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012 治世えもん
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午後の授業も無事に終えた。
必死にクラスメイトの名前を憶えて自ら交流しにいき、第二の高校生活をそれなりに満喫できている。
ちょいと苦戦するのは話題についてだ。
なんていったって話題にのぼるのは十年前にあったものばかり。新作ゲームやら漫画、ちょっとした芸能ニュースなど、思い出すのが大変だった。
実は新しいゲーム機が出るんだぜとかこの作者休載して十年経っても再開してないよとか、この芸能人離婚するよなんて、十年後についてのお話ならすらすらとできるのだがね。
なんとかついていけるように頑張ろう、脳みそをフル回転させるんだ俺よ。
十年前と同じ高校生活は送るまい。友達に囲まれて誰もがうらやむ楽しい高校生活を送ってやるんだ。
それに主人公の立ち位置にいるために周りからの好感度は高めなのは実に居心地がいい。
学校ってこんなに楽しかったんだなあと思ったり。
後はやはり敵をどうするかだな。原稿のおかげで敵の動向が少し変化するのも頭に入れておかなくては。
でもまあ……治世の戦闘力と俺の知識があればきっとどんな困難でも乗り越えられるだろう、うんうん。
「うんうんって、何頷きなのよ」
「あ、いや。ちょっとね」
治世はこれといって美味しそうに表情を緩めもせず、淡々とソフトクリームを食べていた。
時折、視線は周囲に向けられており警戒心が窺える。そこはかとなくピリピリしている感じだ。
この商店街は多くの人が行き交う、よほど頭の螺子の外れた異能者で無い限り襲撃はしてこないが、万が一という事もある。彼女の警戒心が解かれる事はないだろう。
「ラトタタは……現れないわね」
「また現れたら助けて治世えもん」
「他力本願で生きる世界はさぞかし楽でしょうねふみ太君。そんなお前には私のひみつ道具をお見舞いしてあげるわよ。てってて~、メリケンサック~」
「それはいけないよ治世えもぉん!」
某子供向け番組でそんなひみつ道具出したら大騒動だよ。
てかネタに乗ってくれるんだね君。
「おふざけはいいとして。お前はもう少し警戒心を高めなさい」
「はい……」
現在は美耶子さんのいる事務所へと向かっている。
物語の登場人物、有元美耶子について、整理しておこう。
――主に何でも屋として事務所を構え、それとは別に趣味で客がほとんどいない古本屋を営んでおり、裏では異能を専門に仕事をしている。
裏社会でも大きな影響力を持ち、この街ではヤクザだって美耶子さんに頭を下げる。
自らの身体能力を操る異能者で、ただのデコピンが骨を砕くほどの威力にする事も可能なほどの力を持っている。試しに美弥子さんにオリンピック競技をやってもらえれば全て新記録更新できるだろう。いいや、できるのだ――そういう設定だからね。
「お前が美耶子さんの事務所行くのは、いつ以来かしら?」
うっ、それはちょっと困る質問だが、焦るな……大体でいい、設定から推測するんだ。
「確か……二週間振りかな? えと、そう、事務所の掃除を手伝った時!」
「ああ、そうだったわね」
よかった。
こういう質問は焦るね。裏設定をしっかりと思い出していかないとすぐに躓いてしまう。
そうして美耶子さんのいるであろう二階建てのコンクリート感丸出しの質素なビルの前までやって来た。
一階では古本屋が開かれているが設定通り客はおらず、受付にはアルバイトの子が退屈そうにスマホをいじっていた。
……この子も、登場人物だ。
パーマが当てられているも長らくちゃんとした手入れがされておらず、ぼさぼさの赤髪が特徴の少女――神無月凛(かんなづきりん)。
必要最低限の言葉しか話さない大人しい子だ。
自身の異能に悩まされていた元引きこもりで美耶子さんによって助けられて以来、この古本屋、麗万堂で働いている。学校には通っていない。
物語ではこれといって触れない所謂モブキャラ、それであってもこうして実際に見られるのは嬉しいね。
モブの中では相当強いんだぜこの子。もっと登場する機会を与えてやればよかったよ。
「凛、美耶子さんはいるわよね?」
「……いる」
こっちには一瞥もくれず、二階を指差す。
その対応に治世は溜息をつくも、特に何も言わず奥の階段へ。
治世、凛ちゃんはちょっと不器用なだけで、君の事は大好きだから、そう落胆しないでね。
さあ、いよいよ……美耶子さんとご対面だ。
駆け込みたい衝動を抑えて、扉の前へ。
曇りガラスには有元事務所の文字、ややはがれかけていたり所々欠けていてホラー作品でよく使用されるフォントみたいになっている。
数回ノックすると、扉越しに気の抜けた声で応答があり中に入るとした。
「煙草くさっ」
「悪いわねえ。ささ、入って、ソファにでも座りなよ」
「えと、暫く振りです美耶子さん」
体感的に、十年振り。懐かしい、本当に懐かしいよ。
有元美耶子は登場人物の中でも気に入っていた。実際に見れるとなると、すごく嬉しい。
「元気そうで何よりさね」
低い長テーブルを挟む二つのソファ。
その奥には窓を背に、やや年季の入った机と、社長が利用するような黒のオフィスチェア――その席に座る人こそが、有元美耶子(ありもとみやこ)だ。
パソコンを操作しており、キーボードを叩く音が絶えずに聞こえる。できる女って感じ。
室内を見回してみる。
うわぁお……有元事務所の中にいるよ俺。
心の中で、静かに歓喜。顔に出てない? 大丈夫? ここは物語の展開的に真面目な雰囲気が流れるところだぜ俺よ。
「煙草消して美耶子さん」
「吸い始めたばっかなので拒否しまーす」
「このヤニカスが!」
「聞いたよ文弥君。君、異能の事知ってたんだって?」
「まあ……はい」
「知ってたならもっと早く教えてくれればよかったのに~。あ、でも知ってるといってもどれくらいさね? 齧る程度? 詳しい程度? どっぷりマニアな程度?」
「齧る程度、ですかね」
設定通りよく喋る人だ。
勢いだけでこの人のペースに巻き込まれそうになってしまう。
「齧る程度かあ」
「あらそうなの? お前、敵についても詳しい様子だったけど……その程度?」
「一部は詳しく調べはしてたけど……異能全体となると、そんなには詳しくないんだ」
本当は全て知っているけどね。
美耶子さんに説明をさせてやらねば見せ場もなくなってしまうしここは然程詳しくない振りをしておこう。
「偏りがあるようだねえ、じゃあ一から説明していったほうがいいかな?」
「お願いします」
その説明、美耶子さんの口から是非聞きたい、聞かせてくれ。
美耶子さんは俺達の向かいのソファへと場所を移した。
「てかもう話しちゃう? 世間話くらいしない?」
「……呑気な人ね」
「呑気で陽気、短気は損気って言うじゃない」
「前者のは知らない」
スパッと言い切る治世。
俺も前者のは知らないな。でもこんな台詞、書いた憶えはある。
「治世、今日は帰れるんだけど晩御飯はある?」
「何か買って帰るわ。食べたいものは?」
「治世の作る料理ならなんでもいいわ、すんごく美味しいし。いい嫁さんになるわ、文弥君、もらってかない?」
「私のほうからお断りするわ」
「あれ? 俺何も言ってないのにもしかしてフラれた?」
「ん~! 残念!」
あちゃ~って何やっちゃった感出してるんですか美耶子さん。
別に告白すらしてないのに。
しかしながらやはり俺への好感度は低いのだな……。性格が変更される前の治世であればここは「な、何言ってるんですかもう~!」って顔を真っ赤にさせているところなんだがなあ。
一体どうして性格が変わってしまったのやら。
美耶子さんのほうは、性格は特に変更されていないようで安心した。治世のような塩対応をされたら今頃泣いちゃってたかもね。
「茶番はいいから。さっさと話したら?」
「そうせかさなくてもいいじゃないの。世間話っていうのは大事さ、これから世間離れした話をするんだから尚更ね」
「……あ、そう」
「治世、先ずはお茶くれる?」
「……ちっ」
「もうー、舌打ちなんかしないで少しは素直に従ってよー」
「はいはい」
不満そうに治世は棚から湯飲みを三つ出して年季の入ったポットから急須に湯を注いだ。
お茶請けはテーブルに置かれているせんべいだ、美耶子さんは既に一つ取ってはバリバリと食べている。
「治世とは喧嘩せずにうまくやっていけてるかい?」
「ぼ、ぼちぼちです」
「何がぼちぼちよ」
昨日初めて会ったばかりだ、なんとも言えない。
必死にクラスメイトの名前を憶えて自ら交流しにいき、第二の高校生活をそれなりに満喫できている。
ちょいと苦戦するのは話題についてだ。
なんていったって話題にのぼるのは十年前にあったものばかり。新作ゲームやら漫画、ちょっとした芸能ニュースなど、思い出すのが大変だった。
実は新しいゲーム機が出るんだぜとかこの作者休載して十年経っても再開してないよとか、この芸能人離婚するよなんて、十年後についてのお話ならすらすらとできるのだがね。
なんとかついていけるように頑張ろう、脳みそをフル回転させるんだ俺よ。
十年前と同じ高校生活は送るまい。友達に囲まれて誰もがうらやむ楽しい高校生活を送ってやるんだ。
それに主人公の立ち位置にいるために周りからの好感度は高めなのは実に居心地がいい。
学校ってこんなに楽しかったんだなあと思ったり。
後はやはり敵をどうするかだな。原稿のおかげで敵の動向が少し変化するのも頭に入れておかなくては。
でもまあ……治世の戦闘力と俺の知識があればきっとどんな困難でも乗り越えられるだろう、うんうん。
「うんうんって、何頷きなのよ」
「あ、いや。ちょっとね」
治世はこれといって美味しそうに表情を緩めもせず、淡々とソフトクリームを食べていた。
時折、視線は周囲に向けられており警戒心が窺える。そこはかとなくピリピリしている感じだ。
この商店街は多くの人が行き交う、よほど頭の螺子の外れた異能者で無い限り襲撃はしてこないが、万が一という事もある。彼女の警戒心が解かれる事はないだろう。
「ラトタタは……現れないわね」
「また現れたら助けて治世えもん」
「他力本願で生きる世界はさぞかし楽でしょうねふみ太君。そんなお前には私のひみつ道具をお見舞いしてあげるわよ。てってて~、メリケンサック~」
「それはいけないよ治世えもぉん!」
某子供向け番組でそんなひみつ道具出したら大騒動だよ。
てかネタに乗ってくれるんだね君。
「おふざけはいいとして。お前はもう少し警戒心を高めなさい」
「はい……」
現在は美耶子さんのいる事務所へと向かっている。
物語の登場人物、有元美耶子について、整理しておこう。
――主に何でも屋として事務所を構え、それとは別に趣味で客がほとんどいない古本屋を営んでおり、裏では異能を専門に仕事をしている。
裏社会でも大きな影響力を持ち、この街ではヤクザだって美耶子さんに頭を下げる。
自らの身体能力を操る異能者で、ただのデコピンが骨を砕くほどの威力にする事も可能なほどの力を持っている。試しに美弥子さんにオリンピック競技をやってもらえれば全て新記録更新できるだろう。いいや、できるのだ――そういう設定だからね。
「お前が美耶子さんの事務所行くのは、いつ以来かしら?」
うっ、それはちょっと困る質問だが、焦るな……大体でいい、設定から推測するんだ。
「確か……二週間振りかな? えと、そう、事務所の掃除を手伝った時!」
「ああ、そうだったわね」
よかった。
こういう質問は焦るね。裏設定をしっかりと思い出していかないとすぐに躓いてしまう。
そうして美耶子さんのいるであろう二階建てのコンクリート感丸出しの質素なビルの前までやって来た。
一階では古本屋が開かれているが設定通り客はおらず、受付にはアルバイトの子が退屈そうにスマホをいじっていた。
……この子も、登場人物だ。
パーマが当てられているも長らくちゃんとした手入れがされておらず、ぼさぼさの赤髪が特徴の少女――神無月凛(かんなづきりん)。
必要最低限の言葉しか話さない大人しい子だ。
自身の異能に悩まされていた元引きこもりで美耶子さんによって助けられて以来、この古本屋、麗万堂で働いている。学校には通っていない。
物語ではこれといって触れない所謂モブキャラ、それであってもこうして実際に見られるのは嬉しいね。
モブの中では相当強いんだぜこの子。もっと登場する機会を与えてやればよかったよ。
「凛、美耶子さんはいるわよね?」
「……いる」
こっちには一瞥もくれず、二階を指差す。
その対応に治世は溜息をつくも、特に何も言わず奥の階段へ。
治世、凛ちゃんはちょっと不器用なだけで、君の事は大好きだから、そう落胆しないでね。
さあ、いよいよ……美耶子さんとご対面だ。
駆け込みたい衝動を抑えて、扉の前へ。
曇りガラスには有元事務所の文字、ややはがれかけていたり所々欠けていてホラー作品でよく使用されるフォントみたいになっている。
数回ノックすると、扉越しに気の抜けた声で応答があり中に入るとした。
「煙草くさっ」
「悪いわねえ。ささ、入って、ソファにでも座りなよ」
「えと、暫く振りです美耶子さん」
体感的に、十年振り。懐かしい、本当に懐かしいよ。
有元美耶子は登場人物の中でも気に入っていた。実際に見れるとなると、すごく嬉しい。
「元気そうで何よりさね」
低い長テーブルを挟む二つのソファ。
その奥には窓を背に、やや年季の入った机と、社長が利用するような黒のオフィスチェア――その席に座る人こそが、有元美耶子(ありもとみやこ)だ。
パソコンを操作しており、キーボードを叩く音が絶えずに聞こえる。できる女って感じ。
室内を見回してみる。
うわぁお……有元事務所の中にいるよ俺。
心の中で、静かに歓喜。顔に出てない? 大丈夫? ここは物語の展開的に真面目な雰囲気が流れるところだぜ俺よ。
「煙草消して美耶子さん」
「吸い始めたばっかなので拒否しまーす」
「このヤニカスが!」
「聞いたよ文弥君。君、異能の事知ってたんだって?」
「まあ……はい」
「知ってたならもっと早く教えてくれればよかったのに~。あ、でも知ってるといってもどれくらいさね? 齧る程度? 詳しい程度? どっぷりマニアな程度?」
「齧る程度、ですかね」
設定通りよく喋る人だ。
勢いだけでこの人のペースに巻き込まれそうになってしまう。
「齧る程度かあ」
「あらそうなの? お前、敵についても詳しい様子だったけど……その程度?」
「一部は詳しく調べはしてたけど……異能全体となると、そんなには詳しくないんだ」
本当は全て知っているけどね。
美耶子さんに説明をさせてやらねば見せ場もなくなってしまうしここは然程詳しくない振りをしておこう。
「偏りがあるようだねえ、じゃあ一から説明していったほうがいいかな?」
「お願いします」
その説明、美耶子さんの口から是非聞きたい、聞かせてくれ。
美耶子さんは俺達の向かいのソファへと場所を移した。
「てかもう話しちゃう? 世間話くらいしない?」
「……呑気な人ね」
「呑気で陽気、短気は損気って言うじゃない」
「前者のは知らない」
スパッと言い切る治世。
俺も前者のは知らないな。でもこんな台詞、書いた憶えはある。
「治世、今日は帰れるんだけど晩御飯はある?」
「何か買って帰るわ。食べたいものは?」
「治世の作る料理ならなんでもいいわ、すんごく美味しいし。いい嫁さんになるわ、文弥君、もらってかない?」
「私のほうからお断りするわ」
「あれ? 俺何も言ってないのにもしかしてフラれた?」
「ん~! 残念!」
あちゃ~って何やっちゃった感出してるんですか美耶子さん。
別に告白すらしてないのに。
しかしながらやはり俺への好感度は低いのだな……。性格が変更される前の治世であればここは「な、何言ってるんですかもう~!」って顔を真っ赤にさせているところなんだがなあ。
一体どうして性格が変わってしまったのやら。
美耶子さんのほうは、性格は特に変更されていないようで安心した。治世のような塩対応をされたら今頃泣いちゃってたかもね。
「茶番はいいから。さっさと話したら?」
「そうせかさなくてもいいじゃないの。世間話っていうのは大事さ、これから世間離れした話をするんだから尚更ね」
「……あ、そう」
「治世、先ずはお茶くれる?」
「……ちっ」
「もうー、舌打ちなんかしないで少しは素直に従ってよー」
「はいはい」
不満そうに治世は棚から湯飲みを三つ出して年季の入ったポットから急須に湯を注いだ。
お茶請けはテーブルに置かれているせんべいだ、美耶子さんは既に一つ取ってはバリバリと食べている。
「治世とは喧嘩せずにうまくやっていけてるかい?」
「ぼ、ぼちぼちです」
「何がぼちぼちよ」
昨日初めて会ったばかりだ、なんとも言えない。
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