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青年期:法国
集合
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時刻は夜。
闇はどの街だろうと等しく地面へと降り注ぎ、太陽を失ったことで失われていく温度は世界の色を変えていく。
唯一暖かいのは布団の中に押し込まれた身体だけであり、暖かさを求めるために無意識のうちにエルピスは体を丸めていた。
人であれば自分の呼吸の音が聞こえるだろうが、エルピスは呼吸をしないので心臓の音が聞こえるばかりである。
無音という音が耳の中で響き続けてどれほどが、そんな中でエルピスが緩み切った表情を浮かべながらも起きていたのは目的があったからだ。
「人の寝込みに襲い掛かるだなんて、どんな教育を受けてきたんですかね」
首元に差し向けられた刃を跳ね除けて布団の中に隠し持っていた武器を振るうと、襲いかかってきた三人組のうち二人の首が落ちてもう一人の両腕が落とされる。
闇夜に溶け込むような装備を着用してエルピスの首を狙っていたのは、本日何度目かの傀儡兵だ。
聖都にやってきて実に一日、日は跨いでいるので正確には二日目になるのだろうか。
どちらにせよ傀儡兵というのは聖都にはそう珍しくないのではないかと思えるほどの遭遇率であり、付着した血を布団で拭いながらエルピスはため息をつく。
送り込んできた相手がゲリシンなのかそれ以外なのか、どちらにせよこれで完全に敵としてエルピスは法国上層部を認識した。
首を落とした傀儡兵はもはや動くことはないが、両腕を落とした傀儡兵はそれでもなんとかしてエルピスを殺そうとやたらめったら暴れまわる。
仕方がないと足まで切り落とし捕縛するエルピスだったが、さすがに物音が大きすぎたのか数人部屋に向かって走ってきているのを感じとる。
「エル、物音がしたけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。見ての通り傀儡兵のみなさんが命を狙いにきてくれた」
「サンプルが4体も捕まったのは大きいわね。エルピス、悪いけれど捕縛できる?」
4体も、そう言われて自分が切ったのは3人だったはずだが残り一人はどこに行ったのだろうかと考えたエルピスだったが、知らないうちに首を落としていたらしい。
仮にも聖人、見落とすほどの弱者ではなかったはずだが、寝ぼけてしまったのだろうか。
そう感じていたエルピスだったが実際のところエルピスの刀が首を落としたのは偶然。
敵の作戦は傀儡兵三人を囮にして残り一人の隠密行動の得意な傀儡兵がエルピスの首を取るというものだったのだ。
だが運良くエルピスの刀は敵の首を捕らえて作戦を破綻させていた。
「もちろん。そっちに行くだろうと思ってたんだけど警戒しててよかった、師匠には残ってもらってた方がよかったかな」
「後々ニルの力は必要になるし呼び出したのは間違いではないわよ」
「セラにそう言ってもらえると安心するよ。ところでハイトさんはどこに?」
「も、もう顔出して大丈夫っすか?」
部屋の中を見回してどこにもハイトがいないことを確認したエルピスが問うと、扉から顔だけを出したハイトがこちらの事を覗いていた。
聖人の四人を相手にして警戒するのは当たり前の事ではあるが、それでも既に制圧したのだから安心して前にやってきていいと思うのだがどうやら警戒を解く気はないらしい。
「大丈夫ですよ。意外と臆病なんですね」
「臆病にもなるっすよ! 聖人の実力は折り紙付きっすから。法国の犯罪者が全員裸足で逃げ出すレベルっすよ」
「直近で戦っていた敵が敵なだけに強さがいまいち分かりませんね」
ハイトに対して臆病と口にしたエラだったが、聖人の実力を侮っているわけではない。
その実力を理解しているうえで、それでも臆病であるとエラが判断したのは彼女の価値観がもはや常人のそれから少し離れてしまっている証明に他ならない。
邪龍を単身で討伐したエルピスならば臆病だと言われても理解できるし、事実聖人を屠ったのはエルピスなので言われても何も口にはできないがエラに言われた言葉にハイトは少しむっとした顔を見せる。
「聖人を4人も相手にしたら小さな国が傾くレベルっすよ!?」
国を相手にできる人間というのは言うまでもなく珍しい。
それでも冒険者組合の基準で言えば最高位冒険者には届かないのだが、最高位に近いだけの力を持っていると言ってもいいだろう。
しかし今回の場合に限ってはエラの頭の中にいる比較対象が悪かった。
最高位冒険者の中でも確実な勝利を収められるものは数少ない太古からの強者である始祖種、それがエラの頭の中にあった比較対象だったのだ。
「始祖に比べれば可愛いものですから」
「始祖ってあの……?」
「はい。伝説に語られるだけの力を確かに実感しました」
「俺は始祖と戦ってないから強さは分からないけど、やっぱり強かったんだ」
「一体魔界で何があったんっすか?」
邪龍と戦ったエルピスに、始祖種と戦ったエラ。
前者に関してはいつか復活するのではないかと噂されていたので、早かれ遅かれ人類が全滅するか英雄が生まれることは想定できない事ではなかった。
だが問題は始祖種の方である。
始祖種はそもそもその存在すら伝説であり、近代史でその暴虐を残した邪龍に比べれば始祖種達は観測もされていないので人によってはその存在すら怪しんでいる者もいた。
そんな始祖種と邪龍が同時期に動き始め、エラとエルピス両者の手によって撃退されているという事実。
魔界で何か大きな変革があったのは間違いがなく、ハイトの疑問はこの世界に生きる人間の物として当然の行動だろう。
「邪竜復活をかけて始祖が二分して大戦争が起きたんですよ。結局は邪竜も倒して勝ちましたが」
「やっぱり噂に聞いてた以上の実力っすね」
死にかけたというエルピスの言葉に対して、ハイトは死にかけるだけで済んだだけすごいものだと考える。
邪龍との戦闘や始祖種はどんなものなのか、気になることはあったがそれをハイトが聞くよりも早くエルピスからの疑問が飛んできた。
「噂の私はどのような活躍を?」
「共和国関連の話はもっぱら出回っているっす。それと王国の国土防衛戦の戦場で犠牲者を一人も出さずに敵を殲滅したとか、学園全てを覆うほどの巨大な魔法障壁を展開したとか無茶な話ばっかっすけど」
「全て事実ですね。共和国の話は正直あまり広まって欲しくない類の話ですが」
情報の世界で生きるものやある程度の地位についている者であれば共和国での一件に関してエルピスの行動を知らない人間などおらず、王国に滞在しているエルピスの元に招待状や手紙が届かなかったのはグロリアスが止めていたのもあるが貴族たちが怯えていたのもおおきに関係している。
戦場での死亡者0人や学園での戦闘などは目撃者が非常に多く、どれが本当の事なのか定かではないがそれでもそれだけの噂が立つという事はある程度の実力を保有しているだろうと考えていた。
実際昨日一日エルピスの立ち振る舞いを確認してその実力が本物であると理解したわけだが、そんな中で気になることが一つだけハイトの中に浮かび上がってくる。
疑問となった感情は徐々に核心へと変わっていき、抑えるべき質問であると知りながらもハイトの喉は音を鳴らしてまうのだ。
「もしかしてっすけど、エルピスさんが神だって話も本当だったり?」
「もしそうだと言ったら?」
「いろいろ腑に落ちるっす。まず手紙自体は数年前からエルピスさんに対して父が送っていたのを知っているっす。
それに対して反応しなかったのもまぁ自由なアルヘオ家ならではだと思ってたっすけど、急にここにやってきたエルピスさん達の会話を聞いている限りどうやら会いに来ているのは父じゃなく神様っぽいって感じる事が多いっす。
それだけだとまだ証拠として甘いっすけど、エルピスさんの戦闘能力やセラさんが熾天使である事を考えると神である可能性がひじょーに高いっす!」
一番ハイトの中でエルピスが神としての可能性を上げてくれていたのは、セラが熾天使であるという事実である。
この世界でも熾天使というのは稀に確認される存在であり、人類が破滅の危機に瀕している場合などは特にこの世界に降臨すると言われている。
ゲリシンが熾天使であるセラを前にして驚かなかったのは、戦争も控えているこの世界で熾天使がいることに疑問を感じていなかっただけなのだろうが、ゲリシンの物よりも更によいハイトの目はセラがこの世界の天使ではない別の次元の天使であることを見抜いていた。
自信たっぷりに言葉を返したハイトだったが、それに対してエルピスはにこやかな笑みを浮かべて言葉を返す。
「結論から言うとその考えは当たってます。私が司っているのは龍、ハイトさんに見破られるのは時間の問題だと思っていましたよ。
それに法国の人間には私が神であることがバレていると聞いていたので」
「龍神様にさん付けで呼ばれるとなんだか恥ずかしいっす。多分他の信徒は知らないと思うっすよ? 知っていたら街中を歩いている時にもっと大騒ぎになってるっす」
「確かにそれはそうですね」
敬意を示した態度をとるハイトに対して、エルピスが気になっていたのは神だと知られていないという事実の方である。
確かにエルピスは神の力によって相手を縛り付け、神であるという事実を外に漏らさないようにしていたがそれでもなんだかんだとあって情報は漏れ出てしまっていたはず。
事実神と認識されたエルピスは法国内部での特権を法皇の名の元に与えられていると帝国に居たころに確認も住んでいたし、手紙にもエルピスが神であることを示唆するような内容が書かれていたはずである。
いまさら誰もかれもその内容を忘れてしまったなどとは考えにくいので、あるとすればエルピスに手紙を出した人間がそもそも嘘をついていた可能性がある。
エルピスが神だと見抜いていたのは手紙の人物であり、法国内部での特権階級を与えられる程度の地位も持ちながら情報統制も行える人間がいたことになるのだ。
いまからでもその人物を特定するべきだろうか考えていたエルピスだったが、今度はエルピスが疑問を呈するよりも先にハイトから質問が投げかけられる。
「そう言うことならエルピスさんの神官はどちらに?」
「……王国にいますけど何か?」
「いやぁ多分っすけどここに付いてこられないとなると神官さん怒るっすよ? 人類生存圏内における神の法国への立ち入りは大々的に行われて神官がその隣に立ち神の言葉を代弁するのが古からの習わしっすから」
人の世界の営みを知らないわけではないだろうが、残念なことに神官が追随するような正式な他国への立ち入りは直近でも200年以上前の事である。
知らないのも無理はないがなんらかの宗教に関係する人間であればだれでも知っているような物、エルピスに神官が居るのであればその立場を持っている自分を置き去りにして法国に一人でエルピスが向かったことを知ったら十中八九怒るだろう。
そんな事をハイトから聞いたエルピスは徐々に顔を青白くさせていく。
邪龍をも討伐した男の青ざめる顔など随分と珍しいものが見られたものだが、何とか問題を解決してあげる必要もあるだろうと同時にハイトは考えていた。
「嘘ですよね、何も言わずに来ちゃったんですけど」
「もし自分が逆の立場だったらすっごい悲しいっすね」
神官という立場は所詮神から与えられたもの、だが人が神と対等な関係であると証明する唯一ものでもある。
それを蔑ろにされて仕舞えば落ち込むのも無理はないだろう。
いまからでも呼ぶべきかと悩むエルピスだったが、こういった時のエルピスは基本ロクな目に合わないと相場が決まっている。
魔神の権能によって人が転移し来ることを察知したエルピスは、その中にいま一番会いたくない人物の気配があるのを感じ取る。
「──お取り込み中に失礼致します」
「い、イリア!? な、なんでここに!」
「久しぶりエルピス、元気そうで何よりだよ」
やってきたのはレネスに連れられたニルとイリア、そしてもう一人つけ慣れた王冠を外してまでやってきた人物が一人。
とりあえずいまの自分に出来ることは知らないフリだろうとエルピスは数十秒前の記憶をいったん全て消す。
「どこに行ってたのさ、心配してたんだよニル。なんでそんな怒られ疲れたみたいな顔してるの?」
「ニルさんイリアにこってりと絞られていたので。お久しぶりですエルピスさん」
「グロリアス! 久しぶりだな!!」
魔界に入ってからはなるべく魔界内部で動くための時間を確保するため、エルピスは王国との定期連絡を代理のものにさせていた。
グロリアスと会うのはそれなりに久しぶりのことであり、エルピスは会うたびに成長するグロリアスを見て何か温かいものを感じている。
「エルピス様、申し訳ありませんがお兄様との会話はまた後にしてくださいませ。
レネス様からいろいろと話は伺っておりますが、まずは神官としてお話があります」
「できればお手柔らかに……」
「それでエルピスは怒られているから置いておくとして、そっちはどんな収穫があったの?」
セラが視線を向けたのは叱られるエルピスを見てニコニコと笑っているニルに対してである。
放浪癖は昔からのことであるが、今回は目的があるから一旦離れると事前に聞いていたので何をしていたかの確認だ。
そんなセラの言葉に対してニルは少しだけ気まずそうな顔をする。
「収穫はあったけど一番の目的だったヴァイスハイトがここに居るなんて、一体どうやって会ったの?」
「自分に用があったっすか?」
「そうだよ。僕は君のことをよく知っている、君のいま置かれている状況も何をしようとしているかもね。
それがお互いにメリットのあることだから協力関係になれると思って世界中を探し回っていたのに、まさか未だに法国に居たなんて驚きだったよ」
「妹達を探していたから出るのが遅れてしまったっす。本当は早く行く予定だったんすけど夢でお告げがあったんでゆっくり探してたっす!」
本来ならばエルピス達とハイトが出会うことはなく、ニルが探していたとは言えどれだけ早くとも今回の一件が終了してからエルピス達とハイトは顔を合わせることになっていただろう。
だがエルピスが創生神からハイトと巡り合う方法を聞いていたため、偶然にもそれを回避することができのだ。
夢でのお告げにエルピスの突発的な行動、こうなると創生神が何か悪知恵を働かせていることはほぼ確実だがニルが横から挟む口はない。
ニルが創生神相手に敵意を見せるとしたら、その悪知恵でエルピスやその近隣のものに実害が及んだ後の話である。
それまではニルは中立の立場を守ると決めていた。
「まぁどちらにせよ協力関係を結べたならこれ以上の事はないよ、よろしく。僕の名前はニル」
「よろしくっす! 自分の事はハイトって呼んでもらえると嬉しいっす。それで奥にいる国王は何しにきたっすか?」
敬称として国王と呼ばれる人物は世界中に存在するが、いまやヴァンデルグ王国の王であるグロリアスを差し置いて王を名乗れるような人物はいない。
ハイトの声に警戒心が篭ったのは単にグロリアスの脅威がそれほどであるという証でもあり、エルピス達と話していたハイトはなりを潜めて法国の第一皇女としての側面が前に出てきている。
「自己紹介が遅れてしまいすいません。ヴァンデルグ王国現国王グロリアス・ヴァンデルグと申します。
本日は妹の付き添いに来ただけなので。それとエルピスさんからついでに杖もいただければと」
そんなハイトの言葉に対して慣れた風に返しながら、グロリアスはエルピスにそれとなく助け舟を出す。
戦争開始前のほんの少しの時間にニルからグロリアスが一人前になった証として杖を欲しているらしいと言われ、現在持ちうる最高峰の素材を用いて作り出した杖の存在を思い出しエルピスは収納庫からそれを取り出した。
長さにして三十センチほどの杖は、見ただけでその特異性を他者に理解させる。
杖の色は白、それも穢れを知らない白であり、この世界で不壊とされる木の色と同じ色でもあった。
「──杖だよね! 聞いてるよニルから、これ用意したやつだから持っておいて。
森妖種の国の女王から神樹をちょっと貰って作った杖だから大切にしてね」
「エルピス様、話はまだ終わっておりません! それにそんな高価な品を兄に持たせたらまた兄が調子に乗ります!」
「ありがとうございますエルピスさん!!」
神樹によって作られた杖であるとエルピスが口にした途端、ハイトとイリアが目が飛び出るほどに驚きの声をあげる。
魔法の杖は基本的に希少なものであれば希少なものであるほどに良いと言われている。
その点において壊れることなく、また森妖種達の願いを魔力として受け取り続けていた神樹は使用者の魔法適性を一段回跳ね上げるという特殊な力を持つ。
上級魔法を使用できるものであれば超級魔法を、そして超級を使用できるものであれば──
未来の歴史家や戦士達がこぞって最強の武器の一つとして名を上げる白鬼の杖はこうして王の手に渡ったのであった。
ニコニコと笑みを浮かべるグロリアスに対してイリアはまだまだ何か口にしたいことがあるようだったが、話の流れが一旦切れたことを確認したセラが間に入る。
「ちょうど良いタイミングですし国王であるグロリアスさんとイリアの話も聞いてみたいところね。
二人とも悪いのだけれど席に座ってもらえる?」
「セラ様にそう言われれば仕方がないですね。エルピス様、話はまだまだあるんですからね。今回はセラ様のお顔を立てさせていただきますが」
「勘弁してください」
エルピスの心からの謝罪に納得したのかそれ以上話す気はなくなったらしいイリアを置いて、セラの説明はゆっくりと始まる。
「まずは状況の説明から軽くさせてもらいます」
セラが始めた説明は基本的にはこの国にきてからの事とセラの予想である。
傀儡兵の製造方法はおそらく呪いやそれに類する方法、または特殊技能以上の何かを用いて作られたものだろうという予想であった。
それに加えて勢力争いについてセラとニルで事前に収集した情報も開示しており、その中にはハイトの知らない情報もあったのだから二人の情報収集能力は驚きである。
「──と言う事なのですが、お二人に心当たりは?」
「法国の内部がそんな事になっているとは知りませんでした。というか知ってもよかったのでしょうか、ヴァイスハイトさんは何も言ってきませんでしたが」
「ハイトでいいっす。正直聞かれるとまずい話っすけど手伝ってもらう手前贅沢は言えないっす」
「それならこば私のこともグロリアスとお呼び捨てください。今回の件は王国にとっても良い利益を産みます、全面的な協力をさせていただきむしょう」
「助かるっす。王国の情報網は信用に値するっす」
ハイトのいまの立場としては所詮エルピスの戦力に頼り切りの状態、多少の無理を言われてもなにか文句を返せる立場ではないのだ。
それを分かっていながら聞いてきているのだとしたら、グロリアスという王は油断ならないとハイトは判断する。
腹芸が得意という印象を国王に持ったことはなかったが、少し外に出ていない間に随分と成長したようだ。
「それで話に挙がっていた人工聖人とやらがこの転がっている者達ですか?」
「そうだよ。縛ってあるけど生きてるから気をつけてね」
グロリアスの冷たい目線の先にあるのはダルマになった傀儡兵の姿。
常人であれば吐いてしまうような状況だが、国王としてそう言った状況を見てこなかったわけではないグロリアスには不快程度で済んでいた。
「死んではいないようですが、魂が感じられませんね。一体どこに行ってしまったのでしょうか」
「一応俺が浄化したから九割は還したけどそれでも魂自体はこびり付いているよ」
「そうですか、中々なものを作り出したものですね……」
言葉を選んだグロリアスだったが、その不快感は隠せそうにもない。
王国は基本的には法を守った範囲内の兵器しか作られていないので、グロリアスがこういったものに触れ合って来ていないのが大きいだろう。
実際のところ王国にそう言った兵器がないわけではない。
非人道的な兵器は直結してそのまま国の強さへと変わることが往往にしてある。
帝国、法国、共和国、連合国、四大国と呼ばれる国には専用の機関までも存在し、情報戦を始めとして裏で動き回る者達しか知らない魔法や武器なども存在していた。
「一番大事なのはこれがどこで作られてるか、だけどそれ自体はもう場所も大方分かってるんだよね」
「どこで作られているんですか?」
「大教会の地下、そこにある研究所の中だよ。多分そこで作ってると思う」
昼間に神域を使用した時にある程度の情報は把握したので間違いはない。
いつもならばそのまま作戦会議が始まるところだったが、エラがエルピスの言葉に対して疑問を投げかける。
「エルが多分って口にするの珍しいね。何か分からないことでもあったの?」
「へばりついた魂を感じたからいるだろうって言うのは分かるんだけど、動く傀儡兵が居るかどうかが分からないんだよね。作りかけのやつはいるかもしれないけれど」
生者であって生者でなく、死者であって死者出ない。
そんな気配を感じたのは後にも先にもこれが初めてのことであり、エルピスが困惑してしまっているのも仕方がないことだろう。
ただ場所が分かっているのだから作戦はもう作り出せる。
作戦の考案はセラとニルの主導によって行われることになった。
「ここから先は三班に分かれるのが良いんじゃないかしら」
「三班に?」
「一班はいまから大教会の下へと侵入して証拠を抑えて帰ってくる。
二班はハイトさんと一緒にクーデターの準備を。
三班は情報収集となるべく監視の目線を引きつける」
「クーデターの準備ならほとんど終わっている状態っす。
聖都にいる人間だけじゃなく合図を出したら法国にいる自分の派閥の人間はほぼ動いてくれるっす」
聖都に監禁されながら自分の派閥の人間に即座に指示を出せるほどの環境を作り出せた辺りは、伊達に皇女として生きているだけはある。
「なら二班は第二、第三の皇女の救出を目標として動きましょう。
私とニルが二番に入ります、エルピスは誰か二人くらい一班の方に連れて行って」
「それならエラと師匠をお願い。イリアは大丈夫かもしれないけどグロリアスは一旦帰る? さすがに国王が留守にしていると不味くない?」
「国王である僕が正式に表から入ってきたら招き入れないわけにもいきませんし、僕は三班に結構必要な存在だと思いますよ」
事前申告もなしにいきなり王がやってくるなど迷惑この上ないが、小国の王であるならばまだしも王国の王であれば嫌々ながら対応せざるを得ないはずだ。
エルピスもその事を頭で理解はしているが、危険度を考えるとあまり進めたくないのが本音である。
「それはそうなんだけど…じゃあお願いするよグロリアス」
「任せてくださいエルピスさん!」
王として成長しても未だに敬称をつけて呼んでくるグロリアスは可愛らしいものだ。
作戦決行は日が上がってから。
法国内部で事件を起こせば確実にエルピス達が疑われるだろうが、数日後の朝にはこの国にはこの部屋にいる人間で残っているのはハイトだけだ。
「一班は情報回収が終わったらそのまま三班の手伝いに移行するよ。グロリアス達の仕事が終わるだろう明日の夕方に集合して情報を交換し合おう」
「それで大丈夫っす」
「じゃあ一旦ここで解散だね」
日はまだ登りきっていないが、作戦が決まりメンバーが集まったのであればとっとと行動を開始した方がいいのは分かりきったことだ。
お互いの健闘を祈りながらエルピス達は夜の闇へと消えていくのだった。
闇はどの街だろうと等しく地面へと降り注ぎ、太陽を失ったことで失われていく温度は世界の色を変えていく。
唯一暖かいのは布団の中に押し込まれた身体だけであり、暖かさを求めるために無意識のうちにエルピスは体を丸めていた。
人であれば自分の呼吸の音が聞こえるだろうが、エルピスは呼吸をしないので心臓の音が聞こえるばかりである。
無音という音が耳の中で響き続けてどれほどが、そんな中でエルピスが緩み切った表情を浮かべながらも起きていたのは目的があったからだ。
「人の寝込みに襲い掛かるだなんて、どんな教育を受けてきたんですかね」
首元に差し向けられた刃を跳ね除けて布団の中に隠し持っていた武器を振るうと、襲いかかってきた三人組のうち二人の首が落ちてもう一人の両腕が落とされる。
闇夜に溶け込むような装備を着用してエルピスの首を狙っていたのは、本日何度目かの傀儡兵だ。
聖都にやってきて実に一日、日は跨いでいるので正確には二日目になるのだろうか。
どちらにせよ傀儡兵というのは聖都にはそう珍しくないのではないかと思えるほどの遭遇率であり、付着した血を布団で拭いながらエルピスはため息をつく。
送り込んできた相手がゲリシンなのかそれ以外なのか、どちらにせよこれで完全に敵としてエルピスは法国上層部を認識した。
首を落とした傀儡兵はもはや動くことはないが、両腕を落とした傀儡兵はそれでもなんとかしてエルピスを殺そうとやたらめったら暴れまわる。
仕方がないと足まで切り落とし捕縛するエルピスだったが、さすがに物音が大きすぎたのか数人部屋に向かって走ってきているのを感じとる。
「エル、物音がしたけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。見ての通り傀儡兵のみなさんが命を狙いにきてくれた」
「サンプルが4体も捕まったのは大きいわね。エルピス、悪いけれど捕縛できる?」
4体も、そう言われて自分が切ったのは3人だったはずだが残り一人はどこに行ったのだろうかと考えたエルピスだったが、知らないうちに首を落としていたらしい。
仮にも聖人、見落とすほどの弱者ではなかったはずだが、寝ぼけてしまったのだろうか。
そう感じていたエルピスだったが実際のところエルピスの刀が首を落としたのは偶然。
敵の作戦は傀儡兵三人を囮にして残り一人の隠密行動の得意な傀儡兵がエルピスの首を取るというものだったのだ。
だが運良くエルピスの刀は敵の首を捕らえて作戦を破綻させていた。
「もちろん。そっちに行くだろうと思ってたんだけど警戒しててよかった、師匠には残ってもらってた方がよかったかな」
「後々ニルの力は必要になるし呼び出したのは間違いではないわよ」
「セラにそう言ってもらえると安心するよ。ところでハイトさんはどこに?」
「も、もう顔出して大丈夫っすか?」
部屋の中を見回してどこにもハイトがいないことを確認したエルピスが問うと、扉から顔だけを出したハイトがこちらの事を覗いていた。
聖人の四人を相手にして警戒するのは当たり前の事ではあるが、それでも既に制圧したのだから安心して前にやってきていいと思うのだがどうやら警戒を解く気はないらしい。
「大丈夫ですよ。意外と臆病なんですね」
「臆病にもなるっすよ! 聖人の実力は折り紙付きっすから。法国の犯罪者が全員裸足で逃げ出すレベルっすよ」
「直近で戦っていた敵が敵なだけに強さがいまいち分かりませんね」
ハイトに対して臆病と口にしたエラだったが、聖人の実力を侮っているわけではない。
その実力を理解しているうえで、それでも臆病であるとエラが判断したのは彼女の価値観がもはや常人のそれから少し離れてしまっている証明に他ならない。
邪龍を単身で討伐したエルピスならば臆病だと言われても理解できるし、事実聖人を屠ったのはエルピスなので言われても何も口にはできないがエラに言われた言葉にハイトは少しむっとした顔を見せる。
「聖人を4人も相手にしたら小さな国が傾くレベルっすよ!?」
国を相手にできる人間というのは言うまでもなく珍しい。
それでも冒険者組合の基準で言えば最高位冒険者には届かないのだが、最高位に近いだけの力を持っていると言ってもいいだろう。
しかし今回の場合に限ってはエラの頭の中にいる比較対象が悪かった。
最高位冒険者の中でも確実な勝利を収められるものは数少ない太古からの強者である始祖種、それがエラの頭の中にあった比較対象だったのだ。
「始祖に比べれば可愛いものですから」
「始祖ってあの……?」
「はい。伝説に語られるだけの力を確かに実感しました」
「俺は始祖と戦ってないから強さは分からないけど、やっぱり強かったんだ」
「一体魔界で何があったんっすか?」
邪龍と戦ったエルピスに、始祖種と戦ったエラ。
前者に関してはいつか復活するのではないかと噂されていたので、早かれ遅かれ人類が全滅するか英雄が生まれることは想定できない事ではなかった。
だが問題は始祖種の方である。
始祖種はそもそもその存在すら伝説であり、近代史でその暴虐を残した邪龍に比べれば始祖種達は観測もされていないので人によってはその存在すら怪しんでいる者もいた。
そんな始祖種と邪龍が同時期に動き始め、エラとエルピス両者の手によって撃退されているという事実。
魔界で何か大きな変革があったのは間違いがなく、ハイトの疑問はこの世界に生きる人間の物として当然の行動だろう。
「邪竜復活をかけて始祖が二分して大戦争が起きたんですよ。結局は邪竜も倒して勝ちましたが」
「やっぱり噂に聞いてた以上の実力っすね」
死にかけたというエルピスの言葉に対して、ハイトは死にかけるだけで済んだだけすごいものだと考える。
邪龍との戦闘や始祖種はどんなものなのか、気になることはあったがそれをハイトが聞くよりも早くエルピスからの疑問が飛んできた。
「噂の私はどのような活躍を?」
「共和国関連の話はもっぱら出回っているっす。それと王国の国土防衛戦の戦場で犠牲者を一人も出さずに敵を殲滅したとか、学園全てを覆うほどの巨大な魔法障壁を展開したとか無茶な話ばっかっすけど」
「全て事実ですね。共和国の話は正直あまり広まって欲しくない類の話ですが」
情報の世界で生きるものやある程度の地位についている者であれば共和国での一件に関してエルピスの行動を知らない人間などおらず、王国に滞在しているエルピスの元に招待状や手紙が届かなかったのはグロリアスが止めていたのもあるが貴族たちが怯えていたのもおおきに関係している。
戦場での死亡者0人や学園での戦闘などは目撃者が非常に多く、どれが本当の事なのか定かではないがそれでもそれだけの噂が立つという事はある程度の実力を保有しているだろうと考えていた。
実際昨日一日エルピスの立ち振る舞いを確認してその実力が本物であると理解したわけだが、そんな中で気になることが一つだけハイトの中に浮かび上がってくる。
疑問となった感情は徐々に核心へと変わっていき、抑えるべき質問であると知りながらもハイトの喉は音を鳴らしてまうのだ。
「もしかしてっすけど、エルピスさんが神だって話も本当だったり?」
「もしそうだと言ったら?」
「いろいろ腑に落ちるっす。まず手紙自体は数年前からエルピスさんに対して父が送っていたのを知っているっす。
それに対して反応しなかったのもまぁ自由なアルヘオ家ならではだと思ってたっすけど、急にここにやってきたエルピスさん達の会話を聞いている限りどうやら会いに来ているのは父じゃなく神様っぽいって感じる事が多いっす。
それだけだとまだ証拠として甘いっすけど、エルピスさんの戦闘能力やセラさんが熾天使である事を考えると神である可能性がひじょーに高いっす!」
一番ハイトの中でエルピスが神としての可能性を上げてくれていたのは、セラが熾天使であるという事実である。
この世界でも熾天使というのは稀に確認される存在であり、人類が破滅の危機に瀕している場合などは特にこの世界に降臨すると言われている。
ゲリシンが熾天使であるセラを前にして驚かなかったのは、戦争も控えているこの世界で熾天使がいることに疑問を感じていなかっただけなのだろうが、ゲリシンの物よりも更によいハイトの目はセラがこの世界の天使ではない別の次元の天使であることを見抜いていた。
自信たっぷりに言葉を返したハイトだったが、それに対してエルピスはにこやかな笑みを浮かべて言葉を返す。
「結論から言うとその考えは当たってます。私が司っているのは龍、ハイトさんに見破られるのは時間の問題だと思っていましたよ。
それに法国の人間には私が神であることがバレていると聞いていたので」
「龍神様にさん付けで呼ばれるとなんだか恥ずかしいっす。多分他の信徒は知らないと思うっすよ? 知っていたら街中を歩いている時にもっと大騒ぎになってるっす」
「確かにそれはそうですね」
敬意を示した態度をとるハイトに対して、エルピスが気になっていたのは神だと知られていないという事実の方である。
確かにエルピスは神の力によって相手を縛り付け、神であるという事実を外に漏らさないようにしていたがそれでもなんだかんだとあって情報は漏れ出てしまっていたはず。
事実神と認識されたエルピスは法国内部での特権を法皇の名の元に与えられていると帝国に居たころに確認も住んでいたし、手紙にもエルピスが神であることを示唆するような内容が書かれていたはずである。
いまさら誰もかれもその内容を忘れてしまったなどとは考えにくいので、あるとすればエルピスに手紙を出した人間がそもそも嘘をついていた可能性がある。
エルピスが神だと見抜いていたのは手紙の人物であり、法国内部での特権階級を与えられる程度の地位も持ちながら情報統制も行える人間がいたことになるのだ。
いまからでもその人物を特定するべきだろうか考えていたエルピスだったが、今度はエルピスが疑問を呈するよりも先にハイトから質問が投げかけられる。
「そう言うことならエルピスさんの神官はどちらに?」
「……王国にいますけど何か?」
「いやぁ多分っすけどここに付いてこられないとなると神官さん怒るっすよ? 人類生存圏内における神の法国への立ち入りは大々的に行われて神官がその隣に立ち神の言葉を代弁するのが古からの習わしっすから」
人の世界の営みを知らないわけではないだろうが、残念なことに神官が追随するような正式な他国への立ち入りは直近でも200年以上前の事である。
知らないのも無理はないがなんらかの宗教に関係する人間であればだれでも知っているような物、エルピスに神官が居るのであればその立場を持っている自分を置き去りにして法国に一人でエルピスが向かったことを知ったら十中八九怒るだろう。
そんな事をハイトから聞いたエルピスは徐々に顔を青白くさせていく。
邪龍をも討伐した男の青ざめる顔など随分と珍しいものが見られたものだが、何とか問題を解決してあげる必要もあるだろうと同時にハイトは考えていた。
「嘘ですよね、何も言わずに来ちゃったんですけど」
「もし自分が逆の立場だったらすっごい悲しいっすね」
神官という立場は所詮神から与えられたもの、だが人が神と対等な関係であると証明する唯一ものでもある。
それを蔑ろにされて仕舞えば落ち込むのも無理はないだろう。
いまからでも呼ぶべきかと悩むエルピスだったが、こういった時のエルピスは基本ロクな目に合わないと相場が決まっている。
魔神の権能によって人が転移し来ることを察知したエルピスは、その中にいま一番会いたくない人物の気配があるのを感じ取る。
「──お取り込み中に失礼致します」
「い、イリア!? な、なんでここに!」
「久しぶりエルピス、元気そうで何よりだよ」
やってきたのはレネスに連れられたニルとイリア、そしてもう一人つけ慣れた王冠を外してまでやってきた人物が一人。
とりあえずいまの自分に出来ることは知らないフリだろうとエルピスは数十秒前の記憶をいったん全て消す。
「どこに行ってたのさ、心配してたんだよニル。なんでそんな怒られ疲れたみたいな顔してるの?」
「ニルさんイリアにこってりと絞られていたので。お久しぶりですエルピスさん」
「グロリアス! 久しぶりだな!!」
魔界に入ってからはなるべく魔界内部で動くための時間を確保するため、エルピスは王国との定期連絡を代理のものにさせていた。
グロリアスと会うのはそれなりに久しぶりのことであり、エルピスは会うたびに成長するグロリアスを見て何か温かいものを感じている。
「エルピス様、申し訳ありませんがお兄様との会話はまた後にしてくださいませ。
レネス様からいろいろと話は伺っておりますが、まずは神官としてお話があります」
「できればお手柔らかに……」
「それでエルピスは怒られているから置いておくとして、そっちはどんな収穫があったの?」
セラが視線を向けたのは叱られるエルピスを見てニコニコと笑っているニルに対してである。
放浪癖は昔からのことであるが、今回は目的があるから一旦離れると事前に聞いていたので何をしていたかの確認だ。
そんなセラの言葉に対してニルは少しだけ気まずそうな顔をする。
「収穫はあったけど一番の目的だったヴァイスハイトがここに居るなんて、一体どうやって会ったの?」
「自分に用があったっすか?」
「そうだよ。僕は君のことをよく知っている、君のいま置かれている状況も何をしようとしているかもね。
それがお互いにメリットのあることだから協力関係になれると思って世界中を探し回っていたのに、まさか未だに法国に居たなんて驚きだったよ」
「妹達を探していたから出るのが遅れてしまったっす。本当は早く行く予定だったんすけど夢でお告げがあったんでゆっくり探してたっす!」
本来ならばエルピス達とハイトが出会うことはなく、ニルが探していたとは言えどれだけ早くとも今回の一件が終了してからエルピス達とハイトは顔を合わせることになっていただろう。
だがエルピスが創生神からハイトと巡り合う方法を聞いていたため、偶然にもそれを回避することができのだ。
夢でのお告げにエルピスの突発的な行動、こうなると創生神が何か悪知恵を働かせていることはほぼ確実だがニルが横から挟む口はない。
ニルが創生神相手に敵意を見せるとしたら、その悪知恵でエルピスやその近隣のものに実害が及んだ後の話である。
それまではニルは中立の立場を守ると決めていた。
「まぁどちらにせよ協力関係を結べたならこれ以上の事はないよ、よろしく。僕の名前はニル」
「よろしくっす! 自分の事はハイトって呼んでもらえると嬉しいっす。それで奥にいる国王は何しにきたっすか?」
敬称として国王と呼ばれる人物は世界中に存在するが、いまやヴァンデルグ王国の王であるグロリアスを差し置いて王を名乗れるような人物はいない。
ハイトの声に警戒心が篭ったのは単にグロリアスの脅威がそれほどであるという証でもあり、エルピス達と話していたハイトはなりを潜めて法国の第一皇女としての側面が前に出てきている。
「自己紹介が遅れてしまいすいません。ヴァンデルグ王国現国王グロリアス・ヴァンデルグと申します。
本日は妹の付き添いに来ただけなので。それとエルピスさんからついでに杖もいただければと」
そんなハイトの言葉に対して慣れた風に返しながら、グロリアスはエルピスにそれとなく助け舟を出す。
戦争開始前のほんの少しの時間にニルからグロリアスが一人前になった証として杖を欲しているらしいと言われ、現在持ちうる最高峰の素材を用いて作り出した杖の存在を思い出しエルピスは収納庫からそれを取り出した。
長さにして三十センチほどの杖は、見ただけでその特異性を他者に理解させる。
杖の色は白、それも穢れを知らない白であり、この世界で不壊とされる木の色と同じ色でもあった。
「──杖だよね! 聞いてるよニルから、これ用意したやつだから持っておいて。
森妖種の国の女王から神樹をちょっと貰って作った杖だから大切にしてね」
「エルピス様、話はまだ終わっておりません! それにそんな高価な品を兄に持たせたらまた兄が調子に乗ります!」
「ありがとうございますエルピスさん!!」
神樹によって作られた杖であるとエルピスが口にした途端、ハイトとイリアが目が飛び出るほどに驚きの声をあげる。
魔法の杖は基本的に希少なものであれば希少なものであるほどに良いと言われている。
その点において壊れることなく、また森妖種達の願いを魔力として受け取り続けていた神樹は使用者の魔法適性を一段回跳ね上げるという特殊な力を持つ。
上級魔法を使用できるものであれば超級魔法を、そして超級を使用できるものであれば──
未来の歴史家や戦士達がこぞって最強の武器の一つとして名を上げる白鬼の杖はこうして王の手に渡ったのであった。
ニコニコと笑みを浮かべるグロリアスに対してイリアはまだまだ何か口にしたいことがあるようだったが、話の流れが一旦切れたことを確認したセラが間に入る。
「ちょうど良いタイミングですし国王であるグロリアスさんとイリアの話も聞いてみたいところね。
二人とも悪いのだけれど席に座ってもらえる?」
「セラ様にそう言われれば仕方がないですね。エルピス様、話はまだまだあるんですからね。今回はセラ様のお顔を立てさせていただきますが」
「勘弁してください」
エルピスの心からの謝罪に納得したのかそれ以上話す気はなくなったらしいイリアを置いて、セラの説明はゆっくりと始まる。
「まずは状況の説明から軽くさせてもらいます」
セラが始めた説明は基本的にはこの国にきてからの事とセラの予想である。
傀儡兵の製造方法はおそらく呪いやそれに類する方法、または特殊技能以上の何かを用いて作られたものだろうという予想であった。
それに加えて勢力争いについてセラとニルで事前に収集した情報も開示しており、その中にはハイトの知らない情報もあったのだから二人の情報収集能力は驚きである。
「──と言う事なのですが、お二人に心当たりは?」
「法国の内部がそんな事になっているとは知りませんでした。というか知ってもよかったのでしょうか、ヴァイスハイトさんは何も言ってきませんでしたが」
「ハイトでいいっす。正直聞かれるとまずい話っすけど手伝ってもらう手前贅沢は言えないっす」
「それならこば私のこともグロリアスとお呼び捨てください。今回の件は王国にとっても良い利益を産みます、全面的な協力をさせていただきむしょう」
「助かるっす。王国の情報網は信用に値するっす」
ハイトのいまの立場としては所詮エルピスの戦力に頼り切りの状態、多少の無理を言われてもなにか文句を返せる立場ではないのだ。
それを分かっていながら聞いてきているのだとしたら、グロリアスという王は油断ならないとハイトは判断する。
腹芸が得意という印象を国王に持ったことはなかったが、少し外に出ていない間に随分と成長したようだ。
「それで話に挙がっていた人工聖人とやらがこの転がっている者達ですか?」
「そうだよ。縛ってあるけど生きてるから気をつけてね」
グロリアスの冷たい目線の先にあるのはダルマになった傀儡兵の姿。
常人であれば吐いてしまうような状況だが、国王としてそう言った状況を見てこなかったわけではないグロリアスには不快程度で済んでいた。
「死んではいないようですが、魂が感じられませんね。一体どこに行ってしまったのでしょうか」
「一応俺が浄化したから九割は還したけどそれでも魂自体はこびり付いているよ」
「そうですか、中々なものを作り出したものですね……」
言葉を選んだグロリアスだったが、その不快感は隠せそうにもない。
王国は基本的には法を守った範囲内の兵器しか作られていないので、グロリアスがこういったものに触れ合って来ていないのが大きいだろう。
実際のところ王国にそう言った兵器がないわけではない。
非人道的な兵器は直結してそのまま国の強さへと変わることが往往にしてある。
帝国、法国、共和国、連合国、四大国と呼ばれる国には専用の機関までも存在し、情報戦を始めとして裏で動き回る者達しか知らない魔法や武器なども存在していた。
「一番大事なのはこれがどこで作られてるか、だけどそれ自体はもう場所も大方分かってるんだよね」
「どこで作られているんですか?」
「大教会の地下、そこにある研究所の中だよ。多分そこで作ってると思う」
昼間に神域を使用した時にある程度の情報は把握したので間違いはない。
いつもならばそのまま作戦会議が始まるところだったが、エラがエルピスの言葉に対して疑問を投げかける。
「エルが多分って口にするの珍しいね。何か分からないことでもあったの?」
「へばりついた魂を感じたからいるだろうって言うのは分かるんだけど、動く傀儡兵が居るかどうかが分からないんだよね。作りかけのやつはいるかもしれないけれど」
生者であって生者でなく、死者であって死者出ない。
そんな気配を感じたのは後にも先にもこれが初めてのことであり、エルピスが困惑してしまっているのも仕方がないことだろう。
ただ場所が分かっているのだから作戦はもう作り出せる。
作戦の考案はセラとニルの主導によって行われることになった。
「ここから先は三班に分かれるのが良いんじゃないかしら」
「三班に?」
「一班はいまから大教会の下へと侵入して証拠を抑えて帰ってくる。
二班はハイトさんと一緒にクーデターの準備を。
三班は情報収集となるべく監視の目線を引きつける」
「クーデターの準備ならほとんど終わっている状態っす。
聖都にいる人間だけじゃなく合図を出したら法国にいる自分の派閥の人間はほぼ動いてくれるっす」
聖都に監禁されながら自分の派閥の人間に即座に指示を出せるほどの環境を作り出せた辺りは、伊達に皇女として生きているだけはある。
「なら二班は第二、第三の皇女の救出を目標として動きましょう。
私とニルが二番に入ります、エルピスは誰か二人くらい一班の方に連れて行って」
「それならエラと師匠をお願い。イリアは大丈夫かもしれないけどグロリアスは一旦帰る? さすがに国王が留守にしていると不味くない?」
「国王である僕が正式に表から入ってきたら招き入れないわけにもいきませんし、僕は三班に結構必要な存在だと思いますよ」
事前申告もなしにいきなり王がやってくるなど迷惑この上ないが、小国の王であるならばまだしも王国の王であれば嫌々ながら対応せざるを得ないはずだ。
エルピスもその事を頭で理解はしているが、危険度を考えるとあまり進めたくないのが本音である。
「それはそうなんだけど…じゃあお願いするよグロリアス」
「任せてくださいエルピスさん!」
王として成長しても未だに敬称をつけて呼んでくるグロリアスは可愛らしいものだ。
作戦決行は日が上がってから。
法国内部で事件を起こせば確実にエルピス達が疑われるだろうが、数日後の朝にはこの国にはこの部屋にいる人間で残っているのはハイトだけだ。
「一班は情報回収が終わったらそのまま三班の手伝いに移行するよ。グロリアス達の仕事が終わるだろう明日の夕方に集合して情報を交換し合おう」
「それで大丈夫っす」
「じゃあ一旦ここで解散だね」
日はまだ登りきっていないが、作戦が決まりメンバーが集まったのであればとっとと行動を開始した方がいいのは分かりきったことだ。
お互いの健闘を祈りながらエルピス達は夜の闇へと消えていくのだった。
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