ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

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011 かつての部室

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 休み時間を利用して、俺は文芸部の部室へと足を運んだ。
 俺の書いた物語では文芸部については触れていないが、果たしてどうなっているのか。
 二階の廊下を進んで突き当りにあるその一室、扉の小窓には軽くヒビが入っており、当時のままだった。
 鍵は掛かっていない。
 中に入ると埃臭さが出迎えてくれた。暗い一室のカーテンを開けて、光を入れる。ついでに窓も開けておこう。
 室内は、左右に本棚があり、長テーブルが中央に配置されただけのシンプルなもので、他はこれといったものなどない。
 ……文芸部を再建しようとした当時のままだ。
 使われていない資料室から、少しずつ文芸部として更に本や資料が増えていくのだが……物見谷先輩がいない今、文芸部は果たして再建できるのか。
 そもそも、俺は文芸部再建を目指すほどの余裕があるのかな。
 この日常は、普通の日常じゃあない。
 俺の書いた物語がベースとなってしまっている。文芸部再建なんか物語には当然ないし、敵が出てきて日常は徐々に荒々しくなっていく。
 パイプ椅子の埃を払って、腰を下ろした。

「はあ……」

 もう一度、高校生をやり直せるとはいえ、物見谷先輩がいないというのはやはり辛い。
 文芸部の再建だって、先輩がいてくれたからこそ俺のモチベーションは保っていられた。

「前向きにいくべきか……」

 ともあれ、過去に戻った今、じっとしていても時間は進む。
 十年前の日常とはかけ離れているものの、この日常をどう過ごそうか。
 暫く離れていた趣味を再開する?
 今ならば、数年後にヒットするであろう作品の内容やジャンル、流行りも先取りできる。
 ……できるけれど、盗作をするようで気が引けるな。
 しかし趣味の再開は悪くないと思う。何よりこれから味わうであろう日常は普通じゃあ体験できない刺激的な日常だ。
 直に見れるとなれば相当参考になる資料に違いない。

「まさか自分の考えた物語を体験できるとはなあ」

 メモ帳を用意しておこう。
 何かしらアイディアが湧いたらすぐにメモしておかなくては。そうさ、数年後にヒットするであろう作品どもは、その作者達に任せればいい。俺はこの貴重な体験のできる日常を謳歌して面白い作品を一本書いてやる……!
 燃えてきたね、体が若くなったからか心も若さを取り戻しているかのようだ。実際、たった一日で心の変化はあったと思う。干からびていた心はすっかり潤いを取り戻しているし、疲れやだるさがないとやはり活力が湧いてくる。
 今は状況が状況ではあるけれど、家に帰ったらノートパソコンに何か書いていきたい気分だ。

「ん、待てよ……十年前に戻ってるんだから、ノートパソコンはまだ持ってないな……」

 お値段もまだそこそこ高い頃だった、学生にはそう簡単に手は出せない。当時は学校の備品を部室で使わせてもらっていたんだったよな。
 仕方がない、ノートパソコンからノートにランクダウンだ。
 ノートのほうにはアイディアの他に、この日常に染まった俺の物語についての設定を思い出せる限り思い出して書いておくとしよう。

「異能……数年後の漫画ではそれに似たような話のやつもヒットするんだよな……」

 その本が出る前にいいとこを少しくらいは拝借して……いや、駄目か。ああ、ううむ……誘惑がすごい。俺にだって矜持はある、いいとこを真似るよりそれを超えるものを考えよう。
 昔からの癖か、文芸部にいるとずっと物語の事について考えてしまう。
 先輩と二人で、ノートパソコンを開いてもキーボードをまったく叩かずに考え込んでいた事も屡々あったものだ。
 本棚の背表紙を見ていくが、相変わらず最初に収められていたのは様々なジャンルの資料集ばかりだ。
 授業で使われるような化学の本、人体の本、地図、辞典、エトセトラ。これらが三年をかけて然るべき場所に配置されて、その代わりに小説や部誌が増えていく。

「――こんなところで、何をしてるの?」
「ち、治世……」

 僅かに空いた扉の隙間から、彼女の瞳が覗かせていた。
 心臓に悪い。そのまま治世はゆっくりと扉を開けて、中に入ってきた。
 室内の換気はそこそこできたとはいえ、まだまだ埃っぽい。治世の眉間には早速しわが刻まれていた。

「その、ちょっとした、探検? 的な」

 我ながら、もう少しまともな返答ができなかったのか。

「は?」
「あ、いえ……」

 圧倒的な圧力を前に、俺の言葉は尻すぼみしていく。

「あんまり一人で行動しないで」
「ごめん……。でも学校内は君の他に監視員がいるから安全だろう?」
「……知ってたの」
「まあね」

 そういう設定なもんで。
 しかも本来は本文に載らない裏設定だ、この辺もしっかりと反映されていて嬉しいね。

「何なのよここは」
「今は使われてない資料室……かな」
「もう一度、さっきと同じ質問をするわ。こんなところで、何をしてるの?」
「べ、別に……」
「妙ね。お前、私に何か隠してない? 学校は入学前に全て調べたけれど、ここはただの資料室。二年前までは文芸部の部室として使われていたようだけど、部員が確保されずに今は休部状態でこのあり様――お前との繋がりは、一切ないのに……なぜここに?」
「り、理由なんかないよ。さっきと同じ回答をするけど、その、ちょっとした、探検!」
「…………」

 沈黙が漂う。
 鋭い眼光には目を逸らしたくなるが、ここで逸らしたら俺は嘘をついていると言っているようなものだ。
 彼女と視線を交差して数秒。

「あ、そう」

 言下にため息をついて治世はやや不満げに、そう答えた。
 重くなる空気は、避けたい。何か、話そう。

「治世は……文芸部に、興味はある?」
「ない」

 即答だった。
 どうしよう、すっかりご機嫌斜めになっている。

「俺が文芸部を再建したいって言ったら、どうする?」
「どうにも」
「て、手伝ってくれたりしないのかな~……なんて」
「だるいわね」
「うぅ……」

 君は俺の物語のヒロインだ。
 君がいてくれると心強いんだけどなあ。

「……でもお前がそうしたいというのならば、私はお前の近くにいる」
「という事は……」
「お前を守るのが私の仕事なだけだから!」

 ツンッとそっぽを向く治世。
 これはツンデレってやつですかねぇ! なんだかんだ言って協力してくれるんだから~。いやあ君ってば本当にヒロインだよー。どうして性格がそんなに変わってしまったのかは分からないけれど。

「再建するとしても、落ち着いてからにして」
「分かった」

 まあそうですよね。
 状況的に、文芸部を再建しようだなんて危機感がなさすぎる。
 先ずは敵の排除、安心できる生活を確保してから……だな。物語的には、ラトタタと委員長を後半に倒してしまえばいいだけなのだが、とりあえず俺も自分の書いた物語を事細かに思い出す必要があるね。

「ほら、行くわよ。窓閉めて」
「はいはい」
「はいは一回!」
「す、すみません……」

 君は俺のお母さんかよ。

「君は俺のお母さんかよとか思ってないでしょうね」
「ぜ、全然!」
 
 勘が鋭いなこの子。
 流石物語のヒロインだぜ。
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