流星痕

サヤ

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結の星痕

導き出した答え

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 アウラから最後の修行を言い渡されてから一週間、二週間と時間だけが淡々と過ぎていき、ルクバットはまだ、答えを決められないでいた。
 迷っているのはシェアトも同じのようで「決められないけど、決めなくちゃいけない」と言っていた。
「決めなくちゃいけない、か……」
 シェアトの言葉を、そのまま一人呟く。
 そして、隣に控えている母に問いかける。
「ねえ、母さん。アウラは、何でこんな答えを出したのかな?本当に、他に手は無かったのかな?」
「……そうね。それはきっと、誰にも分からない事だと思う。過去にでも戻らない限り、正しかった道なんて分かる筈がないし、正す事も出来ない。でも、アウラ様はその中で苦しんで、悩んで、今の自分、そして皆にとって幸せであろう形として、この道を選んだのよ」
 ということはつまり、今それを論じても、ただの後の祭というわけだ。
「ちゃんと、相談してほしかったな」
 それだけ昔の自分は子供で
アウラの信用も得られていなかったというわけだ。
 これだけ側にいておきながら、我ながら情けない。
「その望みは、恐らく過去に戻れたとしても叶わなかったと思うわ。私達ですら、最近になってようやく打ち明けられたのだから」
 エラルドもそう悲しげに言うが、母の慰めも、虚しく感じてしまう。
「……俺は、どうすれば良いのかな?」
 空を見上げ、前と変わらない疑問を口にする。
 それに対してエラルドも、同じ答えを出す。
「悩みなさい。精一杯悩んで、答えを出して、そしてアウラ様と向き合いなさい。私もまだ、悩んでいるわ」
「母さんも?」
 母は静かに頷く。
「正直、私はアウラ様には生きていて欲しい。生きてグルミウムを支えて、あの方と、アナタの成長をこれからも見守っていきたい。けれど、アウラ様の気持ちも理解出来る。邪竜に堕ちる道なんて、誰も望んだりはしない。私自身がそうだったように。……もしあの時選べたのなら、私も夫か陛下、アルマク様に介錯を頼んだわ」
 そうだった。
 母も、その身を邪竜に喰われそうになって、自らその命を絶ったのだ。
 アウラも今その状況にあって、残された時間をルクバットに託した。
「……邪竜になってしまった人達は、本当に可哀想だと思うし、そうなる前に助けてあげたい。アウラにも、邪竜になんて、なってほしくないよ。……けどさ」
 ルクバットは拳を震わせ、必死な想いを母にぶつける。
「俺、今まで一度も邪竜を倒した事無いんだよ。最期はいつもアウラがやってて、俺には絶対にやらせようとしなかった。邪竜を倒した夜はアウラ、俺に隠れて独りで泣いてた。最初は分かんなかったけど、今ならよく分かる。あれは謝ってたんだ。命を、奪ってしまった事を。そんな重い物を、俺が背負えると思う?ましてや、相手はあのアウラだよ?重すぎるよ」
「……それでも」
 エラルドは、ルクバットを優しく、強く抱きしめ、諭すように言う。
「それら全てを理解したうえで、アウラ様はアナタに選択を託した。その意味を、解ってあげて」
「……意味」
「アナタは、命の重さを知っている。けれど理解は出来ていない。そんなアナタに、アウラ様は何を伝えたいのか、何を託したいのか、よく考えて。まだ時間はある。だからルクバット、考える事を止めないで。決して逃げずに、最後まで戦いなさい」
「逃げ、る?」
 エラルドはルクバットから離れ、息子の瞳をじっと見つめる。
「ええ。この問題は、あと二週間もすれば必ず終わってしまう。もし、アナタが答えを出さず時が経てば、アルマク様が介錯を済ませ、翌日アナタがこの国の王となる。けれどこんな結末、誰もが悔いを残すだけ。だからルクバット。どんなに苦しくても、辛くても、この問題から逃げないで、正面から立ち向かいなさい。アナタがどんな答えを出したとしても、その先に待つ未来は、逃げた先の未来よりも、明るい筈だから」
 エラルドの言うとおり、祠の結界が解けない今、約束の日までアウラに会う事は出来ない。
 残り二週間で答えが出せるかは分からない。
 けれど、
「分かったよ、母さん。俺、絶対逃げずに、戦うよ。もう一度、ちゃんとアウラに会う為にも」
 にこりと笑って、はっきりとそう口にする。
 それを聞いたエラルドも安堵の表情を浮かべ、すぅと風に溶けた。
 その直後、背後に人の気配を感じ、声をかけられた。
「一人で何をぶつぶつ言ってるんだ?」
 グラフィアスだった。
「グラン兄。いや、一人じゃなくて母さんと話してたんだよ」
 風を読めないグラフィアスからすれば、ルクバットが独り言を言っているように見えたようだが、すぐに納得してくれた。
「ああ。……あいつの話か?」
 どうやら彼にはお見通しのようだ。
「うん。グラン兄は、もうどうするか決めてるの?」
「俺の決意は、昔から変わらねえよ。お前がやらないなら、俺がやってやる」
 一貫して変わらないグラフィアスの返答。
 ルクバットが迷っているこの問題は、彼からすれば何でも無い事。
「グラン兄はすごいね。俺なんか、こんなに迷ってるのに」
「俺とお前じゃ立場が違う。けど、俺がお前だったとしても、迷ったりはしない。頼まれた時点で斬る」
「え、何で?どうして迷わずにいられるの?だって、相手はずっと一緒にいた、大切な人なんだよ?」
「大切だからこそ、苦しめたくない。助けを求められているのに、自分が嫌だからって逃げて、見殺しにしたくない。どれだけ自分が汚れても、必ず助ける」
「見殺し……」
「お前が言っているのは、そう言う事だろ?」
「そんな事!……ない」
 否定したかったが、最後の言葉は掠れて声にならなかった。
「まあ、それも普通に抱く感情だ。別に恥じる事でも、敬遠する事でも無い」
 グラフィアスはそう言うが、急に突き刺さった棘は、簡単に抜けそうにない。
 自分のやっている事は、アウラを見殺しにしている?だから母さんは戦えと、そう言ったのか?
「……付いて来い」
「え?」
 グラフィアスが唐突に踵を返したので、素っ頓狂な声をあげる。
「いいから付いて来い。お前に渡す物がある」


「……これ」
 グラフィアスに連れられ、王宮客室の彼の部屋で手渡されたのは、かつてルクバットが預けた、アウラの節刀だった。
「返す。お前が持っていろ」
「でも、これは扱えないから……」
「これは武器として使うものじゃない」
 いいから持ってろ、と強引に押し付けられる。
 武器屋で剣を触った事はあるが、やはり華飾の為か、それらと比べると細身の割にかなり重い。
 武器として使わない事はアウラからも聞いている。
 大きな力を宿す証として、鞘と柄に花巻がされていて簡単に抜けないようになっている事も。
 これを抜くのは、力を解放するたった一度だけ。
「……ねえ、グラン兄。これを抜くのって、どんな時だと思う?」
 節刀を見つめたまま尋ねる。
 アウラは、その時が来て欲しいような、欲しくないような、曖昧な事を言っていた気がする。
 グラフィアスは、そのタイミングを知っているだろうか?
 ふと顔を上げて彼を見ると、眉間に深い皺を寄せて難しい顔をしていた。
「お前は知らないんだな」
「え?」
「……何でもない。そ!を抜く時なんて、俺も知らん。けど、武器の重さは知っている」
「武器の重さ?」
 グラフィアスは自分の大剣を持ち上げながら続ける。
「俺達の国では、自分の武器は自分で作るのが普通だ。だから、武器にはその人の魂が籠もる。他がどうかは知らないが、俺達にとって他人に武器を預けるのは、命を預けるのと同義だ」
「命……」
 それじゃ俺は、そんなに前からアウラの命を預かっていて、何も知らずにグラン兄に預けたの?
「アウラは、それを知っててこれを俺に?」
「さあな。一度聞いたが、とぼけられた」
 とぼけたという事は、知っていた可能性がかなり高い。
 アウラは、とっくに決めていた。皆も、決め始めている。なのに、俺は……。
「お前は、何の為にここまで来たんだ?」
「え?」
 不意に聞かれた質問。
「最初は訳も分からずあいつにくっついてただけだろうが、今は違うだろ?俺に稽古をつけろと言ってきたり、あの時の気持ちはどこから湧いてきた」
「それは……」
 強くなりたかった。
 早く一人前になって、アウラの隣を歩いて、守って、頼られる存在になりたかった。
「その気持ちを大切にしろ。それで素直になれ。お前はバカ正直なのが取り得なんだから、くよくよ考えんな」
 そう言ってルクバットの頭に手をやり、悩み事を振り払うかのようにグシャグシャと撫でる。
 言葉も行動も粗暴だが、彼なりの優しさが伝わってくる。
「ありがとう、グラン兄。俺、グラン兄みたいには強くないから、アウラが望む答えは出せないかもしれないけど、それでも頑張るよ」
 そうお礼を言い、節刀を強く握り締めて部屋を出た。


     †


 アウラに言い渡された約束の日までの残り二週間は、あっという間に過ぎていった。
 その間、ルクバット達は国の復国準備に追われ、ろくに話も出来ずに常務に精を出した。
 街の整備が終わり、居住地も完成し、住民もどんどんと増えていき、残すは戴冠の儀を挙げるのみ。
 新たな国の誕生を喜び、国民の誰もが浮き足立っている儀式の前日、聖なる祠の前には、四人の姿があった。
 グラフィアス、フォーマルハウト、ベイド、そしてシェアト。
 ルクバットの姿は、無い。
「ルク君、来ないのかな?」
 シェアトが心配するような、それでいてほっとするような声で城の方角を見つめる。
「やはり彼には、厳しい選択でしたか」
「それも、仕方が無い事だと思います」
「これがあいつの選択ならそれまでだが、まだ時間はある。もう少し待とう」
 祠の封印は、未だに解かれていない。
 アウラはまだ生きている。
 四人は、時が流れるのをただじっと待った。
 誰もが口を閉ざしたまま、太陽が真上から傾き始めた頃、
「あっ!」
 ずっと城の方を見ていたシェアトが声を挙げた。
 彼女の視線の先には、円月輪を背に、片手に節刀を携えたルクバットがこちらに向かってきていた。
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