クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

転移者

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「それで? なんで私が必要だったの?」

 アウローラ達を迎えに行って早い事で三日が経過している今日この頃。
 もう馴染んできたのか鳥料理を手に持ち少し頬を膨らませながら、エルピスの隣を歩いているアウローラはそんな事を口にする。
 今日はエルピスが転移者との会談を約束している日。これから交渉に向かうのだが、アウローラに何故彼女を選んだのか説明し忘れていたのを思い出したエルピスは、アウローラが手に持つ串を一本もらいながら質問に対して答えた。

「今回の相手がエンジニアらしいから、話が合うかと思って。あとアウローラと久々にゆっくり話したかったし。これ美味しいね」

「あらそうだったの? それなら任せない。取引先との会話は慣れたもんよ」

 社会人を経験したことのあるアウローラが言うのだから心強い。
 エルピスがいままでして来た商談は全て貴族相手であったので、商人やそれに類する人物との商談はこれが初めてとなる。
 かつて手に入れた技能スキルのおかげで大失敗することなどはないが、それでも言葉選びなどは慎重になるし緊張もしてしまう。
 不安材料を極力減らしたいエルピスからしてみれば、商談経験のあるアウローラと言う存在は大きなものであった。

「まぁエンジニアって言っても職種はいろいろあるからなんとも言えないけど」

「アウローラはどんな仕事についてたの?」

「私はゲーム作りが仕事だったわ。大学出て友達が作った出来立てのゲーム会社に入社して、三十手前でこっちに来たけどそれなりに給料も貰ってたわよ」

「凄いなぁ。社会人としての経験なんて何にもないからさ、憧れるよ」

 正確に言えばいまのエルピスも立派な社会人であるが、冒険者としての功績で大体の税金は免除されているし、エルピスが直接手に入れる金銭は大体が冒険者家業での収入なので日本で言うところの社会人らしさはそこにはない。
 勤労をしているだけであって、エルピスの心はいつまで経っても勉学に励んでいた高校生のままなのである。

「したい事を仕事に出来るのって、なんだかんだいいもんよ。もちろん嫌な事も見えてくるけど、それ以上の発見があるから」

「この一件が終わったら何か仕事でも始めてみようかな」

「今のエルピスがしてる事だって十分仕事よ。他の誰にもできないね」

「ありがとう」

 アウローラからの言葉はいつも絶妙にエルピスの心の隙間に入り込んで癒してくれる。
 その言葉に対して笑みと握った手の力で答えると、エルピスはそれから少し早歩きで目的の店へと向かって進んでいく。
 実際向かってみればそれほどの距離はなく、エルピスは身嗜みを整えて店先へと近づいた。

「お待ちしておりましたエルピス様」

「わざわざありがとう。これ皇帝からの手紙、暇な時に読んでおいて」

「これはこれは。皇帝陛下にはいつもご贔屓にしていただき、感謝してもしたりませんな」

 エルピスがおそらく店主であろう人物に手渡したのは、皇帝からいつか行く機会があれば渡しておいてくれと言われていた手紙だ。
 中身がなんなのかまではさすがにエルピスも見ていないが、店の内装を見てみると帝国が訪れた証がいくつか見受けられるので相当気に入られた店なのだろう。
 もちろんエルピスもその当の本人である皇帝自身からこの店を勧められたので、味は楽しみなところである。

「私の客人は?」

「既に奥の部屋でお待ちいただいております。私が案内いたしましょう」

 店員に案内されるがままに店の奥へと歩いていけば、道中大きな空になった皿をいくつも運び出して行く店員達の姿が見える。
 それはどれも同じような場所から向かってきており、その元を辿っていけばエルピスが先に予約しておいた部屋へと到着していた。
 扉を開けるより早く中にいた店員が出てくるのに目が合い、軽く会釈をしながらエルピスも中に入って行く。

「旨い! 久々にこんなに美味いものを食べた!」

 そう言って食べ物をまるで飲み込むようにして口に運び続けているのは、エルピスが今回招待した異世界人だ。
 日本人にしてはかなり大柄な人物で、身長は180前半、体重は目測ではあるが85といったところだろうか。
 大柄な体格ではあるものの身のこなしや魔力量的にたいした事もなさそうだが、その両脇でこれまた凄い勢いでご飯を食べている女性二人はそれなりの戦士のようである。
 右側に座った青いロングヘアーが特徴的な女性は斧を、左側に座っている緑の髪が特徴的なおそらく森霊種であろう女性は弓をそれぞれ手元に置いており、使い込まれているが故の傷もかなりの数見受けられた。
 そんな三人はエルピスが入ってきた事を確認すると慌てて立ち上がり、真ん中の人物が胸ポケットから名刺を差し出しす。

「おっと、失礼しました。本日はお呼びいただきありがとうございます、前田智まえださとると申します。こちら名刺です」

「これはどうも丁寧に。すいませんが名刺は無いので名乗りだけで、アルヘオ家長男エルピス・アルヘオです。遅れてしまい申し訳ありません」

 この世界で名刺交換をするという風習がないので仕方のないことではあるが、今後異世界人と積極的に交流して行くのであれば名刺を持つ事も大切かもしれない。
 そんな事を思いながらも椅子に腰掛けたエルピスは、とりあえず話題を提供しようと言葉を投げかける。

「そちらの方は?」

「同じパーティーメンバーで右側がオリビア左側がグレースです、どうしても付いて来たいと聞かなかったもので。すいません彼女達の食費は私が持ちますので」

「こちら持ちで構いませんよ。よろしくお願いしますオリビアさん、グレースさん」

「よろしく。契約内容の確認と何も無いか判断するために来ました」

「オリビアに同じ」

 警戒心をあらわにしてこちらを見つめるオリビアとは違い、グレースと呼ばれた方の女性の主目的はどうやら運ばれてくる料理の方に思える。
 三人の関係性が明瞭に分からない以上は踏み入った話もしにくいところではあるが、そうは言ってもこうしてこの食事の席に座っている以上はパーティーメンバーとしても相当親密な関係のはずだ。
 抱き抱えるための条件作りがしやすくなったななどとも考えていると、智の方からエルピスに対して質問を投げかけてくる。

「それでエルピスさん、そちらの方は?」

「私のパーティーメンバーのアウローラです。最近まで学園に居たのですがつい先日こちらに…アウローラ?」

「あ、ああ。ごめんなさい。ヴァンデルグ王国公爵家当主、アウローラ・ヴァスィリオよ。よろしくお願いするわ」

 エルピスの紹介に対して若干遅れるようにして反応したアウローラに、エルピスは少しだけ違和感を感じる。
(アウローラの調子がおかしいけど何か気になることでもあったのかな…それとも体調が悪いとか? 無理はさせられないけど商談始まったばっかりだし今は我慢してもらわないと)
 さすがに気絶してしまうような状態ならばエルピスも食事を中断する事も考えたが、今のは不注意であったと考えても納得がいく程度のものだった。
 注意深くアウローラの体調に気をつけつつも、エルピスは話の本筋を提示する。

「さて、両者自己紹介も終わったところですし本題に移りましょうか」

 そう言いながらエルピスが収納庫ストレージから取り出したのは、紐で書かられた用紙の束である。
 書かれている内容を全て暗記しているエルピスは、それを智に対して手渡すと軽く腕を組んで話を始める体制を整えた。

「……これは?」

「失礼ですがこちらの方で、前田さんのこの世界に来てからの経歴を探らせてもらいました。随分と熱心に開発に取り組んでおられるようですね」

「ーー趣味と実益を兼ねて、ですがね。よく調べられましたね」

 よく調べたどころの騒ぎではない。
 趣味や嗜好、好きな店や泊まった宿屋作り出したゲームに冒険者組合での受注依頼の数などなど。
 合法的な手段では到底集められないようなその書類の山に、智の表情は少しだけ苦いものになる。
 自分についてある程度調べてくることは予想済みであったはずだ、そしてそれを調べられた上で問題はないとそう判断していたはずである。
 だがエルピスが提出した書類には文字通り全てが記載されており、その中には伝えるところに伝えれば指名手配されかねないような事柄も記載されていた。
 明らかにこれは脅しの一つであり、そして智にとってはもはや両脇にいる二人の女性は、自らを守ってくれる盾から銃口を突きつけられた人質へと変わり始めていた。

「優秀な者達が近くに大勢いてくれるおかげです。前田さんの作ったゲームは私も何度か遊ばせて頂きました、非常に興味深かったです」

「それは良かったです。それで本題は?」

「私達アルヘオ家は、人類がこの戦争を乗り越えて笑って過ごせる世界を目指しています。そこで前田さんには、アルヘオ家の資金を使用してゲームを大量生産してもらいたいと考えています」

 ゲームの大量生産と口にするのは容易いが、それらに必要な資材を集めたり機材を手に入れたり運搬航路を手に入れるのにだって莫大なお金がかかるはずである。
 王国にあった筐体は智がなんとかして手に入れた資材を組み立て、商人のコネを使いようやく配置できたものなのでその労力は理解しているつもりだ。

 現実的ではないと言えるその提案だが、この世界におけるアルヘオ家の力を考えれば出来ない事ではないとも思える。
 それくらい転移者と転生者の間には地力の差があり、だからこそこの世界の科学技術は歪な進化を遂げているのだがそれはまた別の話だ。

「……ほう」

「もちろん全国民に、と言うわけにはいきません。極端な話ですが労働を常に行うものが遊戯に溺れ生産力を落とせば国は自壊へと足をすすめてしまうでしょう」

「日本のような社会形態では無いから……ですよねエルピスさん。異世界人ならではの視点ですね」

「私について知っていただけているとは光栄です。そうですね……私から前田さんに要求するのは二つ、一つ目はゲーム操作に一定以上の魔力操作技術を要求するゲームを作ること、二つ目は電子基盤などの工業系部品を最低でも一つ以上使用することです」

 智にとっては渾身のカードであったエルピスが転生者である事を知っているという情報も、エルピスにとってはなんの効果も与えられない。
 目に見えて動揺はないにしろなにか少しの変化があるはずだとエルピスの事を凝視する智だが、そんなものがエルピスにあるはずがないのである。
 一般的に黒髪は先祖返りであると広く流通しているので智は知らないのだが、転生者や転移者の見分けかたはエルピスも既に知っているのでその情報を取られたところでなんの不利にもなりはしない。
 無駄話に裂く時間はないとでもいいたげに、エルピスらそのまま話を続けて行く。

「私はこの世界の魔法操作技術の上達環境に対して、不公平さを無くしたいと思っています。農民も商人も貴族も王族も、全ての人間が一定のレベルまでは努力すれば到達できるべきだと考えいるのです。そして魔法産業の発達による機械産業の衰退を嫌います、二つの可能性がある事で作られる新たな文化形態の形成を作り出すのが我々の理念だと言っても構いません」

「戦争をすると言うのに随分と呑気な話ね、もう勝ったつもり?」

「負けたら人類という種はいくつかの種と共に消えます。なら負けた時の事なんて考える必要もないでしょう?」

 嫌味にも聞こえる口調でそう言ったオリビアに対して、エルピスの方は冷静さを崩すことはない。
 オリビアが話を挟んだ事に口出しもせず、そのままの流れで話を進めて行く。

「さて前田さん、貴方の意見をお聞かせ願えますか?」

「ーー前提として。前提として貴方の意見には賛成できるし、同意もしている。だが本当にそれだけなのか? 私の作るゲームで何をしようとしている?」

「何もーーという訳には行かないのでしょうね。正確には新たな市場の開拓と人類という種の全体的な強化です、人はこの世界で余りにも脆弱すぎる」

 AIや軍事産業などといった機械産業の中でも戦争に傾いた物品への技術転用を恐れていた智は、エルピスの言葉を聞いて一瞬頭の中が真っ白になる。
 人が弱いなどと、この世界に来て一瞬でも考えたことがあっただろうか。
 智の疑問に応えるようにしてまたもや口を開いたのはオリビアだ。

「人が脆弱か…面白い話だ。いまの人類生存圏の広さはどの亜人種でさえ凌駕する、そんな人類が脆弱だと?」

「広さは強さではありませんよ。人間が自らの土地に虫が巣を作っていてもそう気にならないように、上位種もまた人間の繁栄をどうでもいいと思っているからこその現状でしかありません」

 無関心で見過ごされていた虫が人に楯突けば、その結果は火を見るより明らかである。
 その虫に人がならない証拠などどこにもなく、だからこそ人はもっと強くあるべきだとエルピスは考えていた。

「だが人には繁殖力という強い武器がある。それにこの世界にあるレベル到達による報酬は人類にしか無いものだ」

「裏を返せばそれがあってようやく人類は対等より少し下、土精霊が本気を出せば今にも空は航空機で埋まりますよ?」

 厳密に言えば土精霊が人間と戦争をする事はあり得ないのだが、例え話として出すのであれば科学技術に最も秀でた彼らが今回は適任である。
 種族間の大規模戦争はこの世界でも長らく行われておらず、その理由は種族間同士の戦争の最終結果は神同士の争いになるからなのだが、いまはそれほど関係のある話でもない。

「だからこそ私は人が強くなることを望みます。そして強くなった人が希望を持ちこの世界を生き、新たな電子機械というジャンルで産業を発展させていく様を待望しています」

「なんだか話が難しいわね」

「ようは人が明日生きていきたいなって思うものがあればなんでもいいんだよ。それを作りたいだけ、それ以外は全部副産物さ」

 人類に希望があれば破壊神が暴れるのを防ぐ事だって出来るはずだ。
 戦時中にはやる事はそれほどないとは思うが、戦後の暗い空気をなんとかして和ませることができるのであればそれだけでも大変な価値である。
 エルピスの目をじっと見つめていた智は、それが嘘でないと判断したのかゆっくりと首を縦に振った。

「人が生きていく希望を作る仕事ですか…いいでしょう引き受けます」

「ありがとうございます。多分来年辺りにはそこら中の国が荒れに荒れるので早めに作って欲しいんですが行けますか?」

「エルピスさんいま年末近いの知ってます?」

「給料は弾みますので」

「……ブラック企業じゃないですか」

 年末は急がしくなるのが常ではあるが、それにしたってワンオペで長時間というのはこれまた随分とブラックな職場である。
 不平不満を垂れたいところではあるが同意してしまってからすぐにそんな事を口にするわけにもいかず、智は苦笑いを浮かべながらせめてもの抵抗にそんな事を口にした。

「話し合いも終わったことですし給料や休みなどは後々詰めるとして、まずはご飯を食べましょうか」

 会話をしている間にも横からどんどん運ばれてくる料理にいよいよ手をつけて、エルピスは皇帝が勧める料理を口へと運んでいく。
 さすがに皇帝が勧めるだけあって美味しい食べ物が多いが、どうしても特産品である鳥が多くなってしまうのは仕方のない事なのだろう。
 聞けばトゥームは鳥料理が苦手らしく、だとすればどこの料理屋に行ってもこんな調子なのだから彼からしてみれば帝国での食生活は辛いものがあるのは想像に難くない。
 フィトゥスになにか好物を作ってあげるように言ったほうがいいなと思いながらエルピスは箸をすすめるのだった。
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