流星痕

サヤ

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結の星痕

悲しみの再会

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 アウラの後について行くと、彼女はエルタニンの北区域へと入って行った。
 出入り口には玄武を象った石像が左右に設置されており、そこから先は北国、サーペンの特色が反映された区域となっている。
 先を行くアウラが何処に向かっているのかは分からないが、ついつい彼女の衣服に目がいってしまう。
 夏の盛りもあってか、アウラは最近マントを羽織っておらず、上半身は簡素な服一枚だけなのだが、その服のあちこちに大小様々な穴や焼け焦げた跡が残っている。
 よく見れば、その剥き出しの肌にもうっすらと火傷の痕や何かしらの傷痕が伺える。
「……アウラ。最近ずっと、邪竜と戦ってるの」
「ん?まあね。少しでも早く、皆を解放してあげたいからね」
 恐る恐る尋ねると、当たり前のように答えが返ってくる。
「その傷に焼け跡……。すごい数だよ。無茶してない?」
「ああ、これ?大した事ないよ。それに大半は、ローマー達から貰った物だし」
「ローマーって、あの動く森の中にいた?」
 意外な人物の名前が出てきた。
 以前、シェアト達を捕らえ、アウラとグラフィアスが決闘をする原因となった、どの国にも属さない半人半獣の姿をした種族。
「うん、そう。彼等はもう、私達に危害は加えないよ。ちょっと堅物だけど、私の蒼龍を抑える方法を教えてもらってるんだ」
「アウラの蒼龍を?」
「うん。私は、正式な転生式を終えて蒼龍を目覚めさせた訳じゃないからね。これからの長い人生、こいつと共に生きていく為の術を身に付けてるところ」
「……それで、そんな大怪我を?」
 そこでアウラは不意に笑い出す。
「彼等も器用じゃないんだろうね。言葉では上手く説明出来ないんだと思う。でも大丈夫。おかげで最近じゃ大きな怪我もしなくなったし、回復力もついたし、この辺の傷も、あと数日すれば綺麗に治るよ」
 笑ってはいるが、それは裏を返せば、今でも傷が残る程の大怪我をしたという事。
 そう考えると、アウラの笑顔を見るのが辛く、胸が苦しくなる。
「ねえ、アウラ」
「うん?」
 無理はしないで。
 本当はそう言いたいが、そんな事を言っても無駄なのは、短い付き合いながらも理解している。
 だから、何も言わずに首を横に振った。
「ううん、何でもない。それより見せたい物って、何?」
「ああ、それは着いてからのお楽しみ。もうすぐだから」
 そうは言っても商店街通りはとうに過ぎ、民家もそろそろ終わりが見えてくる。
 てっきり可愛い服か何かを見せてくれるものと思っていたので、アウラが何処に向かっているのか、エルタニンの地形に詳しくないシェアトには、皆目見当もつかない。
 この先に、一体何があるの?
 空には厚い雲がかかり、遠くからは稲光と共に雷鳴が聞こえてくる。
 ここも直に降り出すだろう。
 そのせいもあってか、胸が妙にざわつく。
「見えてきたよ」
 坂を登りきるのとほぼ同時に、アウラが言う。
「……え?」
 そこでシェアトが目にしたのは、一面に広がる墓標だった。
 木材や石材で造られた墓だけでなく、中には武器だけが突き立てられた物もある。
 ……何で、お墓なんかに。アウラは、一体何を見せようとしているの?
 戸惑い立ち止まっていると、アウラは迷う事なく先へ歩を進めていく。
 慌ててついて行くと、アウラは奥へ奥へと進んで行き、一番奥に立つ墓標の前で、静かに立ち止まった。
「私が見せたかったのは、このお墓だよ」
 そう言って彼女が紹介する墓は、弦の切れた大弓で出来ていた。
 弓?一体、誰の……?
 誰の墓なのか今一判断出来ず、一歩近寄る。
 すると、弓の先端に何かが引っ掛けられているのが見えた。
 これ、は……。
 恐る恐る手を伸ばし、確認する。
「……っ!?」
 手に取った瞬間、いや、それよりも前から、シェアトにはそれが何なのか理解出来ていた。
 片手で収まってしまう程の、布製で出来た長方形の小さな袋。
 雨風に晒され黒く変色し、ボロボロになっているが、間違いない。
 中には恐らく、一欠片の氷砂糖が入っている。
 それは、幼い頃のシェアトが大切な人の為に作った御守りによく似ていた。
 バスターになる為に家を飛び出していった、大切な父親に渡した物に。
 ふと、大弓に目をやると、持ち手の部分に何か文字が刻まれているのに気付く。
 だいぶ掠れてはいるが、かろうじて読める。
 それは、名前だった。
 そこに彫られている名前を認識した瞬間、顔から血の気が一気に引いていくのを感じた。
「ヴェ、ガ……」
「そう。これは、ヴェガ・サダルスードのお墓。シェアトが探していた、お父さんのお墓だよ」
 静かなアウラの声がそう告げる。
「う、そ……。本当に、お父さん?」
「嘘じゃないよ。ヴェガさんは、七年も前に亡くなっている。シェアトも知ってる筈だよ」
「私も、知ってる……?」
 そんな筈は無い。
 考えた事はもちろんあるが、父が既に亡くなっている事実は、今初めて知った事だ。
 それを、何故アウラは断言出来るのか。
「まさか……」
 脳裏を過ったのは、グルミウムの聖なる祠で見た、アウラの記憶。
 アウラとベナトシュと名乗るスレイヤー、そして父ヴェガ。
 その父が邪竜へと姿を変えて、二人に襲いかかっていた、あの光景。
「あれは、嘘と噂が混じり合って出来た偽りの……」
「偽りなんかじゃないよ。あの記憶は、私にとってとても大切な物の一つだから。噂で歪んでなんかいない」
 なんとか否定しようとするが、アウラはきっぱりとした口調で告げる。
「違う……。あれは、嘘」
「真実だ。だってあれは、私がバスターになって、初めて行った仕事だから」
 止めて。それ以上、聞きたくない。
「シェアト。君のお父さんはスレイヤーだった。けど、身の内に宿す黒竜が暴走し、自身の討伐依頼を協会に要請した。それに応えたのが、ベナトシュというヴェガさんの親友と、バスターになったばかりの私だった」
「いや!そんな話聞きたくない」
 耳を塞いで拒否しても、アウラの告白は続く。
 雷鳴がすぐ側で轟いているにも関わらず、彼女の声は不思議とよく聞こえた。
「人が、目の前で邪竜に堕ちるのを見るのは久しぶりだったから、流石に戸惑ったよ。でも、これから先は何度も見る光景だ。だから私は余計な情を捨てて、彼に刃を向けた。彼を斬りつける度に咆哮が響いた。何度も、何度も……。彼が倒れてもしばらくは自分を止めれなかった。それが、私のバスターとしての最初の仕事だ」
 お願いだから、もう……。
 幾度目かの雷鳴の後、遂には大粒の雨が降り出す。
「前に、お父さんを知らないかって、私に聞いたよね?本当は、最初から知ってたんだ。だってヴェガさんは……」
 それ以上、言わないで。
 シェアトの願いとは裏腹に、アウラは淡々と、最後の一言を言い放つ。
「私がこの手で、殺したから」
「止めて!」
 叫び、手を振り払うのと同時に、無意識に氷の飛礫つぶてを放ってしまい、アウラの頬を一閃する。
 つー、とアウラの白い頬に、鮮血が伝う。
「あ、ごめ……」
 謝ろうとした刹那、シェアトは言葉を失った。
 今し方出来たばかりの傷口が、治癒魔法を施したわけでも無いのに見る見る塞がっていく。
 最後にアウラが血を拭えば、そこには初めから何も出来ていなかったかのような綺麗な肌が現れた。
 そして、何故かアウラは微笑む。
「大丈夫。これくらいじゃ、
「……っ!?」
 その言葉はまるで魔法のような、もしくは呪いのように心に染み込み、黒く、大きな津波となって、シェアトの理性を呑み込んだ。


「……っ。ぁああああっ!」
 ただひたすらに、がむしゃらにアウラを攻め立てた。
 大した攻撃魔法を有していないが、天候も味方して、無数の氷の刃がアウラを襲う。
 頬や腕、至る所から鮮血が舞うが、アウラは抵抗するそぶりを全く見せず、その傷は出来た端から治っていく。
 こんな、敵討ちのような事がしたい訳では無かった。
 それでも、父を殺した張本人が目の前にいて、その制裁を黙って受け入れているとなると、もはやシェアトには自分を止める術が分からなかった。
 彼女はこれくらいじゃ倒れない。お父さんは、たくさん傷つけられて、苦しみながら死んでいったのに……。
 私なんかじゃ、アウラを傷付ける事なんて出来ないけど、少しでも、お父さんの痛みを……!


 傷、付かない……?
 はたと、攻撃の手が緩む。
 その拍子に、アウラはゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「……違う」
 アウラは、とても傷付いている。傷だらけだ。
 見た目の話では無い。身体の傷はすぐに治るのかもしれない。
 でも心は?アウラの心は、深く傷付いている。
 だからこうして、わざと罰せられるような事をしているのだ。
「ああ、私……何てこと。……アウラ!」
 我に返り、急いでアウラの元へ駆け寄る。
 彼女の身体の傷はほぼ治りかけているが、彼女の瞳には、やはり悲しい光が宿っていた。
「ごめんなさい、私、アナタの優しさに甘えて、何も考えていなかなった。辛いのは私だけじゃないのに、アウラだって、こんなにも傷付いているのに、最低だわ」
 泣きじゃくりひたすら謝ると、アウラはまたも微笑む。
「私の事は良いんだよ。今まで黙っていた、当然の報いなんだから。それにほら、怪我だってもう……」
「違う、見た目の話じゃないの!私は、もっと繊細な物を傷付けた。大切な友達を一生失ってしまうような、とても、とても大切な物を」
 髪を振り乱して言うシェアトの様子にアウラは驚いたようだが、やがてあやすように、シェアトの頬に張り付いた髪をそっと払いのけた。
「ありがとう。やっぱり、シェアトは優しいね」
「そんな事……」
「でも、本当に悪いのは私だよ。私は、自分の旅が順調に進むように、お父さんの事を知っていて黙っていたんだから。それでもやっぱり、私にとってもシェアトは大切な友達だから、ずっと黙ってはいられなかった。今までごめん」
「アウラ……」
 アウラはずるい。そうやって、何もかも自分で背負い込んで、他人に負い目を感じさせようとしない。
 私達は、友達なのに……。
「ねえ、何かあったの?」
「え?」
 唐突な質問に、首を傾げるアウラ。
「スレイヤーになってから、アウラの様子がおかしかったから。今回の件も、黙っていられなかったって言うけど、何かきっかけがあるんじゃないの?」
「……」
 しばし黙る。そして、
「……はは」
 と、可笑しそうに笑う。
「まったく、シェアトには敵わないな」
 そう言って立ち上がり、アウラはまっ黒な雨雲を見つめた。
「こんな雨の中悪いんだけどさ、もう一カ所だけ、付き合ってもらえるかな?」
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