流星痕

サヤ

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結の星痕

我が儘

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「アウラ、アウラ!」
 祠の前でこうやって叫び続けて、どれくらいの時間が経っただろう。
 シェアトはあの後、アウラに真意を聞こうと祠にやってきていた。
 結界により進入を拒まれ、時折切り裂く風によってあちこち生傷を作りながら、何度も何度も、声が枯れてまともに発声出来なくなるまでアウラの名を呼ぶが、彼女は姿を現さない。
「アウラ……。どうして、出てきてくれないの?」
 悲しみと疲れからその場に座り込み、大粒の涙を流す。
「私、貴女と出会って世界を知って……ようやくこれから恩返しが出来ると思ったのに……なのに、こんな別れ方するなんて、嫌だよ」
 零れる本心。
 答えてくれなくても良い。
 ただアウラに届けばと、必死に伝える。
「ありがとう、シェアト」
 不意に、風が囁く。
「アウラ?」
 顔を上げてもそこには誰もいないが、今の声は間違いなくアウラの物だった。
「……顔、見せてくれないんだね」
 恨み言のように言うが、アウラの口調は変わらず柔らかい。
「ごめんね。祠から出ると気が狂いそうなんだ。逆にシェアトを中に入れる事も出来ない。空気が変わると、落ち着かなくなるから」
 何が、とはっきり言葉にしないものの、その真意が痛い程に伝わってくる。
「本当に、これしかもう方法は無いの?」
「そうだね。誰も傷付けず、壊さず、私が私として終わって、先の未来へ繋げる為には、もうこれしか道は残っていない」
 誰も、傷付けず……?
「……私達は、こんなにも傷付ついているのに、そんな事が言えるの?どうしてもっと早く話してくれなかったの?相談してくれたら、何か他に良い手が浮かんだかもしれないのに!」
「そう言ってくれると思ったから、黙っていたんだよ。でもこれは、私が十年かけて悩んで出した答え。他の手なんて無いよ。それに、今更何を言っても遅いのも事実だ」
「そんなの、ズルいよ」
 そう。アウラはズルい。
 そうやって何もかも自分一人で抱え込んで、怒りの矛先さえ向けて、他の人を守ろうとする。
「そんなの、ただの我が儘だよ」
 そんなありふれた言葉しか言えない自分が悔しい。
 そして、それを聞いてアウラは悪戯っぽく笑う。
「あれ、知らなかった?王様って、我が儘な生き物なんだよ」
 そんな笑い声すら、ズルいと思えてしまう。
「シェアトがそうやって怒って、泣いてくれる気持ち、とてもよく分かるし、すごく嬉しいよ。私も今まで、大切な人を沢山失くしたから。でも、これが最期の別れじゃない。この肉体は失ってしまうけど、私は守護聖霊として、ルクバットと一緒に国を護っていくんだ。だから、ね?私の最期の我が儘を、聞いてくれないかな?」
 風が、そっとシェアトの頬を撫でる。
 もう、アウラの中では堅い意志として決まっているのだ。
 邪竜になってしまう前に、人として人生を終わらせたいと思うのは当然の流れ。
 けれども……。
「ルク君はどうするの?ずっとアウラと一緒だった彼に、貴女を……殺すなんて事、出来ないと思う。なのにどうして、彼にそんな事頼んだの?協会の人とか、なんならグラフィアスとか、他にも頼める人はいるのに」
 ルクバットがグルミウム王家の血を引いている事は聞いた。
 けれど、アウラがルクバットに介錯を頼んだ理由が分からない。
 彼が断る事くらい容易に想像出来ただろうし、言い方は悪いが、グラフィアスの方が請け負ってくれそうだ。
「ずっと一緒だったからこそ、頼みたいんだよ。勿論、あいつが断る事くらい分かってた。それと、あいつに介錯されるのは嫌だ。……人の上に立つ者は、人の痛みが分かる人間であるべきだとも思う。本当はルクバットには、純粋なままでいてほしかったけどね。あとはそうだな。師として、私を超えて欲しいってのもあるかな」
 茶化した口調だが、誤魔化しているわけでも、嘘をついているわけでもない。
「やっぱり、我が儘だね」
「何たって女王様だからね」
 悪戯っぽい笑い方は、いつものアウラだ。
「なら、私はどうすれば良い?どうしてほしい?」
「悩めば良いよ。私も沢山悩んで、この答えを出した。この先をどうするかは、皆が決める事だ。私は、誰がどんな答えを出しても恨んだりしないし、むしろ皆には、本当に感謝してる。……もう暗くなってきたから、そらそろ帰りな?私も、ゆっくり休みたいし。……次に会えたら、一ヶ月後だね」
 アウラが言うように、空は随分と暗くなり、夜風もだいぶ冷たい。
「それじゃ、お休みシェアト。……ルクバットを、よろしくね」
 そう言い残して、風はシェアトの周りを一周して吹き抜けていく。
「……お休み。アウラ」
 そう呟いて、シェアトは重い足取りのまま宿へと戻っていった。


     †


 シェアトが飛び出し、グラフィアスが出て行き、ルクバットも去った今、部屋にはフォーマルハウトとベイドの二人だけが取り残されていた。
「まさか、貴方の口からあんな台詞が聞けるとは驚きです」
 席に着き、紅茶を注ぎながらそう言うベイド。
「僕はただ、自分の責務を全うしたいだけです。それに彼女は、僕にとっても大切な人ですから」
 淡々と答えているようで、その声色は淀んでいる。
「アウラさんの事です知れたのは、生まれ持った能力のせいだと言っていましたが?」
 その質問には少し戸惑いつつも、困った笑顔を浮かべる。
「……実は、人の身体に触れる事で、心を読む事が出来るんです」
「心を?……確かサーペンの出身者に、稀にそういった能力を持つ者が生まれると聞きますが、貴方の生まれは……」
「解りません。僕は捨て子でしたから」
「そうなんですか。しかし、なるほど。それでアウラさんの真意を誰よりも早く知る事が出来たと。ですが、何故黙っていたんです?貴方は争いを好まない。止めようとは思わなかったんですか?」
「僕に、そんな資格はありませんよ」
 フォーマルハウトは、寂しそうに言う。
「あの人が、何年も苦悩して出した答えを、僕なんかが止めたところで変わる程、弱い意志では無い。彼女は託したんです。後は、ルクバット君がどう答えるかです」
 今の答えで、彼が何を考えておるのか、大方検討はついた。
「では貴方は、彼がアウラさんの願いに応えた時、力を貸すんですね?」
「はい。アウラさんとの約束を果たす為にも。彼だけに、背負わせたりはしません」
「確かに、あんな小さな身体一つでは、この先の重圧に押し潰されるでしょうね。彼には、国を護っていくという大役も待っている。微力ながら、私も背負わせてもらいましょう。大勢の方が、軽くて済む」
 程良く蒸された紅茶を口元に運ぶと、フォーマルハウトの意外そうな声が降ってくる。
「なんか意外です。貴方はただ、研究の一環で同行しているものだと」
 そう言われてはた、と考え込む。
「……確かにそうですね。私も、自分の口からこんな言葉が出るとは驚きです。普段人と関わらない分、情が湧いたのかもしれませんね。……ああでも、自分が手を加えた作品を、他人に壊されたくないという気持ちもあります。どうせ壊れるのなら、せめて自分の手で壊したいですね。フォーさんも飲みますか?茶菓子はありませんが、なかなか美味しく出来ましたよ」
「……はい。いただきます」
 ベイドの前に、フォーマルハウトが腰掛け、紅茶を楽しむ。
 二人は、意志を固めた。
 跡は、彼の意志に従うだけだ。
ルクバットがどんな答えを導き出すのか。


 期限は、残り一ヶ月……。
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