に乗ると、男はエルピスのことを警戒しつつ鳥の足に括り付けられていた紙を読む。
「ーーいや、目的は達したようだ。無理に戦う必要もない」
「それで素直に返すと思う? なんの目的で来たか知らないけど、逃がす気はないよ」
「無駄な戦いはするつもりもなかったが──お前ら、捻ってやれ」
男の呼びかけに答えるようにして複数名がエルピス目掛けて襲いかかってくる。
さすがに鍛えられているだけあって、その動きは一般人では目で追うことも不可能だろう。
「──ッ!!」
だが近衛兵達と比べても練度は全く足りておらず、さしたる脅威でもない。
真っ先に突っ込んできていた男の頭を力一杯殴れば、彼は頭から地面に綺麗に埋まる。
回復魔法をかけながら殴ったので即死していたとしても瀕死程度の負傷で済んでいるはず。
王族相手にはさすがに出来なかった戦い方だが、いまのエルピスには相手を気遣う必要がないのでやりたい放題だ。
「固まるな! 散開して時間を稼げ!」
「大型の魔獣を相手にしていると思え! 気を抜いたら──ぎゃっ!?」
「似たようなくだりを王族相手に今日はやったので、悪いですけどとっとと終わらせますよ」
距離を取ろうが気を引こうが、それは絶望的な格差を埋める事はない。
彼等に出来たのはエルピスと戦闘にならないように気を使う事であって、間違っても目の前に立ち自分から戦いを望んでは行けなかったのだ。
超級魔法を扱える魔法使い程度なら人数差で何とかなるとそう踏んでいたのだろうが、エルピスから言わせてみれば舐めすぎである。
魔法使いである前にエルピスはそもそも亜人で、この世界でも有数の膂力を持っている半人半龍なのだから。
目の前にいる全ての敵を排除するためにさらに足に力を込めたエルピスは、男たちがその速度に驚愕の表情をうかべるよりもさらに早く全員を排除する。
指示を出していた男を地面に寝ころばし、フードをはぎ取ってお互いの目線が会う状態にしてからエルピスは優しく語りかけた。
「さて、どうでした? どうしてこんなところに来たのか聞かせてもらっても?」
「――俺達は何もしゃべらない。好きにすればいい」
「魔法があるこの世界で口を閉ざすのってほぼ不可能だと思うんだけど……ああ。そういうことね」
どうやっても口を割らせる自信があったエルピスは、どうして目の前の男達がそこまでして頑なに喋らないようにしようとするのかを考えてみる。
最も考えられるのはエルピスの知らない方法で情報統制する何らかの方法男を彼らが知っているというもの。
だがそうしてエルピスが考えるよりも早く、王都に張り巡らされたエルピス特性の魔法の内の一つが異常を検知したのを確認する。
目の前の彼らがこのための時間稼ぎだったのだとすれば、納得もできるというもの。
「まるで見透かしたようなことを言うが、何も分かっていないのだろう? ほら、どうにかして情報を引き出してみろ」
「いいよ、別に。悪いけど君たちは気絶させてここに放置していくよ。すぐに兵士達が来るから後はその人達に任せるといい」
電撃魔法を使用して目の前の男たちを気絶させ、周囲の兵士達に王城まで連れて行くように指示を出してからエルピスは急いで警報がなる現場に向かう。
とっとと終わらせて、今日の夜は街で遊ぶとしよう。
そう決意を胸に秘めてエルピスはさらに速度を上げるのだった。
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