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恋は秋菊の香り
汝の美と為すに匪ず、美人の貽なり。この花が美しいのは君がくれたものだから、なんてね。
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「何をされている、韓伯!」
庭中にわんわんと響く声の主は、振り返らずともわかる。闊達かつ野性的な声は、ほんのりあたたかみもあった。
韓無忌は薄目のままゆっくりと、そちらも向こうとした。
「いらん、じっとしてろ。こちらから向かう」
ジャリジャリと砂を噛みながら力強い足音が近づくと同時に、郤至の姿が現れる。
閑話に出てきた、郤氏の有力者であり、好漢である。
「何をしている。お勉強会の前にこのようなところで突っ立って」
卿が言うには軽薄な言葉を投げて、郤至が覗き込んでくる。韓無忌は杖を持ったままでも、見事な拝礼をした。
「庭を散策しておりましたところで杖を落としてしまいました。この女官に杖を拾っていただいた。感謝を伝えておりました」
「ほう、女官か」
郤至が韓無忌の視線に合わせて体を動かし、顎をなでた。
「ええ。とても配慮行き届いたお人、良き働きをなされているのでしょう。菊の香り豊かで、清々しい」
「そのように菊の香りが匂い立つのであれば、その係のものではないか? 秋は菊茶の季節、その女官に菊茶を馳走してもらえ。汝のような体の弱いものにうってつけだ」
韓無忌は、は? と思わず聞き返した。ぬかずいていた女官が驚いたように顔をあげ、
「菊茶で、ございますか」
と尋ねてくる。韓無忌は、あなたは己の職分に戻りなさい、と声をかけ
「嗣子でしかない私が公室の女官に馳走されるは僭越となります」
と郤至に抗弁する。が、郤至は堅苦しい、と笑いながら韓無忌の肩を掴んだ。いきなり手が伸びてきたと韓無忌は眉をしかめる。
この先達は、あまりこのような仕草をしない。一声かけるタイプである。ゆえに、これはわざとである。
「あの堂でよかろう、女官に菊茶を飲みたいと言え、韓伯」
郤至の指し示す先に、ぼんやりと堂が映る。菊を見るためのものか、世話するための堂か。
どちらにせよ、この先達は、是が非でも韓無忌に菊茶を飲ませたいらしい。
「杖を拾い私を助けてくださった、あなた。職分侵し奉るが、私たちに菊茶を馳走いただきたい」
仕方なしに言うと、女官は拝礼し、慌てたように去っていった。後ろ姿も、花のようであった。
韓無忌をかつぐように堂へ連れて行くと、郤至は去っていこうとした。
「あなたは菊茶をお飲みにならないのですか」
言い出したのは郤至ではないか、という気持ちを込めて、言った。
「野暮というものだ、韓伯。ひとつ言う。菊の香りのする女官などというが、わたしにはそのような香りなどなかった。そこまで心を止めたのだ、ゆっくり過ごせ」
笑いながら去っていく郤至に、韓無忌は唖然とした。
女官の職分を侵す、公室の財産を勝手に使う、若い女性と二人きりになる。
慎み深く節度の高い韓無忌は、なぜか三つも禁忌を犯す羽目になってしまった。
哀れなことに、彼は一目散に逃げることができなかった。弱視の彼は、安全に走ることなどできないのである。
また、女官に命じた以上は責を取らねばならない。座して待つしかなかった。
女官が煎じた菊茶を持ってきて、侍る。手渡し方も配慮が行き届いており、なおかつ茶の香りも良かった。清々しい、気持ちの良い香りであった。
「我が家でこのように香り良い菊茶を飲んだことはない。あなたは郤季の仰る、菊の世話をするものか」
「……菊に関するものでございます。ありがたいお言葉、喜びといたします」
女官が美しく拝礼したあと、何かを差し出した。ぼんやりと、美しい色であった。
韓無忌はそれを取り、撫でる。柔らかく瑞々しい花弁は細かい。視界に、花が現れた。それは、脳の補正であったが、韓無忌にとっては真実である。
「僭越でございますが、菊を手に取るように思われましてお持ちしました」
「感謝する。私は人として至らぬ身、こうして触らねば菊を見れない。あなたのお務めを妨げてまで楽しむものではないのだが、嬉しい」
韓無忌は女の方をゆっくり見て少し笑んだ。この男は表情が薄い。他のものであれば満面の笑みと言える表情も、薄く小さなものとなる。
しかし、女官は韓無忌の深い感謝をきちんと受け取ったらしい。もったいないこと、と深々とぬかずいた。その姿は、やはり花のようであった。
そのようなわけで、韓無忌が学びの場に来たのは、少し遅くなった。常なら最初に部屋に座している彼であるが、荀偃と変わらぬほどである。
「おられなくて、どうなされたのかと。ご無事で良かったです」
趙武が、おっとりと現れた韓無忌に駆け寄り、手を引いて話しかけた。宮城のどこかで倒れていたのではないかと気を揉んでいたのである。
「心配をかけた」
韓無忌が座しながら言葉を返す。趙武が、少し力の抜けた顔をした。
「……菊の香りがする。韓伯とは思えぬ華やかな香りだ」
鋭い指摘をしたのは、やはり士匄である。他の者が、それほどか? と首を傾げる中、士匄はくつりと笑った。
「あなたに残り香がうつるほどの菊ですか。それは清々しい美しさだったのでしょうね」
士匄の揶揄に、荀偃が引きつった顔を見せる。
趙武が菊の苑を歩いていたのですか、と無邪気なことを言った。
韓無忌は士匄が何を言いたいのかもちろんわかった。薄い表情を向け口を開く。
「菊茶です。縁あって、女官に馳走いただいた。范叔のご希望に応えることできず申し訳ない。そういったことを議とされたいなら、趙孟にご教導願う」
女と会ったが下卑たものではない、と一蹴され、士匄は興醒めした。その上で趙武を出され、思わず美しい後輩を見る。趙武も不思議そうに、韓無忌と士匄の顔を見た。
韓無忌は戯言を言うような人間ではない。全身、政治と公事でできているような、くそ真面目な男である。士匄がふざけて出した色ごとを切り捨てぬどころか、趙武に言えとは天変地異である。
「おそれながら申し上げます。私は鈍才にて、話がついていけてません。范叔に何を学ぶのでしょうか、法でしょうか」
趙武が韓無忌に問うた。韓無忌が薄目で趙武を見る。
「あなたの、来春の儀礼の話です」
「え? え?」
韓無忌の言葉に、趙武がさらに混乱したようで、首を傾げる。
当事者より先に、士匄は気づいた。
「来春、か。……趙孟、お前、年が明けたら嫁取りか」
「あ、はい。ようやく整いまして、来春結婚します」
趙武が、さらっと言った。と、同時に部屋へ足を踏み入れた欒黶が、叫んだ。
「は!? なんだ!? 趙孟が嫁を取る!? え!? 汝に陽物があったのか!?」
即座に趙武が走りだし、欒黶の整った顔を殴りつけたが、誰も止めなかった。
庭中にわんわんと響く声の主は、振り返らずともわかる。闊達かつ野性的な声は、ほんのりあたたかみもあった。
韓無忌は薄目のままゆっくりと、そちらも向こうとした。
「いらん、じっとしてろ。こちらから向かう」
ジャリジャリと砂を噛みながら力強い足音が近づくと同時に、郤至の姿が現れる。
閑話に出てきた、郤氏の有力者であり、好漢である。
「何をしている。お勉強会の前にこのようなところで突っ立って」
卿が言うには軽薄な言葉を投げて、郤至が覗き込んでくる。韓無忌は杖を持ったままでも、見事な拝礼をした。
「庭を散策しておりましたところで杖を落としてしまいました。この女官に杖を拾っていただいた。感謝を伝えておりました」
「ほう、女官か」
郤至が韓無忌の視線に合わせて体を動かし、顎をなでた。
「ええ。とても配慮行き届いたお人、良き働きをなされているのでしょう。菊の香り豊かで、清々しい」
「そのように菊の香りが匂い立つのであれば、その係のものではないか? 秋は菊茶の季節、その女官に菊茶を馳走してもらえ。汝のような体の弱いものにうってつけだ」
韓無忌は、は? と思わず聞き返した。ぬかずいていた女官が驚いたように顔をあげ、
「菊茶で、ございますか」
と尋ねてくる。韓無忌は、あなたは己の職分に戻りなさい、と声をかけ
「嗣子でしかない私が公室の女官に馳走されるは僭越となります」
と郤至に抗弁する。が、郤至は堅苦しい、と笑いながら韓無忌の肩を掴んだ。いきなり手が伸びてきたと韓無忌は眉をしかめる。
この先達は、あまりこのような仕草をしない。一声かけるタイプである。ゆえに、これはわざとである。
「あの堂でよかろう、女官に菊茶を飲みたいと言え、韓伯」
郤至の指し示す先に、ぼんやりと堂が映る。菊を見るためのものか、世話するための堂か。
どちらにせよ、この先達は、是が非でも韓無忌に菊茶を飲ませたいらしい。
「杖を拾い私を助けてくださった、あなた。職分侵し奉るが、私たちに菊茶を馳走いただきたい」
仕方なしに言うと、女官は拝礼し、慌てたように去っていった。後ろ姿も、花のようであった。
韓無忌をかつぐように堂へ連れて行くと、郤至は去っていこうとした。
「あなたは菊茶をお飲みにならないのですか」
言い出したのは郤至ではないか、という気持ちを込めて、言った。
「野暮というものだ、韓伯。ひとつ言う。菊の香りのする女官などというが、わたしにはそのような香りなどなかった。そこまで心を止めたのだ、ゆっくり過ごせ」
笑いながら去っていく郤至に、韓無忌は唖然とした。
女官の職分を侵す、公室の財産を勝手に使う、若い女性と二人きりになる。
慎み深く節度の高い韓無忌は、なぜか三つも禁忌を犯す羽目になってしまった。
哀れなことに、彼は一目散に逃げることができなかった。弱視の彼は、安全に走ることなどできないのである。
また、女官に命じた以上は責を取らねばならない。座して待つしかなかった。
女官が煎じた菊茶を持ってきて、侍る。手渡し方も配慮が行き届いており、なおかつ茶の香りも良かった。清々しい、気持ちの良い香りであった。
「我が家でこのように香り良い菊茶を飲んだことはない。あなたは郤季の仰る、菊の世話をするものか」
「……菊に関するものでございます。ありがたいお言葉、喜びといたします」
女官が美しく拝礼したあと、何かを差し出した。ぼんやりと、美しい色であった。
韓無忌はそれを取り、撫でる。柔らかく瑞々しい花弁は細かい。視界に、花が現れた。それは、脳の補正であったが、韓無忌にとっては真実である。
「僭越でございますが、菊を手に取るように思われましてお持ちしました」
「感謝する。私は人として至らぬ身、こうして触らねば菊を見れない。あなたのお務めを妨げてまで楽しむものではないのだが、嬉しい」
韓無忌は女の方をゆっくり見て少し笑んだ。この男は表情が薄い。他のものであれば満面の笑みと言える表情も、薄く小さなものとなる。
しかし、女官は韓無忌の深い感謝をきちんと受け取ったらしい。もったいないこと、と深々とぬかずいた。その姿は、やはり花のようであった。
そのようなわけで、韓無忌が学びの場に来たのは、少し遅くなった。常なら最初に部屋に座している彼であるが、荀偃と変わらぬほどである。
「おられなくて、どうなされたのかと。ご無事で良かったです」
趙武が、おっとりと現れた韓無忌に駆け寄り、手を引いて話しかけた。宮城のどこかで倒れていたのではないかと気を揉んでいたのである。
「心配をかけた」
韓無忌が座しながら言葉を返す。趙武が、少し力の抜けた顔をした。
「……菊の香りがする。韓伯とは思えぬ華やかな香りだ」
鋭い指摘をしたのは、やはり士匄である。他の者が、それほどか? と首を傾げる中、士匄はくつりと笑った。
「あなたに残り香がうつるほどの菊ですか。それは清々しい美しさだったのでしょうね」
士匄の揶揄に、荀偃が引きつった顔を見せる。
趙武が菊の苑を歩いていたのですか、と無邪気なことを言った。
韓無忌は士匄が何を言いたいのかもちろんわかった。薄い表情を向け口を開く。
「菊茶です。縁あって、女官に馳走いただいた。范叔のご希望に応えることできず申し訳ない。そういったことを議とされたいなら、趙孟にご教導願う」
女と会ったが下卑たものではない、と一蹴され、士匄は興醒めした。その上で趙武を出され、思わず美しい後輩を見る。趙武も不思議そうに、韓無忌と士匄の顔を見た。
韓無忌は戯言を言うような人間ではない。全身、政治と公事でできているような、くそ真面目な男である。士匄がふざけて出した色ごとを切り捨てぬどころか、趙武に言えとは天変地異である。
「おそれながら申し上げます。私は鈍才にて、話がついていけてません。范叔に何を学ぶのでしょうか、法でしょうか」
趙武が韓無忌に問うた。韓無忌が薄目で趙武を見る。
「あなたの、来春の儀礼の話です」
「え? え?」
韓無忌の言葉に、趙武がさらに混乱したようで、首を傾げる。
当事者より先に、士匄は気づいた。
「来春、か。……趙孟、お前、年が明けたら嫁取りか」
「あ、はい。ようやく整いまして、来春結婚します」
趙武が、さらっと言った。と、同時に部屋へ足を踏み入れた欒黶が、叫んだ。
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作家 蔵屋日唱
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