クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

桜仙種の村

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 エルピス達の前に立ったのは、レネスの父を名乗る仙桜種の一人リーベ。
 黒い髪はゆえる程には長く、身体から発せられる威圧感は確かに仙桜種のそれである。
 顔こそ決してレネスに似ているとはいえないが、彼等は元より繁殖をほとんど行わず永遠の寿命を生きる身なので、長い年月の中で新しく生まれたレネスと顔が似ていなくてもそれほど不思議ではない。

「これは丁寧にありがとうございます。魔界に行くにあたって訪れたただけなので、それほど長い期間は居られないでしょうが少しの間よろしくお願いします」

「ええ、もちろんです。レネスは後で家に来なさい、案内はエイルにさせましょう」

「エイルですか? どこかで聞いた名前ですが──」

「おっす、久しぶりだな迷宮以来か。鍛治神とはその後どうだ?」

 先程までは居なかったのに、気づいたら目の前にいたのは迷宮でエルピスとしのぎを削りあった仙桜種のエイルである。
 あいもかわらず飄々とした雰囲気には変化もなく、エルピスに向ける視線は好戦的であるし品定めしているようだ。

「連絡は取っていますが直接会っては居ませんね。何か言っていましたか?」

「いや特に面白い話は何も。それよりお前ら人数多いな」

「12人居ますからね。6人ずつにでも分けます?」

「そうしてくれ。適当に別れればいいから」

 散策をするのであれば村という単位の中で12人も固まって歩くのは邪魔でしかない。
 そうなれば仲良し6人組を作ってくださいという史上最悪な文言が飛んでくるわけなのだが、嬉しいことに今回の6人はどのメンバーが来ても問題なく話せる自信がある。
 目の前で能力まで使ってジャンケンしている一行の姿を眺めながら、余ったらそちらの方に入れてくれとだけ伝えるとエルピスは少しの間を暇しながら待つ。
 結果は予想していた通りといえば通りであり、もはや慣れてきた感触に右半身を掴まれながらもエルピスは少しだけ言葉を漏らす。

「まぁこうなる事は半分わかってたけども」

「そりゃあ僕はここでしょう」

「ニル、エルが困ってるわよ?」

「ドキドキしてるくらいだから別に大丈夫だよ」

 エルピスの右半身に抱きつき自分の居場所はここであると主張するニルに対して、エラはにっこりと笑みを浮かべるとエルピスには触れずに正面に立って言葉を交わそうとする。
 肉体的な接触と言葉による接触、もちろんニル相手なので苦痛ではなくむしろ幸福だといえるが、公衆の面前でやられると別の意味で心臓がドキドキしてくるのだ。

「アウローラ、ここは我慢するとしましょう」

「そうね。トコヤミちゃんと仲良くするのも悪くないし」

「アウローラ様よろしくです!」

 いつのまにか姉のように慕われているアウローラは、トコヤミを引き連れて村の散策へと向かう。
 そんな背中を眺めていると、後ろからやってきたアーテが嬉しそうにエルピスと肩を組んだ。

「俺いっつもエルピス様と一緒だな!」

「そうだねアーテ。よろしく頼むよ」

「リリィ、そろそろあいつぶっ飛ばして良いかな」

「悪いけどフィトゥス、私もエルピス様の方なのよ」

 怒りの感情に身をやつしたフィトゥスに対して、リリィはさらに煽りを入れると笑みを浮かべて見せつけるようにこちらへと歩いてくる。
 戯れているだけなのだからエルピスから何も口にすることはないが、フィトゥスの表情が鬼気迫るものであるがために後でカバーしてあげるくらいはしなければならないだろう。

「とりあえずこれで別れたな? ひとまずエルピスがいる方を案内する。他の奴らは適当にそこら辺を見て回ってくれ」

 それから村の中をエイルに案内されること一時間。
 便宜上村と呼んではいるものの桜仙種の村は小さな都市ほどの大きさがあり、長い歴史の中で桜仙種たちが作り出した文化財産をすべて見て回ろうと思うといったいどれほどの時間がかかるのか考えるのもおっくうである。

「それでどれくらいの間ここに居るつもりなんだ?」

「二日くらいかな。そんなに長くは居られないと思うよ」

「二日か……少し早いな」

 エルピスが提示した二日という時間は確かにそれほど長くはない。
 だがエルピスは元からこの村を素通りしてもよかったと思っているし、レネスの父が案内役としてエイルを紹介していなかったら一日いたかも怪しいところだ。
 確かにレネスとの関係を深める上でこの村に滞在する時間をいつかは確保するべきだと思っていたが、今回の旅の目的は両親に会いに行くためであるので致し方ない。

「なにか問題でもあった? わりかしこれでも時間割いてるつもりなんけど」

 だから否定の意味を込めて少し強い言葉でエルピスが返すと、エイルはその整った顔をゆがませて苦笑いを作りだる。

「問題というほどではないがな。仙桜種の間でお前の話が盛り上がっていてな、たぶん引っ張りだこになるぞ」

「いますぐこの村を出たくなってきたよ」

 エルピスがレネスと戦っていたのは村に来て仙桜種達と戦闘することができないから。
 なのにこの村に来てからエルピスが感じ取っている明らかな戦闘に対する意欲はそんな事など忘れているかのようで、エイルの言葉のとうり長居すればするほど面倒なことに巻き込まれそうである。
 頭を悩ませているエルピスだったが、ふと袖を引っ張られる感覚に意識を取り戻すと古びた本を持ちながら首をかしげるエラの姿があった。
 どうやらそのあたりにでも無造作に置いてあったのか、外に放り出されたこれまた古びた椅子には本の跡が埃となって刻まれている。

「エル、これはなんだと思う?」

「これは……なんだこれ」

 手渡されるままにそれを受け取り中身を見てみるが、この世界で見てきたどの言語とも違うようだし著者が誰なのかすらわからない。
 もしかすれば何か知っているかも、そう思いエルピスがニルの方を見てみるとにっこりと笑みを浮かべながらさも当然のようにしてニルは答えた。

「これはハンムラビ法典の原本じゃないかな。あっちの世界の遺物が流れ着いたのを確保してるっぽいよ」

「よく知っておるの、さすがは神獣じゃ。わしの名はノレッジ、よろしく頼むわい」

 白いひげをこれでもかと蓄えて、柔和な雰囲気をまといながらエルピス達の前に立ったのはノレッジと名乗る桜仙種である。
 神獣と呼ばれたのはニルだろう、この世界を昔から知っている生命体はなぜかニルの事を狂愛の女神ではなく神獣と口にしていた。

「ははっ、仙桜種の間でその呼び方流行ってるの? あんまり好きじゃないなぁ名前があるのにそんな呼び方されるの」

 一瞬自嘲気味に笑ったかと思うと、ニルの表情はエルピスが初めて見るほどの苛烈なものに代わる。
 隠す気もない程の殺意はニルがこれ以上踏み込んでくるなという明確な拒絶の形であった。

「怖いのう、わしよりよほど未来が見えるお主がそんな事を言っておると怖いわい。のじゃろうな?」

「――エルピス様、さっきから神様神様言ってますけどもしかして神様なんですか?」

「今それどころじゃないんだよ。重要な事じゃないし」

「私からしたらなによりも重要なんですけど!?」

 凍り始めた空気を和ませようと声をかけてくれたリリィにたいしてエルピスが冷たく当たるのは、それくらいニルと目の前の老人が戦闘行為を始めないかどうか心配しているからだ。
 これが街の暴漢たちであったらどこからでも止められる自信があるが、桜仙種とニル相手にエルピスが抜ける気などどこにあるだろう。
 圧倒的上位者が不機嫌になったことで漏れ出た魔力は付近の環境を目に見えて変えてしまい、草木は枯れて大気は重たくなっていく。
 エルピスが戦闘も覚悟して武器を取り出し始めたころ、ニルとノレッジの間に割って入る人物がいた。

「喧嘩するなよー、一応何しても自己責任だが暴れられたら困るから俺も止めるからな」

「ほらニル行くよ」

「命拾いしたねお爺ちゃん、その減らず口をなんとか直しておくんだね」

 ようやく落ち着いた空気に首根っこをつかみながらニルを引きずってとりあえずはノレッジとの距離を離す。
 謝罪をするにしろしないにしろ、これ以上喧嘩した人物と顔を突き合わせていればそれこそ本当に戦闘に発展しかねない。
 身動きが取れないように引きずりながら、エルピスは少し他のメンバーから離れて言葉を投げかける。

「ニルがここまでキレるのはじめてみたかも。なんかあった?」

「――別に何も」

「そっか」

 答える気がないのであれば仕方がない。
 ニルの服についてしまった土を払い落とし、綺麗になったことを確認すると何もなかったかのような顔をしながら他のメンバーと合流する。
 フィトゥスやエラはこれくらいのことは想定していたとばかりに自然体であるが、圧に負けたアケナとアーテの表情は凍り付いてしまい苦笑いを隠せないでいた。

「エルピス様ァ、頼むからなんとかしてしてくれ」

「俺の前でキレてるって事は俺にはどうもなりません。そもそもなんでキレてるか分かってないしおれ」

「トコヤミ……お姉ちゃん死んじゃうかも知れません」

「――ほら、そんなこと言ってたらうちの名物が見えてきたぞ」

 落ち込んでいるアケナの事を無視してどんどんと進んでいったエイルがエルピス達に見せたのは、推定年齢で数万年はあろうかというほどの大樹である。
 高さは20メートルほどとこのクラスの寿命を生きる木々にしてはそれほど大きくはないものの、その存在感は一度目にしてしまうともう目を離せなくなってしまうほどに強い。

 枝からひらひらと舞い散っているのは木の葉のようにも見えるが、その実態は木が吸い上げた魔力を物質として変換した魔力の塊である。
 その魔力につられるようにして様々な妖精がふわふわと飛び交っており、さながら龍の森の奥地にあるあの神木と同じような姿をしていた。

「わぁぁ!」

「おぉぉ! すッげェ!!」

「仙桜種の村名物創生の木だ、見て帰った事のあるやつは世界でも数人だな」

「もちろんそれって仙桜種に勝負を挑まれて生き残った人じゃないと無理だからでしょう?」

「当たり前だろ、俺らがこれを見せるのはそれくらい珍しいんだ」

 龍の森の中にある神木も神か神が許したものしか入れないように設計されていたし、そう考えると彼らに勝つくらいのことができなければこの神木を目にすることが許されないのも当然のように思えた。
 生物が目にするのに資格がいる景色などと口にしてしまうとそれがたいそうすごいもののように思えるのだが、だとしてこの木が他者を引き付けるに足るだけの何かを持っていることをその意味も含めて理解している人が何人いるのだろうか。
 この場においてそれはただ一人、やはりこの世界の中でも異質な存在である狂愛の女神であろう。

「……足りないな」

 手に落ちた魔力の塊を手にしながらニルはあえて意図して言葉を口から漏らす。
 明らかに怪しい行動であり、先ほどの知恵者の言葉を借りるのであればはるか先の展開を読んでいるであろうニルの言葉はエルピスを不安にさせるには十分なものである。

「何か言った?」

「何を言ったでしょう?」

 だからこそエルピスは彼女にその言葉の意味を問いかけ、そして彼女はにっこりと笑顔だけを浮かべると軽い笑みを浮かべて誤魔化そうとする。
 それはつまりエルピスに対して隠し事をしているという明確な宣言であり、桜仙種と関わり始めてからこういった言動が多くなった辺り、直近の行動がおそらくエルピスの人生を大きく変えてしまえるほどの何かを持っているのだろう。
 彼女の言動について頭を働かせてみるものの、エルピスにわかるのはせいぜいこの木がまだであるということだけである。

 だが聞き間違いでなければ彼女の言葉は何かが足りないと口にしていた、それが時間であれば彼女にとって大きな問題ではないはず。
 だとすればニルがわかっていてすぐに対処をできないような問題か、もしくは今解決すべきではない問題なのだろう。
 自慢ではないがエルピスは自分が知恵者として劣っていることを理解している。
 だからこそエルピスに出来ることはというといつもどうり彼女を信じる事だけなのだ。

「とりあえずこれだけ見たら後は飯と寝床くらいのもんだな、先に宿にでも行きな」

「じゃあそうさせてもらおうかな? エラ達はどうする?」

「私はリリィさん達と一緒に村の物を見てきます」

 エイルの言葉に思考を取り戻して視線をエラに向けてみると、どうやらまだ観光を続けるらしい。

「悪いけど僕はこれで席を外させてもらうよ。悪巧みしないといけないからさ」

「俺様は特に予定もないしエルピス様について行くぜ」

「なら俺とアーテは宿に直行だね、先に行ってるから何かあったら宿にまでお願い」

「……ではトコヤミを探してきます」

 ニルは早々にどこかへと向かってしまい、エルピスとアーテは村の中にある宿屋を探しに来た道を再び戻っていく。
 一人ぼっちで残されたアケナは一瞬エイルと視線を交換したのちに気まずい空気から逃げるようにして妹を探しに小走りで村の中を走っていくのだった。
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