クラス転移で神様に?

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青年期:法国

国王

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 ヴァンデルス王国国王、グロリアス・ヴァンデルグ。
 少年王とも影で呼ばれる彼が法国に突如として訪問してきた事により、法国内部には激震が走っていた。
 国王という立場の人間がお忍びでやってきていた事も驚きの一つの要因だが、一番の問題はかの王が聖都へと来るまでの痕跡がどこにも見つけられなかったことにある。
 聖都へと続く街道は全て法国の監視下にあり、森林や空などの警戒も魔法的なものである程度は感知できるようになっているのだ。
 それら全てをなんとかくぐり抜けたとして、聖都の周りには巡回の兵士が数多く存在していふし、都市内部ともなれば鼠の数すら把握している。
 それら全てをくぐり抜け、国王が街の広場で買い物をしているという異常事態が法国では起きていたのだ。

「兄さん、この服なんてどうかしら?」
「法国の修道衣を一般人向けにデザインしたものでしょ? さすがに立場的に不味いかなそれは」
「兄さんも大変ね」
「イリアほどじゃないさ。休暇も久々ってわけでもないし」

 一般人が見れば身なりの良い兄弟が買い物をしているだけに移るだろうが、グロリアスとイリアを知っているものからしてみれば蜃気楼でも見せられているような気分に陥る。
 法国から王国までの距離は遠いし、それでなくとも国王が聖都にやってくるなどという話は聞いたことがない。
 最初に気がついたのはグロリアスの対応をしていた店員、その次に兵士へと広まり徐々に権力者階級にグロリアス達の存在が匂わされ始める。
 これこそが彼らが囮として最も良い仕事を果たすという証明でもあり、実際のところ権力者達はグロリアスが目を引くピエロではなく混乱の原因であると捉えていた。
 服を見繕うふりを続ける兄弟の元にやってきたのは、ゲリシンの息のかかった権力者のうちの一人。

「これはこれは奇遇ですなヴァンデルス王国現国王グロリアス・ヴァンデルグ殿。この国にくると連絡された覚えはございませんが」
「これはこれはブラウン卿、奇遇ですねこんなところで。帝国で行われた会議以来ですか」
「そう……ですな。まさか私如きの事を覚えておいでとは」
「人を覚えるのには自信があるんですよ。ゲリシン殿のお隣におられましたしね」

 ブラウンと呼ばれた男はグロリアスの言葉に対して不快感を露わにする。
 自分の事など覚えていないだろう、そう考えてブラウンはグロリアスに接触したのだがまさか認知されていたとは。
 ゲリシンの隣にいたと言っても会議の場では一言も口にしていないし、服装も髪型も全てはいまと全く違ったものである。
 知られていない自分であればなんとかなるかも知れないが、知られている自分では行動範囲が一気に狭まってしまうだろう。
 今回ブラウンに与えられた役目はグロリアスが何故ここに来たのかの確認、それとここまで来た手段の確認である。
 王国で国王が観測された期間から考えると転移魔法を用いて移動したと考えられるのが常識的だが、その常識に当てはめると誰にも気が付かれないように転移してくる事自体もおかしな話だ。

「光栄です。そう言えば世間話ではありますが、どうしてグロリアス様はこちらに?」
「最近は仕事で忙しかったですから、たまには息抜きをしたいと思いまして。どうか僕が来ていることは内密にお願いします」

(内密になんか出来るわけないだろっ!!)
 ブラウンの心からの叫びは口に出していないのでもちろんグロリアスに届くことはなく、いまここでブラウンが口を閉じたところで既にゲリシンの耳にも及んでいることだろう。
 観光目的でお忍び来航というのはない話ではない。
 かつて共和国や帝国の王達も法国にやってきたことがあるし、上の立場の人間が表立って動くと何かと制約がついて回るので言いたい事もブラウンとしては分からないではなかった。
 だがいまの法国ではその動きはマズい。
 まずブラウンの預かり知らぬところで、ゲリシンが何かをしている。
 この時点で聖都内部に他国の人間を入れるだけで危険であるというのに、それに加えていま聖都にはグロリアスと仲の良いとされるエルピスまで存在する。
 グロリアスを相手にするだけであれば権力差的にも抑え込めるだろうし、最悪は強制送還という手段も取れなくはない。
 だがエルピスが聖都にいる事でグロリアスの脅威度は大きく跳ね上がる。
 政治に関する面ではグロリアスが、武力に関してはエルピスが、互いの長所で相手の短所を補う事で四大国でも簡単には手が出せないほどの力になっていた。

「もちろんですよ。もしよろしければ我が家で茶でもいかがですか? かの国王と話す機会に恵まれたとなればこれ以上の喜びはないでしょう」
「お誘いは非常にありがたいのですが、残念なことにやらなければいけないことが残っていますので」
「でしたらお兄様、私が代わりに行ってもよろしいでしょうか?」
「イリア様がですか? もちろん信じる者は違えど同じ神に仕える身、歓迎させていただきますよ」

 グロリアスを招く事に失敗はしたが、ブラウンはそれでも良いと考えていた。
 法国内部で次期枢機卿などともてはやされているブラウンだからこそグロリアスを招くことこそできるが、相手に対して強要できるほどの力は残念ながら存在しない。
 とはいえグロリアスの妹であり神に仕えるイリアを監視下に置けるのは大きい。
 ゲリシンへ仕事をしたというアピールにもなるし、何より大きな要素としてブラウン自体もイリアの信ずる神について興味があったのだ。

「では私はこれで」

 店の外へと出ていくグロリアスを逃すのは惜しい。
 自分の手の者に監視するように通達を出しながら、ゲリシンもイリアの動向に注意しつつ屋敷へと招き入れるのだった。

 さて、そんな事があったのは時間にして昼間。
 エルピス達の作戦の成否は未だに判明していなかったが、一足早く法国を転覆させるためにハイト達はクーデターのメンバーを集めていた。
 聖都内部の間者に関してはハイト自ら赴く事で決められた日時での行動を確約させたが、問題は法国内部に散らばる利益を持ってハイトの側につこうとする人物の説得である。
 当初これらの説得は当然のことながら難航するものと思われていたが、意外な事に今回の作戦に必要な人員はすぐに揃う事になった。
 その理由は大きく分けて二つ。
 そもそもハイトは神に好かれている。多少の問題行動を起こしたりしてもなんの罰則もハイトが与えられてこなかったのは、ハイトが神に愛される人間であったからだ。
 そんなハイトに属することは神の寵愛のおこぼれをもらえる可能性があり、その利益に対してめざとい貴族達が享受したいと考えていたから。
 もう一つの理由はセラの存在にあった。
 敬虔な信徒であればあるほどにセラが普通の天使ではないということが分かるようになり、人とは単純なものでそんなセラが味方する側の方が正義に思えてしまうのだ。
 中にはセラが熾天使であると気づくものもいたようで、狂信的な者達の協力を得られるようになったというのはハイトにとって嬉しい誤算だった。

「これでひとまず奪い返した後に国力が低下することは避けられるっす」
「そうね。後何人か寝返ってくれたらやりやすくなるのだけれど」
「それは難しいっす。枢機卿クラスの人物達は基本的に弟の手駒っす、下手に手を出すとこっちの動きが全部バレるっす」
「中々にままならないものね」

 人の国の運用体制について疑問を感じるセラだが、そんな人の営みも愛すべき特徴なのだろう。
 もう少し情報収集に時間をかけてからならば打てる手は多くあっただろうが、いまの情報の少なさではセラにも打てる手は限られている。
 願うことができるのであればもう少し手駒が多ければ対処方法が増えるのだろうが。
 そんな事を考えていると転移魔法によってこちらに誰かが飛んでくる気配を感じて、一瞬だけセラはそちらに気を振る。

「ただいま。そっちはどうだった?」
「順調よ。それよりもレネス、貴方ソレどこで拾ってきたの?」
「ソレ呼ばわりだなんて随分偉くなったものね!」

 セラがソレと口にしたのはレネスの小脇に抱えられている土精霊の事である。
 一部の土精霊はその超常的な鍛治技術を持つ代わりに、魔法に対して高い耐性力を持つことがあるのだ。
 基本的にはメリットとして語られるこの要素ではあるが、回復魔法を始めとした肉体強化魔法や転移魔法などにも耐性がつくため、触れていない状態での転移魔法の行使はレネスをしても億劫だったのだろう。
 手の中でセラの言葉に反応しジタバタとする姿は癇癪を起こした子供のようであるが、その実目の前の土精霊は鍛治神の娘、つまりは次期鍛治神候補の一人なのだからバツが悪い。
 そんなレネスとルミナの後ろに気配を感じて目線を向ければ、ぴょこぴょこと耳を動かす灰猫の姿があった。

「……とりあえず久しぶりと言っておきましょう灰猫。いままでどこに行っていたの?」
「世界を見て回ってたんだ。もちろんエルピスには断りを入れてあるよ」
「確かにそんな話をやんわり聞いたような気がしなくもないわね。猫だから急に居なくなるのも習性的なものかと思っていたのだけれど──」

 セラの視線が鍛治神の娘、ルミナへと注がれる。
 その視線は若干ながら冷たさを帯びているが、怒っているわけではなく単純に自分に対して礼儀を払う気のないルミナに対しての侮蔑や軽蔑に近い感情を抱いているだけだろう。
 思い切りが早すぎる気はするがそれはルミナがエルピスとの関わりが薄いがゆえ、セラからしてみればその時点で興味の対象外でしかないのだ。

「ソレが原因ね」
「私が世界中を旅するのはお母様のご意向よ? 天使がそれに逆らうことができるのかしら」
「絞め殺しますよ?」
「ストップストップ! なんでそんな喧嘩腰なのさ! もう少し冷静なキャラだったと思うんだけど!?」
「生意気な子供は躾けるに限ります。それにいまはエルピスもいないし」

 怒っている理由は完全に前者、姉としての側面が強いセラは同性で生意気な人物がいると驚くほど厳しくなる。
 特にセラのことを侮ってかかっているルミナなど格好の餌だ、口に出した絞め殺すという言葉も本当なのではないかと思えるほどの鬼気迫ったものがある。
 普段はあまり表に出さないような感情をいま表に出している理由は、本人が口にした通りエルピスがこの場にいないからだろう。

「まぁここは勘弁してよ、とりあえず今の状況を聞いていい?」

 冷静な灰猫からの言葉に対してセラは遊んでいる場合ではないかと考えを改める。
 別に締め上げるのはまたの機会でいいだろう。
 そう判断したセラが話を始め、いくつか必要事項を終えると次にハイトが続いて補足の説明を入れる。

「──とまぁ、そういうわけっす」
「確か貴方ハイトって言ったかしら? 中々面白いわね。私のお友達にしてあげてもいいわよ」
「貴方こそキャラが変わり過ぎよ。灰猫、貴方この子を甘やかせすぎたんじゃないかしら?」
「そんな事はないはず……なんだかいまだけ調子に乗っているだけで普段はもっとしっかりしてるんだよ?」

 実際のところ灰猫の態度を見る限りそうなのだろう。
 ルミナの行動に対してオドオドするような灰猫の姿は見ていてなんとも面白い物だ。

「つまりはそういうことね。ならまぁ私の司る物に関わることだし、目を瞑ってあげる」

 そうして目を凝らして見ていれば、ある程度状況を理解するのはセラにとってみれば造作もないことであった。
 権能によってセラの瞳に移されたのは魔力のような物でできた赤い糸、それは運命の糸でしかないがそこに好意という感情が乗ると光り輝いて見えるのだ。
 つまりルミナは灰猫のことを好いている。
 しかも自分より様々な面で上に立つセラに灰猫を取られないように嫉妬の炎を燃やすほどには、と註釈を付けるべきだろう。
 ちなみに灰猫からルミナへと続く赤い糸については──

「それで敵を寝返らせたいのよね? なら簡単よ」

 セラの思考を妨害するようにしてルミナは驚く提案をする。

「というと?」
「エルピスが神である事を明かし、そして私がこの国と正式に友好条約を結ぶ。
 それだけである程度放っておいてもこちら側に寝返る人間が出てくるだろう、権力者というのはそういうものだ」
「ぐうの音も出ないっすね、それに鍛治神のお嬢様がついてくれるのであれば千人力っす!」

 エルピスが神である事を明かせるかどうかは別として、ルミナが味方につくという事は非常に大きなアドバンテージである。
 法国という国が一人の神の存在だけで成り立っている事を考えれば、そこにもう一柱、二柱増えれば戦況が大幅に有利になるのは確定されたような物だ。

「後はエルピスさん達の方が成功するかどうかっすか……」
「まぁ大丈夫でしょ、苦戦するようなことがあるとは思えないし」

 もしエルピス達が苦戦するような何かが法国内部にあるのだとすれば、それは人類にとっても十二分な脅威たりえる。
 残された者達の出来ることといえば無事に帰って来てくれるように願うしかないのだった。
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