クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

不思議な空気

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「そう言えばアウローラ、どうして前田さんを見て固まってたんだ?」

 食べながら話すと言えば行儀は悪いが、無言の空間を作り出してしまうよりはマシだろう。
 そう思ったエルピスは隣でもきゅもきゅとご飯を食べていたアウローラに対して質問を投げかける。

「えっ? あーっと、知り合いだったから」

「知り合いですか? 失礼ですがアウローラさんと会った覚えはありませんね」

「東北コンピューターゲーム製造組合、略して東PG。そこのゲーム開発部部長だったのよ私、まぁ部署はあとキャラクターデザインにサウンド関係しかないけどさ」

 頭に手を当てて思い出すような仕草をする智は、少ししてから記憶を掘り出すことができたのか驚きと共に声を出す。

「ーーーーもしかして伊藤さん?」

「お願いだからその名前で呼ばないで前田君」

「あ、すいません。それにしてもまさか部長がそんな……車に轢かれて死んだと思ってました」

「死んだわよ。死ぬほど痛かったんだから」

 確か聞いた話ではアウローラの死因は事故死だったろうか。
 実際死んだのだからアウローラの言う通り激痛だったのだろう、考えるだけで背筋が冷たくなる。
 まさかの同じ会社出身という事に驚きはするものの、エルピスでいうならクラスメイトも妹も来ているのだ、いまさらアウローラに身近な人物がこちらの世界に来ていたところで違和感はない。

「まさか部長がねぇ……万年男ひでりだって裏でささやかーーぐえっ!」

「死ぬか、死ぬか。どっちかから選びなさい? せめて選ばせてあげるわ」

「あわあわ、前田さん!」

「離しなさーーあれ!? 私の武器は!?」

「さすがに武器を向けられるのはアレだから取らせてもらったよ。アウローラも離してあげなよ、今は関係ないんだし」

 身を乗り出して胸ぐらを掴んだアウローラに対して武器を持ち出し間に入ろうとしたオリビアは、自らの手が空回りした事に驚く。
 警戒心を完全に解いてしまった智とは違い、自分は警戒心を持って常に相手の動向を窺っていた。
 だというのにエルピスにいつのまにか武器まで取り上げられており、オリビアは自分と相手の間に絶対的な力量差があるのを感じとる。
 貴族の息子は力を付けて親よりも強い存在になるものか、堕落して落ちるところまで落ちる者のどちらかであり、エルピスはどうやら前者のようであった。
 アウローラを引き剥がしたエルピスはついでとばかりに武器をオリビアに返すと、また会話を再開する。

「それで昔のアウローラってどんな感じでした?」

「このまんまですよ。ただいつもお菓子食べてたイメージはありましたね、机の上に山と里でオブジェ作ってた時はヤバい人だと思いましたけど」

「アウローラお菓子好きなんだ? あんまり食べてるとこ見ないけど」

「それはその……太るから」

 ばつが悪そうな表情で下を向いてそう言ったアウローラを見て、エルピスは自分が言葉選びを間違えた事に気づく。
 この世界で太っている人間はそう居ないのでエルピスも忘れていたが、日本では体型維持は女性も男性も両方大変だったものだ。
 こっちの世界では動くことが多いので早々太ろうにも太れないものだが、体型を維持しようとするアウローラの気持ちはエルピスもよく分かる。

「部長一時期結構やばかったですもんね、好きなアイドルが結婚したの知った時とか特に」

「余計なこと言うとまた締めるわよ」

「それでなんだけど…山派? 里派?」

「あんたそれ戦争よ? いいの? 私の答え次第では戦争よ?」

「上等だよ、俺の料理スキルで作られる里の魅力に果たして勝てるかな?」

 異世界で突如として始まった山里戦争、にこにこしながら話に入れるのはもちろん異世界人だけでオリビア達はなんの事か分からず話に置いていかれる。

「山? 里? なんの話をしているんだ?」

「気にしたら負けだよオリビア。昔からあるじゃれあいみたいなものかな、ちなみに俺は山。そう言えば部長、この世界に来て結構長そうですけど、どれくらいの力があるんですか?」

「私結構強いわよ? 多分帝国でも結構上位じゃ無いかしら」

「たしかにそれくらいはあるだろうね」

 最高位冒険者である皇帝や、その近辺を守るロイヤルガード辺りと戦闘になった場合は怪しいものだが、それ以外ならばアウローラと戦闘して勝てるものなど帝国全土を探しても数少ない。
 一度きりの国家級魔法は一対一の戦闘において比類ないほどの強さを誇るし、それでなくとも戦術級を扱うアウローラは相当に強い。
 自信持ってそう言ったアウローラの言葉に対してグレースの方が驚きに言葉を漏らす。

「帝国…上位」

「ごくりっ」

「それは一体どれ程の強さなんでしょうか? 2人は冒険者なんですけど、俺はただ物作りしてきただけなんで強さとか分からないんですよね」

「戦術級魔法を単体で打てるからーーそうね、規格外って感じ?」

 胸を張って自慢げにそう言ったアウローラを前にして、先ほどまで敵意をちらちらと見せていた智の両脇にある女性陣の目がキラキラと輝き始める。
 冒険者にとって実力とはその個人の魅力そのものであり、戦術級を操るアウローラは彼女達からすれば憧れの人物としてその瞳に写っている事だろう。

「尊敬します!」

「よく見れば冒険者プレートもヒヒイロカネじゃないですか! 初めて見ました!」

「アウローラ冒険者になったの?」

「あんたの借りて結構便利だったから取ってきたの。まさかこんな上のやつ貰えるなんて思ってなかったけど」

 見てみればいつ手に入れたのか首から冒険者プレートをぶら下げており、それを指で軽く弄びながらエルピスの言葉にアウローラは応える。
 普段は服で隠すようにして付けているので気付かれないのも無理はないが、いまのいままで気づかれていなかったと言うのはアウローラからしてみると微妙な気持ちだ。
 それにプレートの話をするのであれば自分のよりもーー

「私のなんかよりエルピスの奴見た方が良いわよ、滅多に見られるもんじゃ無いし」

「さ、最高位冒険者…!」

「最高位冒険者って確か全世界に三桁くらいしか居ないっていうあの?」

「実際は二桁前半しかいないって言われてる。二つ名付きの最高位冒険者プレートは持ってるだけで遊んで暮らせるお金になる」

 最高位冒険者のプレートは一部の商人からとてつもない程の金銭的価値が付与されており、何に使うのかは判明していないが高額で売れることが多い。
 冒険者プレートは言わばそのプレートの持ち主が冒険者として生きてきた証なので、そう言ったところに魅力を感じるのだろうか。
 組合が作り出した特殊な合金で作られたプレートを無造作に机の上に置いたエルピスに対して、オリビアは触れていいか許可を取るとまるで爆発物でも触るようにプレートを手に持つ。

「これが最高位のプレート! いつかかけてみたいなぁ…」

「そんな貴重品首からぶら下げるのって結構リスキーよね」

「まぁ最高位冒険者から物取る方がリスキーだし」

「たしかに、それもそっか」

 プレートのおかげで微妙な空気もどこかへと飛んでいき、それからの食事は非常に有意義な時間を過ごすことができた。
 敵対意識を持った人物がいきなり尊敬の眼差しを向けてくるのには違和感があったが、もはや慣れるしかないことなので気にしていても仕方がない。

「とりあえず今日のところはこの辺で。細かい話はまた改めてしましょうか」

「そうですね。本日はありがとうございました」

「いえいえこちらこそ、またご飯に行きましょう」

「あ、あの! 今度剣の指南をしていただけないでしょうか!!」

「良いですよ、では次は外で」

 喉に何か詰まっているのかと思えるほどにどもるオリビアを前にして、エルピスはにっこりと笑みを浮かべて次の約束を取り付ける。
 それから少し歩いて三人の気配が遠ざかっている事を確認したエルピスは、近くに止めていた馬車の荷台に乗り込むとそのまま倒れ込むようにして床に寝そべった。
 本来の馬車は腰をかけるようの椅子などと荷物を置くようの場所しかない簡素なものなのだが、どうせ荷物など運ばないのだからとエルピスが寝転べるように改造した特注品なのだ。
 もちろん荷台を引く馬はエルピスが魔法によって作り出した物であり、執事やメイドの誰かの手を煩わせることもない。

「やっと終わった~。疲れたわ、もうほんっと疲れた」

 身体が徐々に緊張感から解放されていき、背中に枕の反発感を感じ始めた頃にはエルピスはそんな事を口にする。
 先に荷台に上がっていたアウローラはエルピスよりも奥の腰をかける椅子がある方に座っており、馬車の中でごろごろと寝転がるエルピスを足を組みながら見下ろしていた。

「ようやく戻ってきたわね。エルピスって真面目な話してると性格変わるから接しづらいのよね」

「お金も絡んでくるし事実真面目に話さないと行けない話だからさ。馬車の荷台で揺れながらじゃ無いとこんなだらだらできないよ」

「わざわざ荷物を乗せるようの後ろが広い馬車を改造してあるのは寝転ぶ為なの?」

「そうそう。アウローラも寝転んでみる? 意外と気持ちいいよ」

「私は良いわ。まだ横になるには時間的にも早いし」

 そう言ってアウローラは断るが、実際のところは服の形が変わってしまうと嫌だからだ。
 エルピスには店に来る前にひとしきり褒められた服装だが、なにぶんこの国で買ったのでまだ新品であり形を崩すのは憚られる。
 エルピスのようによく分からない素材で作られたすぐに元の形状に戻る服ならばまだしも、新しい服を崩す気にはさすがになれなかった。
 それにアウローラからしてみれば話はまだ終わっていない、むしろこれから先の話の方が大事だと言ってもいい。

「それでだけど、本当のところ目的はなんなの? 今回の」

「本当に人類が希望を持つ為の物ができれば良いなと思っただけだよ。あと出来ればこっちの世界でもやりたいゲームがいくつかあったんだよねぇ」

「どっちかというとそっちの方が本音じゃ無い?」

「エルピス的には前者、晴人的には後者かな。なんか久々に自分の昔の名前を言った気がする」

 上半身を起こしたエルピスは小首をかしげながらそう言うが、それすら本当かどうか怪しいところである。
 騙そうとして嘘をついてきて居ないのだからある程度はアウローラも許容するが、本当のことを言ってくれないのは少し心寂しい。

「昔の事でさっきの話の続きだけど……どうだった? 私の話聞いて」

 少しの沈黙の後、アウローラは気になって居た事を口にする。
 過去の自分の話はお互い避けてきた、それは結局のところ過去を忘れようと二人ともがしているからなのかもしれないが、同じクラスメイトから少しずつ話の漏れていたエルピスと違いアウローラの過去が語られたのは初めての事だ。
 それに対してのエルピスの反応は未知数であり、だからこそ唾が飲み込めないほどの緊張感に襲われる。

「可愛いなぁと思ったよ」

「そういう事じゃなくて! 幻滅したりそういうのは?」

「しないよ、しないしない。お菓子食べてても良いし、好きなアイドル追っかけててもいいよ。自由に生きる女の子は好きだし」

 軽々しくそんな事をいうエルピスだが、目の奥に秘められた想いや声に乗った感情はそれが本当の事だと嫌でも分からせてくる。
 裏表も何もない、駆け引きすらない単調な恋愛。
 だからこそエルピスの言葉は素直に心の内側に入り込み、アウローラは赤くなりそうな顔をそっぽを向いて隠す。

「あんた結構そういうところあるわよね」

「そういうところって?」

「放任主義っていうかなんていうか。独占欲を出して欲しい気持ちもあるし、逆に楽だなぁって思う自分もいる」

 独占したいと思わないから大事に思われて居ないなどとお子様のような事を口にするつもりはないが、不安な気持ちが常に胸の中にある事くらい呟いてもいいだろう。
 ニルがエルピスに向けるのと同じくらいの愛情を、だなんてさすがに人間であるアウローラには口にできない事だが、セラくらいには分かりやすく愛して欲しい物である。

「女子しかいない家庭で育ってきたから、女性の目線に立ててるのかもね。アウローラは兄弟とか姉妹は?」

「私は一人っ子よ。従兄弟は居たけどほとんど喋ってないし、高校大学と何回か告白されたけど相手してなかったのよね。職場でも仲良い人は居たんだけど」

「んー、これ独占欲見せるポイント?」

「そうよ、見せないな」

 苦笑いを浮かべながらそう口にしたエルピスに対してアウローラが答えると、エルピスはゆっくりと立ち上がりアウローラの対面の椅子に座り大きく手を広げる。
 分かりやすい状況を作り、分かりやすく挑発してようやくエルピスは嫉妬して欲しいと言う乙女の気持ちに気がつくことができる。
 きっと男友達の話をしたところで彼なら仲のいい友達が居ることはいいことだ、だなんてその程度にしか感じてくれないのだろう。
 倒れ込むようにしてエルピスの胸に抱かれながら、アウローラはふとそんな事を考える。

「エルピス、もう少し強く」

「ああ。不安だった?」

「……もう安心した」

 小さな声でそう口にすると、アウローラは抱かれたまま目をつむる。
 肌に感じる彼の体温は少し冷たく、本格的な寒さに襲われている今の帝国ではほんの少しだけ肌寒く感じられるが、少し時間がたってくるとゆくっりと温かみが感じられるようになってきた。
 聞いた話によると半人半龍ドラゴニュートは恒温動物に属するらしく、体温がここまで急に変わることはないのでエルピスが体温を上げてくれたのだろう。
 暖かな彼の胸に抱かれながら、アウローラは人肌に温まったその温度を感じて自分の頭を撫でる手の感触に溺れる。
 ずっと長く、それこそ永遠に続いて欲しいと思えるほどに幸福な時間を過ごしていると、ふとエルピスが話を始める。

「俺さ、ずっと隠してる事あるじゃん」

「ーーあるわね。何回その話聞こうとしたかもはや忘れちゃったわ」

「それ今ここで話すって言ったら聞く?」

 撫でる手が一瞬止まり、そしてまたゆっくりと動き出す。
 彼が秘密にして居たこととは一体なんなのだろうか、それが気になって居たアウローラは反射的に同意の意を示そうとして、だが止まった。
 それはいままで彼が隠してきた事をこのタイミングで自分に言ってもいいのか不安になったからだ。

「……それはそんな軽いノリで言って良い物なの?」

「言っていいかどうかは俺の心次第かな。重要度で言えば高いけど、俺がアウローラとの関係の変化を恐れない限り口にするのは簡単な事だよ」

「ふふっ。あっ、ごめん。笑うつもりは無かったのよ。ただ独占欲は見せない割に不安な心は持つんだと思って、案外めんどくさいわね?」

「酷くない!?」

 独占欲を見せて呆れられたくはないが、離れていってしまうのは何よりも怖い。
 下手な独占欲よりもよっぽど面倒な性格をしているが、だからこそニルのあの感情を全てではないにしろ受け取ることができるのだろう。

「どんな話だって受け入れてあげるわよ。ほら」

 この旅についてきた時点で全てをエルピスに委ねる覚悟は出来ている。
 そして森霊種の国で恋人同士になり、改めて自分の感情と向き合った事でその想いは確実なものへと変わった。
 たとえ目の前の人物がなんであろうとも愛せる自信がいまのアウローラにはある。

「ありがとうアウローラ実は俺ーー」

 だから恐れないで。
 秘密を話す事に恐怖を感じることは当たり前、でも私はエルピスの全てが知りたい。
 たとえそれが知る必要のないことだとしてもーー

「ーー神なんだ」
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