クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

夢の力

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 ガタガタと揺れる荷馬車の中で、二人の男女の視線が交わる。
 エルピスの口から零れ落ちたその言葉が、自らが神であるという戯言とも取れる言葉が本当の事なのかどうか。
 エルピスが自分に対して嘘をつく理由など特にないのだが、今回は事がことだけにアウローラとしても慎重にならざる終えない。
 もしそれが本当であればそれは衝撃の事実である。

「冗談ってわけじゃ……ないのよね?」

 なるべく空気を悪くしないように気をつけつつ、それでいてエルピスの真意を探るようにしてアウローラはそう口にした。
 神を殺せる仙桜種をどこからか呼び寄せ、鍛治神と何やら親密な仲であり、そして共和国で見せたあの国家級魔法の更に上の魔法。
 言われてみれば思い当たる節にキリがないが、いきなり神だと言われても納得するのに時間がかかる。
 天使……最悪の場合は悪魔でもいいからそれが正体であると言われた方がどれだけ楽だろうか。
 だが身近にいる悪魔と天使を思い返してみれば、そういえばあの二人もどこからともなくエルピスの元へやって来てはいつのまにか忠誠を誓っている人物達だ。
 あえてその理由を考えない様にしていたが、エルピスが神だから側にいると言われれば納得できないこともない。
 否定しようとすればするほど肯定するための材料が集まっていき、それはつまりエルピスの言葉が嘘ではないことを間接的に証明している。

「冗談じゃないよ。マジ、証拠も見せようか?」

「いいわよ。いまの言葉で信じた。嘘つく理由なんて何もないしね」

「そう? まぁでも一応見るだけみてよ」

 そう言ってにっこりと微笑みながらアウローラの頭を撫でて居た手を目線のところまで移動させると、エルピスは軽く力んで手を開く。
 すると周囲一帯の魔素全てを取り込んでしまったのではないかと思えるほどの、膨大な量の魔力がその手の中に集結していき、小さな黒い球体を作り上げた。
 属性としては無属性に分類されるが、アウローラもよく使用しているこれは爆発系の魔法、それも国家級か下手をすればそれよりも更に上の魔法。

「あ、アンタなんてもん出してんのよ!? ーーってごめん、大丈夫?」

 あまりの魔力量に反射的に大声を出してしまったアウローラは、自分の失敗に即座に気が付いたのか口を押さえて小さい声でエルピスに話しかける。
 高度な魔法を使っている人物に対して大声で話しかけてはならない。
 魔法を学ぶ上では一番最初に習うことであり、集中力を乱してその魔法が外に飛び出れば次の瞬間には周りが犠牲になっていることなど珍しくもない。
 だがエルピスはにっこりと笑みを浮かべると、悪戯っ子のように言葉を続ける。

「そんなんじゃびくともしないよ。これが魔神の権能、全ての魔法の完全掌握。どう? びっくりした?」

「びっくりするわよ! こんなもの爆発したら帝都が地図から消えるわよ?」

「下手をしたら帝国ごとかもね。なんか焦るアウローラ久々に見た気がする」

 そんな事を口にして笑みを浮かべるエルピスが作り出したその球体を握り込むと、それは当然のようにどこかへと消してしまった。
 先程まで肌を震わせるほどに感じて居た圧倒的な魔力の力もどこかへと消えていき、まるでマジックでも見せられた気分だがそれが事実である事はアウローラがこの一年間で学んできた魔法の知識が教えてくれる。
 魔法の神である魔神、人類の中で唯一、その境地に辿りついたことがあるものが居た神とされているが、それも数千年以上昔のこと。
 魔法を主だった攻撃手段としている生命や魔法によって生存している生物すら存在するこの世界なのに、魔神は近代において一度も確認されて居ない。
 理由は単純明快、魔法という学問を芯まで理解できる生命体がこの世界には存在しなかったからだ。
 突き詰めて仕舞えば魔法は学問、そんな魔法の全てを誰よりも知っているものがいたとして、次にその魔法全てを完璧に扱える技能があるものがいるのだろうか。

「これで焦らなかったら私感情無くしてるわよ?」

「ははっ。確かにそうかも」

 もしこの世界にて最強の神がいるとすればそれは魔法の神か、あるいはいるのかは別として機械の神であろう。
 もしかすれば神の世界では違うのかもしれないが、人間が知覚できる力量はいつだって人間の知りえる所まで、ならばアウローラは声高にその二柱こそが最強の神であると豪語しようではないか。

「笑ってる場合じゃないわよアンタ! それにしても強さの秘訣が分かって納得できたのは納得できたかも」

「あと龍神と邪神と妖精神と盗神と鍛治神もあるわよ」

「はぁ? 神様大安売りじゃないの、アンタどんだけ持ってんのよ」

「この六つだけだよ、さすがにそれ以上は持ってない」

「六つでも十二分に異常よ。ただまぁいろいろ納得はできたかな」

 神の娘であるルミナとの関係性、セラやニルといった出生が不確かな強者との繋がり、圧倒的どころか神懸かりとも言えるほどの戦闘力と魔法技術。
 そのどれもがやはり理由があったわけで、ようやくアウローラもエルピスの実力の果てが見えてきたような気持ちになる。
 ただそれと同時に一つの疑問がアウローラの中で浮かび上がってきた。

「ーーそれでなんでわざわざ隠してたわけ?」

「なんでって…まぁ天罰っていう敵の神の権能対策がなかったのと、話すタイミングを見失ったからさ」

「そう言うことならまぁ仕方ないわね。というかこの世界ってマジで天罰あるんだ。エルピス出来たりする?」

「俺はーー多分できるかな? 邪神の権能で天罰を防げてるって事は逆に邪神の権能で天罰を落とすこともできるんじゃないかな」

 正確に言えば邪神に天罰を落とす能力はないのだが、エルピスの持つ邪神の権能の中には契約を破った相手に対しての罰則が存在する。
 潜在意識の段階で契約を遵守するようになるはずのエルピスとの契約だが、それを無視した場合はその契約の比重に応じて罰則が発生する仕組みが存在しており、それもまた天罰と言えるだろう。

「なんでもありね、さすが神様。エラはこの事知ってるの?」

「エラもまだだよ、家に帰ったら話すつもり。本当はもう少し早く言いたかったんだけどね」
 
「まぁ気持ちはわかるわよ。私にならともかく、転生者に対してどういった感情を持ってるか分からない人物相手に自分が神だなんて普通言えないし」

 転生者というだけでも家の中での扱いに困る物なのに、それが神を自称し始めたらいよいよ持って大問題だ。
 だからこそいうタイミングを見計らって居たエルピスは、その大事なタイミングをいまのいままで流してきたのだろう。
 忌避の目や好奇の目に晒される程度ならまだマシで、新興宗教の神として崇め奉られたりそれに関係して宗教戦争など起こされ出したらいよいよ持って大問題である。
 イリアが王国で危惧して居た可能性の一つがそれであり、エルピスが人間相手に神である事を教える面倒な点の一番がそこでもあった。

「このタイミングで私に言った理由は?」

「まだみんなには伝えてないけど、来週この国を出て魔界に行くつもり。ここから先は俺一人の判断じゃどうしても家を動かせないしね。
 だからせっかくだしこのタイミングで言っておこうと思ってさ」

 エルピスからしてみればこの機を逃してしまえば、おそらくアウローラにこの事実を告げることができるのはその力を隠せなくなった時かどちらかが死ぬ時だろうと判断したのだろう。
 現にその判断は何一つ間違っておらず、おそらくエルピスの性格上この微妙や期間でなければこんなに重要なことを知らせるなんて、到底できそうにもない。

「それじゃあとりあえずそれも含めて称号についてエラに教えないとねーー」

 /

「ーー私知ってましたよ?」

 紅茶を口に含み椅子に腰掛けてセラとチェスをして居たエラにエルピスが決死の覚悟で神である事を教えると、なんとエラから当然のようにしてそんな答えが返ってくる。
 まさかそんな返答が返ってくるなど心にも思って居なかったエルピスは、目を丸くしながらエラの言葉に対して驚きの言葉を返す。

「し、知ってたって…いつから?」

「半年ほど前からですかね。魔法についての勉強をいろいろとして森霊種の成り立ちについてや精霊について調べましたが、過去の文献に描かれた妖精神や魔神の権能に普段エルピスがやってるいことと酷似したものが多く見受けられたのでフェルを問いただしたら吐いてくれましたよ。
 イロアス様達を追いかけて魔界に行くのは初耳ですが」

 確かにエラの前でエルピスが使用した権能の回数は数え切れないほどだし、混霊種であるエラがエルピスが妖精神である事に気づくのはまだいい。
 エルピスとしてもギリギリ納得できないでもないことだし、セラやニルの正体を知っているとなればおかしな話でもなかった。
 だがそれはそれ。そうなってくると問題はーー

「フェル? 機密保持についての重大な欠陥について少し話をしようじゃないか」

「急用を思い出したので!」

「ーー逃げたか。フィトゥス、アーテを連れて追いかけ回してきて」

「了解です」

 逃げるフェルを追いかけ回すのはフィトゥスにお願いして、エルピスは近くにあった椅子を持ってエラの近くに座ると話を続ける。

「ええっと…隠ししてごめんね?」
「別に昔から隠し事は多かったし気にして居ませんよ。それにそれくらいでなければエルの力に説明がつきませんし」

 始まりは何処からだろうか、リリィやヘリア達と行なっていた魔法訓練? はたまたフィトゥスやクリムと行なっていた近接戦闘戦だろうか?
 アルヘオ家本家にいた執事やメイドの誰もがエルピスの力を特別なものだと実感しており、そして召使い達よりも遥かにイロアスとクリムはその力の事を重要視していた。
 ならばこそのあの茶番劇、だからこそ王国にエルピスを置いていったのだ。
 千針の谷に突き落とすとまでは言わないにしろ、そのおかげでエルピスは確実な力を手に入れたのだから。
 当然とばかりにそう口にされてしまうと、エルピスとしてもなんだか反応に困るものである。

「そ、そう? なら良いんだけど……。お菓子食べる?」

「ええ。ありがとう」

「珍しくエルピスたじたじね、セラはもちろん知っていたんでしょ?」

「そうね、知っていたわよ。なんて言ったって私熾天使ですし」

「熾天使ってあの? 四大天使とかのやつ?」

「厳密に言えばイザヤ書やヨハネの黙示録に出てくる熾天使とはまた別よ、どちらかと言えば外伝ではなく本書のファティマ第三の予言に現れる天使の方が近いわね」

 セラは元より天使ではなく女神であり、現在の形態は異質そのものであると言っていい。
 ならばこそ神への愛で自らを燃やす熾天使であるというよりは、秘匿されその実在すら危ぶまれ人によって作り出された天使であるとする方が、解釈的には正しいのかもしれない。
 頭の上に疑問符を多く浮かべるアウローラからすれば難しい話なのかもしれないが、そうやって説明しなければアウローラの認識できる世界では説明不可能だろう。

「エルピスはこの説明で理解できるの?」

「無理だよむりむり。側こそ神だけど中身人間のままだよ? 聖書とか読んでないし」
 
「それで言えば僕はかなり存在的には分かりやすい方だよね。北欧神話に出てくるフェンリルみたいなもんだし」

 聖書を全く読んだことのないエルピスでも、ゲームなどで聞いたことのある狼の名前を例えとして出されれば、なるほど理解もしやすいものだ。
 元の神話での役割は最高神を倒した狼か何かだったろう、記憶の奥底にある情報を引き摺り出してくれば確かそんなものだったはず。

「そんな面子が揃っていて亜人相手に負けるってあり得るのかしら?」

「亜人相手じゃないから負ける可能性があるんだよ。ぶっちゃけ雄二が相手なだけだったらこんなに手の込んだことしてないし…」

「そうよね。一度勝っている相手なわけだし…そうなってくると何かしら……神様が警戒する相手なんだからもちろん相手も神なんでしょうけど」

「当てられたらそうだね…1日なんでも言うことを聞いてあげるよ」

「はいはい! 僕わかった!」

「静かにしようね」

 もはや反射としか言いようがない速度で手を挙げるニルを静かにさせて、エルピスは当てられない問題をアウローラ達にふっかける。
 仮想敵が破壊神であるなどと一体誰が思うものか、エルピスが逆の立場であったとして最悪のところ戦神の誰かだろうと思う程度だ。
 だが意外にも世の中そんな上手い具合には事が運んでくれず、エルピスの予想とは反してアウローラは簡単に問題の答えを命中させる。

「分かった、破壊神でしょ」

「……正解」

「え? まじ?」

「マジもマジ。おおまじ」

 冗談だと言ってしまえればどれほど嬉しかっただろうか、だが悲しきかな、事実は事実なのである。

「それはなんともまぁ大変な事ね。そりゃ神様連中大集合もするわけだわ」

「厳密に言えばまだ復活はしていないんだけどね。復活を阻止する為に全力かけてるのがいまの現状だよ」

「そう言う事ならそうね……自由にする権利は今日使っちゃおうかしら。いつでも使えるわけじゃなさそうだし、今日は暇でしょ?」

「暇だけど…いいの? もう数時間くらいしかないよ?」

「良いのよ。それにニル相手に一日もエルピス占領してたらさすがに私も怖いわ」

「酷くないアウローラ!?」

 アウローラの考えていることがなんなのかエルピスには分からないが、こう言った時彼女が考えていることは大体往々にしてエルピスを元気付ける事である。
 例に出されて僕はそんなことしないよと憤慨しているニルを置き去りにして、それならばとエルピスは服装を整えて外出する準備を始めた。
 日は完全に沈み夜の寒さは肌を貫いてくるが、この程度の気温であればアウローラが外出しても問題はあるまい。

「私も行きたかったです……」

「ごめんなさいエラ、次の機会は貴方に譲るから」

「アウローラの心配することじゃないわ。せめていっぱい楽しんできて」

 四人ともを幸せにすると口にした以上は全員とのデートの機会を設けるべきなのだろうが、甲斐性のないエルピスでは激務の最中にそんな時間を設けてあげることすらできない。
 せめてもと彼女達全員と接する時間をできる限り長くとっているつもりだが、それでもこうして妥協して許してもらっている様な現状だ。
 いつか平和な日が訪れたのならば常に一緒に居てあげたい、だがそんな幸せな日々を作るためにはこの戦争に負けるわけにもいかない。

「それじゃあ行くわよエルピス。まずはそうね……王国の海まで連れて行ってもらいましょうか」

「それくらいならお安い御用だよ。ごめんセラ、日が出るまでには帰ってくるからみんなは先に寝ておいて」

「というわけで今日はエルピスの寝床僕が占領します」

「いつものことでしょう」

 見送り出してくれる三人と隣で微笑むアウローラを見て、エルピスは再び戦いに向けて兜の緒を締め直す。
 いままでの戦闘はミスをしても誰かが傷つくことはなかった。
 エルピスが多少の無理こそすれど、そうすれば誰も傷付かずに済む。
 だがこれから先の戦いではおそらく一度のミスも許されないだろう。
 ミスから学ぶのが人であるのならば、人でないエルピスはミスから学んでいては圧倒的に遅いのだ。
 大切なものを守る為には例えどんな手段であろうとも使う必要がある。
 たとえどんな手段であろうともだ。
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