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幼少期編:王国
大会開始:前
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──開始の合図が出された瞬間。
エルピスは魔法障壁を自身の周囲に展開する。
邪神の権能を模倣した障壁はその強度の異常故に見る相手によっては通常の障壁と違う事がバレる。
なるべく情報漏洩を防ぐことも考慮に入れるのであれば、使っていいのはせいぜい魔法障壁までだろう。
そんな魔法障壁の展開とほぼ同時。
エルピスに向かって七つの魔法が発射された。
それぞれがエルピスの教えの通り、それぞれの得意属性の長所を生かした模範的な魔法だ。
模範的というと普通過ぎて想像力と魔力によって威力が決する魔法としては強くない様に感じられるかもしれない。
だが極められた普通は、それだけでその他の魔法とは一線を画す威力を持ち得る。
「戦闘開始と同時にエルピス選手に向かって他の選手から一斉攻撃が仕掛けられました!! 調べたところエルピス選手は普段、王城に住みこみで王族の魔法教師をしているらしく、その実力は周知の事実。だからこそ強い敵を先に倒しておこうという事でしょうか!」
修練によって磨き上げられたその魔法を、魔力を使用して障壁で受け流すと解説から声が上がる。
このバトルロイヤルはそもそもエルピス対その他の状態を観客から見て不自然にしないように作られただけのルールだという事は言うまでもない。
秘境に見えてしまうかもしれないが、致し方ない理由もある。
エルピスの魔法技術はどう頑張ったところで、人間の子供が追いつけるそれでは無い。
アルヘオ家に生まれた事によって得た先天的な魔法の才と、後天的ーー生まれる前に手に入れたので、先天的という方が正しいのかも知れないがーーに身につけた魔神の称号。
さらに〈経験値増加Ⅴ〉の影響も相まって、例えアウローラの様なエルピスと同じ転生者でも、一対一で戦えば実力差は大人と子供以上。
王国としては王族や大貴族の子供を弱くは見せたくない筈だし、かといって武で名を轟かせるアルヘオ家の長男があっさり負けるというのも、余り良い事ではない。
だから最も安全で更に見栄えのいい、バトルロイヤルという方法を取ったと考えられる。
「ーー戦闘中に考え事とはいい度胸ね! 燃えたぎれ〈豪炎〉!!」
四方八方から囲まれながらも余裕をみせるエルピスに対して、アウローラは一切の躊躇い無しに火炎系の魔法を放つ。
杖から放たれた小さな火花は空気中に存在する魔素によってその火力を増して、エルピスの身体よりも大きな火の波となり瞬きより早くエルピスを飲み込む。
だがそれも一瞬の事。
炎はまるで支配権を奪われたかの如くエルピスの周囲から離れると音もなく消えていく。
「おっとこれは素晴らしい一撃だったがエルピス選手無事回避!! 今回の試合では体にヒットした場合有効打としてカウントし3回で退場となりますのでお気をつけて!!」
言うまでもなく力の差は歴然だ。
だがそれでも次代を担う彼等は諦めることを知らない。
一度目の攻撃が避けられればその次が、当たるまでやめなければいつか当たるとそう確信しているようだ。
「先に言っておきますが、上級程度の魔法で俺の防護壁を剥ぐ事は出来ませんよ?」
「……まあそうでしょうね、その障壁が一体どれくらいの衝撃に耐えられるかは分からないけれど、見た限り簡単に破れる様には見えないし」
冷や汗が流れないように注意しながら、アウローラは冷静さを保ちつつそう言った。
マギア程では無いにしろ人並みよりは確実に魔法を扱える七人の魔法を受けてもひびすら入らず、それどころか魔力反応自体も弱まらないその障壁の硬度には絶望すら覚える。
だが今のアウローラは一人では無い。
バトルロイヤルという試合形式の関係上もちろん敵ではあるのだが、共通の敵を持つ頼もしい友達が今のアウローラにはいる。
「ここまで障壁が硬いとなると一点突破しかないかな。魔力切れは期待するだけ無駄だろうし。ルークは右側から、僕は左から、アデルは弱い魔法でもいいからとにかく数を出して錯乱させてくれ」
「私達は兄さん達の援護とアウローラの援護よ、気を抜かない様にね」
少しでもエルピスに対してダメージを与えるために、グロリアスとイリアが協力し、じっくりと作戦を立てていく。
人を動かす事に関しては現国王ですら一目を置くグロリアスと、魔法の訓練ではエルピス並みとは行かずとも圧倒的な速さで修練を終えて自分の中で魔法を昇華させたイリアは、エルピスからすれば今回の戦闘で最も危険な二人だ。
お互いがお互いの思考を読み合い、言葉よりも早くお互いに指示を出すこの二人は数十手先の戦局すらも読み切る。
策を弄するまで待ってあげようかとも考えるエルピスだったが、公の場で試すような真似をして万が一にでも足元を掬われては笑えない。
軽く杖を振るいながら攻撃魔法を展開し、この闘技場すべてを魔法で埋め尽くさんとする。
「避けないと痛いですよ。〈雷獣〉!」
「させるかよ! 〈魔術防壁〉!!」
食らわずとも多少痺れてくれれば儲けもの程度の思惑で放ったエルピスの魔法は、痺れさせるどころか近づく事すら許されずにルークよりかなり手前で無効化される。
肩慣らし程度に放ったとは言え威力は超級の魔法。
最近では時間を書ければ超級魔法を使うこともそんなに問題が無くなってきた王族の面々だが、それでも魔法障壁で簡単にはじけたのには何らかの種があるはずだ。
反応を伺うために何度か魔法を放ってみて、どうして防げているのかその原理をエルピスは理解する。
(狙われた人に向かって他の余裕ある人が魔法障壁を展開してるから固いのか)
集団戦闘する魔法使いとしては初歩的な行動ではある。
ただ魔法使いとして一人で戦う事しか想定していないエルピスとしては、中々面白い動き方であった。
「絶対に前に出るなよルーク! この距離を保ち続けろ、じゃないと浮いた奴から狩られて行くぞ!!」
「イリア! あと何発くらいなら耐えられそう?!」
「あの程度の規模ならあと五、六発は連続で来ても大丈夫よ!」
エルピスは杖を強く握りしめながら、次はどうしようかと思考を巡らせる。
殺すために魔法を使うのであれば話は簡単だ、全員に向かって障壁を貫通できるだけの威力を持つ魔法を放てばいい。
殺さないように、それでいて負けない程度に魔法を使わなければならないという条件がエルピスの行動をかなり制限していた。
気が付けば壁際に追い詰められており、見た目はまさに四面楚歌といった具合である。
どう見ても1対7の状況なのに観客席から疑問の声が上がらないのは、狙われているエルピスがいまだに土埃一つその衣服に付けていないからだろう。
「両者! 睨み合ったまま動かない!! 袋の鼠になったエルピス選手は、果たして逃げ出す事が出来るのか! 状況ははっきり言って絶望的だぁぁ!!!」
「さてどうしますエルピスさん? オススメはこのまま倒れて負ける事ですけど」
「交渉するにしてももう少し追い詰めてからですよ。それに申し訳ありませんがこの試合、何があったとしても俺は負けません。負けそうにはなるでしょうけどね」
「そうですね……胸を借りるつもりで、行かせてもらいます」
力量差を理解できていないわけではない。
エルピスがどれほど手加減をしているのか、それをよく知っているグロリアス達は万が一にも警戒を緩めることはなかった。
一斉に魔法を仕掛けようとしたその瞬間――エルピスは姿を消す。
「こ、これはぁッ!! エルピス選手の姿が消えたァ! 魔法による効果なのか技能なのかは定かでは有りませんが、確かに消えています!」
魔法か技能どちらを選んだところでも大差は無いのだが、魔法大会という事なので一応魔法を使って隠れながらエルピスはグロリアス達から距離を取る。
(さて、どうやって崩していこうかな?)
王族やアウローラに対して怪我を負わせずに、それでいて手加減だと遠目には分からない魔法ーーそこまで考えてエルピスの思考が止まった。
それは姿が完全に隠れている筈のエルピスを、王族やアウローラが完全に目線で捉えていたからだ。
当てずっぽうや気配察知を使って位置を割り出した訳でもなく、いきなり、突然、不意に、こちらを向いたのだ。
バレていない筈なのにいきなり見られるというのはもはやホラーに近い程の恐怖を感じるものだが、エルピスは冷静にどうして自分の位置が割れたのか見当をつける。
「まさかもう魔力による探知が使えたとは、驚きました。俺は教えてないはずですけど」
「この一週間、マギアさんにいろいろ教わったんですよ」
「ならさっきから隠してる奥の手もマギアさんから教わったんですか?」
「なんだ、バレてるのか。なら使ってもいいよな?」
嬉々とした声を上げながらルークがグロリアスに問いかけそれに彼が頷いた途端、ルークの身体に変化が起こる。
何が変わったのかは分からないが先ほどまでとは何かが違うということを観客たちが察し始めたころ。
エルピスに対して目線や体は向けたまま、手だけをだらんと下げたルークはゆっくりとエルピスの方向に足を踏み出し進みだす。
街中をただ歩く様な、戦闘においておよそ隙だらけな今のルークはーーだが次の瞬間観客全員を驚かせることになる。
ルークがなんとなく足に力を込めた様に見えたその瞬間、文字通りルークの姿が消えた。
比喩でも何でもなく、文字通り全ての観客の視界からルークの姿が一瞬で消えたのだ。
「ど、どこに行ったんじゃ!」
「姿が見えんぞ! まさか透明化の魔法か!?」
「いや、あれを見ろ!!」
来賓席に座る誰かが指を指すと、自然とその場に皆の視線が集中する。
視線の先に移ったのは、中空に浮かびながら魔法の詠唱を開始しているルークの姿だった。
空中に留まるという事自体は、それなりに魔法を納めている者ならば誰でもできる事ではある。
だがそれに並行して魔法を、それも一般人からすれば大魔法と言っても差し支えのない超級の魔法を放つとなれば、必然的に空に浮く事ですらかなりの難行となる。
それをいとも容易くこなす事も驚愕に値するが、魔法が形成されていけばいくほど魔法に携わる者達は、その魔法が一体何なのか気づく。
「飛行魔法を使用しながらの複合魔法の使用じゃと…っ!」
そう言いながら冷や汗を垂らすのは、四大国が資金を出し合い作った世界最高峰の大学の教授だ。
彼自身も魔法使いとして名を馳せているだけあって、周囲の者達は今見ている戦闘を学生の催し程度の考えから、熟練された戦士達の戦いだと思考を切り替える。
他国の貴族である彼らからすればこの国の王族は将来取引をするであろう相手であり、その癖や使用する魔法まで全てを覚えておいて損はない。
そんな理由から最初はこの試合を観戦していたのだが。一人の王子にこれ程までの戦闘の才を見せられてはもはやそんな思考はどこかに飛んで行っていた。
「魔法回路の貸し与えですか。無茶しますね」
「さすがエルピスさん、一目で見抜いちゃいますか」
「まぁそれほど隠されている技術でも――驚きました。さすがの成長度合いですね」
そこまで口にしてエルピスはこの日初めて警戒心を露にする。
その理由は自らに向けられた王族達の杖に込められた魔力がルークと同じように複合魔法になることを理解したからだ。
どのような手法を使ったのかは分からないが、少なくとも一般で知られているような方法では決して到達できない境地。
魔法使いたちならば喉から手が出るほどの力を一時的ではあるだろうが、目の前の少年少女達は手に入れることができたのである。
「おおぉっっとここで!! エルピス選手に対して六つの複合魔法が向けられる! 果たしてエルピス選手は生き残れるのか!」
「エルピス様!! ーーっフィトゥス! 邪魔しないで! エルピス様の命が危ないのよ!?」
状況を瞬時に判断して観客席から飛び出そうとしたリリィ。
そんな彼女の服を掴んで無理やり止めたのは隣でゆったりと観戦していたフィトゥスである。
一体なぜ自分を止めるのか、もし何かあったらどうするのだと上司であるヘリアに目線を向けてみれば彼女も動く気はないらしい。
「落ち着くのは貴方ですよリリィ。確かに複合魔法の6連射は想定外とはいえ、他者の戦闘を遮ろうとするなど貴方らしくもない」
「で、ですけどヘリア先輩!」
「大丈夫ですよエルピス様なら。それに戦闘中は徹して冷静にしているエルピス様が、あんなに口元を緩めて楽しそうに笑ってるんだぞ? 邪魔するのは野暮だろ」
そんなフィトゥスの言葉が終わると同時に、六つの魔法が発射される。
天変地異の一歩手前、ただの人間には抗うことすら許されない圧倒的な力が耳を塞ぎたくなる程の轟音と共に炸裂した。
火が肌を焼き、風が肌を裂き、雷は体内を蹂躙する。
常人なら痛みすら感じることのできないほどの威力のそれを受けて、エルピスの周囲は舞い上がった土煙で少し先すら見えなくなっていく。
湧き上がる歓声はそんな魔法の轟音すら掻き消し、試合の流れが大きく変化したことを告げるのであった。
エルピスは魔法障壁を自身の周囲に展開する。
邪神の権能を模倣した障壁はその強度の異常故に見る相手によっては通常の障壁と違う事がバレる。
なるべく情報漏洩を防ぐことも考慮に入れるのであれば、使っていいのはせいぜい魔法障壁までだろう。
そんな魔法障壁の展開とほぼ同時。
エルピスに向かって七つの魔法が発射された。
それぞれがエルピスの教えの通り、それぞれの得意属性の長所を生かした模範的な魔法だ。
模範的というと普通過ぎて想像力と魔力によって威力が決する魔法としては強くない様に感じられるかもしれない。
だが極められた普通は、それだけでその他の魔法とは一線を画す威力を持ち得る。
「戦闘開始と同時にエルピス選手に向かって他の選手から一斉攻撃が仕掛けられました!! 調べたところエルピス選手は普段、王城に住みこみで王族の魔法教師をしているらしく、その実力は周知の事実。だからこそ強い敵を先に倒しておこうという事でしょうか!」
修練によって磨き上げられたその魔法を、魔力を使用して障壁で受け流すと解説から声が上がる。
このバトルロイヤルはそもそもエルピス対その他の状態を観客から見て不自然にしないように作られただけのルールだという事は言うまでもない。
秘境に見えてしまうかもしれないが、致し方ない理由もある。
エルピスの魔法技術はどう頑張ったところで、人間の子供が追いつけるそれでは無い。
アルヘオ家に生まれた事によって得た先天的な魔法の才と、後天的ーー生まれる前に手に入れたので、先天的という方が正しいのかも知れないがーーに身につけた魔神の称号。
さらに〈経験値増加Ⅴ〉の影響も相まって、例えアウローラの様なエルピスと同じ転生者でも、一対一で戦えば実力差は大人と子供以上。
王国としては王族や大貴族の子供を弱くは見せたくない筈だし、かといって武で名を轟かせるアルヘオ家の長男があっさり負けるというのも、余り良い事ではない。
だから最も安全で更に見栄えのいい、バトルロイヤルという方法を取ったと考えられる。
「ーー戦闘中に考え事とはいい度胸ね! 燃えたぎれ〈豪炎〉!!」
四方八方から囲まれながらも余裕をみせるエルピスに対して、アウローラは一切の躊躇い無しに火炎系の魔法を放つ。
杖から放たれた小さな火花は空気中に存在する魔素によってその火力を増して、エルピスの身体よりも大きな火の波となり瞬きより早くエルピスを飲み込む。
だがそれも一瞬の事。
炎はまるで支配権を奪われたかの如くエルピスの周囲から離れると音もなく消えていく。
「おっとこれは素晴らしい一撃だったがエルピス選手無事回避!! 今回の試合では体にヒットした場合有効打としてカウントし3回で退場となりますのでお気をつけて!!」
言うまでもなく力の差は歴然だ。
だがそれでも次代を担う彼等は諦めることを知らない。
一度目の攻撃が避けられればその次が、当たるまでやめなければいつか当たるとそう確信しているようだ。
「先に言っておきますが、上級程度の魔法で俺の防護壁を剥ぐ事は出来ませんよ?」
「……まあそうでしょうね、その障壁が一体どれくらいの衝撃に耐えられるかは分からないけれど、見た限り簡単に破れる様には見えないし」
冷や汗が流れないように注意しながら、アウローラは冷静さを保ちつつそう言った。
マギア程では無いにしろ人並みよりは確実に魔法を扱える七人の魔法を受けてもひびすら入らず、それどころか魔力反応自体も弱まらないその障壁の硬度には絶望すら覚える。
だが今のアウローラは一人では無い。
バトルロイヤルという試合形式の関係上もちろん敵ではあるのだが、共通の敵を持つ頼もしい友達が今のアウローラにはいる。
「ここまで障壁が硬いとなると一点突破しかないかな。魔力切れは期待するだけ無駄だろうし。ルークは右側から、僕は左から、アデルは弱い魔法でもいいからとにかく数を出して錯乱させてくれ」
「私達は兄さん達の援護とアウローラの援護よ、気を抜かない様にね」
少しでもエルピスに対してダメージを与えるために、グロリアスとイリアが協力し、じっくりと作戦を立てていく。
人を動かす事に関しては現国王ですら一目を置くグロリアスと、魔法の訓練ではエルピス並みとは行かずとも圧倒的な速さで修練を終えて自分の中で魔法を昇華させたイリアは、エルピスからすれば今回の戦闘で最も危険な二人だ。
お互いがお互いの思考を読み合い、言葉よりも早くお互いに指示を出すこの二人は数十手先の戦局すらも読み切る。
策を弄するまで待ってあげようかとも考えるエルピスだったが、公の場で試すような真似をして万が一にでも足元を掬われては笑えない。
軽く杖を振るいながら攻撃魔法を展開し、この闘技場すべてを魔法で埋め尽くさんとする。
「避けないと痛いですよ。〈雷獣〉!」
「させるかよ! 〈魔術防壁〉!!」
食らわずとも多少痺れてくれれば儲けもの程度の思惑で放ったエルピスの魔法は、痺れさせるどころか近づく事すら許されずにルークよりかなり手前で無効化される。
肩慣らし程度に放ったとは言え威力は超級の魔法。
最近では時間を書ければ超級魔法を使うこともそんなに問題が無くなってきた王族の面々だが、それでも魔法障壁で簡単にはじけたのには何らかの種があるはずだ。
反応を伺うために何度か魔法を放ってみて、どうして防げているのかその原理をエルピスは理解する。
(狙われた人に向かって他の余裕ある人が魔法障壁を展開してるから固いのか)
集団戦闘する魔法使いとしては初歩的な行動ではある。
ただ魔法使いとして一人で戦う事しか想定していないエルピスとしては、中々面白い動き方であった。
「絶対に前に出るなよルーク! この距離を保ち続けろ、じゃないと浮いた奴から狩られて行くぞ!!」
「イリア! あと何発くらいなら耐えられそう?!」
「あの程度の規模ならあと五、六発は連続で来ても大丈夫よ!」
エルピスは杖を強く握りしめながら、次はどうしようかと思考を巡らせる。
殺すために魔法を使うのであれば話は簡単だ、全員に向かって障壁を貫通できるだけの威力を持つ魔法を放てばいい。
殺さないように、それでいて負けない程度に魔法を使わなければならないという条件がエルピスの行動をかなり制限していた。
気が付けば壁際に追い詰められており、見た目はまさに四面楚歌といった具合である。
どう見ても1対7の状況なのに観客席から疑問の声が上がらないのは、狙われているエルピスがいまだに土埃一つその衣服に付けていないからだろう。
「両者! 睨み合ったまま動かない!! 袋の鼠になったエルピス選手は、果たして逃げ出す事が出来るのか! 状況ははっきり言って絶望的だぁぁ!!!」
「さてどうしますエルピスさん? オススメはこのまま倒れて負ける事ですけど」
「交渉するにしてももう少し追い詰めてからですよ。それに申し訳ありませんがこの試合、何があったとしても俺は負けません。負けそうにはなるでしょうけどね」
「そうですね……胸を借りるつもりで、行かせてもらいます」
力量差を理解できていないわけではない。
エルピスがどれほど手加減をしているのか、それをよく知っているグロリアス達は万が一にも警戒を緩めることはなかった。
一斉に魔法を仕掛けようとしたその瞬間――エルピスは姿を消す。
「こ、これはぁッ!! エルピス選手の姿が消えたァ! 魔法による効果なのか技能なのかは定かでは有りませんが、確かに消えています!」
魔法か技能どちらを選んだところでも大差は無いのだが、魔法大会という事なので一応魔法を使って隠れながらエルピスはグロリアス達から距離を取る。
(さて、どうやって崩していこうかな?)
王族やアウローラに対して怪我を負わせずに、それでいて手加減だと遠目には分からない魔法ーーそこまで考えてエルピスの思考が止まった。
それは姿が完全に隠れている筈のエルピスを、王族やアウローラが完全に目線で捉えていたからだ。
当てずっぽうや気配察知を使って位置を割り出した訳でもなく、いきなり、突然、不意に、こちらを向いたのだ。
バレていない筈なのにいきなり見られるというのはもはやホラーに近い程の恐怖を感じるものだが、エルピスは冷静にどうして自分の位置が割れたのか見当をつける。
「まさかもう魔力による探知が使えたとは、驚きました。俺は教えてないはずですけど」
「この一週間、マギアさんにいろいろ教わったんですよ」
「ならさっきから隠してる奥の手もマギアさんから教わったんですか?」
「なんだ、バレてるのか。なら使ってもいいよな?」
嬉々とした声を上げながらルークがグロリアスに問いかけそれに彼が頷いた途端、ルークの身体に変化が起こる。
何が変わったのかは分からないが先ほどまでとは何かが違うということを観客たちが察し始めたころ。
エルピスに対して目線や体は向けたまま、手だけをだらんと下げたルークはゆっくりとエルピスの方向に足を踏み出し進みだす。
街中をただ歩く様な、戦闘においておよそ隙だらけな今のルークはーーだが次の瞬間観客全員を驚かせることになる。
ルークがなんとなく足に力を込めた様に見えたその瞬間、文字通りルークの姿が消えた。
比喩でも何でもなく、文字通り全ての観客の視界からルークの姿が一瞬で消えたのだ。
「ど、どこに行ったんじゃ!」
「姿が見えんぞ! まさか透明化の魔法か!?」
「いや、あれを見ろ!!」
来賓席に座る誰かが指を指すと、自然とその場に皆の視線が集中する。
視線の先に移ったのは、中空に浮かびながら魔法の詠唱を開始しているルークの姿だった。
空中に留まるという事自体は、それなりに魔法を納めている者ならば誰でもできる事ではある。
だがそれに並行して魔法を、それも一般人からすれば大魔法と言っても差し支えのない超級の魔法を放つとなれば、必然的に空に浮く事ですらかなりの難行となる。
それをいとも容易くこなす事も驚愕に値するが、魔法が形成されていけばいくほど魔法に携わる者達は、その魔法が一体何なのか気づく。
「飛行魔法を使用しながらの複合魔法の使用じゃと…っ!」
そう言いながら冷や汗を垂らすのは、四大国が資金を出し合い作った世界最高峰の大学の教授だ。
彼自身も魔法使いとして名を馳せているだけあって、周囲の者達は今見ている戦闘を学生の催し程度の考えから、熟練された戦士達の戦いだと思考を切り替える。
他国の貴族である彼らからすればこの国の王族は将来取引をするであろう相手であり、その癖や使用する魔法まで全てを覚えておいて損はない。
そんな理由から最初はこの試合を観戦していたのだが。一人の王子にこれ程までの戦闘の才を見せられてはもはやそんな思考はどこかに飛んで行っていた。
「魔法回路の貸し与えですか。無茶しますね」
「さすがエルピスさん、一目で見抜いちゃいますか」
「まぁそれほど隠されている技術でも――驚きました。さすがの成長度合いですね」
そこまで口にしてエルピスはこの日初めて警戒心を露にする。
その理由は自らに向けられた王族達の杖に込められた魔力がルークと同じように複合魔法になることを理解したからだ。
どのような手法を使ったのかは分からないが、少なくとも一般で知られているような方法では決して到達できない境地。
魔法使いたちならば喉から手が出るほどの力を一時的ではあるだろうが、目の前の少年少女達は手に入れることができたのである。
「おおぉっっとここで!! エルピス選手に対して六つの複合魔法が向けられる! 果たしてエルピス選手は生き残れるのか!」
「エルピス様!! ーーっフィトゥス! 邪魔しないで! エルピス様の命が危ないのよ!?」
状況を瞬時に判断して観客席から飛び出そうとしたリリィ。
そんな彼女の服を掴んで無理やり止めたのは隣でゆったりと観戦していたフィトゥスである。
一体なぜ自分を止めるのか、もし何かあったらどうするのだと上司であるヘリアに目線を向けてみれば彼女も動く気はないらしい。
「落ち着くのは貴方ですよリリィ。確かに複合魔法の6連射は想定外とはいえ、他者の戦闘を遮ろうとするなど貴方らしくもない」
「で、ですけどヘリア先輩!」
「大丈夫ですよエルピス様なら。それに戦闘中は徹して冷静にしているエルピス様が、あんなに口元を緩めて楽しそうに笑ってるんだぞ? 邪魔するのは野暮だろ」
そんなフィトゥスの言葉が終わると同時に、六つの魔法が発射される。
天変地異の一歩手前、ただの人間には抗うことすら許されない圧倒的な力が耳を塞ぎたくなる程の轟音と共に炸裂した。
火が肌を焼き、風が肌を裂き、雷は体内を蹂躙する。
常人なら痛みすら感じることのできないほどの威力のそれを受けて、エルピスの周囲は舞い上がった土煙で少し先すら見えなくなっていく。
湧き上がる歓声はそんな魔法の轟音すら掻き消し、試合の流れが大きく変化したことを告げるのであった。
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「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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