クラス転移で神様に?

空見 大

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青年期:帝国編

両親の元へ

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 帝国領に来てから一年と数ヶ月。
 目標としていた最高位冒険者の捜索と世界会議への参加も無事終わり、エルピスは新たな土地へと移動するための準備を始めていた。
 向かう先は両親がいる魔族領、通称を魔界。
 これからエルピス達が向かうのはその中でも特に危険地域と言われている場所である。
 王国にいた頃のエルピスであればもしかすれば不覚を取るような相手すらいる場所だが、いまのエルピスであればどんな敵が出てきたところで障害になることはないだろう。
 久しぶりに赴く人類生存圏の外側への旅路にほんの少しだけ浮ついた心を押さえながら、エルピスは中庭で荷馬車に乗せる物資の中身を確認していた。

「エル、こっちの方はもう終わったよ」

「早いねエラ。俺もう少しかかりそうだからアウローラの方手伝ってあげて」

「エルピス様帝国の貴族から使者が。お見送りがしたいとの事ですが……」

「どうせあの皇女様の差し向けてきた人だろうし適当にあしらっといて」

「承知いたしました」

 エルピス自体の私物こそ多くないものの、食料などは大量に持っていく必要があるのでそれだけで大忙しである。
 さらにその上執拗に嫌がらせを行ってくる皇女の相手までしなければならないのだ、予定よりも早く作業をしていたというのに大忙しだ。
 自分はおそらく国を出る時は忙しくないと死ぬ呪いにでもかけられている事なのだろう、そんな事をエルピスが思い始めたころにようやく作業はあらかた終わってくる。

「エルピス様、同行するメンバーはどのように?」

 ふと荷造りをしていたエルピスの背後から近寄り、世間話でもするようにそんな事を話しかけてきたのはフィトゥスである。
 エルピスへの連絡の伝達用であったり他の国にいる従者たちとの交流の関係上、帝国のこの家にはある程度の人員を配置しておく必要があり、今回多方面から収集をかけた召使い達全員を連れて行くわけにはいかない。
 それ以外にも理由としていまこの国にはエルピスのクラスメイトが十人以上いるので、雄二達の仲間が嫌がらせしてこないとも限らないからだ。
 エルピスとしても帝国ならばまだしも魔界に大量の人員を連れて行くのは物資が不安なので、今回は少数精鋭で向かうつもりである。

「アーテでしょ、リリィでしょ、あとヘリアにトコヤミ。アケナも居るかな」

「ーー失礼ですが私は?」

「ん? 着いてこないの? てっきり着いてくる前提で話してるかと思ったんだけど……ちがった?」

「いえいえとんでもございません。そういう事でしたら出来うる限り最高の結果をご覧に入れましょうとも」

 そう言って舞い上がったフィトゥスは早足でどこかへと消えて行く。
 権能を代わりに行使出来る人間が近くにいるということは、それだけでエルピスからしてみれば戦闘に集中しやすくなるというものである。
 自身の切り札とも言える能力を自分の意思で使わないのはたしかにリスクこそあるが、フィトゥスやフェル、エキドナなどであれば権能の使用タイミングを見誤るとは到底思えない。

「よっと。エルピス様、これで最後だぜ。他に何か欲しいものはあるかァ?」

「ありがとうアーテ、特には無いよ。荷物の搬入も予定より早く進んでるし。旅について来てもらう予定だけど体調の方はどう?」

「もちろん万全だぜ。エルピス様の正体が分かってからずっと調子がいいンだ」

「権能の効果だね。魔力量なんかも上がってると思うよ」

 龍神の権能の効果は近くにいるだけでいいので、アーテの体調の良さの理由はおそらくそれだろう。
 身長や体重など目に見えて分かるところに変化こそ出ていないものの、魔力量やその質に関して言えば目を見張る程の変化が見受けられる。
 龍であるエキドナよりも半人半龍であるアーテの方が成長が早い理由はエルピスには理解不明だが、権能を行使した際に効きすぎるようなこともあるので効果が強く出てしまうのだろうという予測くらいは何とか建てられるだろう。

「さて、急で悪いけどエキドナ起きてる?」

「ーー起きては居るが……一体何のようだ?」

「そんな訝しげにならないでよ、別に急用が全部面倒ごとだって訳でもないんだし。
 悪いけど皇帝のところまで行って帝都の護衛を俺の代わりにしておいて、君を貸し出すのが帝都を離れるための条件でもあってさ」

 龍の谷との交渉が終わったとは言え、その交渉はエルピスが居て初めて成立したものであり、契約書こそあれど龍の方を信用していない人類はエルピスにエルピスと同レベルの実力者の配備を国家として正式に要求してきたのである。
 それに対してエルピスがエキドナを送り込むと言うのは確実な嫌味、だがそれくらいの嫌味なら飲み込んでもらわなければエルピスとしても納得がいかない。

「エキドナには悪いけどね。周りでなんかあったら対処は任せるよ」

「そう言うことであればまぁ良いだろう」

 灰色の翼を大きく広げてそれだけ口にすると、エキドナは踏ん張っていないと飛ばされてしまいそうな風圧を辺りに撒き散らしながら城に向かって飛んでいく。
 エキドナが居れば危険はないだろうし、あったとしても彼女であれば時間稼ぎくらいは十二分に務まる。
 それから荷物を整えて一通りの準備を終えたエルピスは、積み上げられた積み荷の周りに魔法陣を描きながらエラと談笑していた。

「お疲れ様ですエル」

「お疲れ様。そっちの作業はもう終わったの?」

「はい。ある程度は、ただ向こうに行ってから調達できる事を前提としているものもいくつかありますのでそこら辺は気をつけたいですがーーどうかした?」

「いや、敬語が久々だからびっくりしてさ」

 荷物を運ぶ手を止めてしまうほどの衝撃に襲われたエルピスに対して、エラの表情は何か変わったことでもあったのかと言いたげだ。
 久方ぶりに耳にするエラの敬語に対して違和感を感じたエルピスは、その事を率直に口にする。
 頭の中で敬語にした理由を考えることは簡単だが、それよりも本人に聞いた方が早いだろうと言う判断からだ。
 そんなエルピスに対して軽い調子でエラは言葉を返す。

「一応誰が来ないとも限らないし、敬語を使っていた方が盗み聞きされていても問題がないかと思ってそうしていたのだけど、いやだった?」

「嫌というほどでは…うーん、やっぱり嫌かな。もう敬語じゃないのに慣れちゃったし」

「じゃあ元に戻すね。それでレネスさんはどこに?」

 敬語からタメ口へと変わったときは喜びこそ感じたものだが、一度それが逆になれば言いようのない隔たりを感じるものである。
 そんなエルピスの心情を察してくれたのか、口調を元に戻して投げかけてきた質問の答えをエルピスは何とか思い出す。

「師匠なら一応旅に同行するとは言ってたけど……出てこれるのかな? この前叫び倒してたけど」

「羞恥の感情が出てたとかなんとか。あと一週間くらいはあんな調子だってニルが言ってたよ」

「人間だったら死んでるね」

 ニルから聞いた話が正しいのであれば、エラはいまのレネスはこれまで溜め込んできていた感情が全て一気に押し寄せてきているようなものだと聞いている。
 もし身を焦がすような激情が波となって常に自分に押し寄せてくるとして、はたして正気を保つことなどできるのだろうか。
 その答えは間違いなくエルピスの言葉によって導き出されており、だからこそエラもレネスを心配だと思う気持ちが芽生える。
 だが他人が心配してどうにかなるような問題でもなく、ならばエラにできるのは辛そうだったら励ましてあげることくらいのものだろう。

「さてと、じゃあそろそろ行こっかエラ。早く行くに越したことはないしね」

「そうね、フィトゥスさん達呼んでくるわ」

 そういってどこかへと行ってしまったエラの背中を眺めながら、エルピスは再び準備へと戻るのだった。
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